危ない野山
「いやー、酷い目にあった。危うく食われるかと思ったわ……」
「そのまま頭ごと噛み千切られてれば良かったのに……」
左腕でリアを小脇に抱えて、右肩にキラを担いで、僕はミニスに部屋へ案内されてる真っ最中。
何でリアに続いてキラまでおねんねしてるかというと、それは僕が魔法で強制的に落としたから。捕食――じゃなくてキスを終えたキラは、何か妙に興奮した様子で瞳がギラついてて、今にも襲い掛かって来そうなヤバさがあった。だから先んじて対処させてもらったわけ。
初めての相手に未だ悩んでる僕だけど、終始僕が主導権を握るってことだけは決めてるからね。女の子から襲われるって展開は今はお呼びじゃないわけ。少なくとも初めての時はね?
「ここが私の部屋よ。正直あんたみたいな奴を部屋に上げたくないけど――」
「はい、お邪魔しまーす」
「汚い足で開けんなこのクソ野郎!」
怒り心頭のミニスは無視して、部屋にズカズカと上がる。だって両手が塞がってるんだからしょうがないじゃん?
部屋の中は何というかこう、まさに女の子って感じの部屋だったよ。さすがにピンクの壁紙とかフリフリのカーテンとかは無かったけど、田舎でも何とか頑張ってる感じ。無機質で狂的なレーンのお部屋とはえらい違いだね。とりあえずベッドにコイツらをぶん投げてっと。
「うーん。可愛いぬいぐるみだのほのぼのした絵だの綺麗なタペストリーだの、なかなか女の子な部屋ですね。埃が積もってないのはあの両親が定期的に掃除してくれてたんだろうねぇ。お、色気皆無の白パンツ発見!」
「もう二度と帰ってこなかったかもしれないのに……じゃなくて、どこ漁ってんのよ!? 変態!」
「机の中には特に目ぼしい物は無いか……いや、待てよ? 引き出しの高さに反して、内部の高さが微妙に低い。それにこの反響音……底部に空間がありますね。二重底かな?」
「わーっ!! わーっ!! ちょっとやめてよー!!」
「やったぜ、日記発見! 後でたっぷり読もうっと!」
「あーっ!! か、返せ! 返せーっ!」
「こらこら、あんまり騒ぐと可愛い妹が起きちゃうぞ?」
「このっ……! っ~~~~~~!!」
とりあえず部屋の物色は終了。何かミニスが顔を真っ赤にして血管ブチ切れそうな感じに無言で唸ってるけど、妹を抱っこしてるから迫力はあんまりないね。
あ、ゲットした日記はすぐさま異空間に入れておきました。最初は取れるもんなら取ってみろって感じに頭の上に掲げてたんだけど、ミニスの奴とんでもない跳躍力で普通に奪い取ろうとしたからね。ちょっとビビりました。
「しかし妹がいるなんて大事な事、一体どうして教えてくれなかったのさ? しかもこんなに小さくて、食べちゃいたいくらい可愛い子がいるなんて……グヘヘ……」
「絶対そういう反応するから教えたくなかったのよ! ていうかレキには手を出させないからね!」
嫌らしい感じの笑みを浮かべて指をわきわき動かしながら迫ると、ミニスは可愛い妹を抱きしめながら後退る。この可愛い女の子が可愛い女の子を庇おうとする光景、何か良いよね!
「ほう? それじゃあ、もし僕が手を出すって言ったら?」
「その時は……! わ、私が、代わりに何でもするから……レキだけは、許してください……」
ウサミミの先まで毛を逆立てて警戒してたのに、僕がマジのトーンで言うと唐突に大人しくかつしおらしくなってくる。おまけに最後は敬語だったし。よっぽど妹が大事なんだろうねぇ? ところで今、何でもするって言ったよね?
「ふぅん? そんなに妹が大事なの?」
「当たり前じゃない! あんたたちみたいな異常者には分からないだろうけど、家族は自分の命よりも大事なのよ!」
「勝手に分からないことにするなよ。僕だってそれくらいは分かってるぞ。人質にするときは親兄弟を使うのがベストだってね。次点で恋人とかその辺り」
やっぱり血を分けた肉親が一番効くし、無くしたら取り返しがつかないからね。恋人とかは最悪また作れば良いだろうし。まあ弟とか妹なら作れないことも無いだろうけどさ……。
「何でそこで人質なんて言葉が出てくんのよ!? あーもうっ、あんたと真面目に話してると頭がおかしくなりそう……!」
「そうだ、お前も頭をおかしくして僕たちと同じになれ……!」
「やめろ! 引きずり込もうとすんなっ!」
器用にも耳を塞ぐようにウサミミを折り畳んで、一目散に部屋を出ていくミニス。
実はわりと本気で言ったんだけどなぁ。段々と愛着も湧いてきたから、あいつも真の仲間になってくれたら嬉しいのに。
まあダメならダメで他に使い道は幾らでもあるし、焦らずゆっくり少しずつ引きずり込んで行こう。さっきの反応見る限り家族を人質に取れば何でもしてくれるだろうけど、それじゃあ面白くないからね?
