呪い
※性的描写あり
「ど、どういうことなんだ!? せっかく無事に帰ってきたのに、どうして一緒に暮らせないんだ!?」
無事に帰ってきた愛娘とまた一緒に暮らせると喜んだ矢先、一転して絶望の淵に叩き落されたミニスの両親。特にケイの方は今にもテーブル越しに僕の胸倉を引っ掴みかねない勢いで憤ってる。そんなに怒られても僕のせいじゃ……いや、僕のせいだわ。すまんね。
でも素直に謝るわけにもいかないし、そもそもこういう展開を見越して設定に変更を加えたわけだからね。というわけでここからは大ボラタイムだ。
「僕は確かにミニスの命を間一髪のところで助けたよ。でも、その前にミニスは聖人族によってたちの悪い呪いをかけられてたんだ。その呪いを解く方法を探すためにも、ミニスをここに置いていくわけにはいかないのさ」
「呪い、だって……!?」
「そう。どんな傷でもすぐ治り絶対に死なない代わりに――痛覚が十倍になり、時が経つにつれて更に増していくっていう恐ろしい呪いだよ。一刻も早く呪いを解かないと、日常生活もままならなくなるよ」
「そんなっ!?」
「な、何て惨い事を……!」
愛娘の身体を蝕むあまりにもえぐい呪いの内容に、ミニスの両親はふらつくほどのショックを受けてた。
ちなみに実はこの部分、嘘は二割くらいしか言ってない。どんな傷でもすぐ治って死んでも蘇生するのは、元からミニスにかけてる魔法の効果だしね。それに時間経過によって倍率が増えたりはしないけど、リアリティを追求するためにマジで痛覚が十倍になる魔法をかけてるし。
まあ痛覚十倍くらいなら死にはしないでしょ。実験のためにこの魔法をかけた後、ちょっとミニスの指の肉と爪の間に針を突き刺してみたけど、絶叫上げて失神するだけで済んだしね。
「ミニス、それは本当の話なのか!?」
「う、うん、本当だよ……奴隷になってる時、実験で心臓を止められたり、面白半分に腕を爆発させられたりしたけど、すぐに生き返って腕も元通りに生えたもん……」
「っ……!」
ミニスが若干死んだ目をして語る内容に、最早ケイは怒りが臨界を突破して言葉が出て来ないっぽい。今にも血管が千切れるんじゃないかってくらい、額にはっきりと青筋を浮かべてた。ここで『実はそれをやったのは僕でーす!』なんて言ったらどうなるんだろうねぇ?
「……クルスさん。あなたに任せれば、ミニスにかけられた呪いは必ず解けるんですか?」
「物事に絶対は無いよ。でも僕に任せるのが一番確率が高いだろうね。自慢じゃないけど、僕は結構魔法が得意だし」
「……なら、俺も連れて行ってくれ! これ以上俺の娘を、酷い目に合わせてたまるもんか!」
「あなた!?」
意外と落ち着いてるミリーに反して、ケイはとんでもねーことを言いだした。せっかく野郎が仲間から消えてスッキリしたのに、また野郎が入るとか絶対嫌だよ。
というか何が悲しくて父親を仲間に入れなきゃいけないんだ。授業参観やピクニックじゃねぇんだぞ。
「お?」
そうしてどうやって断ろうか方法を考えようとした時、今までボリボリと無言でお菓子を食べてたキラが突然高速で手を閃かせた。常時動体視力とかを加速してるとはいえ三倍くらいじゃ捉えきれなくて、気付いたら鉤爪を装着した右手をケイの首元に突きつけてるキラの姿がそこにありました。いきなり何やってんだ、コイツは……。
「――っ!?」
「今のが見えねぇんじゃ足手纏いにしかなんねぇよ。やめときな、オヤジ」
キラが動きを止めてから数瞬置いてみんなもようやく気付いたみたいで、一部の人を除いて全員が息を呑んでた。まあ一番驚いてたのはいつの間にか首元に鋭い鉤爪を突き付けられてたケイだろうけどね。
というかキラの奴、もしかして同行を諦めさせるために動いてくれたのかな? 僕のためにやってくれたのかどうかはともかく、せっかく作ってくれた機会を無駄にしちゃ駄目だよね。
「その通り。それに君の娘ってミニスだけじゃないでしょ? もう一人の事も考えてやりなよ」
「っ……!」
弱さを指摘して、更に今も眠りこけてるもう一人の娘を引き合いに出す。
この子まだミニスの膝で眠りこけてるんだよねぇ。姉の服を固く握りしめながら。姉がまた帰ってこないかもしれない、なんて知ったらどんな反応するか楽しみですね?
