残酷な真実
「えへへ! とっても楽しかったー!」
そして時は経って夕方。空が不気味なオレンジ色に染まるまで遊んで、ようやくレキは満足してくれたみたい。それはもう純粋で可愛らしい笑顔を浮かべて、ミニスの腕にぶら下がるようにして抱き着いてた。
ていうか、ほぼ一日中遊んでたのにまだ元気が有り余ってるっぽいよ。幼女でもさすがは獣人。体力も身体能力も人間の比じゃないね、これは。
「良かった。レキが楽しんでくれたなら私も嬉しいわ。リアはどう? 楽しかった?」
「うん、リアも楽しかった! おにーちゃんも楽しかったよね!」
「まあ、うん。楽しかったと言えば楽しかったかな? ちょっと負けた気分にはなったけど……」
楽しかったは楽しかったけど、諸事情あって素直に頷けないからそう答えておく。
いや、楽しんだことを認めるのが嫌だってわけじゃないよ? 楽しいことは楽しい、気持ち良い事は気持ち良い。僕は素直にそう認めるタイプだからね。
ただ今日遊んだ面子が問題なんだよね。身体能力が飛び抜けてる獣人二人に、空を飛べるサキュバスだよ? 僕は見た目は悪魔っぽく偽装してるけど、中身は普通の人間だからね。そりゃ例え遊びでもついていくのが難しいのは当たり前じゃん?
「おにーちゃん、鬼ごっこ弱かったもんね……」
「違う、僕が弱いわけじゃないの。素の身体能力がアレだったり、空を飛んで追いかけてくる奴がいるから結果的に僕が弱く見えただけなの」
憐れみのこもった目で見てくるリアに対して、しっかり否定しておく。
かくれんぼはまあ良かったよ? あれはあんまり身体能力関係ないしね。でもその後に始まった鬼ごっこが問題だった。
面子は尋常でないほどの速度で走れるウサギ獣人二人に、地上の障害物を無視して空を駆けるサキュバス、そして一般人の僕。そりゃこれで鬼ごっこやったら、誰が一番捕まるかなんて火を見るよりも明らかだよ。ええ、もちろん数えきれないほど捕まりましたさ。ちくしょうめ。
「おにーちゃん、おねーちゃんに何回もタッチされてたよね? もしかして、走るの苦手なの?」
「まあそういうことにしておいて。確かに僕は肉体派じゃないしね。魔法で強化しないと身体能力はただの一般人だよ」
「こんなイカれた一般人がいてたまるか……」
ぽつりとミニスが棘のある呟きを零す。ちなみにコイツ、僕にタッチすると見せかけて全力疾走からの渾身の右ストレートを何度もぶち込んできたからね。全部防御魔法に阻まれてたから別に良いんだけどさ、生身で当たってたら絶対致命傷の威力だったぞ、アレ……。
あっ、そうそう。僕は遊びの間、身体能力は一切強化してなかったよ。だって遊びに魔法なんて使ったら卑怯じゃん? 一人でプレイするゲームならともかく、対戦ゲームでチート使うなんてありえないでしょ?
そのせいでレキからも僕は貧弱だって思われちゃったんだが……まあ大好きな姉を連れて帰ってきてくれたっていう恩があるから、そうそう馬鹿にはしてこないはず。馬鹿にしてきたら泣かす。絶対泣かす。
「おにーちゃん、魔法が得意なの?」
「うん。そりゃもう得意中の得意だよ。僕が本気を出せば天は割れ大地は裂け、海は凍り付くほどだからね。実際にやると偉い人に怒られるだろうからやったことはないけど」
「すごーい! おにーちゃん、とっても凄い魔法使いさんなんだね!」
レキは目をキラキラさせて、僕を尊敬のこもった目で見つめてくる。
うんうん、やっぱこんな子が僕を馬鹿にするわけないよな。魔法使いって言葉にちょっと反応しちゃったけど、さすがにこんな幼女がその言葉に隠された意味を知ってるわけないし、僕はまだ十代だから真の魔法使いになるまで十年以上あるし。
「ハッハッハ。よーし、可愛いお客さんのために特別に僕の魔法を見せてあげよう。大地震と巨大竜巻、どっちがいい?」
「やめろ! もうちょっと平和で子供が喜びそうな魔法見せてあげなさいよ!」
興が乗ってきたから魔法を見せてあげようとしたのに、顔を青くしたミニスがいきなり止めに入ってきた。
さすがにそんな大災害レベルの魔法をこんなところで使うわけないだろ。冗談の分からない奴だなぁ? 尤も僕が真の世界平和のために本格的な行動を起こした暁には、使うこともあるだろうけどさ。
「平和で子供が喜びそうな魔法かぁ……よーし、これならどうだ! 極光!」
そんなわけで、災害とは無縁の綺麗で安全な観賞用の魔法を使った。僕らの周りに七色の光の帯が現れて、それが不規則に揺れ動いて幻想的な光景を創り出す。さしずめ風にたなびく虹色のカーテンってところかな。
その名も極光、というかまんまオーロラ。カラフル繋がりで虹でも良かったんだけど、アレは魔法使わなくても日差しが強い日には人力で見られるしね。だからオーロラの方にしました。でも確かオーロラって人体には有害だって噂があったような……うん、気のせいだな!
