面を貫いて
目の前に剣先を突き付けられて
体中が悲鳴を上げている。
疲労の限界も超えて、自由な手足も動かせない。
つぎの瞬間には私の命を奪われているだろう。
まだしたいことだってある。
だが生き様で後悔は残していない。
私は私のしたいようにいつだって選択してきたのだから。
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「何故ですか!」
自身の上げた怒声が部屋の外に響いている事を頭の片隅で理解しつつも、その抗議を取り下げることはできなかった。
第三皇女が戦場に派遣されるというのだ。
ただのお飾りでしかない役目として、供もまともに付けさせてもらえず。
それも死ぬのが確実なパンクタム地方に。
私は大して出世もしていない一騎士だ。
特に皇女に縁があるわけでもない。
だが出世も何もかも捨てて選んだの矜持だけは持ち合わせている身として、政治の為に殺されるというそれは受け入れられない事だった。
「落ち着き給え、そもそも君如きが意見できるような立場でも話でもないだろう?」
そう冷徹な目で私を刺すように見ているのは、第二騎士団団長だ。
この国の軍事力として、
近衛や皇都の守護を司る第一騎士団。
他国との国境などに派遣され国防を担う第二騎士団。
地方都市などの治安維持を担う第三騎士団。
この3つが常備戦力として存在する。
大国とはとても言えない我が国の戦力としては過剰も良い所だが、今は徴兵も行われている。
我が国は四方を他国に囲まれたに陸の国で、特産といえるものもなく、精々が鉱山がいくつかある程度だ。
そんな我が国を攻める国が複数あるのは正直事実か疑いたいほどだが、私も第三騎士団所属ながら前線への応援で行った事があるから、その非常な現実は痛いほど理解している。
だからこそ、高貴なるものの義務を背負ってるとはいえ、まだ二十歳も行かぬ年若い皇女が、継承権を持つというだけで死にに行かされるのが我慢ならないのだ。
「君は一騎士の立場にありながら、畏れ多くも国王陛下の下された最終決定に反意を示すのかね?」
「ぐっ……」
そうだ、私の言ってることはただの感情論だ。
たとえ私の言ってる事への賛同が多く寄せられたとしても、それは既に下された決定を覆すほどのものではない。
……だが、それでも。
「私は第三皇女殿下の供に志願いたします!」
矜持は捨てられない。
ここが私の命の捨て時だ。
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第三騎士団でありながら、此度戦場に派遣される第三皇女の供に志願した男は「モルテム・スペルビア」
最初に配属されたのは第一騎士団で、そこで大した家柄でもないが、副団長まで上がるのではないかとまで言われた人物だ。
今第三騎士団にいる事からわかるように、左遷された。
その自身の信念や矜持、誇りを強く持ちすぎたのだ。
第三皇女が戦場に派遣されるという噂を聞いた時点で、謀殺を理解する程度に頭の回る人物だ。
それでも、その真っ直ぐに生きようとし過ぎる態度は眩しがられた。
この眩しいというのが尊敬ではなく、疎ましがられている事を表すのがこの国の現状を表している。
「惜しい人物なのだがな……」
そう呟く第二騎士団団長に「そうだな」と苦笑と共に同意するのは第三騎士団団長だ。
モルテムが第二騎士団の団長室に噂の真実を確かめに来る前から別の事柄を話すために同席していた。
「もう少し誇りを埃まみれにできれば出世していたろうにな」
そう半ば茶化すように第三騎士団団長も零した。
お互いの胸に去来するのは彼の貫く青臭さへの侮蔑と尊敬だ。
尊敬よりも憧憬というのが的確かもしれないが、そこに自分達が立つ立場としての正しさはない。
だから侮蔑も尊敬も押し込めて、だが彼の望みである死に場所への片道切符は両団長とも意見に相違なく渡すことになった。
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「殿下」
そう呼びかけられた第三皇女は、この死に場所へと志願した奇特なものへと視線を向けた。
最初は戦場へとおくられるだけでなく、確実に「戦死」してもらうために差し向けられた騎士かと思った。
だが戦場へと向かう道中に、彼自身への態度として警戒を解かない事をむしろ褒められ、その中でも自身の事を理解してようと務める態度、皇女と共に死ぬ運命へと決めた侍女や護衛へ頭を下げて接するその姿に、いつしか馬車に同乗することを許す程の仲となった。
「この戦場が最期とはさせないとは申せませんが、そのために出来るだけのことはさせて頂きます。だからと言って死ぬ前にしたい事をしないで願掛けなどもしないでいただきました。」
