「桃海亭の斜め前の花屋、フローラル・二ダウで働いているリコちゃんが見た、ある日の桃海亭」<エンドリア物語外伝5>
「桃海亭の斜め前の花屋、フローラル・二ダウで働いているリコちゃんが見た、ある日の桃海亭」
エンドリアの王都ニダウ。
そのニダウの中心部から南に延びるメインストリート、アロ通り。その通りと平行して、走る細い裏通りにあるキケール商店街。
あたしが勤めている花屋、フローラル・ニダウはそこにある。
アロ通りのように人通りは多くはないけれど、お客さんはそれなりに来たし、店長夫妻も優しい人で、あたしはこの職場がとても気に入っていた。
この間まで。
たくさんの花に埋め尽くされた店内。
花の香りを包まれながら、仕事をこなしていく。
ふと顔を上げる。
そこには、あたしに憂鬱をもたらせる元凶がある。
古い小さな店。
看板には”桃海亭”
入り口は木の扉。
その隣に小さな窓。
古魔道具を扱うその店は、この間まではガガさんという太っちょのおじさんがやっていた。
陽気でこの店にも、よく顔を出して、店長と笑い転げていた。魔術師と言っていたけれど、暗さなんて全然ない、明るい気持ちのいい人だった。
そのガガさんが、メインストリートに新しいお店を出すことになって、別の人がお店を受け継いだ。
そして、今、ありふれた古魔道具店だった桃海亭は、ニダウでも有名な名所となっている。
「リコちゃん、また見ているの?」
店長の奥さんがあきれたように言った。
「気になるのはわかるけど、あまり気にしないのよ」
気にしても、どうにもならないし、と、ため息混じりに奥さんが言う。
「はーい」
明るく答えたけれど、あたしの気持ちはちっとも晴れなかった。
せめて、今日一日、何も起こりませんように。
そう、神様に祈ったのに、お祈りが終わる前に、気になるものが目の前を横切った。
マントを羽織った2人連れ。
黒い地味なマント。
目立たないように着ているのだろうけれど、遠目にもわかる良質の布地にいい仕立て。
マントの下からのぞいている革靴は、装飾のはいった極上品。
どちらも、大商人とか、貴族とか、金をたっぷり持っている人しか買えない物。
周りをうかがいながら、桃海亭のドアをくぐった。
花の水切りをしていた奥さんは、慌てて外の飛び出した。
「どうぞ、お店の中にはいってください」
道行く人を店内に呼び込む。
桃海亭の隣のパン屋のソルファさんも、逆隣の靴屋のデメドさんも、キケール商店街のお店のほとんどが、通りにいた人を店内に呼び入れた。
声を掛けられて怪訝そうな顔をした人もいたけれど、ほとんどの人は何が起こったのか察して、慌てて店に飛び込んだ。
通りは誰もいなくなった。
そして、
「うわぁーーーー!」
叫びながら店内から、青年が飛び出してきた。
ウィル・バーカー。
桃海亭のオーナー店長。
茶色の髪に、茶色の目。
中肉、中背。
平凡すぎる顔。
影が薄くて、記憶しにくいタイプ。
「いきなり、危ないだろうが!」
追って出てきた、白い騎士服の男に怒鳴っている。
ウィルは18、9歳だったと思う。
青年というより、まだ、少年って感じ。
彼がルブクス大陸に名を轟かせているトラブルメーカーだと言われても、信じる人は少ないと思う。
「ウィル・バーカー。そなたは己のしたことを意味が分かっているのか!」
「わかるか!って、それより、お前、誰だよ!」
商店街の会合には真面目に出るし、頼んだ仕事も快く引き受けてくれる。
店長は「好青年なんだよ、本人は」と、言っていた。
「スルベニア王国第二皇女ルーシア様の騎士、デルベロス。ルーシア様の無念の思い、今ここで晴らしてくれる!」
両手で握った剣を、ウィルの頭上めがけて降りおろした。
それを、ひょいとウィルは避けた。
「スルベニア、スルベニア…記憶にないなあ」
「忘れたというのか!」
騎士服の人が剣を横に払う。
一歩後ろにさがって、避けたウィルは首を傾げている。
「忘れるも何も、スルベニアなんて、行ったこともなければ聞いたこともないぞ」
「しらばっくれおって!」
剣が再びウィルに降りおろされた。
初めてウィルが襲われるのを見たときは、気が遠くなりそうだった。
人が切られる。
