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第八話 無限の問題(解答偏)

作図しようとして失敗しましたOTL

「整数と分数は必ず対になっているんです。合コンで男性と女性が向かい合うときみたいに」

 わたしが言うと、村田は尋ねた。大月は答えだけを聞きたいらしい。立ち上がると紙へ目を落とす。

 村田は彼女の顔へ一瞬、目を向けたが、すぐにわたしへ尋ねる。

「どうやって?」

「整数は無限にありますが、番号は付けられます」

 わたしは鉛筆を掴むと、1、2、3……と書き始めた。大月は納得しているが、柘植は口を挟む。

「先輩、それは自然数です。整数は-1も含みます」

「そうなの?」

 初耳だと言いたそうな顔で大月が尋ねると、柘植は頷いた。わたしも笑って答える。

「うん。もちろん、そのことは知ってる。だから、こう番号付けすれば……」

 わたしは問題用紙へ数字を書いた。

    -3 -2 -1 0 1 2 3

    6  5  3  1 2 4 7

 柘植は満足そうな笑みを浮かべているが、大月は困惑しているようである。

「えーと、1の次は2に番号付けして、その次は、-1……。交代で番号付けをしていくんですか?」

 わたしは頷くと、鉛筆を摘み上げた。

「そういうこと。時計回りで番号を付けていくって考えれば、分かりやすいんじゃないかな。こんな風に」

 そう言うと、ぐるりと時計回りの円を描く。その先に小さな矢印を書き込むと、村田は頷いた。

「そうすれば確かに整数の個数は数えられるわね。でも分数の場合は?」

「分数の場合も同じです」

 それを聞いて、大月は手提げかばんから銀色のペンケースを取り出す。飾り気がなく、それがより一層、品格を際立たせていた。意気揚々とフタを開けて、鉛筆を摘み上げたが、項垂れていく。

「あのう、すみません。番号って付けられるんですか?」

「あの方眼紙を使えばできるんだよ」

 わたしは柘植へニッコリ微笑みかけると、彼の手元に目を向けた。柘植は悔しそうな顔で、方眼紙の封を切る。

 一方の大月はポカンとした顔をしていた。

「どういうことです?」

 わたしは含み笑いをして、彼女へイタズラっぽく目配せをする。そして、柘植から方眼紙を受け取ると、言った。

「例えば、まぁ、どっちでもいいんだけどけど縦の目盛りを分子、横の目盛りを分母ってするでしょ?」

「は、はぁ……」

「そうすると、ここの点は2分の1、この点は3分の2だよね」

 わたしは鉛筆を掴むと黒く塗って、大月の顔を見た。不安そうな顔をしていたが、戸惑いがちに頷いた。

「え、ええ……、でも、そうするとどうなるんです?」

「時計回りに番号を振れるようになるよね」

 わたしは大月へそう言うと、再びぐるりと円を描いてみせる。その円を見て、大月は応えた。

「そうですね」

「つまり整数……」

 わたしはそう言いかけて、柘植の顔が目に入った。ここまで順調なのに最後の最後で訂正されるのも癪である。わたしは咳払いをして言い直した。

「……じゃなかった自然数と分数が対になるってことが分かるでしょ」

「つまり整数と分数は同じだけある、と」

 大月は言葉を継ぐと、わたしの顔を上目遣いで見た。わたしは真面目くさった表情を作って頷くと、方眼紙へ目を落とした。

「そういうこと。Q. E. D.。」

「正解です。無限って面白いでしょう? 両方とも可算集合だと証明すればいいわけですから……」

 柘植は目を輝かせて饒舌多弁に語っているが、みんなは困惑気味に頷いている。村田が手を叩くと、柘植は我に返ったらしい。恥ずかしそうに顔を伏せる。

 村田はそんな彼の顔を一瞥すると、方眼紙をヒョイと摘み上げた。そしてわざとらしく溜息をつくと、言った。

「それにしても無限ねぇ、なんか人生設計って言ったら大袈裟だどさ、将来どんなことをしていくのか、を考えちゃうわね」

「は、はぁ……。人生、ですか」

 大月の困惑顔に構わずに頷く

「そう、だってどんな会社の面接を受けて、どんな会社に入って、とかたくさんの選択肢の中から選ばなきゃいけないわけでしょ。あと、どんな人と付き合って、とかも」

 そう言うと、村田は肩を竦めた。道化けてはいたが、寂寞と哀愁が漂っている。天井を仰ぐと、大袈裟に嘆いた。

「あぁ、もっとモラトリアム期間が欲しい!」

「大学院行けばいいじゃないですか」

 柘植の朗らかではあるが、軽々しい発言に村田は頷いた。

「ええ、そうね。でもそれだって一つの選択でしょ。結局、永遠に選択を繰り返すのかも」

 しばらく鉛のような沈黙が流れる。村田はフッと短い笑みを見せると、明るい声で言った。

「なんてね、哲学者ぶったけど本当は何も考えてないのよね。まぁなるようになるでしょ」

「そうですね」

 大月は頷いたが、今ひとつ実感が湧かないようである。それよりもわたしが時計回りの円を描いている時、大月はある空想をしていたらしい。

 わたしは彼女へ目を向けて、何気なく尋ねた。

「どんな空想?」

 しかし大月はその問いに目を伏せただけである。やがて頬を朱に染めて、彼女はポツリとこう答えた。方眼紙の上に無限の宇宙、無限の空間、そして無限の時間が広がっている空想だと……。

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