復活の呪文
俺は復活の呪文を使えるという老師の噂を聞いてこの山(ジョジェウイ山)通称ジジイ山の頂へと来ていた。
頂に着くと今にも倒壊しそうな小さな小屋がぽつんと1つあり、そこからイメージしていた老師より数倍ほど髭が長い老人が出てきた。
その老人の第一印象は、俺と同じ匂いがしたというか、何か胡散臭い。その一言に尽きた。
この老人が本当に老師なのだろうか。いや、こんな辺境の地に普通の人が住めるとは到底思えない。きっとコイツが復活の呪文を使えるという老師なのだろう。そうであって貰わねば、ここまで来た意味が無い。
「なんじゃ?こんなとこに人が来るとは珍しいのぉ。」
地面につくのでは無いだろうかと思うほどの長い髭を老師と思われる老人が両手でさすりながら言ってきた。
ってか、髭伸ばしすぎだろ!!!お前の髭の方が珍しいわ!!後、両手で髭さする奴初めてみたわ!!
頭の中は、目の前の髭の事でいっぱいである。胡散臭さと相まって笑いをこらえるので忙しい。
いかんいかん。俺は復活の呪文を伝授してもらいにきた立場だ。わずかでも伝授の可能性があるのであれば老師を愚弄する事はまずい。俺の復活呪文商売ウハウハ人生からかけ離れてしまう。
そう思い返して、気を引き締めなおし老師の目を見た。そして、嘘の話を始める。今回は、愛する人を生き返らせたいと願う武闘家の設定だ。
「どうしても生き返らせたいのです!老師よ復活の呪文の伝授をして頂けないでしょうか。お願いします。」
老師かもわからない老人にそう伝え、俺は綺麗なお辞儀をした。この時の為にこれだけは勉強してきたのである。了承をもらえるまで頭はあげないつもりだ。
「どうしようかのぉ。」
この返答で俺は目の前の老人が老師である事を確信した。
すると、老師が髭をさするスピードを上げた。考え事をすると早くなっていくのだろうか。そのせいで俺に再び笑いが戻ってきてしまった。
声はどうにか止められているが、顔が非常にまずい。満面の笑みになっているのだ。こんな状態でお辞儀の頭を戻せたものじゃない!笑ってはいけないと思うほど笑いが込み上げてくる。俺は冷静になる為に地面に集中した。地面を見て面白いと思ったら、きっとそれは異常だからだ。
さあ見るんだ。地面を!
ダメだ!!!!!異常だ!!!プププ。
何故か地面に落ちている小石の形ですら笑いがこみ上げてくる。何が”さぁ見るんだ。地面を!”だ。真面目にそう考えていた自分を思い返すと更に笑いで腹が痛くなる。
はぁ、はぁ、厄介なジジイだ。どうにか冷静にならねば。。。笑いを堪えるのも限界にきている。そうだ!毎日の苦痛な日々を思い出そう。
あれは辛かったなぁ。友人から旅行に誘われたのにお金が無くて自分だけ行けなかった日。何ていうのか気まずい空気が流れてなぁ。あれは嫌だったな。あれ以来旅行に誘われなくなっちまったしな。おっ、丁度いい感じに笑いが止まったわ。よし!
冷静になった俺は、無事にお辞儀した顔を上げる事が出来るようになった。
「復活の呪文を覚えるのはそんなに容易くないぞい。」
そう言うと、老師が壺をこちらに突き出してきた。了承を貰った俺は頭をあげる。
しかし、これは何の壺だろうか?足りない脳みそをフル回転させるが全くわからん。これはなんだ?いっそ老師に聞くか?いやいや、こんな事もわからんのか?などと不機嫌になっても困る。んー、そうか。おそらく呪文を伝授する俺の力量をその壺に示せという事だな。
俺は、本気のかかと落としを壺にかました。壺はあっけなく壊れた。
チャリーン、チャリン
壺を割ると中からお金が出てきた。
ん?何が正解だったんだ?この金はくれるって事でいいよな。
「ありがとうございます。」
すぐに俺は金を拾った。きっとこの金は、かかと落としへの対価なのだと信じる事にした。
ペシン、いたっ!