「クルスさん。どうか、どうか娘をよろしくお願いします……」
「……俺たちの大切な娘を、どうかよろしく頼む」
二人とも僕に任せるのが最善って理解したみたいで、またしても深々と頭を下げてきた。オヤジの方は無力感を噛みしめてるような表情してたけどね。
しかし、こう思い通りに事が運ぶと自分で台無しにしたくなっちゃう不思議。いや駄目だぞ、僕……上手く行ってるんだから変な事して引っ掻き回すなよ……。
「任された。どれくらい時間がかかるかは分からないけど、無事に元気な姿で帰らせてあげるから、安心しなよ?」
ちょっとイケナイ考えが頭を過ぎったものの、何とかそれを振り払って優しい笑顔で返事を返す。
なお無事に元気な姿で返すとは言ったが、精神面がどんな状態かは言及しない。まあメンタルは強い方みたいだし、ハニエルみたいにはならんでしょ。たぶん。
「とはいえ、せっかく感動の再会を果たせたんだ。今後の旅の予定を立てたり色々とやらなきゃいけないこともあるし、五日くらいはこの村に滞在するつもりだよ。その間、家族水入らずの時間を過ごすと良いさ」
「……ありがとう。だが俺たちの娘にここまでしてくれる君たちは、最早家族の一員のようなものだ。この村には宿も無いし、是非ともこの家に泊っていってくれ。精いっぱいのおもてなしをしよう」
「お、家族の一員? じゃあ僕がミニスかレキのどっちかと結婚するってことかな?」
結婚かぁ。そういえばこの世界の結婚に関する法律ってどうなってるんだろ。一夫多妻制だと嬉しいなぁ。それならミニスとレキのどっちかとは言わず、両方って言えるのに。そして結婚式を終えたら、ウェディングドレス姿の二人を寝室に連れ込んで……グヘヘ。
「は? 死んでもごめんだけど?」
「なにっ!? 幾ら恩人でも娘はやらんぞ!?」
とかいかがわしいことを考えてたら、娘はすっごい嫌そうな顔をして、父親は怒り心頭って感じで立ち上がった。ミニスはともかく、父親にそこまで嫌われる理由は無いと思うんですが。ちょっと親馬鹿過ぎない?
「ジョークだよ、ジョーク。そんな怒らないでよ」
「何だと!? 俺の娘たちに魅力が無いってのか!?」
「えぇ……」
今度は更に詰め寄ってきたよ。娘が欲しいって言っても駄目、やっぱいらないって言っても駄目。一体どんな答えなら良かったんですかね?
これはさすがに誰が見ても理不尽だったみたいで、妻であるミリーすらも呆れてため息をついてたよ。
「もうっ、あなたったら。あんまりクルスさんを困らせちゃ駄目よ? ごめんなさいね、この人少し子煩悩で……」
「ハハハ、まあ愛情が不足してるよりは良いんじゃない? それはそうと、この家に泊めてくれるなら部屋に案内してくれないかな? 何かもうすでに眠ってる奴がいるし……」
「くー……すー……」
さっきから一言も言葉を発してなかったし気付いてる人もいただろうけど、リアはいつのまにかグーグー眠ってた。コイツ実年齢はともかく、見た目は幼女だからか目を離すと結構寝てたりするんだよね。
あるいはそろそろ必須栄養素の補給が必要なのかも。何だかんだで憎きサキュバスを殺してたっぷり気持ち良くなったのは半月くらい前のお話だし。もしくはお話がつまらなかっただけかもしれないね。キラもちょっと飽きてきてるっぽいし。
「あらあら、きっと疲れたのね。ミニス、あなたのお部屋を空けてくれる? どうせ今夜からはレキと一緒に寝るんでしょう?」
「うん。まあ最初からそうすること考えてたし……」
おや、どうやらミニスは自分の部屋を僕たちに使わせようとしてたみたい。
それにしても一般的な女の子の部屋ってどんなのだろうね? 壁に魔術に関するメモ書きが貼ってあったり、魔術に使うような怪しげな道具がそこかしこに置いてあったりはしないよね? いや、そもそもアレは一般的な女の子じゃないか……。
「部屋は一つで足りるか? 女の子もいるし、二つくらいあった方が良いんじゃないか?」
「いやぁ、大丈夫だよ。僕とキラはとっても深い関係だから。ね?」
「ん?」
キラを抱き寄せて肩を組んで、実は肉体関係があるんですよ的なアピールをする。深い意味は特に無いし、脈絡が無かったせいか本人は何も分かってない感じの反応してるけどね。
ただ一拍置いて理解してくれたみたいで、ニヤリとあくどい笑顔を浮かべてくれた。まるで殺人鬼みたいな邪悪な笑顔――いや、マジで殺人鬼だったか。
「……ああ、そうだな?」
「え、あの、ちょっと?」
そして何故か僕の頭をガッチリホールドしたかと思えば、それはもう鋭そうな歯の並ぶ口を開けながらずいっと顔を近づけて――って、待って待って、何するつもり!? く、食われる!?
「――むぐぅ!?」
そうして僕はキラに食われ――はしなかったけど、唇を奪われました。でもこれ絶対キスじゃないよ。こんな乱暴に噛みついて貪るような乱暴なの、ベッドの中とかならともかく人前でやるようなもんじゃないでしょ。
というかコイツ、何でいきなりこんなことしてきたんですかね? やっぱりキラとだけキスしてなかったってのがお気に召さなかったんだろうか。だって何か取って食われそうで怖かったんだもん。実際今も興奮より恐怖の方が若干大きいし……。
「あらあら、若いって良いわねぇ?」
そんな捕食行動にも似たキスっぽい何かをしている光景を前に、ミリーは微笑ましそうに笑ってた。こんな悍ましい光景を前によくそんな感想が出てくるな……ミニスとケイはすっごい嫌そうな顔してるのに……。