冷やかし
「ふあぁ……おはよー……」
「おはよー!」
翌朝、僕は寝ぼけ眼でリビングに顔を出した。ぶっちゃけかなり寝不足だ。隣で一緒に挨拶をするリアの元気な声が煩わしくなる程度には。
昨晩のレーンとのお話はかなり遅くまで続いた上に、その後キラの殺人衝動の発散に付き合わされて、ベッドについたのは深夜三時くらいだったからね。そしてベッドにリアがぐっすり寝てるから、抱き枕にしようとしたら角が頬っぺたに刺さるし……もう散々だね。
あ、キラは結局外で寝たっぽい。まあアイツを性的に襲う命知らずはいないでしょ。見た目はかなり好みだし僕もぶっちゃけ襲いたいんだけど、いかんせん中身がね……。
あとレーンとのお話の内容はクソ長いので簡潔に纏めると『魔法を使わずに作った武器を素材にすれば良い』ってとこかな? レーンが魔力を通して自分の色に染めた後に、僕が破壊不能にする魔法とかをかければ問題は解決するっぽい。
だから呪いの武器創りはこれからも続けていくことになったよ。ただ武器を魔法で創っちゃ駄目だから、その内鍛冶屋とかで良い感じの武器を作って貰わないと駄目っぽい。それはレーンの方でも探すみたいだけど、まだ森の中にいるから探す以前の問題だね。
「おはよう、クルス。どうした、何だか眠そうだな?」
「ふふっ、きっと寝不足になるようなことをしていたのね? 若いって良いわぁ……」
リビングには何かを飲んでるお養父さんと、空になった食器の片づけをしてるお養母さんがいた。匂い的に食後のコーヒーかな? というかお養母さん、一体ナニを想像したんですかね?
「期待させて悪いけどそういうのじゃないよ。僕、枕が変わると眠れないタイプでね……」
「おにーちゃん、今までずっとミニスちゃんを抱き枕にしてたもんね? リアは角が刺さるからやだって言って」
「あっ!? お前何を――」
朝から爆弾発言を落としたリアを叱ろうとしたけど、残念ながら少し遅かった。反射神経や思考速度を加速していても、睡眠不足による意識レベルの低下には勝てなかったよ……。
「何っ!? 俺の娘を抱き枕にしてただと!?」
「あらあら、衝撃の事実ね?」
険しい顔で椅子から立ち上がるお養父さんとは裏腹に、お養母さんはのほほんとした表情で僕らの分の朝食をテーブルに用意してくれた。
今朝はトーストにサラダに果物かぁ。もっとガッツリ肉々しいものが食べたいかなぁ。まあ実際に口に出したりはしないけどね。食べたいなら後でこっそり魔法で創って食べればいいし。
「いただきまーす。もぐもぐ……そういえば件のミニスがいないね? まだ寝てるのかな?」
「ええ、レキと一緒にぐっすり寝てるわよ。あの様子じゃお昼まで起きてこないんじゃないかしら」
「おい、幾ら娘の恩人でもさっきのは聞き捨てならないぞ! はっ!? ま、まさか他にも人には言えないようなことをしたんじゃないだろうな……!?」
静かに朝ごはんを食べたいのに、お養父さんが詰め寄って胸倉掴み上げてくる。
人には言えないようなことって何だろね? 死んでも勝手に蘇るような魔法をかけたこと? どんな傷を負ってもすぐに回復する魔法をかけたこと? あまつさえその実験のために殺したり、腕を爆散させたりしたこと? いやぁ、ちょっと思い当たる節が多すぎて分かんないですね。トースト美味しい。
「んーとね。人には言えない事っていうのがどういうのか分からないけど、皆で一緒にお風呂に入ったりはしたよ?」
「な、何だと!? もう俺とは一緒に入ってくれないのに……!?」
「あらあら、もうそこまで深い関係になっているの?」
二重の意味でショックを受けて崩れ落ちるお養父さんと、あくまでのほほんとしたお養母さん。
この場合はたぶんお養父さんの反応の方が正しいと思うんだ。愛娘がどこの馬の骨とも知れぬ男とお風呂に入ったって言ってるんだから、もうちょっとこう、ショックを受けるとか無いの……?
「はーい、リアはお口にチャックしようねー?」
「んんー!? むうぅぅー!?」
それはそうと、これ以上あること無い事言われると困るから、リアのお口を物理的に塞いでおいた。ちっちゃなお口にトースト捻じ込んで無理やりにね。
でも考えてみると『皆でお風呂に入ったことは秘密だよ?』とか言ってなかったかもしれない。もしかしてこれは僕の落ち度かな?
