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裏返し  作者: 愛松森
第一章 四国旅行
3/12

初日 part2

誤字を訂正いたしました。誤字がございましたらご指摘して頂いたら幸いです。

タクシーが走り去るのを待って、二人は道路を横断した。光輝こうきを先頭に、中央高校の周りを回っていく。


キャリーバックを転がしながら、光輝はスーパーの袋を提げて歩く。真琴まこともキャリーバックを転がしながらその隣を歩く。


野球部の坊主たちが先生のノックを受けている。金属バットの快音が心地いい。サッカー部と思われるビブスを着た集団は、グランドを顧問の先生の笛の合図でダッシュしていた。


住宅街に入ってしばらく歩くと、一軒の家の前で立ち止まった。表札には山瀬とある。きっとここが光輝の従弟であるかえでさんの家なのだろう。


光輝はインターフォンを押す。すぐに玄関扉があいて、若い女性が出てきた。背は真琴と同じぐらいである。長い髪を肩のあたりまで伸ばして、手足はすらりと長い。スタイル抜群の美人であった。


「いらっしゃい、さあ寒いから早く中に入って」


促されるままに、家の中へ入る。


「あなたが噂の真琴さんね。初めまして、光輝の従弟の山瀬楓です」


間近で見ると、さっきよりもはっきりと顔を見ることが出来た。やはり、当初の見立て通りの美人である。女の真琴も目を合わせるだけで緊張するほどである。


「初めまして、村上真琴です。お世話になります」


真琴は頭を下げる。


「こちらこそ、光輝の面倒を見てもらって助かります。光輝は昔は幼馴染の拓馬君と悪さばかりしてたので心配してたんですけど、こんな礼儀正しい人が彼女なら安心です」


楓はお世辞というより、本音を言っているようだった。隣にいる光輝の表情が少しこわばっているのが分かる。


「いえ、いえ、私なんてまだまだ世間知らずのただの高校二年生ですよ」


「ええっ、光輝、あんたって高校何年?」


「一年だけど」


光輝はボソッと答えて、一人廊下の先にある部屋に入って行った。楓と真琴もそれを追う。


「って、ことはあんた先輩と付き合ってるの?」


「そうだけど、前にも話したと思うけど」


「そんなこと聞いて忘れるほど私もまだ老いてないんだけど」


楓は光輝と真琴にダイニングに座るように促して、光輝の持っていたスーパーの袋を受け取ってキッチンに入って行った。お茶とお菓子を用意してくれた。


「真琴さんは、なんでまた光輝と付き合おうって思ったの?」


「ええっと・・・」


返答に詰まってしまった。あまりに単刀直入過ぎて、動揺している。それに隣に光輝がいては、答えずらい。


「楓姉ちゃん」


光輝がたまらず話に割り込んできた。


「ごめん、変なこときいちゃった。気にしないでね」


「楓姉ちゃん、そんなことよりも早く出発した方がいいんじゃないの。皆もう集まってんだろ」


「せっかく、お茶入れたのに」


と、いいつつも楓は部屋を出て隣の部屋に行った。戻ってきたときには、上着を着て大きなボストンバックを抱えている。


「まさか泊まる気じゃないよね?」


光輝が尋ねると、泊まるよ、と楓は軽く返事をして、さっさっと出て行ってしまった。


光輝は渋い顔をしてそれに続く。真琴も荷物を急いで運んでそれを追う。


楓はすでに車に乗り込んで、エンジンを入れていた。トランクが開くように車を少し前に動かしていたようだ。


トランクにキャリーバックを入れて後部座席に座った。光輝も後部座席に座っている。


「それじゃあ、行くよ。忘れものは無いよね」


バックミラー越しに、楓が顔を覗かせる。


「無いよ」


車は楓の家を出発した。


「真琴ちゃん、あまりしゃべってないけど気分が悪いの?」


「いえ、少し緊張してるだけです」


「そんなに緊張しなくても、私いつも二十代だって言われるけどまだ十八だから」


真琴自身も楓はもっと年上の人だと思っていた。人を外見で判断してはいけないとよく言われるが、言葉遣いや振る舞いも考慮しての判断であったから、なおさら驚きを隠せない。


