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裏返し  作者: 愛松森
第一章 四国旅行
2/12

初日 part1

明後日の朝、四時に設定していた目覚まし時計で起きた真琴は最終の準備に取り掛かった。着替えを済ませて、髪を整える。防寒着も着込んで、念のため酔い止めも飲んでおいた。


光輝からの連絡を待つ。家の前に来たらLINEで連絡をくれることになっている。スマホを手にして、ベッドに座っている。


数分後、光輝から家の前に来たという連絡をもらった。両親の安眠を邪魔しないように、静かに家を出た。


「おはよう」


光輝は、大きなキャリーバックとリュックを背負っている。リュックには、光輝お気に入りの一眼レフカメラが入っている。


「おはよう。やっぱりカメラは持っていくんだ」


「一週間もあったら、きっといい写真が撮れると思って」


二人は、歩いて最寄りの駅に向かう。静かな住宅街にキャリーバックの車輪の音が響く。


「もう、朝ごはんは食べたのか?」


そういう光輝の口からは白い息が出る。


「まだ、食べてないよ」


「それじゃあ、コンビニ寄る?」


「うん」


駅に着くと、コンビニでおにぎりを買った。始発の普通電車に乗って、高速バスの出ているターミナル駅まで行く。そこで、高速バスに乗り換えることになっている。


始発が出るまでに少し時間があるので、ホームでさっき買ったおにぎりを食べる。休日の早朝ということもあり、他の乗客はいなかった。


「寒いな」


光輝はカイロを手に身震いしている。


「何かあったかいもの買ってきたら。まだ時間あるんだし」


「じゃあ、コーヒー買ってくる。真琴もいる?」


頷いて返事する。光輝は、バックから財布を取り出してホームにある自販機で缶コーヒーを二本買う。


「ありがとう」


真琴は缶コーヒーを受け取り、しばらく手をそれで温める。


「そういえば、合気道の練習は順調なの?」


「ああ、バッチリだよ。昔通ってた道場にまたお世話になってるんだけど、現役の頃と同じとは言えないけど、それに近いレベルまでは何とか戻した。半年以上やってないと、筋力とかも落ちてて大変だけど、動きは体が覚えてたから想像してたよりは大変じゃないかな」


構内アナウンスがかかって、一番乗り場に電車が入ってきた。三両編成のその電車には人はまばらで、すんなり座ることができた。


車内は暖房で温かく、着ていたダウンジャケットを脱いでニット姿になった。窓には結露した水滴がついており、向かいに座っている幼稚園児と思われる子が、指で窓に幾何学的な模様を描いている。

電車に乗るのも久しぶりのことであった。主な交通手段は自転車で、電車を使って遠出することはなかった。


静かな車内に、電車特有のあの車輪の音がリズムよく響いている。


「次の駅で降りるから、上着着とけよ」


「わかった」


頭上の網に置いていた上着とキャリーバックを慎重に手を伸ばす。電車に揺られてバランスを崩してしまった。


「うわぁ」


辛うじて吊革につかまり転倒は免れた。


「取ってあげるから座ってな。慣れないヒールブーツなんか履いてくるからだよ」


いつもは履かないヒールブーツを履いて少しはおしゃれをしてきたのが仇となった。光輝にみすかされていたところが恥ずかしかったが、光輝がそんなところまで気にしていてくれたことに嬉しさを覚えた。


