第九話 解釈の問題(解決編)
「まず天馬は少年、つまり芽です」
わたしが立ち上がってそう言うと、村田は後を促した。
「それで?」
「そしてじゃがいもの芽には毒があります。つまり、天馬の脅迫を指しているのです」
わたしの声から、村田は自信のなさを読み取ったらしい。元気づけるように、しっかりと頷く。
「なるほど、一理あるわね」
そして反論の有無をみんなに尋ねた。どんな反論あるだろうか? わたしはドキドキしながら辺りを見回した。辺りは静まり返り、時折原稿のページをめくる音が聞こえてくるだけである。
村田がスマホに目を向け、口を開きかけた時だった。大月が控え目に手を挙げる。
「大月さん、何?」
村田が尋ねても、大月はしばらく机をじっと見つめていた。どう言おうか考えているらしい。
「上手く言えるかどうか解りませんが」
「どうぞ」
村田は笑顔で言ったが、無愛想な物言いだった。大月の顔に寂しそうな影ができる。
「何か強引だと言う気が……」
「そうかなぁ? わたしはそう思わないけど、どの辺が強引なの?」
村田の問いかけに、大月の小さな吐息が聞こえる。
「それが分からないんですよ……」
「じゃあ反論にはならないわね」
村田がぴしゃりと言うと、大月は項垂れる。村田は部員たちの顔を見回して、他に反論がないかを尋ねた。顔を見合わせただけで何も言わない。村田は一人頷くと、亜希子へ目を向ける。
「亜希子、正解?」
その問いかけに、亜希子は微笑んで頷いた。わたしは椅子に腰を落ち着けると、彼女に疑問をぶつける。
「そう言えばさ、わたしには解けないって言ってたよね。あれ、どういう意味?」
「ああ、あれ? だって萌、料理あまりしないでしょ? だからじゃがいもの芽に毒があること知ってるのかなぁって」
「わ、わたしだってじゃがバタくらいは作ったことあるよ」
完璧な負け惜しみである。しかもじゃがいもの芽に毒があるとは知らず、えぐり取らずに食べてしまった。その結果、腹痛に悩まされたのだが、それは伏せておこう。
「ま、まぁ簡単に作れるよね。電子レンジに掛ければいいだけだし」
亜希子はそう言ったが、苦笑を噛み殺しているように見えた。その表情を見て、わたしはいっそう悔しくなった。
04Q正解時のみ下記の文章を表示させること。
わたしたちはしばらく推理小説の話で盛り上がっていたが、亜希子は窓の外を眺めていた。心ここにあらず、というような顔である。そしてしきりに漏れる溜息。ねぎらいの挨拶を交わし、一人、また一人と教室からは笑い声が消えていく。
最後まで残っているわたしを見て、亜希子は尋ねる。
「萌、帰らないの?」
「うん、ちょっと聞きたいことが、ね」
わたしはそう言うと、廊下を見回した。誰もいないのを確かめると、そっと教室の扉を閉める。そして亜希子の向かいに腰を下ろすと、勝手な解釈だと前置きした上で言った。
「ヒントの絵には、Tamura Reikoって書かれてたよね。田中礼奈のモデルはもしかして……」
「そう、高校時代の同級生。同じ美術部だったの。まぁほとんどマンガ研究会みたいなものだったけどね」
亜希子はそう言うと、溜息をついて天井を見る。
「前、わたしがイジメに気付きながら、何もしなかったって打ち明けたの覚えてる?」
「もちろん」
わたしが力強く頷くと、亜希子は躊躇いがちにスケッチブックを取り出した。そして壊れ物でも扱うかのような手付きで一枚一枚ページを繰っていく。植物画が中心で、どの絵も上手だった。ところどころ挟まえているアニメタッチの絵は、亜希子の絵だと言う。
彼女は交互に見比べて、自嘲的に言った。
「月とスッポンでしょ?」
「そうかなぁ、亜希子の絵も上手いと思うけど」
「ありがとう」