花屋で働いているあたしには、縁のない世界だった。
でも、今はお茶を飲みながらでも、見ることができる。
襲われるのが、桃海亭の住人に限るけれど。
「うーん、やっぱ、間違ってないか?記憶にないなあ」
腕組みをして考えながら、ヒュンヒュンと音を立てて振られる剣を、器用に避けている。
ウィルは逃げるだけで、反撃をしない。
なぜ、反撃をしないのか靴屋のデメドさんが聞いたら「反撃できるほど強くない」と答えたそうだ。
攻撃、レベル1
防御、レベル10
逃走 レベル100。
商店街の人たちがウィルを見続けて下した評価。
あたしも同感。
剣を振り回して疲れたらしい騎士服の人が、荒い息で話始めた。
「そこまで言うなら、話してやろう。スルベニアの離島、チファ島にあるオリハルコンの鉱石を掘り出す為に、そなたの力を借りたであろう」
店の中で見ている人々から、ざわめきがあがった。
オリハルコン。
有名な鉱物らしいけれど、あたしはよく知らない。でも、魔術師らしい人が「大変だ、大変だ。新しい鉱脈だ」と騒いでいたから、すごい情報だったみたい。
「チファ島の話か。それなら、そうと言ってくれればいいだろ」
「チファ島はスルベニアの領土だ。知らんのか!」
「悪いな。地理は苦手だったんだ。それより、こんなところで、オリハルコンの話をしてもいいのか?」
騎士服の人、一瞬で真っ青になった。
「お、おのれ、そなたがすぐに思い出せば…」
「関係ないだろ。オレは」
「うるさい!」
切れた騎士服の人が、再び剣を振り回し始めた。
「なあ、あの時にいたお姫さまのことで来たんだろ。いったい、何があったんだ?」
自分が切りつけられているというのに、心配そうに聞いている。
「姫さまは…お主との約束を信じて……鉱石が足りないことを…責められて……」
疲れが限界に達したらしい騎士が、地面に膝をついた。
「……塔に幽閉されたのだ」
「ようするに、オレが姫さまをだまして、鉱石をとりあげて、トンズラした。で、でいいのか?」
騎士服の人が、がっくりと首を落としてうなずいた。
あたしの隣にいた奥さんが、プッと小さく笑った。店内にいる商店街の人たちも、クスクスと笑っている。
あたしも、だけれど。
必死になっている騎士服の人には悪いけれど、ウィルに限ってはありえない。
「あのなあ、オレが鉱石をだまし取るようにみえるか?」
「…姫さまは……箱入りで…」
「箱入りでも、人の善し悪しぐらいわかるだろ」
「……将来を…約束されたと…」
「はぁ??」
あたしは我慢できなくなって爆笑した。
奥さんも手で口元を隠しながら、笑っている。
「なあ、オレがもてるタイプに見えるか?
お姫さまが、恋するタイプだと思うか?」
あたしは笑いすぎで出た涙をぬぐった。
うん、ウィルは自分を知っている。
「……だが、姫さまはウィル殿が」
「待った。オレの髪の色とか目の色とか言わなかったか?」
「…金色の髪と」
「茶色だ、茶色。ブラウン」
「みようによっては…」
「あー、わかった、わかった。
オレの名前をかたったのが誰だが心当たりがある。二度手間で悪いが、そっちに取り立てに行ってくれ」
「しかし…今回の件に関わっている若い男性はウィル殿以外には…」
「わかっている。チファ島の件は極秘だった。
あの時、情報を手に入れられる立場で、金髪の美形で人格障害のある暴力馬鹿を知っている。たぶん、そいつだ。名前は…」
続きを言う前にウィルの背後にあった、桃海亭の壁が崩れさった。
「ウィルしゃん、大丈夫でしゅか?」
現れたのは、太さ3メートルはあろうかという巨大蛇。
頭にピンクの服を着たチビを乗せている。
「大丈夫じゃない!見ろ、また、店が壊れただろう!」
「ボクしゃん、助けにきたしゅ」
不満そうに頬を膨らませたチビ。
ムー・ペトリ。
桃海亭の居候。
チビで幼児語をしゃべるから、幼く見えるけれど、ルブクス大陸最凶、じゃなくて、最強の魔術師。
モンスターを召喚するから、すごい魔術師なのかもしれないけれど、普段はただの食いしん坊のチビ。
ポケットにいっぱいのお菓子を詰め込んで、商店街を歩いている。
「蛇しゃんまで、召喚したっしゅ」
ふくれっ面のムー。
巨大蛇は、ムーを頭に乗せたまま、ズルズルと店から這いでて来た。
