円満な家庭
親子の感動の再会が終わってから、ミニスママはようやく僕らの存在に気が付いたみたい。野次馬も結構いたからとりあえず家の中で話すことになって、やっと中に入れてくれたよ。お客様をこんなに待たせて良いと思ってるんですかね、全く……。
「すー……すー……」
「あはは。レキったら、泣き疲れて眠っちゃったよ?」
姉妹丼――じゃなくてミニスの妹のレキは、泣くだけ泣いたらそのまま眠っちゃったっぽい。皆でテーブルを囲んでるのに、一人だけミニスの膝の上で寝息を立ててた。無防備に眠る幼女って何かこう、良いよね!
「仕方ないわ。もう二度と会えないと思ってた大好きなお姉ちゃんが、無事に帰ってきてくれたんだもの。悪いけどレキが起きるまで、そのまま抱きしめてあげてて?」
「うん。ていうか、ガッチリ服を掴まれてるから絶対離してくれないと思う……」
よくよく見れば確かにレキのちっちゃなお手々は、ミニスのもふもふコートをがっしりと掴んでた。たぶんミニスが立ち上がってもぶら下がって落ちない程度には固く掴んでるんじゃないかな。眠ってるのに絶対離さないとでも言いたげな妹の握力に、ミニスも苦笑いしてたよ。めっちゃ嬉しそうに頬っぺた緩んでたけどね。
「皆さん、お茶をどうぞ? お菓子もありますから、遠慮なさらずに食べてくださいね?」
「お、ありがとう」
「わーい! いただきまーす!」
「ん、まあまあの味だな」
お茶とお菓子を出されたから、とりあえずちょっと摘まんでおく。
もちろん毒が入ってないかどうかは確かめたよ。当たり前じゃないか。見知らぬ人が出した食事を何の警戒もせず口にするほど、危機意識はガバガバじゃないよ。
「じゃあ自己紹介から始めよっか。僕はクルス。コイツはキラ。僕たちは聖人族の国で色々破壊工作をしてたんだけど、久しぶりにこっちに戻って来る時、死にそうになってた子を聖人族の国で見つけたから連れて来たんだ。しばらくはこの子らの親を探して旅する予定なんだよ。まあ一人はもう目の前に親がいるけどさ」
「リアはフェリアだよ! よろしくねー!」
相手は別にお偉いさんでも何でもないし、僕はもう勇者でも何でもないから口調は特に飾らず素のまま話す。
ちなみに旅の設定に関しては特に変更は加えてない。色々考えたけどやっぱりこのままの方が一番だからね。でもそれだとミニスをこの村に置いて行かないといけないから、そこだけはちょっとあること無いことを付け加えて理由を捻り出しておいた。その部分に関しては今言うとややこしくなるから、それはもうちょっとだけ後でね?
「私はミリーと言います。よろしくお願いしますね? それで、クルスさん……死にそうになっていた、というのは……?」
「お察しの通り。ミニスは聖人族の国で旅人を襲う役目を負わされてたみたいで、返り討ちにあってリンチを受けてたんだよ。あと少しで殺される、ってところで僕が通りかかったから事なきを得たって感じだね」
不安そうな顔をしてるミニスママことミリーに、予め用意してた真っ赤な嘘を語る。でも厳密には全部嘘ってわけじゃないか。前半部分は本当の事だし。
「そんな……! ミニス、大丈夫なの!? 怪我はない!?」
「だ、大丈夫だよ、お母さん……その、もうソイツに治して貰ったし……」
リンチの部分で顔色を真っ青に変えたミリーに迫られ、ミニスはやんわりと笑顔を浮かべた。若干引き攣ってるように見えるのはそれも真っ赤な嘘だからだね。
しかしコイツ本当に真実を言わない気だな。面白くない……。
「そう、良かった……クルスさん。この子を助けて頂いて、本当にありがとうございます」
「ハハハ。良いよ良いよ、仲間を助けるのは当然のことだから」
「どの口でそんなこと言ってんのよ、クソ野郎……」
「こらっ、ミニス! 助けてくれた人に何て口を利くの!」
「だ、だって……!」
反論しかけるけど、やっぱりミニスは口を噤む。
そりゃ真実を言ったら口封じに殺すって言ったし、大好きな母親に言えるわけないよねぇ? でも誰かに自分の辛い境遇を聞いて欲しいでしょ? ほらほら、口にしちゃって良いんだよ?