「わあっ、キレー……!」
「あははっ! キラキラユラユラしてて変なのー! でもキレイ!」
レキとミニスはオーロラの中で大はしゃぎ。二人して目の前の虹色の光の帯を掴もうと、ぴょんぴょん飛び跳ねて空を引っ掻いてるよ。
ていうかレキの跳躍力、やっぱ凄いっすね。普通に僕の身長以上に飛び跳ねてるんですが……。
「確かに、凄く綺麗ね。これは一体何なの?」
「オーロラっていう自然現象――いや、天体現象? 発光現象? とにかく自然で起こる現象だよ。主に極地で見られる現象で、本当はこれが夜空いっぱいに広がるからもっと綺麗なんだぞ」
美しさに瞳を細めつつ尋ねてくるミニスに、薄ぼんやりとした知識をひけらかす。
実際の所はどういう現象でどういう原理で光ってるんだっけかな? 確か宇宙線や磁場がどうのこうので……うん、分からん! とりあえず後でレーンにでも聞いてみよ。心置きなく長話ができるから、向こうも快く教えてくれるだろうしね。寝る前に聞けば良い子守歌になりそうだし。
「あんたみたいな頭のイカれた奴が、こんな綺麗なものを創り出してるなんてちょっと信じたくないわ……」
「失礼だな、お前。僕だって美しいものや綺麗なものを理解する心はあるんだぞ?」
そして、その綺麗なものや美しいものを壊したり汚したりするのが好きなんだぞ? まあこういう性癖を持っている人は絶対結構な数いるだろうけどね。分かりやすく言うなら、そうだね……可愛い女の子の顔を白い遺伝子で汚したい感じ?
「本当におにーちゃんは凄い魔法使いさんなんだね! レキも頑張ればおにーちゃんみたいな魔法使いさんになれるかな!?」
「どうかなぁ。あと二十年くらい頑張ればなれるかもしれないよ?」
「そっか! よーし、レキも頑張ろう!」
などとオーロラの中ではしゃぐレキ。実際には三千年生きてる大天使でも僕の足元にも及ばないから、たかだか二十年頑張ったくらいじゃ何にもならないだろうけどね。そもそも僕は女神様から無限の魔力を貰ってるから、一般的な魔法使いとは根本から違うし。
「もういいかな? 維持してるだけでも魔力を食うから、そろそろ疲れてきたよ」
「うん! ありがとう、おにーちゃん!」
でもそんなことを言う必要は無いよね。子供の純粋な夢を壊しちゃいけないもん。
そんなわけでさも魔力の消費が辛いって顔をして、煌めくオーロラを消しました。こんな嘘ばっかりついてるのに、オーロラ以上に輝く笑顔でお礼言ってくるんだから堪んないね。この純真無垢な子が、いつかは汚れていくのを想像するともうっ……!
「さ、そろそろ帰ろ? 今夜はお母さんがご馳走を用意して待ってくれてるわよ?」
「うん! レキ、とってもお腹ペコペコ!」
「リアも!」
「そりゃあれだけ遊びまわったら腹も減るでしょうよ。僕は適度に何か食べてたけどさ」
記憶の中の食べ物を創り出せるのが分かったから、適当にオヤツを創って食べての自給自足が捗るってもんだよ。
というかこの力さえあれば、ぶっちゃけ何不自由なく暮らせるんだよね。俗に言うスローライフだって楽勝だよ。まあ僕はもっと刺激的で官能的で肉欲的なものが目的だから、田舎に引きこもって細々と暮らす気はさらさらないけどね。強大な力は悪用してなんぼだよ。
「今日はとっても楽しかったぁ! 明日も皆で一緒に遊ぼうね! 明後日も、その先も、ずっとずーっと!」
なんてことを考えてたら、レキがミニスの腕にぶら下がりながらそんなフラグが立ちそうなセリフを口にしてた。だって明日も明後日もその先も、大好きなお姉ちゃんがずっと一緒にいるって信じて疑ってない台詞だからね。しかもさりげなく僕らも一緒にいることになってるし。
さすがにこれ以上勘違いさせたままだと、真実を知った時どうなるか見物――じゃない、心配だね。そんなわけでミニスに目配せすると、向こうも今すぐ真実を伝えた方が良いって判断したみたい。覚悟を決めた目でこくりと頷いてきたよ。
「……あのね、レキ。そのことについて、とっても大事な話があるの」
「どうしたの、おねーちゃん……?」
自分を腕から優しく引き剥がして、しゃがんで目線を合わせて話しかけてきた姉の姿に、レキはこてんと首を傾げる。でもミニスの表情がもの凄く真剣だからか、微妙に怖がってる感じ。心なしかウサミミも丸まり気味だ。
「私ね……また、旅に出ないと行けないの。四日後には、またこの村から出て行かないといけないのよ」
「えっ……」
そんなレキに、ミニスは容赦なく残酷な真実を突き付けた。
スゲェなぁ、一切のオブラートに包まずストレートに伝えやがった。人の心の痛みや悲しみが分からない奴じゃないし、優しい嘘より厳しい真実を伝えるべきだって判断したのかな?