そういう光輝はすべてを察したかのような笑みを浮かべている。


光輝はバランスを崩すことなく真琴の荷物を下ろすと、自分の荷物も下ろした。


電車が停車して、扉が開く。ターミナル駅ということもあり、ここでの乗降は他の駅よりも多かった。


車外に出ると、再び寒風にあおられた。真琴は暖かかった車内を名残惜しそうに眺めた。


乗車前はあんない寒がっていた光輝だが、今は平然と真琴の前を歩いている。バスターミナルに着くと、運転手にチケットと荷物を渡して乗車した。


乗客は、二人を入れて六人しかいない。好きな座席に座ることもできれば、リクライニングも下げ放題である。


他の乗客も各々、パソコンをいじったり、駄弁ったりしている。運転手のおじさんも気さくな人で車内のスピーカーを使って、バスガイドのようなこともしてくれた。


バスは阪神高速道路を南下していく。


「そうだ、今後の予定について報告しておくよ。詳しい話はまだしてなかったから」


光輝は、バックからファイルを取り出した。


「うん、よろしく」


「それじゃあ、これ見て」


光輝はプリントを真琴に渡した。それには、施設の見取り図がかかれていた。


「ここが今回泊まるところ。それで見たら小さいように見えるかもしれないけど、実物はかなり広いから少しはその図を頭に入れておいて」


「いいけど、この大きな建物がメインの建物だとしてあとの建物というか、宿泊室って書かれているところって、このメインの建物の外にあるの?」


図によると、門から入ると正面にメインの建物があり、それを抜けると大きな池か湖のようなものがある。


宿泊室とかかれた建物は、その池の周りに点在している。全部で十二室ある。メインの建物の詳細な見取り図は裏面に書かれており、フロントロビー、チェックカウンター、レストランや大浴場、宴会場、体育館、プールなどの施設がかかれている。


「ロッジだから、結構広々としてるよ」


「ロッジって、山小屋って意味だよね。一軒丸々一部屋って意味?」


「うん、一軒が一部屋だよ。広さは一般的なアパートぐらいかな。木造平屋できれいな部屋だよ」


「今、すごい風景が頭にうかんでるんだけど。実物見るのが楽しみ」


しばらく、その図を眺めて他の施設や場所の配置を大体頭に入れておく。隅の方に地図の縮尺のメモリがかかれていた。五ミリほどの幅が、十メートルと書かれている。A4の紙いっぱいに書かれた地図の広さは相当なものだと思われる。


「光輝は、何回ぐらい行ったことがあるの?」


「どうだろう、前はここに住んでたこともあったし、数えられないほど言ってるよ」


「住んでたって、どういうこと」


「ここ、じいちゃんの私物というか別荘みたいなもんだから。親戚の会合とか、長期休暇の時にはいつも行ってたし、小さい頃にはここに住んでた」


光輝のおじいちゃんは、とある企業の社長なのである。直に引退して会長職になり、次期社長には現副社長である光輝のお父さんが就くことになっていると聞いている。


それを知っていても、やはりこの規模の別荘を持っていることには驚きを隠せない。都会ほどの地価は高くは無いだろうが、維持費もかなりのものだろう。


「すごいね、こんな広い別荘なんて」


「まあ、別荘って言っても山奥過ぎるんだけどな。うちの会社の人に無料で宿泊してもらうのに使ったり、

明後日は四国支部の忘年会が開かれるって言ってた」


「明後日って、私たちがそんな会が開かれるのに遊びに行ってもいいの?」


「もちろん、おじいちゃんから許可もらってるしさっき図を見てもらったように宴会場は、宿泊室から離れてるから問題ないよ」


バスは小刻みに揺れながら、トンネルを抜けて明石海峡大橋を渡り始めた。窓の外には、おだやかな瀬戸内海が広がっている。大型のタンカーや船が眼下の海を進んでいく。


「その宴会の最後に花火が何百発か打ち上げられるから、それは一緒に見に行こう」


「冬に花火なんて珍しいね。空気が乾燥してるから山奥で花火なんか打ち上げたら危ないと思うんだけど、やっぱりこの広大な池があるから実現できるの?」


「さすが、今日も頭が切れてるね。普通は冬に、しかも木々が多い山奥でなんか花火はやらないけど、やたらと無駄に大きい池のお陰でできるって言ってたよ」


バスは、淡路島に上陸し淡路のSAに休憩で停車した。バスの乗客、運転手は次々にバスから降りて、トイレや何か食べ物を買いに行く。


真琴と光輝もトイレ休憩をすることにした。トイレから出てくると、入り口付近で光輝が待ってくれていた。


「何か買っていく?」


「うん」


光輝の後ろをついていく。中にある店では名産品やお土産が多く取り扱われていた。京都、奈良、兵庫、香川、徳島の商品まである。見たことのある商品もあれば初見のものもある。