「さーて、今日は何をしようかな?」
朝ごはんを食べて英気を養って、何かやたら噛みついてくるお養父さんから逃げるように外へ出た。
天気は快晴。雲一つない晴れ渡る美しい青空は、まるで僕の心のように純粋で透き通って見えるね。えっ、僕の心はこんなに綺麗じゃない? 良く分かってるじゃないか。僕の心は暗黒物質の如き漆黒に満ちてるよ。でも心が汚なくてもそれを一点に突き詰めれば純粋って言えるでしょ? だから僕の心は純粋。
「今日はどんな悪い事するのー?」
隣からぴょこっと顔を覗き込んでくるのはリア。あのままだとあること無い事を二人に吹き込みそうだから連れて来た。
ちなみにキラは朝から見てない。まあ猫って気ままなもんだし、こっちから絡みに行ったら機嫌悪くなりそうだからね。基本は放置で良いかな。また食われそうになると怖いから定期的にキスはした方がいいかもだけど。
「悪い事をするって決めつけるのはやめろ。僕はまだこの村に来て悪いことはしてないんだからな?」
「えー? でもミニスちゃんのパパ、すっごく怒ってたよ?」
「アレは仕方ないの。普通の父親は可愛い娘が見ず知らずの男と抱き合って眠ったり、一緒にお風呂に入ったりしてたらキレるものなの。ちなみに娘に怒ってるわけじゃなくて、大切な愛娘に不埒を働いた男にキレてるんだぞ」
「へー、そうなんだ。リア、パパはいないしママも似たようなものだから初めて知ったよー」
すっごく驚いたように何度も頷くリア。そりゃ父親が囚われた種馬か何かで、母親は育児放棄じゃこんな基本知識も知らないわな。だからって何で僕が親代わりに性教育してるんですかね?
「悪い事しないなら、今日は何するのー?」
「そうだね。せっかくだからこの村唯一のお店でも見に行こうか。他に見るもんも無いし」
「分かった! 冷やかしだね!」
「うーん、あながち間違ってはいないんだよなぁ……」
必要な物は魔法で創り出せるから、ぶっちゃけお店に行く意味はあんまりない。というか他に行くところないから行くのであって、実質冷やかしみたいなもんだけどさ。
まあ何か良さそうなものがあったらちゃんと買うよ。幸いなことにキラがこっちの通貨を持ってたから、この村に来る前にちょっとそれを見せて貰って魔法で偽造しておいたからね。ちなみにこっちの国は紙幣もあるんだよ。少しビビったけど偽造対策の番号とか透かしとかは無いっぽいから、たぶん大丈夫でしょ……大丈夫だよね?
「――強盗だ! 金を出せ!」
「出せー!」
そんなわけで、ババアが細々と運営してるらしい雑貨屋に殴り込みをかけた。見た目普通の民家みたいだったけど、ちゃんと看板出てたから間違えなかったよ。
あ、扉をバーンと開いて中に向けて放った一声も間違えてないよ。田舎だしこれくらいの刺激があった方が良いでしょ。
「おやおや、随分と元気の良いお客さんだねぇ? 何か用かい?」
「あっさり流された。さすが年の功……」
強盗発言はカウンターの向こう側に座ってるババアにスルーされた。見た感じ狐の獣人かな? でも本当に年寄りみたいで、肌が皺くちゃで尻尾も耳も元気ない。
獣人って人間に比べれば遥かに長生きらしいけど、実際寿命はどれくらいなんだろうね?