「じゃあ、大学一年生ですか?」


「いいえ、高校三年よ。そうは見えないだろうけど。だから、この際こんな堅苦しい敬語なんてやめていいから、気楽に話さない?」


「いいんですか?」


「もちろんよ。たった一年先に生まれた程度のことで威張ろうとも思わないし、大した差じゃない。二人も先輩後輩の関係だけど、タメ口でしょ。社会に出たら歳の差なんて関係ないし、能力が差を生むから、だよね光輝」


光輝は窓に肘をかけて外の風景を見ていた。


「ああ、学歴がすべてとは言えない。だけど、一般的な指標とするときには学歴はあった方が社会で生きて行くうえで有利に働くし、初対面の人の能力を推し量れっていうのは無理があるけど」


「私は見ただけでその人の能力をある程度計れるよ。きっと人を見る目が無い人ほど、学歴、学歴ってほざいてるんでしょ」


車は、四国山地に向かって坂道を登って行く。このあたりに来ると、ため池や木々も多くなってきた。


「さっき、楓さんは高校三年って言ってたけど、目の前にある中央高校に通ってるの?」


「やっぱり、こういうタメ口の話し方の方がかわいいね」


楓は一人頷いて、自分に言い聞かせるように言った。


「中央高校じゃなくて、高松高校に通ってたんだけど、高一の時に中退しちゃった」


「なんで?」


「私はあの場所に似合わないから。ゴメン光輝、あまりそのことについて私の口から説明したくないから、代わりに真琴さんに教えてあげてくれない」


「なら、いいよ。言いたくないことを聞くようなことはしないから」


「でも、私は知っておいて欲しい。じゃないと、きっと私のことも理解してもらえないと思うから」


「そこまでいうなら、光輝、教えて」


光輝は久しぶりに出番が来てうれしそうだった。


「楓姉ちゃんは、一言で称するなら天才。どんなに複雑な問題でも計算式でも、数秒で答えを導き出すことができるんだけど、解法を説明できないだよね。答えがすぐに頭に浮かんでくるから、導き方を問われても答えは答えだとしか言えないんだよね。結果しか出せないというか、過程を踏まずにいきなり答えにたどり着いてるというか、理解不能なんだよ。中学までは答えさえ出せればそれでよかったけど、高校は過程も書かないと点にならないから、物理や化学は常に満点だけど、数学はほとんど点が取れなくて、そんな自分にそんなテストに嫌気さしたんだって。それで高校止めて、ひたすらその頭脳を生かせる場所を探してるけど、まだ見つかってないんだよね、楓姉ちゃん」


「うん、まだ見つかってない。たぶんもう見つからないから、そのうちおじいちゃんの会社の経営部の経理に入れてもらおうかと思ってるんだけど、光輝はどう思う?」


光輝はしばらく物思いにふけっているように、視線を泳がせていた。


「いいと思うよ。ただ、計算するだけだったら向いてると思うけど、その結果を入力したり整理したりっていう作業には向かないような気もするけど」


「やっぱり、私もそう思って決断しきれないんだよね」


車は急な坂を右左に蛇行しながら山を登って行く。


「あと少しで着くからね。真琴さんももうお腹減ったでしょ」


「もうさっきからお腹が鳴ってる」


「私も変人だけど、他の従弟も変人ばかりだから少し覚悟しておいた方がいいと思うよ。光輝にその辺のことは聞いてるんでしょ」


「聞いてないよ」


真琴は光輝に顔を向ける。光輝は照れ笑いながら、手を合わせて謝る。バックからシャーペンと紙を取り出して、家系図を書きながら説明をする。


「僕のお父さんの兄弟は五人いて、長女の子供が楓姉ちゃんと高校二年のさとる。長男の息子が僕。二男の娘が、三人いて高校一年の皐月さつきと中学二年の弥生やよい、中学二年のさくら。弥生と桜は一卵性双生児だから、見分けを付けるのが難しいかもしれない。で、次女の娘が小学六年の七葉ななは


