初日 part4
今週はpart4とpart5を投稿しました。
昼ご飯を食べた後は、各々好きなところに散って行った。昼食前にあれだけ言い合っていたトランプのことなど忘れたかのように、去って行った。
真琴と光輝は、広大な池の周りを回ることにした。
池の周りの道は、石畳になっている。所々に石碑のようなものが立っていて、ロビーまでの距離と彫られている。それらは、街灯の役割も果たしているそうだ。
「僕の従弟たちはどうだった?」
「変人って聞いてたけど、話して普通の人たちだって思ったけど。ただ、凄い特技を持ってて、全員が独立した存在だって感じた」
「七日も一緒に過ごしたら、その感想も変わると思うよ。あの人たち、初対面の人には礼儀正しく振る舞うから。第一印象を重視する傾向あるから」
「大事だからね、第一印象。私はどう見られたのかな?」
特に質問攻めされるということもなく、気楽に話をすることが出来たが、自分のことを探っているっていうことはなんとなく感じていた。
「悪くは見られていないと思うよ。あの人たち、裏表内から悪口とか文句とか遠慮なく言う人たちだから。あいつらが言うことは、信用できるし、当てにできる。悪人たちではないから」
ゆっくりと歩いて、ちょうどログハウスのベランダから見えた桟橋まで来た。桟橋には、モーターボートが数隻と手漕ぎボートが数隻が止めてある。
しばらく歩くと、滝が現れた。高さ、十メートルほどで、滝は池に直接落ちている。
「ここに滝があるなら、どこかから池の水が抜けてるってことだよね」
「池の北側に、川があるからそこから抜けてるよ。あと少しで、見えてくると思うけど」
三分ほど歩くと、橋が姿を現した。これも西洋のような石造りのアーチ橋である。右に見えるいけの水が、左に見える小川に流れ出ている。小川には、サワガニがいるのが見える。オレンジ色の体を石の隙間に隠している。
その橋を越えると、左手は岩肌の見える崖になる。高さはさっきの滝ほどである。ごつごつとした一枚岩のように見える。所々から草や木が生えている。
それから十分以上あるいて、光輝のログハウスに戻ってきた。光輝のログハウスは、真琴のログハウスから歩いて一分ほどの所にあった。ここからは真琴のログハウスもよく見える。
「これから、どうする?あんまり遊ぶようなとこは無いし、外は寒いけど、山の上の方に一応公園があるからそこに行く?」
「いいよ。せっかく来たんだから、めいいっぱい楽しまないと。カメラ持って行って、写真撮ろうよ」
「わかった。それじゃあ、中に入って、何か温かいものでも飲んでから行かない」
「賛成」
二人は中に入って、真琴はマグカップにコーヒーを注ぎ、光輝は機材の準備に取り掛かった。
光輝の部屋のつくりは同じだが内装は、真琴の部屋とは少し違っていた。壁一面に、カメラのレンズが飾られ、古い写真などが飾られていた。
「このレンズも光輝の?」
「これは、このホテルの支配人の市川さんにもらったんだ。もう、写真はやらないっていうから、廃棄しそうになってた時に貰っておいた」
「こんなにたくさんあったら、レンズには困らないね」
「ありすぎて、逆に困るけどな」
光輝は機材を中二階から下ろして、玄関扉の近くに置いた。
リビングにある四人掛けのダイニングテーブルに座って、二人は入れたてのコーヒーを飲む。コーヒーからは、白い水蒸気が出ている。
体の芯から温まっていくのを感じ、心が落ち着く。冷たくなっていた手もついでにマグカップで温める。
「飲み終わったら、シンクにあるケースの中にすすいでから入れておいて」
「分かった」
真琴は、飲み終えたマグカップを持ってシンクへ持って行く。マグカップをすすいでから、近くにあった透明のケースに伏せて置いた。
「それじゃあ、行きますか」
「レッツ・ゴー」
と、真琴は拳を突き上げる。そんな真琴を見て、光輝は苦笑いしたが、オーっと言って一緒になって拳を突き上げた。
外に出て、さっき歩いて来た道を引き返す。崖のあったところの少し手前で、右にそれて湯歩道の看板のある方へ歩いていく。
途中から道は、緩やかな坂から急な坂に変わり、もうしばらくしてから階段に変わった。
二人の口から白い息が漏れる。
真琴は息を切らしながらも、前を行く光輝の背中を追った。光輝は重たい機材を持っているはずなのに、真琴よりも軽やかに登って行く。
階段を上りきると、開けた広場に出た。広場の周囲には桜の木が植えられている。落ち葉が地面一面を覆っているが、雑草などは一切ない。遊具というものが無く、中央に屋根つきのベンチと机がある。
「こっちに来いよ」
光輝が手招きする。
真琴は呼ばれたところに行く。光輝の横に並んで、眼下を見下ろす。あの池の全貌をここから一望できた。
「そう、きれいな景色じゃないけど、僕はけっこう好きなんだよ」