通りに出てきた大蛇を見て、あたしの目は点になった。
全長3メートル強。
縦と横の長さがほぼ同じの、寸詰まりの大蛇。
身体には、ピンクと黄色の花柄模様。
店にいた人全員が、爆笑の渦に巻き込まれた。
他の店に避難している人たちも、爆笑しているのが窓越しに見える。
ウィルが肩を落とした。
「…ムー、こっちは片がついた。蛇を戻せ」
ピンク服のチビが、手をパタパタと横に振った。
「ダメっしゅ。召喚失敗でしゅ」
その言葉で、商店街の人は笑い声を止め、「はぁ」とため息をついた。
召喚失敗モンスターは、すぐに戻らない。
あと3日間、この商店街を寸詰まりの大蛇が、うろうろする。
笑えるデザインだけど、ちょっと怖いかも。
「だから、呼ぶなといっただろう!」
「次は成功するしゅ!」
「オレは呼ぶなと行ってるんだ!」
怒鳴っているウィルとムー。
壊れた壁の間から、桃海亭最後の住人、シュデルが現れた。
ウィルやムーのように有名じゃないので、フルネームは知らない。
でも、シュデルが店に出るようになったとき、ニダウの女の子の間ですごい噂になった。
真っ黒い闇色の髪。銀色のキラキラ光る瞳。
今でも美少年だけれど、あと10年したら、超絶美形になるって評判だった。
でも、熾烈ななりそうだったシュデルの争奪戦は、開始の笛さえならなかった。
「2人とも手伝ってください」
何かをひっぱっているらしく、足元がふらついている。
ウィルが軽く瓦礫を飛び越えた。
黒いマントの男の人を、瓦礫の下から引きずり出した。
マントの男の人は、ぐったりとして意識がないみたい。
「おい、何をしたんだ?」
「僕を切ろうとしたので、ラッチの剣が怒って」
「電撃を飛ばしたのか?」
コクリとうなずく、シュデル。
「あいわらず短気な奴だな」
「僕を守ろうとしただけで、剣は悪くないんです」
「シュデル、オレが言いたいのは…」
「いい剣なんです。正義感が強くって」
「だけどな」
「店に置いてやってください。こんなことがないよう、僕が言い聞かせますから」
剣の擁護を必死でするシュデル。
剣と話ができるみたいに言う。
そう、これがシュデル争奪戦が行われなかった理由。
どんな美少年でも、壷や杖や石版に「今日は元気そうだね」とか、「楽しい話をきかせてくれてありがとう」とか言っていたら、絶対に引く。
「わかった。今回だけだぞ」
「はい」
ウィルは黒マントの男を小脇に抱えると瓦礫を乗り越えて、白い騎士服の男に戻った。
「こいつも一緒に連れていけ」
白い騎士服の男の足元に横たえる。
「どこに行けば…」
「北のハーン砦」
「ハーン砦?」
「そこには今回の件に関わった魔術師が1人いるだろう?」
「おります。おりますが、そこにいる魔術師は女性です」
「会ったことあるか?」
「いいえ」
「じゃあ、実際に会ってみろよ。長身で金髪碧眼、オレも最初は男だと思っていたんだ」
騎士服の男が仲間を背負って、通りから去っていった。
残ったのは、ウィルとシュデルとムー。
大蛇の頭にいるムーが、眉をさげた。
「ウィルしゃん」
「言うな」
「でも、チクったのがウィルしゃんだとわかったら」
「半殺しだろうな」
遠い目をしたウィルが「ダップは凶暴だからなあ」と、言った。
「心配ありません」と、明るく言ったのがシュデル。
「明日にはモジャさんが帰ってきます」
モジャ。
ウィルとムーが、店を引き継いだときに一緒に挨拶に来た。
形状はモップ。
上から見ても、下から見ても、掃除用のモップにしか見えない。
でも、ちゃんとお話できるし、先端のふさふさを使っての表現も豊かだし、魔法まで使える。
最初はびっくりしたけれど、モジャさんがいるおかげで商店街は助かっている。
モジャさんが商店街に掛けてくれた防御魔法で、桃海亭で爆発が起きても、とがった氷柱が降ってきても、巨大モンスターが召喚されても、商店街の店舗は影響を受けない。
店も安心して営業できるし、観光スポットいもなっていて、売り上げは昔よりずいぶんあがった。
「明日か…ま、ダップの方はなんとかなりそうだな。問題は…」
壊れた店を見るウィル。
