村に入る準備
「しかしミニスの故郷かぁ。それじゃあ旅の設定をちょっと変えないといけないかなぁ?」
ミニスの故郷を目指して歩く中、僕は顎に手を当てて頭を悩ませてた。
国境の森で温泉に入ってる時に決めた旅の設定では、僕とキラは聖人族の国での破壊工作を終えた工作員で、リアとミニスは一旦国に帰る途中で見つけて保護した奴隷って扱いにしてた。この二人の家族を探してるってことにすれば、魔獣族の国を歩き回ることに違和感は無いからね。
でも今向かってるのはミニスの故郷。当然ミニスの両親もいるだろうし、この設定のまま向かうとミニスを手放さなきゃいけなくなっちゃう。だから早急に設定に手を加える必要があるんだよ。両親の元に送り届けても、コイツを変わらず連れ回すことができる設定がね?
「私を故郷に帰してくれる気は一切無いのね……」
「当然。この世界の救世主たる僕を殺そうとした罪は、未来永劫許されはしないよ。ていうかお前は僕の奴隷なんだよ? 里帰りできるだけでもありがたく思ったら?」
何も言ってないけど手放す気が皆無だってことは分かってるみたいで、ミニスは凄い暗い表情で毒づいた。
一般奴隷に比べたら天国みたいな待遇なのに、一体何が不満なんだろうね?
「……どれくらい、滞在するつもりなの?」
「五日くらいかなぁ。聖人族の国ではちょっとハイペースだったし、少しはゆっくりしたいからね。それに五日もあれば家族とお別れもできるでしょ?」
「家族……」
僕が尋ねると、ミニスは何やらぽつりと呟く。
表情が悲し気に見える辺り、やっぱり家族とは別れたくないんだろうね。でもミニスは僕のモノだから、僕についてきてくれないと困るんだよなぁ。うーん、家族を全員始末すれば憂いなくついてきてくれるかな? でもそこまでするとさすがにコイツも心が壊れそうなんだよなぁ……。
「あ、もしかして家族いないとか? それとも愛されずに育ったとか? それはちょっと酷いことを言っちゃったかな。ごめんね?」
「ば、馬鹿にすんな! ちゃんと家族はいるし、いっぱい愛されて育ったわよ! 愛されて育ってないのはあんたの方でしょ!」
一族郎党皆殺しにするべきか考えてる裏で会話を続けると、何でか僕が愛されなかった子みたいに言われた。たぶん僕の捻じ曲がり方が親の愛情不足だと思ってるんじゃないかな? 的外れもいいとこだけど。
「いや、僕も愛されて育ったよ? 僕がイカれてるのが親の愛情不足のせいだと思ってるんだろうけど、それは全く関係ないからね?」
「う、嘘……何で、愛されて育ったのに、こんな……!」
それを教えてあげると、信じられないって言いたげな目で僕を見てきた。おまけに『こんな』呼ばわりされちゃったよ。ちょっと酷くない? 確かに僕は頭のネジが何本か抜けたヤベー奴だけど、一応赤い血の通った暖かい人間なんだよ?
「心の病気じゃない? 僕、苦しむ女の子を見るのが大好きだしね――おっと、魔物だ」
『グルルルル……!』
戦慄するミニスを尻目に歩いてると、地面の起伏を乗り越えた所で魔物の団体さんを見つけた。
一見ただのオオカミにしか見えないけど、こっちを睨むお目々が白目も黒目も全部真っ赤になってるから違うと思う。アレでただのオオカミなら獣医さんに診てもらった方が良いと思うよ?
「よし、あたしが片付けてやるぜ」
「あっ、待ってキラちゃん! リアもやるー!」
何か言う前に真の仲間二人が飛び出して、魔物の狼――略して魔狼に突撃した。正式名称は他にあるのかもしれないけど、まあ魔狼でいいや。どうせそこまで興味も無いし。
「ハハハハハ! どうした、そんなもんかよ! 狼の癖して猫に負けるなんて恥ずかしくねぇのか!?」
『キャインッ!?』
そして数秒で築かれる地獄絵図。迫る魔狼の首の骨を蹴り砕いたキラが、別の魔狼の上顎を鉤爪で斬り飛ばしたかと思えば、横をすり抜け様に尻尾を掴んで引き千切る。あまりの暴虐っぷりに魔狼さんたちもタジタジしてるよ。
で、コイツはヤバいって感じたのかキラを無視して大人しそうなリアに殺到するわけだけど……。
「よしよし、良い子良い子ー。はい、ブスリ!」
『グガッ……!』
こっちはこっちでまた酷かった。どれだけ噛みついてもひっかいても傷一つ与えられず、笑顔で頭を撫でられてそのまま短剣で頭蓋を貫かれてく。
全然効いてないのは僕の魔法のせいとはいえ、それを知らない魔狼たちからしたらこんなん悪夢も良いとこなんだよなぁ……。
そういや魔狼に群がれて噛み噛みされてるリアを見て思ったけど、出会った時に比べるとしっかり肉がついてて美味しそうな身体してるんだよね。初めは死にかけかつ食生活がアレだったせいでスリーサイズ調べても意味が無いような感じだったし、しっかり肉がついた今調べてみるか。解析!
