昨日の夢は今日の希望であり明日の現実である(R・H・ゴダード)
日々があまりにもつまらなかったので、本を読み始めた。
一に読書。
二に読書。
三四が無くて。
五に読書。
汲めども尽きぬ本本本。
妄想に次ぐ妄想はぼくの退屈を大きく紛らわせた。
本を買いに出掛ける時間を惜しむようになったのが、ぼくの体調が変化した切っ掛けだ。
ネットで無料で読める本。
ネットで購入できもする。
なんて便利な世の中になったものか。
飯を食べる時間すら惜しみたいのに、腹がうるさくて仕方が無い。
どうして自身の手は一対しかないのか。
もう二本もあれば、食事を取りながらページを捲ることが出来るのに。
翌朝。
首の筋が痛い。
寝違えたのかと思いきや、そうではなかった。
枕と後頭部の間に大きな隙間がある。
肩甲骨の辺りから、二本の腕が生え揃っていた。
起き上がって動かしてみると、まるで生まれた時からあったように、思い通りに動いてくれる。
不思議と病院になど行く気にならず、むしろ便利になったと今の状態を享受する。
おかげさまで食事の時間も本に充てることが出来た。
本は尽きない。
読書欲も尽きない。
目が増えれば、二冊同時に読むことが。
翌日には、目元に目が二つ。
一度に読むには脳が追いつかない。
頭が二つになった。
考える脳が二つになったせいか、運動もしないのにやたらと腹が減る。
しかし、これといって問題は無かった。
本を読む以外のことをおざなりにしていたので、部屋は荒れ放題。
押入れには茸が生え、床中を名も知らぬ虫が這いずる。
やはり、食料事情に関しては問題が無いと言える。
さて、しかし困ったことに本を買う資金が尽きて来た。
アフィリエイトや内職などでは、全然、まったく足りていない。
本を読むために貴重な一本を差し出しているというのにも関わらず、だ。
外に出て稼ごうにも、もはや目も腕も頭も、本を読むに必要な部位は無数に増えていて、体積は既に部屋全体を満たすほどになり、そもそも扉から出られない。
自分がもう一人いればいいのに。
翌日、元の姿の自分が目の前に立っていた。
なんて便利な。
俺は自身に対して仕事へ行くように言った。
しかし、人の形をした俺は本を読むのに忙しいからと、俺の話を聞きやしない。
腹が立った俺は、言い募る様に、人の形をした俺に迫る。
すると、俺は俺の体に押し潰されて、苦悶の叫びを上げながら死んでしまった。
直後。
東側の部屋の壁が破壊される。
隣人が住んでいるであろう部屋は、何か現実にはあり得ない機械めいた、俗に言うヒーローの秘密基地のような様相を呈していた。
そして、破壊したであろう人物は、ピンク色の髪にオッドアイの、杖を持った少女だった。
なんと勿体ない時間を過ごしていたのか。
今や俺は本を読まなくなった。
そうだ。
なぜ現実がつまらないと決めつけてしまったのか。
隣人が何をしていて、どんな人物かも知らなかった癖に。
眼前に転がる肉片を見て、思う。
隣に住んでいる人間ですらこれだ。
世の中には一体どんな不可思議なことが、俺の知らないことが待っているのだろう。
騒動を聞きつけた警察の群れの中に、一際目立つ人型ロボット。
ああ。
神よ感謝します。
俺はロケットの打ち上げを初めて見た子供の様な心持ちで、その大きくなった一歩を踏み出した。