二日目 part2
話尽くした頃に、部屋の電話が鳴った。光輝がそれに応える。
「もしもし、光輝です・・・・うん、分かった。・・・・・じゃあ、船着き場に五分後・・・・了解・・・それじゃあ、また後で」
受話器をもとに戻すと、真琴を振り返る。
「今から魚釣り大会するって」
「釣りって、そこの池で?」
「そうだよ、あそこは山女魚とかいるらしいから。悟チームと七葉チームに分かれて対決するってさ」
そういって、光輝は上着を着て準備を整える。真琴も温かく動きやすいものに着替えた。
「釣り道具を持ってくるように言われたから、いったんロビーまで行ってから、船着き場に行くから」
「分かった」
外に出て、石畳の道をロビーまで歩く。ロビーには既に竿が数本と、クーラーボックスが二つ、その他の道具が用意されていた。
二人で手分けして持って行こうとしたが、持てるはずもなく一輪車を借りてそれに積んで持って行く。石畳で揺れて何度か、物が飛び出したりもした。
船着き場に着いたときには、すでに全員が集まっていた。準備体操をラジオ体操の音源をかけならが、真剣にしていた。
荷物を運び、二つに分けて置いた。
「それじゃあ、チーム分けを発表します」
悟がこの大会を仕切るようである。
「まずは、チーム俺。光輝、弥生、桜。チーム七葉は、真琴さん、姉ちゃん、皐月。なお、このチーム分けは公平なくじ引きによって決められました」
それぞれのチームのリーダーがいる側に人が移る。
「光輝と離れちゃったね」
隣に来た楓に小声でつぶやかれた。
「くじ引きだから仕方ないかな」
そう返事をしたが、内心少し不安である。
「それでは、ルール説明です。各チーム、今から装具を持ってそこにある手漕ぎボートに乗ってもらいます。制限時間は一時間半。時間になったら、放送がかかるようにお願いしてあるのでその合図に従ってください。勝敗は、釣った山女魚のグラム数が多い方とします」
悟が周りを見渡す。
「試合開始」
その合図でのろのろと皆が動き出した。
「それじゃあ、私たちは七葉の指示に従うとしましょうか」
楓が言うと、七葉がてきぱきと指示を出す。
「まず、その荷物をボート中央に運んで、漕ぐのは真琴姉ちゃんに任せたい。この馬鹿どもはどうも、腕が上がらないような服装で来てるから」
七葉が楓と皐月を睨み付ける。二人は、苦笑いして手を合わせて謝る。
今日の七葉は悟に似ていると聞いたが、口調が少し荒いあたりが似ていると思った。服装もジャージと女の子らしからぬ恰好でもある。
てきぱきとすべての荷物をバケツリレーして運び入れた。全員がボートに乗り込む。
悟のチームは、すでに出発していた。
「七葉ちゃん、どこに向かえばいいの?」
真琴は七葉の指示を乞う。
「あの岩の辺りに岩から一メートル離れたあたりに」
七葉は池のほぼ中央にある岩を指差した。岩の頭が少し水面に出ている。
真琴は、力いっぱいオールをひいた。ゆっくりとボートが動き始めた。
「そこの人たちもぼさっとしてないで、さっさと竿にエサ付けるなり準備しろ」
それを聞いて、楓と皐月がすぐに準備に取り掛かった。
命令を出している七葉は、悟チームの船を持参した双眼鏡で見ている。時折、苦笑いしていた。
「真琴姉ちゃん、光輝兄ちゃんが扱き使われてるよ。弥生と桜は大人しいから、結局動けるのは、光輝兄ちゃんと悟だけなんだよな」
「それじゃあ、私たちの勝ち決定だね。後は、私がおいしく調理したらこの大会も万事OK」
皐月は手を動かしながら言う。竿にエサを付けたり、糸の長さを調節するなど非常に手際が良い。
「そうでもないかもしれないよ。あの姉妹、耳だけは良いから何かやりそうな予感がする」
楓も慣れた手つきで、準備をしていた。
「よし、悟たちも竿を下ろしたから、わてらもやりますか」
七葉の口からいきなり関西弁が飛び出して驚いた。楓と皐月は驚いていないようだ。
「後はひたすら待つだけだから。集中して、浮きが沈んだら引き上げてね」
楓が竿を渡しながら、説明してくれた。
竿を池にたらして、ひたすら待つ。どこからも歓声が上がらない。どちらのチームも硬直状態が続く。
