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虚ろな満月

掲載日:2019/07/28


 私は暗い林の中、一人で横たわっていました。


 ……確か、そうです。私と弟は家の近所にある、この林で、虫取りをしていたのです。


 起き上がると頭に痛みが走ります。


 どのくらいの間、眠っていたのでしょうか……


 そして辺りを見渡せど、弟の姿がありません。


 サイレンが鳴りました。

 けたたましい音に、思わず耳を塞ぎます。

 空気を震わすような、大きな大きな音でした。

 獣の叫び声にも似ていたように思います。


 私は、ひどく"それ"に怯えました。


「たけしーー」


 声は何年も出してなかったかのように枯れていました。


 木々の隙間から、満月の明かりが見えました。

 この満月のおかげで、うすぼんやりと周囲の様子を知ることが出来ます。 


 ”満月”……?


 今日は新月のはずです。

 なぜなら、私は夏休みの宿題で月の観察日記を付けているのですから、間違いようがありません。

 

 「お姉ちゃん、お姉ちゃん」


 弟の声が、どこからか聞こえました。


 「たけし?どこにいるの?」

 「ここ、ここだよ」

 「どこなの?わかんないよ」

 「ここ、ここだよ」


 声のする方に目を向ければ、遠くにグロテスクな赤色をした肉肉しい泥の塊がありました。


 「ひぃ」


 思わず、目を背けたくなる代物でした。

 だってそれは、ぐにょぐにょと弾むように全体が微妙に形を変えて―まるで巨大な心臓みたいなのです。


 「助けて、お姉ちゃん」


 声はその塊から、発せられました。

 けれどそんなはずはありません。

 私の弟なはず、ないのです。


 「いや、いや。来ないで」


 ズルズルと地面を引きずって、こちらに向かってくる”それ”へ、私は呼びかけました。

 

 「お姉ちゃん、お姉ちゃん」


 ”それ”は弟の声で私に呼びかけます。

 私はすっかりパニックになって、”それ”から逃げるように駆け出しました。


 けれど、”それ”は想像よりも、ずっと素早く私を追い立てるのです。

 

 (あっ)


 私は追いつかれる寸前で、転んで強く、頭を地面にぶつけました。

 

 そうして意識がぼんやりとしている、私の目の前に”それ”が居ます。


 そして、”それ”は弟の声でなく、図太い男の人の声で、こう言うのです。


 「これ、()()()()()だよ」




******



 目を覚ますと、そこは病室でした。


 父と母が泣き腫らした目で私を見ています。


 「たけし……は?」


 私の問いに、父はゆっくりと首を横に振りました。


 そうなのです。私は思い出しました。


 私と弟は、あの林で得体の知れない誰かに追い回されてしまったのです。


 そして、弟は――


 私は再び意識を失いました。




*******


 

 サイレンが鳴りました。

 けたたましい音に、思わず耳を塞ぎます。

 空気を震わすような、大きな大きな音でした。

 獣の叫び声にも似ていたように思います。


 ――そしてそれは、弟の声に似ていました。

 










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