しかしじゃがいもが描かれているところまで捲ると、亜希子の手が止まった。しばらく震えていたが、目を背けると、勢い良く次のページを開く。その光景に、わたしは息を呑んだ。テープで貼り合わせられていたが、その跡は包帯のようで痛々しい。紙質のせいで膨らんでいたと思っていたが、テープの跡だったのだ。よく見ると消しゴムや涙の跡。
確か亜希子は取り出す時、カーテンを閉めていたっけ。みんなに見られたくなかった、いや亜希子自身、見たくなかったのかもしれない。
彼女の心境を察すると、わたしは目を背けざるを得なかった。
「自分で破ったの」
「亜希子の、ために?」
作中では陽子を守ろうと、玲奈は自分のイラストを破っていた。だとすれば亜希子は陽子に重ねていたんだろうか。そんなことを考えながら、わたしは亜希子のミルクティーに目を移す。単なる偶然かもしれないが、作中でも陽子はミルクティーを買っていた。
「……ある意味ではね。だから陽子はわたしの分身でもあるの」
「ある意味?」
わたしが聞き返すと、亜希子は頷く。
「そう。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、じゃないけど絵の上に、……その、悪口を書かれてたの」
亜希子は悪口と控え目に言っているが、そんな生易しいものではなかったんだろう。スケッチブックを太陽にかざせば分かるかもしれないが、いたずらに暴き立てたくない。
この破られたスケッチブックや涙の跡に目を落とすと、亜希子の言葉を待った。わたしから促してはいけないような気がしたのだ。
「……庇ってあげられなかった。でも、わたしのイラストにまで落書きされそうになって。それで、それで……」
こんな辛い目に遭うなら描きたくない。そう宣言して、破ったと亜希子はわたしへ語った。上手く慰められないのがもどかしい。
「そっか」
「でね、あとに残されたのはこのスケッチブックだけだったの」
「後に残されたってまさか」
流石にわたしの言葉を予期したのか、弱々しく笑う。
「その後、体調を崩して休学したの。美術室にはこれが残されていたって言う意味よ」
「安心した」
自殺していないと知り、わたしは胸を撫で下ろした。そしてスケッチブックに目を落とすと何気なく続ける。
「これだけ上手なんだから、嫉妬くらいされるよね」
「そうかもね。……でも、よかった」
「よかった? どういう意味?」
「解釈の問題。わたしが教職を取るきっかけになったから」
「いい先生になれるよ、きっと」
わたしがそう言うと、亜希子は照れ笑いを浮かべた。しかし、まだ打ち明けたいことがあるらしい。躊躇いがちに言い淀んでいる。
「それともう一つあるんだけど……」
「何?」
「誰にも言えなかったから、これを機会に解いてもらおうと思ったの。萌にね」
ようやく亜希子は憑き物が落ちたように息を吐いた。その吐息とともに抱え込んでいたものが吐き出されたように感じた。
また回りくどいことを……。わたしは苦笑したが、亜希子の気持ちは分からなくもない。罪の告白をしたい気持ちと、軽蔑されたくないという葛藤の狭間で揺れ動いてたんだろう。
しかしそんな迷いも今は見えない。亜希子はイタズラっぽくウィンクして言った。。
「萌には難しい問題かもって言ったでしょ。その上、柘植くんを引き合いに出して、焚き付けれたの。意地でも解いてもらおうと思って」
「つまりわたしは探偵役? 亜希子に操られて、事件を解いてたってわけ?」
わたしは呆気に取られて尋ねると、亜希子はにっこりと微笑んで答える。
「そういうこと」
「本当、いい先生になるよ……」
わたしは呆れ顔で言うと、片手拝みをした。
「ごめんごめん。今度、学食のラーメンおごるから許して」
むろんわたしは怒っていない。むしろ安堵の気持ちで胸が満たされていた。
別に気を遣わなくてもいいと断ると、亜希子は笑って立ち上がる。そして思い出を慈しむかのような手つきで、スケッチブックを閉じたのだった。