老師がどこからか出した杖で俺の手を叩いてきた。
「それは、わしの金じゃ。お主にもお布施をしろという意味で壺を出したのだがのぉ。。」
「えっ!そうとは知らず申し訳ございません。しかしながら、老師は神に近いお方と聞いております。金銭欲などは既に無いのだろうと勝手に思っておりました。」
お布施だとー!このジジイ調子に乗りやがって。俺の商売が軌道に乗ったら払ってやってもいいが、今は一文無しだし払う事なんてできんわ!頼むから、お布施が無いと伝授しないとかやめてくれよー!
「!!?確かに確かに!わしは神の領域に近づいた人間である事は否定せん。金銭欲などとうの昔にかき消してやったわ。そ、その金は、お主にくれてやる。」
何とかこの場を凌いだな。後は、呪文さえ教えて貰ったらこんなジジイに用は無い。まぁご機嫌でもとっておくか。
「ありがとうございます老師。それにしてもその杖の攻撃力素晴らしいですね。武闘家の自分でも叩かれた際に声を出してしまいました。耐える事だけには自信があったのですがね。」
(歩く時の補助用に通販で買った杖なんじゃけど、これってそんなに良い武器なのか?)
「まぁ良いじゃろう。復活の呪文を教えてやるが他言するで無いぞ!後一度しか言わないからよく聞くのじゃぞ!」
「お願いします!!」
ようやく呪文が聞ける。どうせザオリクとかレイズとかそんなとこだろ?さぁ言ってこい!
「“カルトールザルバモールスーランノルットレーダーヌーマニャエルホンポットオンリャイキカエレトスマンホントハイキカエレダケデイイ”」
!!!?
なげーーーー!こんなの一度じゃ覚えられねーよ!
後、最後に”本当は生き返れだけでいい“って言ったような。
ドスン
老師が倒れた。
「最後にお主に言わねばならない事がある。この呪文は呪いなのじゃ。この呪文を唱えると呪文を唱えた人間は死ぬ。その代わりに死んだ人間を生き返らせるというものだ。よく考えて使用するがよい。お主との茶番劇も楽しかったぞ。さらばじゃ。」
老師は、地面に横たわり安らかに眠った。
「老師ーーー!!」
俺は大声で叫んだ。その声であたり一面の鳥が羽ばたくほどに。
まいった。知らんジジイはどうでもいいんだが、呪文が覚えられなかった。しかも、唱えると死ぬだって!?確かに人を簡単に生き返らせたりできるんだったら、こんな辺境の地じゃなく俺同様に復活呪文商売ウハウハ人生を繁華街で暮らしながら歩んでいた事だろう。
さて、どうするか。使ったら死ぬ呪文。もう聞く相手もいない。
「ホントハイキカエレダケデイイ、この部分しか覚えてないんだよなぁ。」
ヴッ。心臓が。。。
俺は地面に倒れた。
ジャリジャリジャリ。
顔を上げる事は出来ないが、誰かが近づいているのがわかった。そしてそれが誰なのかも。
地面に着きそうなヒゲが見えたからである。
「お主のお陰でワシは復活したよ。若かりし時の力も戻ってきて助かった。何故自分が倒れているのか分かっていないようだな。最後だし教えてやろう。そもそもこの呪文は、自分の生命力を全て相手に捧げるというものだ。対象は1km圏内となり、その範囲内に多数の人がいる場合は効果を発揮せず、1人の場合のみ効果を発揮するのじゃ。お主が嘘をついていたのも最初からわかっておったわ。顔を見ればそういう奴は大抵わかるからのぉ。老い先短いワシはずっと待っておったんじゃよ。若い人間を。その生命力をのぉ。危険な賭けじゃったわ。先にワシが死ななくてはならんし、お主が呪文を使ってくれなければいけなかったからの。」
ジジイの声が少しずつ遠くなっていく。俺はここで死ぬのか。。。
「ワシはずっと考えておったのじゃ。どうすれば相手が呪文を唱えてくれるかとな。お主も聞いておったからわかったじゃろ?その言葉に興味が出るようにわざと長くしてその部分のみ強調した事が。そして、覚えている範囲いや覚えさせられた範囲の言葉を言いたくなるのが人間というもの。だから、本当はイキカエレダケデイイだけなのに、呪文を長くしたのじゃ。あっ!!!!!」
髭がゆっくりと地面についていく。代わりに俺に力がみなぎってきた。どうやらジジイがイージーミスをしたようだ。
「ざまぁねーなジジイ。自分で知ってて言ってちゃお終いだぜ!」
ジジイは死んだ。俺は生きた。
あれから20年、俺は毎日真面目に生きている。