初日 part5
今週はpart4とpart5を投稿しました。
真琴が目を覚ましたのは、夜十一時のことだった。布団に入ったのが、八時ぐらいであったので、三時間寝ていたことになる。
急に目が覚めてしまって、もう一度寝ようと思ってもなかなか寝付けない。
中二階の梯子を下りて、光輝に貰って小型冷蔵庫に入れていた缶ジュースを一気に飲み干した。
すっかり目が覚めてしまったので、外を少し散歩して新鮮な空気を吸うことにした。上着を着て、玄関扉近くに設置してある懐中電灯を持って出た。
外は暗いが、昼間見た石碑のような照明が足元をしっかり照らしてくれている。
真琴は大きく深呼吸した。
池の方を見たとき、うっすらと人影のようなものが見えた。近づいてみると、七葉が池のふちに座っていた。
「七葉ちゃん、どうしたの」
七葉は、こちらを振り返った。顔はよく見えないが、おそらく笑っている。
「真琴姉ちゃん。ここの池に映る月を眺めるのが私の日課なの。何か一緒にお話しない?」
「いいけど、ここは寒いから私の部屋じゃダメかな」
「いいよ」
七葉は真琴の手を握った。その手は冷え切って、真琴の手から熱を奪った。二人は手を繋いだまま、真琴の部屋に入った。
「温かいね」
「外に長い間いたでしょ。手もすっかり冷たくなってたし」
「手袋買わないといけないや。頼んでおかないと」
真琴は、朝買っていた瓦せんべいをバックから引っ張り出して、七葉にあげた。
「これおいしいよね。私大好き」
七葉は満面の笑みで、真琴の顔を見上げる。袋を開けて、かぶりつく。
「七葉ちゃんは、何か特技みたいなのってあるの?」
「ええっとね、私には光輝兄ちゃん達みたいな特技は無いけど、多重人格だから皆とは違うんだよね」
「そうなんだ。私、多重人格についてまったくと言っていいほど知識が無いんだけど、少し教えてくれないかな」
七葉はくわえていた瓦せんべいを少しずつ食べていく。話すときもくわえたまま、落とさないように気を付けながら話している。
「いいよ。でも、私自身も知らないことが多いし、私の場合だけに当てはまることかもしれないからね。え
えっと、何から話そうかな」
ぱりぱりと音を立てて、せんべいが割れていく。
「まず、私は七つの人格があって、それが一日という周期で移り変わってる。だから、週に一回私の番が回ってくるの。正確に言うと一日の周期じゃなくて、私が寝たら次の人格に変わるんだけどね。記憶は共有されないから、私が知っているのは私という人格が出ている時に起こったことだけ。だから、私たちは毎日日記を付けて、記憶の共有をしようとしてるんだけど、やっぱりすべては伝えられないんだよね」
もうすでにせんべいは、無くなってる。
「記憶の共有が出来ないってことは、明日の七葉ちゃんは私とのこの会話の事も知らないってこと?」
「そうだよ。私が日記に書かなかったことは、他の私にとっては無かったことになるから。私たちは、体を共有するけど、記憶も感情も、感性、価値観、知識も共有できないんだよね。不便過ぎて、いやになっちゃうよ」
七葉は、次のせんべいの袋を開けた。
「だけど、それでも私たちはお互いのことを大事に思って生きてるんだよ。日記を付けることもそうだけど、二度寝をしないとか、夜更かしはしない、宿題はその日のうちに終わらせるとか、色々ルールがあってお互いに負担にならないように気を配りながら過ごしてるんだもん」
「大変だね。そんなことになってるなんて、知らなかった」
「まあ、もう十年ぐらいこうして生きてきたから慣れたんだよ。初めの頃は辛かったけど、慣れてしまえば、意外に楽に生きられる」
七葉は、真琴に飲み物を所望した。真琴は、冷蔵庫から缶ジュースを持ってきて渡した。
「真琴姉ちゃんは、会いたい人とかっているの?」
「会いたい人ね・・・ぱっと出てこないや。ごめんね。七葉ちゃんは居るの?」
「私は六人もいるよ。間違えた、一人かもしれない。何せ私は、私に会いたいの。私じゃない私たちに。一番そばに居るはずなのに、一生これから死ぬまで直接会って話をすることも出来ないんだよ。ずっと一緒に生きているはずなのに」
七葉はいまにも泣き出しそうな震える声で言った。
「ごめんなさい。どうしようもないこと言ってるって分かってるんだけど、だけど・・」
真琴は七葉を抱きしめた。腕の中で七葉が震えるのを感じる。七葉は、真琴の背中に手を回してぎゅっと引き寄せた。
「どうしようもないことも、沢山世の中にはある。だけど、それをすべて仕方がないって一言で諦めるのは良くないって私は思うんだ」
真琴は七葉の背中をさすりながら、話を続ける。
「一番近くにいる人って、本当に力に成ってくれると私も思うよ。私は、七葉ちゃんみたいな体質じゃないから、七葉ちゃんの思いを全部理解することはできないけど、それでもそんな大切な人に会えないっていう辛さはわかる気がする。私の場合は、もう死んでしまったおばあちゃんに会ってみたかったなって思うときがあるけど、もちろん会えないからって自分にわりっきてるところがあるのかな」
七葉の震えも収まってきた。
「私は、もうおばあちゃんに会うことも話すことも出来ないけど、七葉ちゃんは日記とかでまだ思いを伝え合うことはできるから、私は少し羨ましいって思っちゃうんだけどな」
「ホントウ?」
「ホントだよ。例え一生会えなくても、思いは通じあえる。それで十分じゃないかな。いつでもそばに居てくれる人がいるって思っただけで、心強いと思うよ」
七葉は腕を外した。真琴も放す。七葉の顔は、涙でぬれていたが今はさわやかな顔をしている。
「もう、十二時だから寝なきゃ。真琴姉ちゃん、ありがとう。六泊七日だから、もうこれで私とはお別れだね。明日からも私をよろしくお願いします」
「それじゃあ、部屋まで送るよ」
「大丈夫だよ。隣の部屋だから。歩いて一分もかからないから」
真琴は玄関口で、七葉を見送った。七葉はゆっくりと歩きながら、自分の部屋に入って行った。
真琴は、再びベッドに横になった。考えを巡らせつつ、ゆっくりと眠りについた。
毎週日曜更新です。