衝撃の事実
⋇執筆用のパソコンが机から落ちて、その上に類語辞典(約1500ページ)が落ちましたが作動に支障はありませんでした。
ついに村の入り口と思しき所に辿り着いたんだけど、マジでこの村ちゃっちい。建物は民家っぽいログハウスが二十くらいあるだけの、田舎の極致みたいなとんでもない場所だね。
そもそも入り口にも門とかそういう気の利いた物は無いし。ただの柵の切れ目で、そこに門番みたいな犬耳と犬尻尾生やしたオッサンが立ってるだけ。
というか当たり前だし今更かもしれないけどさ、野郎にもケモミミとかあるの何とかならない? はっきり言ってすっごい萎えるんですが?
「ヤッホー、お仕事ご苦労様」
そんな感想は胸の内に秘めておいて、とりあえず門番っぽいオッサンに声をかける。勇者やってた頃なら丁寧な言葉遣いで話しかけただろうけど、もうそんな必要は無いからやらないよ。あれ結構疲れるんだよね。
「うん? 旅の人たちかな? こんなド田舎へ一体何をしに来たんだい? 遠路はるばる来てくれて申し訳ないが、ここには娯楽どころか宿屋すらない何の面白みも無い村だよ?」
「うっわ、信じられないくらいのド田舎じゃん。宿屋すらないってマジ? ていうか他ならぬ住人が一番村をディスってるじゃんか」
「う、うっさい! 住んでる私たちは良いのよっ、私たちは!」
そして返ってきた答えに、何の偽りも無い本心を垂れ流した。
うんうん、やっぱり人間正直が一番だよね。こうやって何の誤魔化しも飾りも無く話せるのは最高に気持ち良いよ。ちょっと想像以上の田舎加減にドン引きしたし、正直な感想として口に出したらミニスに噛みつかれたけど。あ、物理的に噛みつかれたって意味じゃないよ?
「っ!? そ、その声は……まさか!?」
宿屋が無いならどうすれば良いか考えてたら、何やら門番のオッサンが目を見開いてミニスを凝視した。
ちなみに当人は何故かフードを目深に被って顔を隠してたりする。たぶん徴兵されたのに村に戻ってきて良いのかとか考えてるんじゃないかな。何でも良いけど顔を隠すならそのご立派なウサミミも隠せ。馬鹿正直にフードの穴に通してるんじゃないよ。
「おじさん……ひ、久しぶり……」
「やっぱり、ミニスちゃん! ミニスちゃんじゃないか! 良かった、生きて戻ってこれたんだな……!」
ミニスがフードの下から顔を覗かせると、途端にオッサンは溢れんばかりの笑顔を浮かべて尻尾をぶんぶん振る。どうも知り合いみたいだね、この二人。近所のおじさん的な感じ?
それはともかくぶっちゃけ野郎の笑顔なんていらないし、野郎が尻尾振っても気持ち悪いだけなんですが。可愛い女の子の笑顔と尻尾を出せ。
「う、うん。この人たちに、助けてもらって……」
「そうか、あんたたちがこの子を助けてくれたんだな! ありがとう!」
「いやいや、当然のことをしたまでだよ。ハッハッハ」
すっごい不本意そうな目で設定を口にするミニス、そんなことはまるで気付かず僕の手を握って感謝してくるオッサン、その汚い手で触れるのを止めろ畜生が、って言いたいのを我慢して愛想笑いする僕。
ここで実際に本音を口にしてあまつさえ張り飛ばすことができればスッキリするんだけど、勇者って立場が無くなってもまだ世界を見て回るっていう目的があるからなぁ。結局まだそこまで好き勝手にできないのがもどかしい。あー、早く欲望と感情の赴くままに行動したい!
「……なあ、俺の娘はどうしたんだ? アイツも、一緒に戻ってきたのか……?」
僕がじれったい気持ちになってると、オッサンは何やら悲し気に表情を歪めてミニスに尋ねてる。尻尾も耳も動かず垂れ下がってて、僕としては今の様子の方が好感が持てるね。
この質問とミニスの今までの発言から考えると、たぶんオッサンが聞きたいのは徴兵されたであろう自分の娘の安否なんだろうね。悪いけど僕らを襲ってきた魔獣族はミニス以外全員死んでんだよなぁ……。
「ごめん、おじさん……ミリアナは、その……」
「……そう、か……」
濁したミニスの答えでも、オッサンは全てを理解出来たっぽい。それこそこの世の終わりを見たような感じの絶望顔になってたし。
大丈夫? 身体的特徴教えてくれたら連れてきてあげるよ? たぶん墓掘って埋めた中にはいるはずだし。
「……うん。ミニスちゃんだけでも無事に帰ってこれて、何よりだよ。さ、ご両親に元気な姿を見せてあげなさい。君の帰りを、ずっと待ってるからね」
「うん……ありがとう、おじさん……」
意外なことにオッサンはすぐに表情を取り繕うと、まるで何事も無かったみたいに笑顔で僕らを村に入れてくれた。でも取り繕ってるのは表情だけで、尻尾は変わらず沈んでるんだよなぁ。分かりやすい。
そんなわけで、僕らはめでたくド田舎――もとい、ミニスの故郷に足を踏み入れました。
整備された歩道? 綺麗な噴水? そんなもんあるわけないでしょ。からかってんの?