「ふぇっふぇっふぇっ。伊達に三百年生きちゃいないよ」
あ、本人が年齢を申告してくれた。この婆さんが三百歳だとして、人間の寿命が八十年だとするなら、少なくともその四倍くらいの寿命はありそうだね。でもこの婆さんが特に長生きって可能性もあるか。
「それで、何か欲しいものでもあるのかい?」
「うーん、そうだねぇ……国の地図とか無い? 持ってたんだけど仕事中に無くしちゃって」
もちろん真っ赤な嘘。最初からそんなもん持ってないよ。
でも魔獣族の国の地図があるなら欲しいよね。次の行き先とかそういうのは基本的にレーンが決めてくれたから、別行動になった今は僕がしっかりしなくちゃいけない。他の奴らは色々な意味で心配だし。
「地図ねぇ……確か左から二列目辺りの棚にあったはずだよ。悪いけど自分で探してくれるかい?」
「雑ぅ! まあいいや。じゃあ探してくるねー」
「お嬢ちゃんはこっちおいで。お菓子をあげるよ?」
「本当!? やったー!」
僕は商品を物色しに、リアは婆さんに可愛がられに行きました。婆さんから見るとリアは孫娘――いや、三百歳ならもっと遠いか? ともかく、何か可愛がりたくなる子供に見えるんでしょ。
店の中は何て言うか、正に雑貨屋って感じ。本棚みたいなデカい棚が幾つもあって、その棚の中に規則性無く色んなものが陳列されてるかと思えば、纏めて押し込まれてたりととにかく雑だね。
まあド田舎の寂れた雑貨屋に変な期待を寄せるもんじゃないか。地図があるだけでも感謝しよう。
「地図、地図……あった。これかな?」
棚にゴチャゴチャに詰め込まれた良く分からない物の数々を千切っては投げ、千切っては投げしてると、ついに地図っぽい四つ折りの紙が出てきた。
いやでもこれ、滅茶苦茶古そうなんですが? 何か茶色く変色してるしボロボロだし、まるで海賊が持ってる宝の地図みたいだぁ……ああいう地図って潮風のせいでボロボロになってるのかな?
「うーん……クソ古くて精度に欠けるだろうけど、無いよりはマシかな?」
開いてみると、確かにこれは地図だった。でも何十年前の地図なのかはさっぱり分からないのが痛いね。
まあ街の位置とかはそうそう変わらないから、位置を確かめるくらいならこれで十分かも。村とかはそもそも載ってないし。
「これを見る限りだと、聖人族の国と街の配置は結構似通ってるな。一番近いのはルスリアっていう街かぁ。じゃあ次の目的地はここかな?」
この村から一番近い、というか国境の砦に一番近いのはルスリアの街。位置関係的には聖人族の国で言うアリオトの街みたいな場所だね。だから多分、街の役割とかも大体同じだと思う。地図には街の名前しか書いてないから詳細は分からないけど、戦争を続けてる世界なんだからそのための機能を持った街は絶対必要だろうしね。
「甘くておいしー! これ全部食べて良いのー!?」
「ああ、良いよ。たんとお食べ?」
カウンターに戻ると、孫娘にお菓子をご馳走するおばあちゃんみたいな光景が広がってた。リアはピンクのお目々をキラキラさせて、婆さんは温かい笑顔でお菓子のおかわりを勧めてる。
一見和む光景なんだけど、そこの幼女は同族をメチャメチャのグチャグチャにぶっ殺した奴だから実情を知ってるとちょっとねぇ……。
「おばちゃん、このルスリアってどんな街? ていうかまだ存在してる?」
「ルスリアねぇ……あそこは軍事施設みたいなもんだよ。観光には適さないんじゃないかい?」
ああ、やっぱりそういう街なのね。ていうか僕らのこと観光客って思ってるのか。何を血迷ったらこんな何も無い村に観光に来るの?
「軍事施設みたいなものっていうと、兵士たちの宿舎とか、食料の倉庫とかそういう感じの街?」
「ああ、その認識であってるよ。戦争になればそこから兵士が派遣され、国境に一番近いこの村からついでに徴兵もされる。あたしゃ好きじゃないよ、あの街は……」
「いやー、でももう持っていく人材残ってないでしょ。若者はありったけ持ってかれたじゃん」
この雑貨屋に来るまでに街を歩いたけど、見かけた住人には僕みたいなナウなヤングは一人もいなかった。外で遊んでるのは大体リアと同じかそれ以下の見た目のガキ共だけで、畑仕事とかしてるのは見た感じ親世代以上。
普通これだけ根こそぎ人員を持っていかれたら生活も厳しくなるだろうけど、そこは寿命も長くて身体能力の高い獣人たちだからこそ成り立ってるっぽい。
あ、ちなみにこの村ではまだ悪魔を見てないよ。もしかして獣人の村なのかな、ここ。
「随分甘っちょろいことを考える奴だねぇ? 手足と頭がまともに動けば、年齢なんて関係なく使い道なんて幾らでもあるんだよ?」
「おっと、まさかこの僕がそんなことを言われるとは……」
「ふぇっふぇっふぇ、伊達に三百年近く生きちゃいないよ」
まさかこの僕が一本取られるなんてね。さすがは年の功。
幼女を可愛がりながらとんでもない外道な発言をした婆さんに、僕はある種の敬意すら抱きそうになっちゃったよ。色々と人生経験を聞いてみたいところだけど、レーン以上の長話になりそうだからさすがに勘弁だ……。