よくある問題
⋇残酷描写あり
雑貨屋の冷やかしは予想外に時間がかかる結果になった。何故ってリアがお菓子を出されたら出された分だけ食うし、いよいよ食い終わったら今度は満腹で動けないとか言うんだからね。引きずって行っても良かったけど、面倒だったからリアが動けるようになるまで待ってたんだ。お茶出してくれた上に話し相手になってくれた婆さんに感謝だね。
結構良い時間が経ったし、さすがにもうミニスたちも起きてるだろうから、僕らは一旦ミニス家に戻ることにしたんだ。ちょっとミニスとお話もあるし。
「なあ、そこの悪魔のあんた」
満足気な笑顔を浮かべたリアを連れて歩いてると、男女の二人組が僕らの方に声をかけてきた。たぶん夫婦じゃないかな? まあ僕らには関係の無いことだろうし、別にどうでもいいか。
「それで、リアの故郷ってどの辺? 今は避けとくから場所教えてくれない?」
「いいよー。うーんとね、たぶんこの辺かなー?」
さっき雑貨屋で購入したクッソ古ぼけた地図をリアに見せて、リアの故郷の大雑把な位置を確認しておく。いつか復讐を遂げさせてあげるから、それまでもう少し我慢してね?
「おい、無視するな! あんたの事だぞ!」
「……えっ?」
地図にリアの故郷の位置を記し終えて顔を上げると、何故かさっきの男が僕の前に立ってて、僕を真っすぐ睨みながら言葉を投げかけてきた。
これどう見ても僕に話しかけてるよね? でもさっき悪魔のあんたって――あっ、なるほど。
「そうだそうだ、僕は悪魔だった」
そういや変身してるの忘れてたよ。今の僕の頭には黒い角が二本、天を突くように反り立ってるんだった。心は人間のままだから完全にスルーしちゃったよ。ハッハッハ。
「で、何か用? カツアゲ? お金出せっていうなら抵抗しちゃうぞ?」
「しちゃうぞー?」
ファイティングポーズを取る僕の横で、リアも同じように臨戦態勢に入る。
まあ本当はお金くらいあげても良いんだけどね? どうせ偽造通貨だし。でもこういうのは最初の一回を断らないと、どんどんつけこまれちゃうからね。僕は確固たる意志を持って抵抗するよ?
「違う、あんたに聞きたいことがあるんだ。お前がミリーとケイの娘を助けて連れ帰ってきた男だな?」
何だ、違うのか。残念。正当防衛として合法的にこの村で暴力を振るえると思ったのに。
「そうだよ。それが何か?」
「ローラは!? 私の娘は!? どうして私の娘を助けてくれなかったのよ!?」
「あー……なるほど、そう来たかぁ……」
頷いた瞬間、女の方が突然僕に詰め寄ってそんな風に詰ってきた。
これはちょっと予想してなかったけど、理解はできなくもない展開だね。無事に帰ってきたように見えるミニス本人に八つ当たりするんじゃなくて、ミニスを助けて連れ帰ってきた僕に八つ当たりに来たわけか。どうして娘を助けてくれなかったのかって台詞がもうそれを物語ってるし。
「………………」
めっちゃ縋りつかれてるけど、僕は特に言うべき言葉が無かったからただただ無言で見下ろす。こういう輩に論理的に説明しても無駄だしね。
「何か言いなさいよ! どうして私の娘じゃなくて、あんな子を助けたの!?」
「いや、だって何を言ったって無駄じゃん。どう見ても感情的にしか物事を考えられてない状態の人に、論理的に説明したって時間と手間の無駄でしかないよ。逆ギレするのが目に見えてるし。おとといきやがれとは言わないから、せめて頭を冷やしてから来てくれない?」
「な、何ですって!? この、言わせておけばっ!」
「お、おいっ、ハンナ!?」
ほらーっ! 丁寧に説明してあげたのにキレて胸倉掴み上げてくるー!