「ううっ、クソォ……! ミリアナ……ミリアナぁ……!」
あまりの田舎さ加減に辟易しながら歩いてると、背後からオッサンの押し殺した感じの慟哭が聞こえてきた。見れば柵に手をついて泣き崩れそうになってたよ。
気持ちは分からないでもないけど、泣き止んで? 男の涙なんて何の価値も無いよ?
「しかしちょっと人が良すぎる門番さんだねぇ。愛娘が死んだってことを知らされたのに、他人の娘が生きて帰ってきたのを素直に喜べるだなんてさ」
「だよなぁ。お前が娘の代わりに死ねば良かったのに、とか言って理不尽に怒るのが一般的じゃね?」
「うっさいわよ、あんたら……まあでも、たぶんそういうこと言ってくる人もいるでしょうね……」
やっぱり似た者同士なキラと頷きあってると、ミニスが力ないツッコミを入れてきた。表情も何か不安そうで、周りから顔を見られないようにフードをしっかり押さえてる。
顔を隠してるのはそういうことを言われたくないからだったのかな? それはそうと、連行されてる容疑者っぽい姿だなぁ。手錠かけられないのが悔やまれる。
「大丈夫だよ、ミニスちゃん! もしそういう人が来ても、リアたちが守ってあげるからね!」
「おう。だからそういう奴らならぶっ殺しても良いだろ?」
「駄目だっつってんでしょうが! 八つ当たりしたくなるのも仕方ないんだから、絶対危害を加えちゃ駄目よ!」
「はーい!」
「チッ」
素直に返事をするリアと、不本意そうに舌打ちするキラ。でもこれ、村にサキュバスがいたら絶対リアは殺しに行くと思うんだ。
というかリアに関しては、行く先々で注意しないと駄目だなこれ。こんなド田舎ならむしろいない方が自然かもだけど、大きな街とかに行ったら絶対いそうだし。その度襲い掛かられるのも困るしね。
「……にしても、宿が無いのかぁ。どうするかなぁ、これ? 五日も野宿はさすがにキツそう」
「一つくらいなら部屋を開けられるから、そこに泊まりなさいよ。たぶんお父さんとお母さんは泊っていけって言うだろうし、あんたらは別にベッドが一つでも問題ないんでしょ?」
「そりゃね。お風呂を共にした仲なんだから、ベッドが一つでも何の問題も無いよ。一人で寝たかったら僕がベッドを占領するしね」
女の子にベッドを譲れ? うるせぇ、僕はしたいようにする。必要とあらばベッドですやすや眠ってる幼女を蹴り飛ばしてでも寝床を確保するぞ。衣食住の住はとっても大事だからね。
「あー! おにーちゃん、ずるい! リアもベッドで寝たい!」
「あたしは別にどこでも良いかなぁ。つーかむしろ、外の方が好きなんだよなぁ……」
ただそんな非道な真似をする必要は無いっぽいね。僕は温かくて柔らかい抱き枕が欲しいし、リアもキラも身体が小さいから三人でも余裕で寝れるだろうし、キラはむしろ外が良いって言ってるからね。
ただリアと一緒に寝ると角とか翼が微妙に邪魔なんだよねぇ。実はリアじゃなくてミニスを抱き枕にしがちなのはそれが理由だったりする。
「ついたわ。ここが、私の家よ……」
そうして人も少ない村の中を歩くこと数分、速攻でミニスの家の前についた。ぶっちゃけ他と同じログハウスで違いが分からんが、まあ位置とか家の向きとかで分かるんでしょ。
「本当に……生きて帰ってこれたんだ……」
涙声に顔を覗き込んでみれば、またしても赤い瞳にじわりと涙を溜めてた。
さっきのオッサンの反応とかも考えると、やっぱり徴兵は片道切符みたいだしね。生きて故郷に戻れた嬉しさに涙するのも分からなくはないかな?
「気持ちは分からないでもないけど、こんなとこで一人で感動に浸ってないで、早くお客様を家に上げてくれない?」
「黙れ、クソ野郎……私が帰ってきたこと、みんな喜んでくれるかな……?」
涙声で僕に力なく罵倒をしたミニスは、恐る恐るって感じで扉に近付くと――コン、コン、コン。ゆっくりと三回、扉をノックした。その間もウサミミは怖がるように縮こまってて、本当可愛いったらないね。どうして怖がったり怯えたりする女の子ってこんなに可愛いのかな?