「ただいまー、寝かせてきたよー」
「あら、一緒に寝なかったんですか? あんなキスをされていましたし魔法で眠らせていましたから、私てっきりそういうプレイがお好みなのかと……」
リアとキラを仲良くベッドに放り投げてリビングに戻って来ると、ミリーがそんな危ない発言で出迎えてくれた。確かにそういうプレイに心惹かれるものが無いとは言わないけどさ、発言をするTPOを選んだ方が良いんじゃない? 父親と娘が何か居心地悪そうな顔してるよ?
「それ寝るの意味が違くない? ていうか年頃の娘がいる場所でそういうこと言う?」
「何だろ。正論なんだけどコイツが正論吐いてると違和感しかない……」
ミニスは僕がツッコミに回るのはお気に召さない様子。確かに自分でもちょっと違う感じがするね。どうして僕がツッコミ役に回らないといけないんだ。レーン帰ってきて。
「まあそれも魅力的だけど、長旅でちょっと疲れが溜まっててね。あとちょっとお養父さんたちに聞きたいことがあって」
「何か今、呼び方に含みがあったような……」
「気のせいだよぉ、お養父さん?」
鋭いなぁ。別に発音が違う訳でもないのに気が付くなんて。
でもその内本当になるっていうか、僕のモノであるミニスはどう足掻いても男を作れないし作らせないから、この呼び方は別に間違ってないんだよね。問題は妹も僕のモノにするかどうかってところ。
「それよりさ、この村にはマジで何も無いわけ? 民家以外に何かこう……何か無いの?」
「無いぞ。強いて言うなら一軒だけ老婦人が経営する寂れた雑貨屋があるくらいで、宿屋はもちろん料理屋から食材屋はもちろん、冒険者ギルドも無い」
「へぇ、冒険者ギルドも無いんだ……」
お養父さんには特に驚いた様子を見せなかったけど、内心では結構驚いてた。
だってこっちの国にも冒険者ギルドがあるってことは、聖人族の国で行けなかった後悔を晴らすことができるってことじゃないか。その喜びに比べれば何でこっちの国にもあるのかっていう疑問は些細な問題だよ。どうせ向こうの国を真似したとかその辺りだろうしね。
「ああ、今特に痛いのはそれだな。力を借りたいのにどうにもできない……」
「何か困ってるの? お養父さんたちが困ってるなら僕が力を貸そうか?」
内容によるけど、力を貸すのはやぶさかじゃない。家に五日も泊めてもらうわけだし、何かしらの恩返しはするのが当たり前だからね。ミニスからの好感度も多少は上がりそうだし。
そんなわけで協力を申し出たんだけど、お養父さんには首を横に振られちゃったよ。
「気持ちはありがたいが、これ以上君に頼るわけにはいかない。それに数人ばかり人手が増えてもどうしようもないし、何よりもう遅いんだ……この村に来る時、近くに大きな野山があっただろう?」
「ああ、あったね。アレがどうかした?」
「あそこは魔物が蔓延っていて、魔物の繁殖期が近づくと皆で定期的に狩りをして幾らか間引くんだ。そうしないと人里に降りてきて危険だからな。普段は何も問題ないんだが、今回は狩りの前に徴兵があったのが良くなかった……」
「村の若い子たちが、みんな徴兵されてしまったの。それで人手が足りず、結果的に魔物の間引きが間に合わなくなってしまったのよ。あの山は今、繁殖期の魔物たちでいっぱいだから、とっても危険な場所になってるわ」
なるほど。確かに結構デカい山だったし、こんな人口百人いるかも怪しいクソ田舎から若者を連れてかれたら、人手不足になるのは当たり前だよね。それでもあくまで人手不足で済む辺り、獣人の皆さんは年を食っても現役っぽいですね。
「一応そうなる前に近くの街へ行ってギルドで間引きの依頼を出したんだが、人手不足の影響で報酬もそこまで用意できなくてな。相場の七割の報酬しかない依頼を、徒歩で十日近くかけてまで受けに来てくれる人はいないだろう」
うーん、そりゃいないね。それだったら近場での依頼をこなした方が遥かに効率が良いだろうし。時間がかかる上に報酬もカスみたいな仕事を好んで引き受けるような奴、こんな腐った世界にはいないだろうしなぁ。
ていうか今、徒歩って言った? もしかしてここ、馬車とかそういうの通ってないの……?
「私がいない間に、何か大変なことになってるね……」
「お前の責任じゃないさ。それに山に一人で入ったりしなければそこまで問題は無い。今も村の男連中総出でちまちまと狩りを続けてる所だから、その内安全になるだろう。いいか? それまではくれぐれも一人で山に入ろうなんて考えるなよ?」
「うん。分かったよ、お父さん」
「うん。分かったよ、お養父さん」
「……やはり何か、含みがあるように聞こえるんだが?」
とりあえずミニスと一緒に素直に返事をしたのに、何故かお養父さんは訝しむような目を向けてきた。獣人だから勘が鋭いのかな?
でもお養母さんはニコニコ嬉しそうに笑ってるだけなんだよなぁ……不思議……。