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第九話 解釈の問題(ヒント)




「随分、書いたんだね……」

 わたしが最後の一行を読み終えて呟くと、亜希子は恥ずかしそうに俯いた。

「四十枚くらい、かな」

「え? 十八ページですけど」

 柘植は戸惑顔でページ番号を確かめている。

「ああ、それはね……」

 大月が答えようとするのを、村田は笑顔で遮った。

「原稿用紙換算よね」

 そうです、と亜希子は短く答える。そしてミルクティーを飲むと、二人から目を逸らした。大月と礼奈が重なるのか、いたたまれないようである。そういえばイジメの描写は生々しい。もしかして実体験なんだろうか。そんなことを考えながら亜希子へ目を向けると、かすかに脚を爪で叩いている。

「全く無関係なんですけど、質問いいですか?」

 大月が小さく手を上げると、村田は大袈裟な手振りで言った。しかしどこか空々しい。

「ウェルカム! どんどん話を広げて。あ、もしかして全く関係ないと言っておきながら、核心をつく作戦?」

 それを聞いて、大月は慌てたように手を振る。図星だったんだろうか。

「本当に関係ないんですって。ただ、この小説の結末が気になって」

「結末?」

 村田が意外そうに尋ねると、大月は頷いた。

「はい。陽子さんって自殺するんです?」

 考えていなかった、と亜希子は答えると、さらに続ける。

「大月さんはどう思うの?」

「わたしは自殺すると思います。だって玲奈ちゃんと陽子さんが下駄箱で別れた時の描写と重なりますよね。礼奈ちゃんが自殺してるから陽子さんも自殺するのかな、って」

「確かに重なるけど……」

 わたしが言い淀むと、大月は溜息をついた。

「やっぱり無理がありますよね。だから作者の意図を聞いてみたんですけど」

「まぁ、高校受験じゃないんだし、小説なんか自由に解釈すればいいと思うけど」

 亜希子はそう言うと、視線を宙へ漂わせた。男子には聞かれたくない内容らしく、柘植を素早く見ると、大月へ小声で尋ねた。

「例えばそうね、高校の授業で『こころ』って習わなかった?」

「え、ええ……漱石の」

 戸惑いがちに頷く大月へ、亜希子が何事かそっと耳打ちをした。途端に、大月は耳元まで赤くなっていく。

「そ、そんな妄想をしながら授業を受けてたんですか……」

 しかしそう言いながらも大月の表情はうっとりとしていた。その顔を見て、村田は咳払いを一つする。呆れ顔だった。

「こらこら、亜希子、一体どんな話してるの」

「いけない恋の話です」

 亜希子は済まして答えると、大月へ笑いかける。

「ね? 大月さん、想像力って大事でしょ」

「そうですね」

 大月は笑顔で頷いた。さっきまで浮かない顔だったが、自信を取り戻したようである。もしかしたら、大月の好きな話題を亜希子は知っていたのかもしれない。

 わたしが問題文へ再び目を落とすと、柘植が手を挙げた。そして村田に指されるよりも早く、質問を始める。興奮しているらしく、いつになく早口で聞き取りにくい。

「あの、すみません。解釈が人それぞれって言ってましたよね。なら、そもそも答えなんてあるんですか?」

「……確かに言われてみれば」

 大月も呟いたが、村田は優しく柘植へ答えた。

「柘植くん、そういう場合は解釈でいいのよ。みんなから反論が出なければ」

「解釈ですか」

 柘植の声は弱々しい。それを聞いて、詩の解釈は苦手だと言ってたのを思い出す。紙をめくる音がした後、村田は励ますように彼へ言った。

「でもまぁ、ささっと読んでみたんだけど、妥当な解釈は一つしかないみたいだし……。答えを絞るための四択問題なんでしょ?」

 それを聞いて、亜希子は自信に満ちた声でこう答えた。

「ええ、そうです」

 四択問題。当て推量で二十五パーセントである。消去法で考えていけばさらに絞り込めるかもしれない。いや、こんな解法は邪道だ。そう考えて、わたしはゆっくりと首を振った。

 北海道、ゴッホの絵、飢饉。じゃがいもについて思いつくままに書き殴っているとアラームが鳴り響く。

 村田がスマホのアラームを止めると、わたしたちへ聞いた。

「誰か分かった?」

 しかし、誰一人として手を挙げない。村田はみんなの様子を見て、亜希子へヒントを出すように促した。想定内だったらしい。亜希子はカーテンを閉めると、鞄からスケッチブックを取り出す。みんなが覗き込む中、付箋の付けてあるページを開いた。下のページが膨らんでいたが、ゴワゴワした紙質である。当然なのかもしれない。

 ペガサスが描かれているんだろうかと期待したが、描かれていたのは一部をえぐり取られたじゃがいも。

「うわぁ、上手い!」

 大月は歓声を上げて、亜希子へ尋ねた。

「これ先輩が描いたんですか?」

 恥ずかしいんだろうか。亜希子は俯いて首を振る。

「高校の友達が描いたの。だから借り物よ」

 言われてみれば、片隅にはTamura Reikoとサインが書かれていた。どうやら作中人物の田中礼奈はこの名前から取られたものらしい。

 村田がスケッチブックを眺めると、亜希子に確かめる。

「これがヒントなのね?」

「はい」

 亜希子が頷くと、村田は改めてみんなへ尋ねた。

「今のヒントで分かった人」

 依然として答えが出る気配はない。このままだと解かれないまま次の問題へと移ってしまう。亜希子が残念そうに溜息をついて言った。

「特に萌は解けないかもね。柘植くんのほうがまだ望みがあるかも」

「どういう意味?」

 わたしは亜希子へ尋ねると、文字通りの意味だと答える。そして彼女は目元に笑いを浮かべ、わたしを挑発的に一瞥した。……何か悔しい。絶対に解いてやる。そんな思いでわたしは手を挙げたのである。

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