目を合わせながら静かに心の内を零すように話すその姿はまさに「騎士」だった。
ふとそういう思いが浮かんだ皇女に向けられた次の言葉は
「貴方立派に皇族としての務めを果たしておられます。だからこそ、最期の瞬間まで、一人の少女として、生きるのをあきらめないでください」
彼の意思と覚悟の強さを物語るような熱を持っていた。
その熱にあてられて、いつの間にか涙をこぼしている事に皇女は気付いた。
あわてて涙を拭おうとする彼女に優しくハンカチを差し出しつつ、泣くことは別に恥でもないから止めなくてもいいのですと優しく言われて、皇女は号泣した。
そして、戦場に出る当日はやってくる。
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「…………う事で、ではお願いします。」
皇女が最期となるであろう敵方を含む目の前の景色を眺めていると、彼が皇女のお付きのものに何か頼んでいるのが聞こえた。
「モルテム、何を頼んだの?」
皇女がそう呼びかけると、彼は殿下の事ですよ。とだけ笑って言い残して、殿下の代役として率いることになった部隊まで馬に乗って駆けていった。
これが最後の会話となった。
「お前ら!今回の戦場は第三皇女殿下もまみえられた死地だ!」
「この死地を乗り越えられるものなど0に等しいだろう!」
「だが我らの意地を通し!この国に住まう家族の平穏を願おう!」
「突撃ィ!」
彼は自らが先頭に立って鼓舞し、駆けることに震えていた。
大した地位を得ているわけでもない彼が前日に出した意見をもとに、倍以上の戦力を持つ相手に戦うのだ。
そしてそれ以上に命の捨て場所と決めた事に歓喜と恐怖を抱え、まだ若い命を拾うために彼は駆けた。
相手は歩兵が先頭に盾と槍を構え、こちらの突撃を迎え撃つ陣形だ。
命を拾うためにはこの突撃で頑強な敵を崩すしかない。
かといってこの場だけで自信の命を捨てるわけにはいかない。
本陣まで切り抜けてやる、と無理やり笑い雄たけびを上げて衝突した。
槍を打ち払い、盾を馬で蹴り飛ばし、彼は駆けた。
馬がつぶれてからは足で、自身の槍で敵を撃ち払いつつも周りの部隊の動きに合わせて前線指揮官として十分に動いた。
その結果。彼は敵の大将となる人物がいる場所まで抜けた。
満身創痍で、槍も鎧も欠け、凹み、その姿でも背後にまだ残る敵も寄せ付けぬ覇気をまとっていた。
その周りの空気から、まだ年若く見える敵の大将と一合ぐらいはできるか、と思ったその時。
その大将から、一騎打ちを提案された。
一騎打ちなど考えもしなかった彼は思わず数瞬思考を止めた。
この時に不意打ちをくらっていたら確実に死んでいただろう。
だが、その大将の言葉に周りはいさめるような雰囲気はあるものの、特に反対もしていないようだった。
これは最期にとてつもない相手と会ったな。
と思いつつその申し出を受けた。
相手が馬から降り、進み出てきたのを見て、彼自身ももうまともに使えない槍を捨て、剣を抜き、鞘も捨てて相対した。
「私は騎士モルテム・スペルビア。今回の申し出、有難くお受けします」
「私はコングロマリット王家第二王子グローリア・イグサーシトゥス」
此方が名乗ったのに合わせ名乗ってくれた相手がよもや相手国の王子と思わず一騎打ちを提案された時並みに驚いた。掲げられた旗から、向こうからも王族が出ているかもしれないかとは思いはしたが、その通りであることはやはり驚愕を隠せなかった。
「ふふ、そんなに驚いてくれるな。……いや、あそこまで獅子奮迅の戦いをした人物に驚かれるのも悪くない、か」
そう笑いつつ、私を万が一打ち倒せたら何か望む物はあるか?むしろわが貴下に加わるか?と問われた。
一つ頼み、そして剣を合わせ……
場面は最初へと帰還する。
「……か、てなかった身で、勝利した時の、願いを言うのもなんだが」
彼はもう掠れ掠れになった声で殿下やまだ残る者たちへの慈悲を願った。
「私の首に、価値などないが、もう尽きるこの命に、免じて」
剣を合わせている最中から無表情へと移っていったその顔に汗をにじませながら、第二王子は、私の腕ひとつ持っていきかける程の武勇、私の所まで辿り着いた戦術眼、それらで私の高くなった気を窘めてくれた君の命に免じて。と剣を振りかぶった。
感謝する。そして彼女たちの平穏を祈る。とこぼした声は音を発しただろうか。
自らに突き出される剣を彼は迎えた。
読んで頂きありがとうございました。
皆さんは確固たる信念がありますか?
作者はありません。
その道中に浮かんだアイデアを出させて頂きました。
書くことも慣れてない中の作品ですので、至らぬ点多き作品かとは思いますが、感想いただけたら幸いです。