前に奥さんがモジャさんに「桃海亭も壊れないようにしてあげられないの?」と聞いたら「不可能」と言われた。魔法の位相がどうとか丁寧に説明してくれたけれど、奥さんも側で聞いていたあたしには難しくてさっぱりわからなかった。
「…こいつだよな」
巨大な寸詰まり蛇。
「困りましゅた」
ムーが蛇の頭からスルリと降りようとした。
パクリ。
食べられた。
「わぁーーー」
焦って、蛇の口をこじ開けようとしているのはシュデル。
「放っておけ。それくらい自分でなんとかする」
気にもとめていないウィル。
数秒後、蛇がパックリと口を開いた。
でてきたのは、大きなシャボン玉。
ふわりふわりと空に上っていく。
「大変です、大変です、中にいます」
シャボン玉の中に、ピンクのチビ。
笑顔で手を振っている。
「だから、放っておけ。それより、こっちだよなあ」
暗い顔で大蛇をさすっているウィル。
遠ざかっていくシャボン玉を青い顔で見ているシュデル。
つられて見上げるあたしたちの前で、シャボン玉のチビは、満面の笑顔で遠ざかっていった。
大蛇を半壊した店に押し込んだウィルが、空に向かって叫んだ。
「戻ってくるなよー!」
とっても、桃海亭らしい光景だった。
「うわぁーーーーー!」
翌日の早朝。
ウィルは半壊の店から飛び出してきた。
追いかけてきたのは、真っ白なローブをまとった金髪碧眼の美青年。
手に持っている金色のメイスがブンブンと音を立てて回っている。
「言い残すことはないか?」
「ま、待ってくれ」
「そいつが最後の言葉か」
「違う!」
「んじゃ、あばよ」
振りおろされたメイスを、ウィルは器用に避けた。でも、メイスは軌道をかえて再びウィルに向かった。
「わぁあっ!」
必死で避けているけれど、メイスには魔法がかかっているみたいで、ウィルを襲うことをやめない。
「ひぃーーー!」
メイスが止まった。
空中で停止したメイス。
銀色の粉がメイスの周りと取り巻いて、動きを押さえているように見える。
「シュデル、あたしの邪魔する気かい」
振り向きもせずに、金髪の魔術師が言った。
「て、店長の話を、聞いて、ください」
血の気がない顔でシュデルが、ガタガタと震えながら答えた。
手には古い壷。
「聞かなくてもわかているさ。
どうせ、女をだましたあたしが悪いっていうんだろ。
でもな、オリハルコンだぜ。オリハルコン。欲しいだろ、な、当然だろ」
金髪だったから、そうかなと思って見ていたんだけれど、この人がお姫さまをだました人で、ウィルにお礼参りに来たみたい。
「でも、だますのは、よくないと思います」
シュデルって、無垢、って感じがする。
汚れてもいないし、すれてもいない。
どんな環境で育ったんだろうって、思う。
「あたしに意見するとは、いい根性をしているじゃないか。あたしがあんたの苦手な白魔法の使い手だということを忘れてるわけじゃないだろう?」
ビクッとしたシュデル。
「おい、チクったのはオレだ。シュデルは関係ない」
「連帯責任って、知らないのか?」
金髪で真っ白なローブ。
外見は白魔術師のお手本みたいな人なのに、言動は裏社会の人みたい。
「うるしゃいでしゅ」
目をこすりながら、店からでてきたのはムー。
「はぅ、なんで、婆がいるんでしゅ?」
白魔術師は額に青筋を立てながら、チィと舌打ちした。
「面倒なのがでやがった」
唇に指をあてると、ピィーと鳴らした。
頭上からバサバサとロック鳥が降りてくる。
「今日は帰ってやるよ」
ひょいとロック鳥にまたがった白魔術師。
「もう、くるな」
冷たく言い放つウィル。
「今回の落とし前として…」
ロック鳥がひょいと爪をのばした。
「うわぁーーー!」
「シュデルをもらっていくぜ」
「おい、待て!」
「あばよ!」
高笑いする白魔術師を乗せて、ロック鳥は遠ざかっていった。
「怪我はないか?」
「はい、でも…」
ロック鳥がシュデルに爪を伸ばした瞬間、ウィルがシュデルとムーを入れ替えた。
「すこしは懲りればいいんだけどな」
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろ、ムーもダップも」
そういった後、ウィルが大きくため息をついた。
「ハーン砦はダメだろうけどな」
桃海亭は、今日も騒がしいです。