天国と地獄(もうひとつの昔話 44)
仲むつまじい夫婦がおりました。
男はやがて重い病気になってしまいます。
――天国と地獄か……。
天国と地獄はどうちがうのだろう。さらに死んだあと、自分はどちらに行くのだろうと考えました。
と、そこへ。
「お迎えに参りました」
男の枕元に天使が現れました。
これから天国と地獄の両方に連れて行くので、自分の目で実際に確かめたらいい。そして気に入った方に行けばいいと言います。
男は妻を悲しませたくなかったので、こっそり内緒で家を出ました。
男は天使のあとについて、長いこと真っ白な雲の中を歩き進み、やがて地獄と書かれた扉の前に到着しました。
天使が地獄の扉を開けます。
男が中をのぞいてみますと、そこには長いテーブルがあり、たくさんの人たちが座っていました。
みんなで食事をしているようです。
男は不思議に思いました。
テーブルの上に並んだ食べ物が、なぜだか少しも減っていないのです。
男は食べている者たちを観察しました。
スプーンとフォークが長すぎて、食べ物が口に届かないのです。おなかをすかせた人たちは、大声で不平不満を叫んでいました。
――かわいそうに……。
男はひどく悲しい気持ちになりました。
「こちらが天国です」
天使が地獄の隣にある扉を開けました。
男は中をのぞいてみました。
そこにはやはり長いテーブルがあり、たくさんの人たちが座って食事をしていました。
地獄と同じで、みながそれぞれ、とても長いスプーンとフォークを手にしていました。
――あれでは食べられないぞ。
男がそう思って見ていますと……。
そこにいた人々は、長いスプーンとフォークを使って自分の向かいに座った人の口に食べ物を運んでいました。みなが満腹そうで、とても幸せな表情を浮かべていました。
――ここは穏やかだなあ。
男はとても幸せな気持ちになりました。
男は天使に教えられたのです。
自分のことばかり考えるのではなく、ほかの者のために尽くすことが大切なことを……。
「どちらに入りますか?」
天使が男にたずねました。
「あちらにします。地獄でこまっている人たちに、天国の食べ方を教えてあげようと思うのです」
男は地獄の扉を指さしました。
「わかりました」
天使が地獄の扉を押し開けました。
と、そこへ。
「あなたー」
妻がかけよってきました。
「どうしてオマエがここに?」
「あなたのことが心配で、急いであとを追ってきたんですよ」
「そうか……」
男は天使に向き直りました。
「今回はどちらにも入りません。私を妻のところに帰してください」
「わかりました」
天使はほほえんでうなずいたのでした。