「――はーい、どなたー?」
しばらくして、扉を開けて一人の女性が顔を出した。
まあ、うん。一目で誰かは分かったよ。このミニスを引き延ばしてスタイルを良くして、目つきを柔らかくしたような存在。瞳の色は赤じゃなくて青だけど間違いない。コイツがミニスの母親だね。
「お、お母さん……ただいま……」
その証拠に、ミニスはフードを取って控えめに声をかけてた。何かもうすでに大泣きしそうなくらいの涙声でね。ここで『どのツラ下げて帰ってきた!』とか言われたらどんな反応するか見たい……見たくない?
「……嘘……ミニス? あなた、なの……?」
「うん……私だよ、お母さん……!」
ただそんな僕好みの展開にはならないみたい。ミニスママは徐々に目の端に涙を滲ませて、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべつつあったし。
その反応を見て心配する必要は無いって分かったみたいで、いよいよミニスはポロポロと涙を零し始めた。話変わるけど女の子の涙って美味しそうだよね。
「ああ……ああっ! ミニス! おかえりなさい! 良かった……帰ってきてくれて、本当に良かったわ……!」
「うん……うん……! ただいま、お母さん……!」
そうして二人はどちらからともなく抱き合って、涙を零しながら熱い抱擁を交わし始めた。
さすがに幾らド田舎でも、玄関先で号泣しながら抱き合ってる親子がいたら注目の的になるみたいで、そこらの一般田舎人たちが何人もこっちを見てたよ。見世物じゃねぇんだぞ、散れ!
「……感動的な光景なんだろうけど、僕らには分からない世界だね?」
「頭じゃ理解できてるんだけどな。あたしらがあんな茶番をすることは一生無いだろうぜ」
「いいなー、ミニスちゃん。優しいお母さんがいて……」
ただ僕らの中には親子の感動の再会に胸を打たれてる奴はいなかったよ。僕もキラもいまいち感動できないし、リアに至っては妙に淀んだ瞳で闇の深い呟きを零してるし……というかお客様を放っていつまで抱き合ってんですかね、コイツらは。正直ちょっと飽きてきたぞ……。
「――ママー、どうしたの?」
って、おや? おやおやおや? ミニスママが開け放ったままにしてた扉の奥から、実に可愛らしい幼女が顔を出したぞ?
今度は逆にミニスを少し縮めた感じの幼女だ。髪は茶色だけど、それ以外は全体的にミニスママに似てる。具体的には目の色と目つきの柔らかさとか。これは間違いなくミニスママの血が入ってますね。ということは、この幼女とミニスも血縁ということで……。
「レキ、あなたもおいで! お姉ちゃんが帰ってきたのよ!」
「えっ!? ほ、ほんとに!?」
やはり、妹か……ミニスの奴、妹がいるなんて一言も言わなかったじゃないか。全く、どうして教えてくれなかったんだろうね?
それはともかく、レキって名前らしい幼女は幼女だけあって、感情表現もミニスより豊かみたい。涙ながらに姉の帰還を知らせてきたミニスママに、びっくりしたような顔を見せてウサミミもピンと立ててる。
「ただいま、レキ……!」
「おねーちゃん……おねーちゃんだ! おねーちゃああぁぁぁぁん!!」
そして泣きながら嬉しそうに笑いかけてくる姉の姿を認めた途端、こっちも顔をクシャクシャにしてボロボロ泣き出した。かと思えば野生動物を思わせる跳躍力で飛び掛かって、ぎゅっと抱き着いてたよ。幼女でもやっぱ獣人なんだなって。
「おねーちゃんっ! レキ、レキね……もうおねーちゃんと会えないって言われて、凄く悲しくて……会いたくて……ずっと、会いたくて……うわああぁぁぁぁん!!」
「レキ……私も会いたかったよ、レキぃ……!」
そして今度は姉妹で抱き合ってひたすらに泣いて、そんな姉妹をミニスママが優しく包み込む。
いやぁ、とっても感動的な光景ですね。僕らに普通の人間の心があったなら、思わず貰い泣きしちゃうくらいには感動的だよ。
「……姉妹丼、か。いいね」
「なぁ、この茶番いつまで続くんだ? そろそろ飽きてきたぜ」
「いいなー、ミニスちゃん。自分を慕ってくれる妹がいるんだー……」
でも所詮僕らは頭のネジがイカれた異常者たち。涙腺にピクリとも来ないし、他二名も同じ感じなのは聞くまでもなかったよ。特にリアはまた闇を垂れ流してるしね……本当お前は故郷の村でどんな地獄の日々を送ってたんだ……。
⋇妹がいました