「ごめんなさいね? この子、人見知りが激しくて……」
「いやぁ、慣れてるから平気だよ。ハハハ」
「うぐぐぐ……!」
僕に対して申し訳なさそうに頭を下げるミリーの姿が受け入れがたいのか、ミニスは悔しそうにこっちを睨みながら唸り声を上げてた。あんまり変な声出すと膝の上の妹が起きちゃうよ? 何か長いウサミミがピクっとしたし。
「――ただいまー、帰ったぞー」
って、おや? 玄関の方から野郎の声が……ミニスパパかな? もしやさっきのレキの耳の動きは、玄関での物音に反応したのかな? その割には目覚めてないあたり、今は姉の膝の上で眠るのが大事っぽいね。それとも元から好かれていないのか……。
それはともかく、リビングに現れたのは予想通りミニスパパだった。何でそれが分かるのかというと、身体的特徴がミニスたちと似通ってるから。レキと同じ茶髪で、ミニスと同じ赤目だし。それ以外の身体的特徴に特筆すべき点は無いかな。野郎の癖にウサミミが生えてるのがちょっと気に食わないくらい。それ引き千切って良い?
「おかえりなさい、あなた。今日はあなたにサプライズがあるのよ?」
「サプライズ? 何だ?」
立ち上がったミリーがさりげなくミニスの姿を隠すような位置に立って、ミニスパパの視線を遮りつつ伝える。当然見知らぬ人たちが椅子に座ってふんぞり返ってる姿しか見えてないから、すっごい怪訝な表情してたよ。
「ふふっ。私たちの可愛い娘が、帰ってきたのよ?」
「た、ただいま……お父さん……」
そう伝えてから横に退いて、帰ってきた愛娘の姿を父親に見せる。もしかして演出好きなんですかね、ミリーさんとやらは。
「……み、ミニス? ミニス、なのか?」
「うん……そうだよ、お父さん……」
そして二人して涙を浮かべて見つめ合う。まーた始まったよ、この親子は……あんなお涙ちょうだいなくっさい光景、何度も見せられるとさすがに腹が立ってきそうだよ。
「ミニス……ミニスううぅぅぅぅぅぅっ!!」
「わぷっ!? ちょっ、お父さん、苦しいよ!」
感極まったように叫んだミニスパパが、そのままダッシュでミニスに近付いて熱い抱擁に移る。本人が苦しいって申告してるけど、見た感じ嫌がってはいないっぽい。嬉しそうに顔がにやけてるしね。ツンデレかな?
「良かった! 無事に帰ってきてくれて、本当に良かった! ああ、ミニス! ミニス!」
「わ、分かったから! ちょっと離れて! レキが潰れちゃう!」
「おおっ、すまんすまん! 嬉しさのあまりつい、な?」
「もうっ、本当に乱暴なんだから……」
愛娘が潰れるのはさすがに困るみたいで、ようやくミニスパパは抱擁を止めて離れた。でもまだ何か名残惜しそうな顔してますね。もっと娘と触れ合いたいのかな?
まあ娘も娘で満更でもない顔してるし、家族仲は良好みたいだね。でもその内『パパ臭いから近寄らないで!』とか言われるんだぞ、ミニスパパ。覚悟しといた方がいいぞぉ?
「そうか、そんなことが……クルスくん。ミニスを助けてくれて、本当にありがとう」
お決まりみたいな親子の感動の再会が終わった後、とりあえず自己紹介してここに来た経緯をミニスパパ――あっ、名前はケイって言うらしいよ? ともかくケイにも話した。そしたら深く頭を下げてきて、ちょっと涙声でお礼を言ってきたよ。
別に野郎に泣かれたり感謝されても、嬉しくも何ともないんだよなぁ……お礼に何か寄越せって言いたい所だけど、金は偽造できるし大体のものは魔法で作れるから、こんなクソ田舎にある物で欲しい物なんて何も無いし、娘は既に僕のモノだしなぁ? さすがに妹の方もくださいって言って渡してくれるわけもないだろうし……やっぱ欲しい物はないわ。
「いやいや、この感謝の気持ちを未来永劫忘れなければそれで良いよ」
「恩着せがましいわね、この屑は……」
「こらっ、ミニス! 恩人に何て口を利くんだ!」
「だ、だってぇ……!」
だから気持ちだけで十分って意味で言ったのに、またしてもミニスは文句を言って怒られてる。
ていうか子供に甘々な父親かと思ったら、厳しい所は厳しいのね。時に厳しく、時に優しく。やっぱり良い家族じゃないか。幸せな家庭は羨ましいですねぇ。リアが闇の深い目で見てるぞぉ?
「……もちろん一生忘れはしないさ。君のおかげで、また元気な娘と会うことができた。また家族みんなで一緒に暮らせるんだ。これ以上の喜びは無いさ。本当にありがとう、クルスくん」
「――あっ。残念だけど、ミニスと一緒に暮らすことはできないよ?」
そんな家庭をぶっ壊すのが大好きな僕は、ここで容赦なく爆弾を投下した。予想通り、両親揃って裏切られたみたいな顔してるよ。野郎の方はともかく、ミリーさんの絶望顔はそそりますねぇ!
しかし、レキが起きてたらもっと美味しい光景が見られたのになぁ。残念……。