光輝は家系図にきっちりとまとめたその紙を真琴に渡す。


「そんな名前だけ教えても意味ないじゃない。どうその人が変人なのか教えないと、心構えなんかできないよ」


楓が光輝の説明にダメ出しをすると、光輝は、今から言おうとしていた、と苦笑いしながら返す。


「楓姉ちゃんは、さっき話したからカットして、楓姉ちゃんの弟の悟は、プロの棋士でとにかく頭がきれる。一を見て十を知るような変人。皐月はとにかく料理の腕がすごくて、なんでも作れるし、包丁捌きはそこらの板前よりもうまいと思う。弥生と桜は音楽の天才で、主にピアノの連弾をしてるけど、ほぼすべての楽器をプロ並みに演奏できる。音楽以外のことにあまり興味がないから、いつもヘッドホンをしてあまり周りと関わらない。七葉は、生まれつき変わった体質でいわゆる多重人格者。医者によると七つの人格があって、それが一日という周期で移り変わっているらしい。言葉ではうまく説明できないけど、人格一つ一つが独立してるから、七人の人がいるって考えたらいいかな。実際会ってみた方が分かりやすいかも」


真琴は、光輝の話してくれたそれぞれの人の特徴を紙に書きとめる。


「案外ざっくりとした説明だけど、的は外れてないからそれを頭の片隅に置いておくといいと思うよ」


光輝はそういうと、これでいいと、とでも言うように楓の顔をバックミラー越しにまじまじと見ている。


「もう到着するよ」


楓はそういうと、アクセル全開で最後の急な坂をかけのぼる。


その坂を上りきると、いままでの森林の木々が無くなって広大な池が姿を現した。波一つ立っていないその水面に周囲の山々が写っている。


「きれい」


真琴は窓に釘付けになっていた。目に映る景色すべてが、別世界のように色鮮やかで透き通って見えた。

その池の周りを通り、次第に池の端が見えてきた。そのうち、煉瓦造りの塀が現れて中の様子が見えなくなってしまった。


車は門を通って、塀の中に入る。地面は西洋風の石畳で車体が小刻みに揺れる。


「私は車止めてくるから、二人はここで降りてチェックインしてきな」


「わかった。それじゃあ、また後で」


「ありがとうございました。それでは、後ほど」


二人は車を降りて、トランクから荷物を下ろす。楓は駐車場に車を駐車しに行った。


大きな西洋風の建物にあるロビーに入った。中は、高級ホテルのような広々とした空間で、天井も高い。ソファや観葉植物も置かれている。


「じゃあ、チェックインしてくるからここで待ってて」


光輝のキャリーバックを受け取り、近くのソファに座って待つ。光輝は部屋のカギをもらって戻ってきた。


「それじゃあ、先に荷物を部屋に入れとこう」


「どのあたりの部屋なの?」


「歩いて五分ぐらいの場所かな、なるべく近くの部屋にしてもらった」


ロビーを出て、まっすぐ進む。時折、キャリーバックのタイヤが石畳の凹凸にはまって思うように動いてくれない。仕方なく持ち上げて運ぶようにした。


その内、池と木造の建物が見えてきた。ログハウスは想像よりもずっと大きく、そのバルコニーは池に張り出している。


「ここが真琴の部屋」


家の前の木製の看板に二号室と書かれている。光輝が部屋のカギを開けて、真琴に入るように促す。


部屋の中に入ると、ヒノキの良い香りがした。天窓から明るい日の光が差し込んでいる。床もつるつるですぐにでも寝そべりたいと思った。窓も大きく、開放的だった。広さも十分ある。


「それじゃあ、僕も荷物おいてくるから五分後に迎えにくる」


「光輝は別の部屋なの?」


「そうだよ」


それだけいって、光輝は出て行ってしまった。


一人残された真琴は、荷物を部屋の隅に置いて、床に大の字になった。天井の天窓から青空が見える。


「一緒の部屋かと思って少し期待してた私が馬鹿みたい」


顔が熱くなるのを感じる。


「も~~~」


手足をバタつかせながら思いっきり叫んだ。高い天井に反響する。


息をすべて吐くまで叫んで、大きく深呼吸をする。気持ちを落ち着かせると、自然と表情も明るくなっていった。


毎週日曜更新です。

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