夜の語らい
「いやー、星が綺麗だなぁ……」
ミニス家の屋根の上に仰向けで寝っ転がりながら、僕は田舎特有の星々が綺麗に輝く夜空を見上げて呟いた。
あの後は魔獣族の国の情報収集のために幾らか当たり障りのない質問をして、夕食の時間ということでお開きになった。本当はミニスが帰ってきたお祝いにご馳走を作りたかったらしいんだけど、さすがに急すぎてそれは間に合わなかったみたい。ご馳走は明日の晩ってことになって、今夜は普通の夕食だったよ。メニューは肉とか野菜とか果物とか、自給自足できそうな感じのやつね。
で、ちょっと暇になったからこうしてお星さまを眺めてるわけ。ちなみにリアとミニス姉妹は今三人でお風呂に入ってる所。一緒に入ろうとしたらミニスに叩き出されちゃったんだよ。せっかく幼女たちが裸でくんずほぐれつする所に混ぜて欲しかったのになぁ。
あ、キラなら山に魔物狩りに行かせてるよ。真夜中になったらまた街で殺人衝動を発散させてあげるつもりだから、それまでの繋ぎにね。キラは少し衝動を発散出来て、この村の人たちは魔物が減って嬉しい。実にウィンウィンの関係だね。
「こんな綺麗な星空の下で、汚い人間たちが醜い争いを続けてるって考えると、何か急速に萎えて来るなぁ……」
上は美しい光景なのに、下は地獄みたいな様相だから始末に負えない。まるで表面上は優しく振舞ってるのに、その本性は鬼畜な異常者みたい……ん? あれ、それって僕のことじゃね? 僕はこの世界を体現する現人神だった……?
「……あっ、そうだ。そういやレーンは今何してるかな?」
くだらないことを考えてたら唐突にそれを思い出したから、携帯電話を取り出してレーンに電話をかける……いやまあ、この電話を持ってるのはまだ世界に僕とレーンの二人だけだから、わざわざ名指ししなくてもかける相手は一人しかいないんだけどね?
「――あ、もしもし? 僕だよ、僕! 僕、僕! 僕だよ!」
『そんなに何度も一人称を強調するより、自分の名前を言った方が早いんじゃないかい?』
「初手ツッコミありがとう。ちょうどきらしてた」
とりあえずオレオレ詐欺っぽい話し方をすると、待望のツッコミが返ってきた。これだよ、これ。やっぱボケには手馴れたツッコミがないと。
『それで、何か用かい? 用が無いなら切るよ。私は忙しい』
「待って待って、どうしたの? 何か機嫌悪くない?」
僕が一人喜んでると、何故か電話の向こうからはかなり冷たい感じの声が返ってきた。いつもは平坦な感じのレーンの口調が冷たいって感じられるって相当だぞ。一体何があったんだ……。
『別に私は不機嫌ではないが? 私の機嫌が悪いと感じたのなら、それは君が何か私に後ろめたい事を覚えているのではないかい?』
「え、なんだろ……ちょっと思い当たることが多すぎてすぐには出て来ないんだけど……」
エロい悪戯をしたり、お風呂でエロい悪戯をしたり、別れ際にエロい悪戯をしたり……ちょっと一つには絞れない感じですね。
でもまだ触ってるだけだし、キスも数えるくらいしかしてないからレーンがここまで不機嫌になる原因とは思えないんだよなぁ。何だかんだで滅茶苦茶寛容で優しいレーンだし。
『……君は頻繁に連絡すると言っておきながら、全く連絡をしてこなかったね。てっきり口うるさくて話の長い私のことなど忘れたものだと思っていたよ』
「あー……そういうことね……」
僕が頭を悩ませてると、やたらに棘のある口調でそんな言葉が返ってきた。
考えてみればレーンは滅茶苦茶話したがりだから、僕が束縛系の彼氏みたいに頻繁に連絡するって言ったのを実は楽しみにしてたんだと思う。でも実際は別れてから三日くらい連絡なし。これじゃさすがのレーンも不機嫌になるわけだよ。
「ごめんごめん。まさかそこまで楽しみにしてたとは思わなくて……」
『別に楽しみになどしていないが? まさか私が君とのおしゃべりを切望していたとでも思っているのかい? 思い上がりも甚だしいね』
「はいはい、ごめんって。これからは最低でも朝、昼、晩の三回は電話するから、許してよ?」
『……別に君と話したいわけでは無いが、まあそれで許してあげようじゃないか。話し相手もいない状態で広大な森の中を何日も歩くのは、さすがの私も苦痛だからね』
一日最低三回の連絡を約束すると、明らかに口調が柔らかくなった。今の状況を差し引いても、コイツやっぱりおしゃべり好きすぎでしょ。初対面の寡黙っぽい印象はどこに消えた……。
「それで、そっちはどんな感じ? こっちは今ミニスの故郷についてゆっくりしてるところ」
『こちらはまだ国境の森にいる。明日中には中間地点を越えることができるだろう……ところで悲鳴や物騒な物音が聞こえてこないということは、ミニスの故郷はまだ壊滅していないのかい? それともすでに焦土と化した後かな?』
「何で僕が滅ぼす前提で話してるわけ? やるわけないでしょ。こんな超がつくド田舎、滅ぼしても全然楽しくないだろうし」
『君が楽しさで滅ぼすか滅ぼさないか決めるような危険人物だからだよ……』
うんうん、やっぱりこのツッコミだ。鋭さは無いけど的確なツッコミがレーンの持ち味だね。ミニスはどっちかっていうと鋭さ重視だし。ツッコミ役はこの二人に任せてれば、僕は安心してボケ倒せるな!