「本当に魚なんかこの池に居るの?さっきから何も反応しないし、目視もできないんだけど」
たまりかねた皐月が愚痴をこぼす。
「文句があるなら、悟に言って。あいつがこの勝負を持ちかけたんだから」
楓と真琴は、皐月と七葉のやり取りを黙って聞きながら、水面に浮かぶ浮きを見ていた。
「そもそもなんで、こんな大会することになったの?」
「わてと悟が対局して、悟が勝ったから頭にきて、運が良かったなって皮肉言ったら、運じゃなくて実力だ、って。それで、悟が最近始めったっていう釣りでボコボコにしてやろうと思って」
悟が張り切っていたわけが分かった。誰でも、自分がハマったものをみんなと共有するのは楽しいのである。
「じゃあ、私たちは七葉の八つ当たりにも似た、というか七葉が売った喧嘩の後始末を手伝わされてるってことなの?」
皐月は、眉間にしわを寄せる。かわいい顔が台無しである。
「皆だって、日ごろたまった悟への怒りをぶつけられるんだからいいじゃん」
悟は悪名高いらしい。すでに皆の中で、悪童と認識されている模様。
「まあ、それもそうか」
皐月がすんなり合意した。さすがに、悟がかわいそうだと思う。
同じ敵を持った二人は、一致団結して再び沈黙の戦いに戻ってきた。
風で水面がかすかに揺れる。
黙ったまま、誰一人として口を開こうとはしなかった。ただ、黙って自分の仕事に努める。
真琴は自分の浮きが上下に揺れていることに気が付いた。
「来たかも」
沈黙を破って、思わず声が出てしまった。
三人が同時にこちらを振り返って、浮を確かめる。
「早く、引き上げて、わてが網ですくうから」
七葉が瞬時に竿から網に持ちかえた。
真琴は、すぐに竿を引き上げた。針に背に斑紋模様がある長さ十数センチの魚がついていた。すかさず、七葉が網ですくう。
「早く、クーラーボックス開けて」
皐月がクーラーボックスを開ける。それを確かめ七葉が山女魚をクーラーボックスに入れた。
クーラーボックスには、すでに水が張られており、水槽の状態にしてある。
「すごーい」
歓声が上がった。
「ホントにいたんだ。すごく、おいしそう」
皐月は、すでに食材としか山女魚を見ていないようだ。どう調理しようか思案しているようにも見える。さすが一流の料理人である。
「さあ、さあ、早く持ち場に戻って、まだ一匹だから」
七葉は最年少でありながら、冷静だった。チームリーダーとしての役目をしっかり担っている。再び竿に向きなおる。悟もこちらの歓声を聞いて双眼鏡でこちらの様子を観察していた。
「おーおきいの取れちゃったなー」
七葉が悟を煽るように大きな声で言う。それを聞いても悟は何も返さず。自分の竿を持ち直した。
「あれ、れ、趣味でやってるのにまだ釣れないのかな?」
畳み掛けるように七葉がなじる。
たまりかねて、こちらに向いて悟も言い返す。
「まだ、始まったばかりだ。棋士は常に先を冷静に見据えるものだ。お前にはその心構えがまるでない。ただ、運が良かっただけだ」
「運じゃないよ。実力だ!!」
言い返した七葉は豪快に笑った。船が揺れる。
悟はなにも言い返さずに、また釣りに集中した。
「あっ、また来た」
真琴の竿にまたもあたりが来た。さっきの手順を繰り返す。七葉が網ですくって、クーラーボックスに入れた。
今回の山女魚は、少し腹が膨れていた。どうも卵があるようだ。
「これ卵持ってるよ。絶対おいしいって、シンプルに塩焼きするのが良いかも」
またも、皐月は山女魚を観察しながら山女魚を見ていた。
「ホントね。お腹大きい。これならグラム数も稼げそう。すごいね真琴。あとで光輝に報告しなきゃ」
楓ははしゃぎながら、真琴にいう。真琴もうれしくて、始まる前の不安など無かったかのようなほど楽しめている。
少々不安があることでも、やってみれば意外にも楽しいのだ。やらず嫌いというのは、非常にもったいない。つまらないことも、手間のかかるものでも、やったらやっただけ何かを得られるものである。
「こんな釣れるなんて思ってなかった。釣りって楽しいね」
毎週日曜更新ですが、来週は期末テストが控えているのでお休みさせていただきます。
次回は、十二月四日です。もう、十二月・・・。時が過ぎるのが早い!!