第七話 創作の問題(解決編)
「あの、もしかして答えは10ですか?」
柘植の答えに、わたしはその理由を尋ねる。柘植はおもむろに立ち上がると、黒板の前に進み出る。そしてチョークを摘み上げると、1、2、3、4、5、6、7、8、9、と書いた。
「36進数ですよね?」
それを聞いて、わたしは頷いた。
「正解」
「え、そんなのあるんですか?」
大月が不服そうに尋ねると、柘植は得意そうな顔で答える。
「勝手に作れるんだ。計算方法さえちゃんとしてれば。よく1+1はいつも2っていうよね。でも、あれは厳密には正しくない。1+1=1って言う計算方法も……」
「その話はいいから」
わたしが笑って遮った。すると柘植はバツの悪そうな顔で言う。
「すみません。つい……」
「それで?」
わたしが後を促すと、柘植は説明を続ける。
「はい、0から9までは10進法と同じです。でも、この次はA、B、C、D、E、Fと続くんですよね」
「つまりB+Eは?」
また話が脱線しないようにと柘植へ尋ねた。
「10進数で表すと、Bが11、Eが14となります。Pは25となり、演算がちゃんと成立します。同様に9×5。この19ですが、10進数で表すと……」
そう答えると、黒板に大きな文字で45と書いた。
「同様に、10÷6=6。この10ですが、36進数で表すと36です。つまりZ+1は1桁繰り上がって10になります」
そう言うと、柘植はわたしへ目を向ける。渾身の作を解かれてしまい、わたしは悔しかった。しかしその気持ちを笑顔の下に押し隠す。
「どうだった?」
わたしは席へ向かう折、並んで歩く柘植へ尋ねた。
「面白かったですよ」
「楽しんでもらえて何より」
わたしはそう応えて、椅子へ腰を下ろす。解かれても、出題者としてこれ以上冥利に尽きることはない。引き続き楽しんでもらおうと『数理パズル』を手に取った。適当に改変して出せばいい。全ての創作物は既存の作品を改変して生まれるのだ。
「村田先輩が来るまでの間、暇つぶしにこれでも解いていようよ」
わたしは亜希子へ言ったが、彼女は渋い顔で提案を退ける。
「簡単すぎるんじゃない?」
「それもそうか」
わたしは頷いて、ナップサックに入れようとした時である。教室の扉が開いて、村田が入ってきた。
「ごめん、ちょっとレポートが終わりそうになくて」
「あれ、でももうおおかた単位は取り終えてるんじゃ……」」
亜希子が怪訝そうに尋ねると、村田は大げさに咳払いをする。そして誤魔化すように笑った。
「……まぁ、そんなことはどうでもいいじゃないの」
部長の代筆ではと思ったが、確かな証拠はない。村田は話を逸らすかのようにわたしへ尋ねた。
「そ、そういえばもう終わった?」
「終わりました」
わたしはそう頷くと、古本の表紙を彼女へ向けて、続けた。
「なので、先輩を待ってる間、これでも解こうかなと思ってたんですけど……」
亜希子に却下された旨を伝えようとする。しかしその前に村田の短い叫び声で遮られた。亜希子が首を傾げて尋ねた。
「どうしたんですか?」
「これよ! これこれ。先週話してた思い出の本!」
村田はすっかり興奮して、わたしに駆け寄る。わたしは当惑して言った。
「よかったら差し上げましょうか?」
「本当!? ありがとう」
村田はわたしから本を受け取ると、心底嬉しそうに笑う。そろそろ帰り支度を始めようか。わたしは傘を手に取ると、空を見上げる。
梅雨晴れが顔を覗かせていた。