「ところでハニエルの様子はどう? まだ壊れてる?」
『そうだね、未だ外界からの刺激に対する反応は無いようだ。自発的な行動もしないようだが、それに関しては命令すれば実行してくれるから今のところ特に困ってはいないよ』
「そっかぁ……やっぱりそんなクソザコメンタルのハニエルを真の仲間にするっていうのは無理なのかな?」
ハニエルはどの種族にも敵意を持たない貴重な人種だ。でもちょっと人殺しをさせたくらいで精神が壊れるような軟弱者じゃあ、僕の計画にはついてこれないと思う。ショックで失神することを魔法で防いだことを差し引いてもね。
『見た限りでは、魔法を用いて洗脳でもしない限りは無理だろうね。だが君はそういう方法で真の仲間にするのは嫌なんだろう?』
「うん。やっぱり自分の意志で仲間になって欲しいじゃん? でもこのままだと絶対ハニエルは真の仲間になってくれないしなぁ……」
『まあ保留という事で良いんじゃないかい? 彼女も君の行いが外道の極みにしか見えないからこそ反発しているだけで、実際に計画が進み二つの種族が手を取り合うようになれば、考えを改めるかもしれない』
「だねぇ……望みは薄いけどそれを期待するしかないかなぁ。それまでは真の仲間は三人で我慢するしかないかぁ……」
現状、真の仲間はレーン、リア、キラの三人。見た目は満点に近い可愛い女の子たちなんだけど、それぞれ魔術狂い、復讐鬼、サイコパスっていう強烈な個性を持った仲間たちだ。ちょっと僕の存在が霞みそうなくらいだよ。
世界を滅ぼす最強最悪の存在として暴虐の限りを尽くす予定なんだし、その部下が三人っていうのはちょっと物足りないよね。できれば四天王とか結成できるよう、あと一人くらいは欲しいかな?
『聖人族の国でも、君の真の仲間は三人も見つかったんだ。確率で言えばそちらでも二、三人程度は見つかるはずじゃないかい? 性別は君の望み通りにはいかないかもしれないが』
「嫌だ、女の子が良い! 僕の夢は可愛い女の子たちでハーレム作ることなんだからな!」
『君の夢は真の意味での世界平和じゃなかったかい……?』
僕が欲望塗れのシャウトを響かせると、呆れ気味のツッコミが返ってくる。
ぶっちゃけそれは『目的』であって『夢』ではないんだよね。世界平和も女神様を手に入れるっていう『夢』を実現するためのものだから。男の『夢』はいつだって金か暴力か女の子って決まってるんだよなぁ。
『……まあ、それは脇に置いておこう。そんなことよりも重要な話がある。クルス、私はこの三日間ずっと考えていたんだ。何故ウロボロスから魔力を引き出せなかったのかをね』
「あ、そうなの? 原因は分かった?」
『ああ、君から巻き上げた魔石での実験も試みて確証した。クルス、ウロボロスは君の魔力の色に染まってしまっているから、私は魔力を引き出せないんだ』
「えっ、僕の魔力? でも僕は何もしてないよ?」
確信を持った答えが返ってくるけど、僕には何も身に覚えが無かった。
というか僕の魔力に染まらないように気を付けて扱ってたんだよね。杖の中にぶち込んだ魂が生産する魔力に色を与えないよう、それこそ試しに使ったりもしてない。でもレーンは何か確信してるんだよなぁ。何故だ?
『いや、確かにした。考えてみるといい。ウロボロスはどうやって創り上げた?』
「そりゃ魔法でパパッと――あーっ! それかぁ!」
そこを指摘されて、ようやく僕は気が付いた。
なるほど、これは僕の魔力の色に染まっちゃっても不思議じゃないな。
『そうだ。確かにウロボロスに込められた魂には色がついていない。だがその魂を封じ込めたウロボロス本体は、君の魔力で創り上げた杖だ。君が創り上げたのだから君の色に染まっているのは自明の理だろう? 故に魂から生産された魔力は即座に器の色に染め上げられ、結果私には魔力を引き出せなくなった、というわけさ』
「なるほど……てことは、器を創る時に魔力の色にも気を付けて創ればいけるのかな?」
今回の原因は、僕が魔法で杖を創ったからその杖に魔力の色がついてしまったこと。だから色がつかないようにイメージして創ればいけるかもしれない。幸いにも僕には無限の魔力があるから、可能だってイメージがあれば魔力でゴリ押しして実現できるはずだしね。
『いや、それは無理だろう。魔力で創られる物体から魔力の色を消すなど、構造的に不可能だ。実際私も魔石を大量に消費して実験してみたが、芳しい結果は得られなかったよ』
「あ、そうなの?」
と思ってたら、すでに実験済みで不可能だってことが分かったみたい。
これはレーンだけの結果かもしれないけど、実験を行って不可能だってことが判明した事実を知らされちゃったから、たぶん僕も不可能ってイメージしちゃうんだろうなぁ。本当にこの世界の魔法って便利なのか不便なのか分からんな。
「そっかぁ。じゃあ、あの武器はお蔵入りってことで――」
『待て。待ちたまえ。結論を出すのが早すぎる。もっと単純に考えてみたまえ』
「うわっ、必死だぁ……」
僕が呪いの武器制作を諦めようとしたら、レーンが食い気味にそれを止めてきた。よっぽど無尽蔵な魔力が欲しいんですね、この人……過ぎた力を求める者は破滅するって知ってる……?