身長:125cm
スリーサイズ:63/44/68
うーん……この身長でこのスリーサイズってかなりイカれてる気がする。腐ってもサキュバスなだけはある、将来有望な数値だね。惜しむらくは成長しないから有望な将来が永遠に来ないって事かな?
でもこれはこれで需要がありそうで良いんじゃない? 本人は傷つくだろうけどさ。
「……そういや人数も減ったし、戦力を遊ばせておく余裕も無いから、お前にも武器をあげるよ。何が良い? 僕が知ってる武器なら何でも良いよ?」
レーンを一旦聖人族の国に帰したから、今僕の可愛い手駒は二人だけ。バリバリに戦えるのはキラしかいないし、ここはミニスにも戦力になってもらった方が賢明だね。
そんなわけで、隣に突っ立ってるミニスにどんな武器が良いかを聞いたんだけど――
「いらないわ。あんたから物を恵んでもらうなんて屈辱だし、それに思ったよりも素手の方がしっくり来るし」
まさかの必要ないって答えが返ってきました。どうして一番に来る理由が武器の適正じゃなくて感情の問題なんですかね? そんなに僕から恵んでもらうのが嫌なの……?
「確かに脚力はなかなかのもんだったよね。でも足や拳を使うなら金属製のブーツとかガントレットとかあると良いんじゃない? 何なら指パッチンすれば宇宙の半分を一瞬で消滅させられるようなガントレットとか――」
「いらないって言ってんでしょ。あんたからの施しなんて死んでもいらないわ」
「あ、はい……」
何だろう、凄く傷ついた。本当に何でこんなに毛嫌いされてるんですかね? あんまり僕を悲しませるとおしおきしちゃうぞ?
「お、アレかな?」
ミニスの申告通り、約二日後。トマトジュースを零したみたいな夕焼け空の下、ついに村っぽいものがはっきり見えてきた。
何気にこの世界に来てから村に入るのはこれが初めてだったりするんだよね。ここまでハイペースで進んできて、村とか小さな集落はスルーしてたし。一応遠目に見てたりしたことはあるけど、まさか一切足を踏み入れずに魔獣族の国にまで来ちゃうなんてねぇ……。
「そうよ。アレが私の故郷、シャヌーロの村」
自慢半分、諦め半分っていう複雑極まりない表情で村の名前を口にするミニス。
たぶん諦めに関しては僕らが自分の故郷に足を踏み入れるのを受け入れるしかない現実に対してで、自慢に関しては自分の生まれ育った素敵な村っていう自負からの感情じゃない? 生まれ育った村が一番、っていうのは分からないでもないんだけど……。
「何かすっげー小さくない? あの村」
「ド田舎だな、ありゃ」
「うーん。リアの村よりも小さいかな?」
「うっさい! 私の故郷を馬鹿にすんな!」
どう贔屓目に見ても、ちゃっちいクソ田舎の村だった。ミニス以外の全員の意見が一致しちゃってるからね、これ。
それに今まで僕が見てきた街は高い壁で囲われてて、魔物が襲撃して来ても安心って感じだったのに、こっから見た限りでは壁っぽいものは見当たらない。見間違いじゃなければボロッボロで低い木の柵ならあるっぽいけど、子供が体当たりしただけで壊れそうな貧弱な作りにしか見えないんだよなぁ。
これはミニスの故郷が特殊なのか、それとも街以外はみんなあんなもんなのか……情報が少ないから断定できないのが歯がゆいですね……。
「……それじゃ村に行くわけだけど、みんな予め決めた設定を忘れないようにね?」
「はーい、おにーちゃん!」
「分かったわよ、クソ兄貴……」
「……まあ、覚えてたらな」
村へ行く前に、予め決めておいた僕らの設定を忘れないように念を押す。この中じゃキラが一番不安な感じだね。
ちなみにミニスの僕に対する呼び方は『クソ兄貴』に落ち着いたっぽい。お兄ちゃん扱いしろっていう僕の願望と、本人の僕に対する好感度の低さが合わさった結果かな? まあこれくらいの呼び方ならわりと一般的だろうから問題ないよね。
こういう普段はクソ兄貴呼ばわりしてくる生意気な女の子が、特定の場面ではお兄ちゃん呼ばわりしてくる展開って萌えるよね……萌えない?