ていうか女性でもさすがは身体能力に定評のある獣人。僕の身体を軽々持ち上げてるよ。皺になるからやめて欲しいなぁ。
「あわわわっ……!」
そんな僕の隣で、リアはどうすれば良いか困惑してるみたい。何度も僕と女に視線を注いでわたわたしてる。お前、仮にもご主人様が暴力を振るわれそうになってるんだからさぁ……。
「あんな子じゃなくて、私の娘の方が良い子なんだから! あの子が代わりに死ぬべきだったのよ! そしたら私の娘は――ギャアアァァァァァァッ!?」
「ハンナっ!?」
面倒だからそのままされるがままになっても良かったけど、一般的に考えると聞き捨てならない言葉が聞こえたから反撃させてもらった。と言ってもちょこっと魔法かけてから、女の両手首を握り潰しただけなんだけどね。
まあその魔法がちょっと問題で、女はこの世のモノとは思えない絶叫を上げてその場にぶっ倒れた。人妻とはいえ女なんだから、もうちょっと艶っぽい悲鳴を上げて欲しいもんだよ。
「はい、ワンアウト。それはさすがに言っちゃいけない言葉だって、こんな僕にでも分かるよ」
「お前、ハンナに何をしたんだ!?」
「ちょっと腕の骨をへし折ってあげただけだよ。ただし、ミニスがかけられてるのと同じ痛覚が十倍になる呪いをかけた上でね」
「なっ……!?」
旦那が顔を青くしたのは、自分の妻の身を襲った苦痛のせいなのか、それともミニスの身を蝕む呪いのせいなのか。ぶっ倒れて泡吹いてる女に比べればまだ理性的だし、案外どっちもなのかも。
「無事に帰ってきたとか片腹痛いよね。こんな状態でタンスの角に足の小指をぶつけたら一体どうなるか……うぅ、想像するだけで全身に寒気が走るよ」
「た、頼む! その呪いを解いてくれ!」
「心配しなくてももう解けてるよ。ミニスのとは違ってね」
手首の傷は治してやらんけどな! 本当は骨にちょっとヒビ入れる程度で済ませるつもりだったのに、勢い余って絞った雑巾みたいにしちゃったよ。
でも今後同じような理由で僕を責めてくる奴らがいないとも限らないし、そんな奴らが思い止まってくれるように晒し者になってもらおうかな。突っかかるとこうなるよ、っていう風に。
「ワンアウトだからそれで済ませたけど、もしストライクまで行ったら……分かるよね?」
「あ、ああ……」
倒れた妻の身体を抱き起こしながら、何故か旦那はもの凄くドン引きした目で僕を見てる。
僕、何かおかしなことしたかな? さっきのは普通に正当防衛だし、愛娘を失った悲しみも考慮して優しく済ませてあげたのに。本当なら両腕を切り落としてやるところだったんだよ?
「良かった。じゃあそこの屑が起きたらちゃんと言い聞かせておいてね? あと同じように見当違いの逆恨みをしてる人がいたら、その人たちにもちゃんと言い聞かせておいて欲しいな?」
「あ、ああ、分かった。すぐに話をしておく。すぐにっ」
旦那は物分かりが良いみたいで、僕のお願いにも素直に頷いて、ぶっ倒れた嫁を抱えて逃げるように走り去って行ったよ。田舎者には刺激が強い一幕だったのかな?
「おにーちゃん、大丈夫ー?」
「お前ね。もうちょっとこう、助けに入るとかそういうのは無いわけ?」
「えー? だっておにーちゃん、助けなんていらないよね? それに、この村では殺しとかそういうのは駄目なんでしょ?」
「ほう、よく覚えてたね。偉い偉い」
「えへへー……」
実際あの程度じゃ助けがいらないのは事実だし、この村で殺しを禁止したのも事実だ。だからちゃんと分かってる良い子なリアの頭をナデナデしてあげた。
本人は満足気にだらしなく表情を緩めてて可愛いけど、デカい角のせいで撫でにくいったらないな。一緒に寝てると刺さるし、やっぱ角よりケモミミだよね。
「ただいまー」
そんなこんなで、僕はミニス家に戻った。他にもどこか見て回ろうかなと思ったんだけど、本当に雑貨屋以外何も無くてね。ちょっと田舎過ぎない?