「このお菓子おいしんだよ」


真琴はせんべいの袋を手にした。パッケージには、『瓦せんべい』とある。香川県のお菓子である。


「僕も知ってるよ。あのやたらと固いやつでしょ。確かにおいしいと思うけど、やっぱり食べにくいかな」


「確かに食べにくいと言えば食べにくいけど、すぐにバクバク食べられないから長持ちするんだよね。私、これ買っとく」


真琴は瓦せんべいを手にしてレジに行く。光輝は珍しい商品が並ぶ商品棚にくぎ付けである。


休憩時間も終了してバスに戻った。すでに他の人は全員集合していた。二人が乗るとすぐに出発した。

真琴はさっそく買ってきたせんべいの封を開ける。


「あげる」


袋の口を開けて光輝に差し出す。光輝はお礼を言って一つ取った。光輝も買ってきた八つ橋を真琴に渡した。


淡路島に来たというのに、香川と京都土産を食べている始末である。


「期末考査はどうだったんだ」


光輝は固いせんべいを口にくわえたままそういった。加えて唾液で少しずつ柔らかくするさんだんだろう。


「結果は郵送で送られてくるはずだからまだわからないけど、手ごたえは十分だよ」


「二回連続の一位となるといいね」


「光輝にそんなこと言われても嫌味にしか聞こえないんだけど」


「まあ、そんなに怒らないで。これでも食べてその怒りを鎮めてください」


光輝が差し出したのは、マロン味の期間限定生八つ橋であった。マロンの文言を目にすると、モンブランが連想され、やはり一昨日計った体重が脳裏によぎる。だが、ここで断る理由もないだろう。太ったらまた痩せればいいだけのことだ。


真琴は快くそれを受け取って、頬張る。口の中に栗の甘さが広がる。


「そんなにおいしそうに食べられたら、僕もあげた甲斐があるってもんだよ」


光輝は笑顔で一箱すべてを真琴に渡した。


「いいの?」


「いいよ」


「ありがとう。それじゃあ、遠慮なく全部食べちゃうよ」


甘いものには目が無い真琴は、一瞬で平らげてしまった。


「そんなに食べてたら太るかもね」


平然と光輝が言った。その言葉がグサッと真琴の心に突き刺さる。顔では笑顔だが、心の内では冷や汗である。


「私の前で太るなんて言わないで、寿命が縮むから」


「真琴は少しぐらい肉付が良くなっても、美人だとおもうよ」


太るという言葉が肉付が良くなるという言葉に変わったところであまり心の傷は癒えない。それどころか、悪化する一方だ。フォローのつもりで言っているのだろうが、一切フォローになっていない。


真琴はこれ以上口を開く気にもならず、むすっとして持って来たファンタジーの小説を読み始める。光輝も話しかけてくることは無く、もってきた音楽プレイヤーで音楽を聴き始めた。