「ど、どうして……? だって、これからはずっと一緒だって、言ってくれたのに……!」
一拍置いて言葉の意味を理解したレキは、瞳の端に大粒の涙を浮かべながら叫ぶ。
さっきまで幸せいっぱいだったのに残酷な真実を突き付けられたから、この落差は相当なものだろうねぇ。ずるずると後に引き延ばすよりはマシだとはいえ、ミニスはよくこんな状況で躊躇いなく真実を伝えられたな……このメンタルの強さをどっかの心が壊れた大天使は見習え。
「ごめんね、レキ……でも、またいつか、絶対帰ってくるから……」
「……嘘つき」
「っ……!」
でもそんな鋼のメンタルの持ち主でも、可愛い妹がぽつりと呟いた一言はグサリときたみたい。この世の終わりを見たみたいな酷い顔をして言葉に詰まってたよ。僕にさえここまでの表情は見せなかったのにね……。
「おねーちゃんの、嘘つき! ずっと一緒だって言ってくれたのに、全部嘘だったんだ! おねーちゃんなんか、おねーちゃんなんか――だいっ嫌い!」
「あっ……」
そうして泣きながらありったけ叫んだレキは、来た道を戻る様に走り去って行く。兎獣人らしいもの凄い速さでね。
ミニスは小さく声を上げて手を向けただけで、猛烈な速さで遠ざかってく背中を追ったりはしなかった。
「おにーちゃん、レキちゃん、追いかけなくて良いの?」
「人には一人になりたい時があるんだよ。少なくとも僕らが追っかけても逆効果じゃない?」
リアが首を傾げながら聞いてくるけど、そんなわけで僕も追っかける気は無い。というか大好きだったお姉ちゃんを旅に連れ出す張本人が慰めに向かっても、絶対逆効果だろうしね。むしろ僕が詰られる未来しか見えない。
「というかお前、何で旅に出る理由を教えなかったわけ? 呪いを解くために旅に出る、って言えば涙を呑んで見送ってくれたと思うんだけど?」
そんなことより気になるのは、その場にへたり込んでるミニスが旅立つ理由を伝えなかったこと。
自分の身体を蝕む呪いを解く方法を探すため、ってしっかり言っておけば、レキもあんな風に取り乱したりはしなかったと思う。でもミニスは旅立ちの理由に関しては触れずに、ただ旅立つっていう事実だけを伝えてた。一体何でそんなことしたんだろうね?
「……その理由も、嘘で塗り固めた言い訳じゃない。あの子をそんな嘘で騙す事なんて、できるわけないでしょ……変な心配、させたくないもの……」
「ほぅ……」
どうやら嘘を吐きたくないっていう真摯な思いと、不必要な心配をさせたくないっていう感情からあえて言わなかったみたいだね。そのせいで大切な妹が取り乱して泣き喚くってことが予想できてても、甘い嘘でやりこめようとはしなかったってことか。
ただの田舎の一般村娘のはずなのに、この鋼鉄のようなメンタルは一体何なんですかね? 本当にハニエルにはコイツを見習って欲しいよ。というかもうコイツの方が真の仲間に欲しいくらいだよ。
「ま、放っておけば帰って来るでしょ。僕らはさっさと家に帰るよ」
「……うん」
「はーい!」
明らかにレキが心配で沈んでるミニスと、気にせず元気いっぱいなリアを引き連れて、僕はご馳走の待つミニス家へと歩みを進めて行った。ミニスの妹なら姉に負けず劣らずのメンタルだろうし、すぐに帰って来るって楽観的に考えながら、ね?