虚ろな満月
私は暗い林の中、一人で横たわっていました。
……確か、そうです。私と弟は家の近所にある、この林で、虫取りをしていたのです。
起き上がると頭に痛みが走ります。
どのくらいの間、眠っていたのでしょうか……
そして辺りを見渡せど、弟の姿がありません。
サイレンが鳴りました。
けたたましい音に、思わず耳を塞ぎます。
空気を震わすような、大きな大きな音でした。
獣の叫び声にも似ていたように思います。
私は、ひどく"それ"に怯えました。
「たけしーー」
声は何年も出してなかったかのように枯れていました。
木々の隙間から、満月の明かりが見えました。
この満月のおかげで、うすぼんやりと周囲の様子を知ることが出来ます。
”満月”……?
今日は新月のはずです。
なぜなら、私は夏休みの宿題で月の観察日記を付けているのですから、間違いようがありません。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
弟の声が、どこからか聞こえました。
「たけし?どこにいるの?」
「ここ、ここだよ」
「どこなの?わかんないよ」
「ここ、ここだよ」
声のする方に目を向ければ、遠くにグロテスクな赤色をした肉肉しい泥の塊がありました。
「ひぃ」
思わず、目を背けたくなる代物でした。
だってそれは、ぐにょぐにょと弾むように全体が微妙に形を変えて―まるで巨大な心臓みたいなのです。
「助けて、お姉ちゃん」
声はその塊から、発せられました。
けれどそんなはずはありません。
私の弟なはず、ないのです。
「いや、いや。来ないで」
ズルズルと地面を引きずって、こちらに向かってくる”それ”へ、私は呼びかけました。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
”それ”は弟の声で私に呼びかけます。
私はすっかりパニックになって、”それ”から逃げるように駆け出しました。
けれど、”それ”は想像よりも、ずっと素早く私を追い立てるのです。
(あっ)
私は追いつかれる寸前で、転んで強く、頭を地面にぶつけました。
そうして意識がぼんやりとしている、私の目の前に”それ”が居ます。
そして、”それ”は弟の声でなく、図太い男の人の声で、こう言うのです。
「これ、お前の弟のだよ」
******
目を覚ますと、そこは病室でした。
父と母が泣き腫らした目で私を見ています。
「たけし……は?」
私の問いに、父はゆっくりと首を横に振りました。
そうなのです。私は思い出しました。
私と弟は、あの林で得体の知れない誰かに追い回されてしまったのです。
そして、弟は――
私は再び意識を失いました。
*******
サイレンが鳴りました。
けたたましい音に、思わず耳を塞ぎます。
空気を震わすような、大きな大きな音でした。
獣の叫び声にも似ていたように思います。
――そしてそれは、弟の声に似ていました。
終