バスは淡路島を抜けて、鳴門海峡大橋に差し掛かった。激しい潮の流れは見て取れたが、渦潮は見られなか

った。


橋を渡りきると、いよいよ四国上陸である。小学生の時に高知県の室戸岬に行った時以来の四国である。


特に大きな渋滞にも遭遇することなく、バスは順調に高松に向かっている。


途中もう一回休憩をはさんで、高松中央ICから一般道に出た。


数十分でJR高松駅に着くと乗客全員が降車する。やはり冷たい風が吹いていた。


二人は預けておいた荷物を受け取るとタクシー乗り場に向かう。一番手前に止められていたタクシーに乗車した。


「どこまで行くんだい」


タクシーの運転手が後部座席を顧みて尋ねる。五、六十歳のベテランの雰囲気がある。


「香川中央高校までお願いします」


「あいよ」


タクシーは、JR高松駅から南下して香川県立高松高校へ向かう。


「どうして高校なんかに行くの?」


宿泊地に直接行くと思っていたので、少し戸惑う。


「そこの近くに楓姉さんっていう従弟が住んでるから、そこからは車で送ってもらうことになってるんだけ

ど、言ってなかったっけ」


「うん、聞いてないよ」


「じゃあ、そういうことだから」


「旅行ですか?」


運転手さんが不意に話しかけてきた。


「ええ、祖父のところに」


「いいですねぇ。私にも孫がいるんですけど、いっさい会いに来てくれないんですよ。たまにお年玉などを

せびりに来るようなものでね。困ったものです」


「僕も小さい頃はそんな感じでしたよ。祖父に会えば、おこずかいが必ず貰えると思ってましたから」


「私の孫ももう高校生なんですがね。一向に変わる気配がありません」


そう言いながら、運転手はハンドルを右にきる。


「お二人はご兄妹ですか?」


「違いますよ」


「それじゃあ、カップルですか?」


「そうです」


そう答える隣に座る光輝の顔は少し火照っている。真琴はおとなしく成り行きを見ていた。


「最近の若い子は二人で旅行までするんですか。いやはや、私の世代では考えられないことですから少し驚

きました。いい旅行になるといいですね」


「いい旅行にならないはずがないですよ」


そういうと、光輝と運転手さんは大笑いした。


「失礼なことを申しまして、すみませんね」


「いえいえ、お気になさらず」


その時、光輝の携帯電話が鳴った。光輝はポケットからスマホを取り出して、画面を見て相手を確認するとそのまま耳に当てた。


「もしもし、光輝だけど・・・・・うん、さっき着いたところ、今そっちに向かってる。・・・・お好み焼

きの具材を買ってきたらいいんだね。ちょっと待ってメモ用意するから」


光輝は真琴を見て、メモを取るようにと、メモをとるジェスチャーをする。真琴もスマホを取り出して、メモ帳のアプリを起動させた。


「キャベツ二玉、豚バラ一キロ、卵二パック、お好み焼きソース二本、鰹節を適当に、あとマヨネーズ一本。了解しました。でも、なんか量多くない?四人前でこの量はあまりにも多いと思うけど・・・なんで全員集合なの?・・・・・じいちゃんがそう言ったの?」


光輝は頭を抱えると同時に、声のトーンも下がった。真琴はメモを保存する。


「わかった。・・・・・」


光輝は通話を切ると、


「運転手さん、行き先変更で、最寄りのスーパーまでよろしくお願いします」


「了解しました」


タクシーは進路を変えて、最寄のスーパーへ向かう。


「なんの電話だったの?」

「今日の昼ごはんのお好み焼きの材料を買ってくるようにって、楓姉さんから言われたんだけど、どう考えても量がおかしいだろ。僕と真琴と楓姉さん、じいちゃんの四人のはずだったのに、じいちゃんが光輝の彼女が来るって従弟連中に言ったから全員が来てるんだってさ。せっかく二人で過ごせると思ってたのに」


「まあ、いいじゃん。私は気にならないよ」


「そう言ってくれて少し安心した」


タクシーは最寄りのスーパーに着いた。二人はタクシーの運転手さんに少し待機してもらって、その間に買い物を済ませることにした。


真琴のメモを頼りに次々に買い物かごに入れていく。


「マヨネーズは、普通のとハーフのどっちがいいのかな?」


「どっちでもいいと思うけど、普通の方が安いから、そっちにしよう。あと、お好みソースだね」


お好みソースをかごに入れて、レジへ。会計を済ませて急いでタクシーに戻る。


「お目当ての商品は買えましたか?」


「バッチリです」


「中央高校に向かったらいいんですね」


「はい、よろしくお願いします」


タクシーは来た道を引き返して、元の道に戻った。数分で高校の前に到着した。料金を支払い、お礼を言ってタクシーを降りた。




毎週日曜更新です。

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