「きれいじゃないことないよ。下で見た時とは違った池の雰囲気を感じる」
光輝は持って来た機材を肩から下ろして、ベンチに置いた。真琴も助手として組み立てなどを手伝う。
「今日は被写体になってくれるの?」
光輝と写真を取るとき、たまに真琴が被写体となることがあった。主に、逆光の中の黒い人影が、真琴の仕事であった。夕日の赤に染まらない人影が、光輝は好きだと言っていた。
「いいけど、夕暮れじゃないけどいいの?」
「たまには、真琴をちゃんと撮ってあげないと」
そう言って、カメラを真琴に向ける。
「そんな硬い表情しないでよ。かわいい顔が撮りたいんだけど」
「何よ。ちゃんと笑ってるでしょ」
「引きつってるよ。もっとリラックスして」
カメラを覗いたまま光輝は言う。真琴は、作り笑いが苦手なのである。笑顔の注文が一番困る。
「そんなこといっても、私そういうの苦手だから」
「誰かギャグでも言ってくれればいいのにな」
「光輝がいったらいいでしょ」
光輝は、カメラを下ろしてしばらくギャグを考えているそぶりをする。再び、カメラを構えなおした。
「『俺だったら死を選ぶ』」
光輝は声まねで、悟の決め台詞をした。その完成度は高く、まるで本人がいるかのように感じるほどである。
これには、真琴はたまらず笑った。
光輝はシャッターチャンスとばかりに連写する。
「いい笑顔だよ」
「ありがと。光輝もなかなかの完成度だった」
「初めてやってみたんだけど、うまくいってよかったよ。こんなこと悟にばれたらなんて言われるんだろ。
『お前は死を選ぶしかない』とか言ってくるのかな」
妙なところに声まねを入れてくるあたり、光輝らしい。真琴もしだいに耐性がついてきて、笑いを堪えることが出来るようになってきた。
「じゃあ、あとはいつものように。十分後にここに集合。迷ったらいけないから、一応これ持ってて」
光輝は、機材バックからトランシーバーを取り出して、真琴に渡した。
「携帯持ってるよ」
「ここ圏外だから。このトランシーバー性能良いから、半径三十メートルぐらいなら繋がるし。使い方は分かる?」
「ここのボタンを押して話したらいいんだよね」
「そう。話終わったら、ボタン離すこと忘れるなよ」
「了解した」
それから二人は、それぞれカメラを持って近くを散策する。各自好きなものを撮って、あとで見せ合うのがお決まりである。
真琴は、地面に落ちている落ち葉を注意深く観察する。時々シャッターを切る。広場から少し上ったあたり
は、ブナの木が群生していた。
ブナの木々はすっかり葉を落としてしまって、森の中だが日の光が地面まで届いている。日の光も柔らかく感じる。ドングリが所々に落ちていた。
(あれ、何か動いたような)
真琴は、トランシーバーを使って光輝に通信する。
「今どこにいる?」
トランシーバー独特のノイズ音がして光輝の声が返ってきた。
「まだ広場に居るよ。何かあった?どうぞ」
またノイズ音がした。
「今、ブナの木がある辺りに居るんだけど。何かの気配を感じただけ。どうぞ」
「それはきっと、鹿かリスとか野生の動物だよ。ブナの辺りは、極々稀にツキノワグマが出るから気負付け
てね。どうぞ」
(クマ・・・)
「ちょっと、光輝。そういうことは早く言ってよ。もし、クマが出たら私死ぬよ。どうぞ」
「その時は、僕が助けるからさ」
いつの間にか、光輝がすぐそこまで来ていた。
「やっぱり、危ないからお互いが見えるぐらいの距離感で活動しよう」
「わかった。光輝についてくよ」
その後二人は、しばらく散策して写真を撮った。クマには遭遇しなかったが、鹿の親子に会った。
機材をまとめて、来た道を下る。上りの時よりも下りのほうが、足に負担がかった。
「そういえば、さっきまで気が付かなかったけど、いつのまに靴履き替えたの?朝は、ヒールブーツだったろ」
「歩き回るだろうと思って、予備のスニーカーも持ってきてたから、ここに着いたときに履き替えたよ」
「用意周到だな」
「まあね」
二人は、光輝の部屋に戻った。再び、コーヒーを入れなおしてひとしきり喋った。
ちょうど夕食時になったので、また昼食時と同じ部屋に食べに行く。
夕食も皐月が腕を振るってくれたらしい。和食の良さが感じられるシンプルだが、奥深い味わいだった。
テーブルを囲む一同は、各々身の上話をして盛り上がった。学校や、塾でのことや、特技、家族事情など詳しい自己紹介といった具合の会話だった。
従弟連中は、食べ終わるとぞろぞろと大浴場に行ってしまった。光輝も悟に引っ張られて、一緒に行ってしまった。真琴も楓に誘われたが、丁重に断った。
少し一人になってみたいと思った。疲れた体を少し休ませようと、部屋に戻って布団に横になる。
部屋は暖房をつけていたので、温かい。布団に入ると、瞼が重くなった。そのまま、目を閉じて静かに息を整えた。
毎週日曜更新です。