「ああ、それと――虚言罰則、解除」
「えっ……?」
ちょっと思うところがあって、僕はミニスにかけた虚言罰則の魔法を解除した。まさかそんなことをしてくれるとは思ってなかったみたいで、ミニスは目を丸くして僕を見てたよ。
「これでよし。今のお前の立場とか、僕の正体とか、色々嘘がつけないと困るからね。だから今回は解除しておくよ。まあ別に誰かに本当のことを話しても構わないけど、その場合口封じはするから話す相手は考えておいた方が良いよ?」
「は、話さなさい! 絶対、誰にも言わないわよ!」
世界規模のテロを未然に防ぐことが出来るかもしれない情報を拡散できるようにしてあげたのに、ミニスはそれはもう千切れそうなくらいに激しく首を横に振ってた。口ではそう言いつつ、って感じかと思ったけど顔がマジで青いからこれ絶対誰にも言わないな……。
「本当に良いの? 僕らの正体や目的を言い触らすまたとないチャンスだよ? ここで僕らの存在を知らしめておかないと、大量の犠牲者が出るんだよ?」
「何を期待してるのか知らないけど、誰かに話したらその人を殺すんでしょ? てことは逆に言えば、私が何も話さなければシャヌーロの人は誰も殺さないんでしょ? だったら話すわけないじゃない。私は知り合いや大切な人を死なせるくらいなら、見知らぬ大勢の人間を犠牲にするわよ」
「おぉう、なかなか合理的な判断だね。最近はそういう判断が下せない軟弱な奴が大勢いるらしいから、素直に賞賛するよ」
どっかのお花畑大天使を思い出しつつ、素直にミニスを賞賛した。
大切な人を救うためなら、見知らぬ人が幾ら死のうが知ったこっちゃない。多数を救うために少数を犠牲にする。これぞ正しい人間の答えだと思う。きっとミニスは有名なトロッコ問題なら間違いなく多数を助ける方だね。残りの一人が知り合いとかならそっちを助ける。
えっ、僕? 僕はアレだよ。一旦一人の方に車線を切り替えた後、あえてもう一回切り替えて多数の方を犠牲にするかな。自分の手で殺ったっていう実感が得られそうだし。
「あんたからの尊敬なんかいらないわ。それよりも約束して。私が何も話さなければ、村の人たちには絶対手を出さない、って」
「しょうがないなぁ。いいよ、約束する。お前が僕らの秘密を漏らさなければ、村の人たちは誰も殺さない」
「……それはあんただけじゃなく、コイツらも含めて、よね?」
「しっかり条件を確認する。プラス二十点」
良いねぇ、ちゃんと約束の裏の裏まで考える洞察力。今のところ真の仲間にはなれないはずだけど、段々とミニスが気に入ってきたよ。ガバガバ契約を結ぶ女神様も少しは見習って、どうぞ。
「オッケー。じゃあコイツらにも殺させないよ。ただまあ、できる限りだから万が一コイツらが殺しちゃってもそこは許してね? コイツらはちょっと、我が強いから……」
「酷い、おにーちゃん! リアはおにーちゃんの言う事、ちゃんと聞くよ!」
「あたしも普通に聞くぞ。その代わり、どこでも良いから発散に連れてってくれよな?」
「あぁ……まあ、うん。できる限りでも良いから、よろしく……」
ミニスもそこは大目に見てくれるというか、コイツらはダメだって思ったみたいで、ちょっと引きつった感じの表情で頼んできた。
まあ最悪コイツの家族とか友達に手を出さなければ大丈夫でしょ。でもあんなド田舎なら住民全員が知り合いってこともあるから、線引きが結構難しそうなんだよなぁ。とりあえずリアが暴走しちゃうとアレだから、サキュバスとかはいませんように。