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第十一話 二人の問題(解決編)

「野茂、でしょう? デビルレイズの」

 わたしの答えを聞いて、大月と柘植は顔を見合わせている。しばらくみんなは黙っていた。空調が冷気を吐き出す音、そして廊下からのゆったりとした足音が聞こえてくる。

 やがて、柘植は肩を落として、溜息をついた。解かれて落胆したのか、それとも見当違いの回答に失望したのか。

 その溜息に村田は柘植を一瞥したが、正解をしばらく伏せたまま話を進めたほうが盛り上がると考えたんだろう。嗜虐的な笑みを浮かべて、わたしに根拠を尋ねた。

「まず、最初の15、17、25ですが、これは原子番号です」

「つまり、リンのP、塩素のCl、えーと……、マンガンのMnになるわけね」

 村田は周期律表に目を這わせながら言うと、続ける。

「でもこれじゃ、意味が通らないわよ」

「ええ、そこで次に七を……」

 わたしが言いかけると、亜希子は早合点したようである。

「月に変換して、その方位に合わせるの? 例えば七だったら未、つまり南々西……ってあれ?」

 亜希子の声は段々と細くなっていく。わたしは笑って言った。

「この七は十二支の七番目って意味なんだよ」

「子・丑・寅・卯・辰・巳……午ね」

 村田が言うと、わたしは頷いた。

「それで、リンから見て、十二時の方向。つまり窒素のN。続いて塩素から見て10時の方向、つまり、O」

「五番目は辰だから……マンガンから見て8時ね。つまり……」

 亜希子もそう言いながら、周期律表を指でなぞっている。やがて顔を上げたが、口惜しそうに呟いた。

「Mo」

「そういうこと」

 わたしは済まして言うと、柘植に微笑みかけた。柘植は悔しそうな顔をしている。

「正解、です」

 その一言でわたしも密かに安堵の息をついた。精一杯、強がって顔に出さないようにしてはいるものの、正解かどうか聞くまで気を抜けない。

「負け惜しみじゃないけど、もう一歩だったのになぁ」

「本当ですよ。あの質問をどう切り抜けるか、必死でしたから」

 大月が言うと、わたしたちも異口同音に頷いた。しかし、そんな中で柘植はきょとんとした顔である。

「あれ、雑談じゃなかったんですか?」

 それを聞いて、大月の顔に苦笑が浮かんだ。彼女の表情を見てか、亜希子が鎌をかけていたのに自分一人が気付かなかったせいなのか、柘植は悄然としていた。まぁまぁ、とわたしは割って入ると、亜希子へ尋ねる。

「そうだ、最初は全く手を付けてなかったみたいだけど、どうして? あの段階で、二つ目の手がかりがあるなんて……」

「予測できるんだなぁ、これが」

 亜希子は得意そうに言うと、不敵な笑みを浮かべて尋ねる。

「大月さんが教室に入ってきた時、柘植くんなんて言ったか覚えてる」

 ええと、確か……。わたしは柘植を一瞥すると記憶を辿った。

「例のものは持ってきたか、とかなんとか」

 その答えを聞いて、亜希子は満足そうな笑顔を見せた。

「つまり、〈例のもの〉がまだあるわけでしょ? それが出てきてない以上、解けないんだから挑戦するだけ時間の無駄ってことにならない?」

「なるほど。でもクイズとは全く関係ないかもしれないじゃない?」

「まぁそうなんだけど、開口一番言ったのよ。わたしたちに挨拶もせずに。それだけ大事な用だったと考えるのが自然じゃない?」

 彼女はそう言うと、肩を竦めて続けた。どこか寂しげでもある。

「もちろん人の心なんだから証拠はないけど」

「……でもまぁ面白ければいいんだし」

 村田は明るく言ったが、その笑顔はどこか作り物めいていた。澱んだ空気を振り払おうとしたらしい。そうですね、と亜希子も頷いて、大月へ目を向けた。

「面白かったよ。まるで文系と理系の化学反応」

 その賛辞を聞いて、大月は頬を赤らめる。そして面映そうに手を振って応えた。面白かったというわたしの率直な感想を聞くと、大月は小さな声で呟く。

「ありがとうございます。化学反応は褒めすぎですけどね」

 しかしわたしの脳裏に浮かんでいたのは、化学反応ではない。さっきの部長との話だった。


「そういえば、肝試ししないかって。部長が今度の夏休み」

 それを聞いて、村田は頭を抱えた。呆れて物が言えないようである。

「単位すら充分取れてないのに何考えてるの? あの人」

「もう決定した口振りでしたけどね……」

 わたしは苦笑交じりに応えた。表立って非難こそしなかったが、胸の内側では村田に同意していたのは言うまでもない。

 村田はしきりに溜息をついている。

「まったく、いつもそうなんだから。あの人は」

「まぁまぁいいじゃありませんか」

 亜希子はそう言ったが、もちろんなだめているんだろう。その証拠に言い終わると、小さな溜息が聞こえてきた。亜希子の溜息が聞こえたかどうかは定かではないが、村田は複雑な笑みを浮かべている。気まずさと気づかいが交錯しているような笑みだった。

「村田先輩、まさか怖いんじゃ……」

 大月がわたしにそっと囁きかける。しかしその声は漏れ聞こえていたらしく、村田はいきり立った。

「べ、別に怖くなんかないわよ! 行きましょ!」

「じゃ、連絡しておきますね」

 村田の声は震えていたが、それに気づかない振りをしてスマホを取り出す。部長にメールを入れると、みんなに都合のいい日を尋ねた。一斉にスマホを取り出したが、村田は柘植を一瞥すると答える。

「そんな先のことなんて分からないわよ」

 それを皮切りに……

「ごめんね、決まり次第連絡するから」

「すみません、わたしもまだ予定が……」

 異口同音にそう言われて、わたしは肩を竦める。予定が決まらないというのは柘植がいる手前に過ぎない。今夜あたり、村田が談合をメールで取り仕切るんだろう。

 面倒だと独り言ちたが、そんなわたしの独白など知るよしもない。柘植は無邪気に喜んでいた。




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