「あっ! おかえりなさい、おにーちゃん!」
「ヌッ!」
で、リビングに入ったら突然ウサミミ幼女がパタパタ走ってきてぎゅって抱き着いてきたの。興奮して思わず変な声出しちゃったよ。だって身長差のせいで僕の下腹部に顔を埋めるみたいになってるからね。イケナイこと考えちゃってつい、ね?
というかコイツ、良く見たらミニスの妹のレキじゃないか。僕の魅力にやられちゃったのかな? ハハハ。
「ちょっ、ちょっとレキ! そいつはばっちぃから抱き着いちゃ駄目よ!」
「うわ、ひっどい言い草……」
顔を青くしたミニスが僕から妹をべりっと引き剥がして、そのまま庇うように抱きしめる。
でも今のはちょっと助かったかも。あのまま抱き着かれてたら家の中でテント張る所だったよ。少なくともリビングにはお養父さんとお養母さんの姿は無いけど、万一目撃されたら僕がロリコン呼ばわりされちゃうじゃないか。いや、レキの場合はどっちかっていうとペドかな……?
「ねえねえ、おにーちゃんがおねーちゃんを連れて帰ってきてくれたんだよね?」
「うん、そうだよ。君の大好きなお姉ちゃんをこの僕が助けて、君の所まで連れて帰ってきてあげたんだよ?」
「やっぱりそうなんだ! ありがとう、おにーちゃん!」
「ヌッ!」
混じり気無し、邪気無しの百パーセント純粋な笑顔を向けられて、思わず僕はまた変な声を出す。
でもしょうがないじゃないか。確かに真の仲間にもペドみたいなロリはいるし、何なら今も隣にいるけど、こんな完全に純朴で無垢で輝く笑顔を見せてくれたりはしないもん。胸の内に秘めてる黒い感情がドロドロ過ぎてね。
「……そういや、ケイとミリーはどうしたの?」
「お父さんは山に魔物狩りに。お母さんは家の裏で洗濯してるわ。私たちはご飯を食べ終わったから、ちょうど二人で遊ぼうと思ってた所」
「なるほど――よし、じゃあ皆でかくれんぼでもしようぜ!」
「するー!」
「やるー!」
ちょうど良いタイミングだったから、とりあえずそう提案する。
ノリの良い事に幼女コンビは揃って嬉しそうな声を上げてくれたよ。あ、ちなみに喋ったのはレキ、リアの順ね。ミニスは無言。
「じゃあ最初はミニスが鬼ね。範囲はこの村全体。ただし他人の家の中には隠れちゃ駄目だぞ? 鬼は百数えたら探しに行くこと」
「分かった! リアちゃん、早く隠れよう!」
「うん、分かった!」
そうして幼女二人は仲良くお外へ駆けてく。
後に残されたのは僕とミニスだけ。これで人払いも済んだし、安心してお話できるね? あ、念のため遮音の結界も張っておこう。お養母さんが家の裏にいるらしいからね。
「……いやぁ、幼女同士は仲良くなるのが本当に早いねぇ? まあ昨晩は三人でお風呂に入ったみたいだし、それも当然かな?」
「そのクソみたいな嫌らしい笑いやめてくれない? さっき食べたご飯吐きそう」
「相変わらずキッツいなぁ。まあこれはこれで趣があって好きだけどさ」
無条件に自分の全てを受け入れてくれる女の子も好きだけど、反抗心溢れる女の子も魅力的だからね。こういう子の方が後々そそる反応してくれるだろうし。
「で、人払いも済んだことだし、お前にちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何よ、変態……」
警戒心バリバリでこっちを睨むミニス。心なしかウサミミの毛も逆立って見えるね。
「お前、また旅に出るってレキに話した?」
「っ……!」
僕の投げかけた問いに、縮こまってたウサミミがびくっと立った。
あー、この反応はやっぱまだ話してないな……。




