[二章] 海人族
レオンが少女についていくと、天井のない開けたところにたどり着いた。どうやらあの遺跡の外にたどり着いたらしい。上を見上げると、そこに空はなく、まるで海の中にいるかのように天井で海がゆらめいていた。レオンが上を眺めていると、少女が思い出したようにレオンに話しかけた。
「あの、あなたのお名前は?」
「ああ、レオンっていうんだ。君は?」
「アリサです。よろしくお願いしますね!」
そう言って遺跡で出会った少女、アリサはレオンに微笑んだ。レオンと少女が遺跡の外へ出ようとすると、入り口のほうから、白い魔導師の服で、魔法の杖を持った10歳ほどの女の子と、20代前半くらいの、動きやすい服装で両腕にガントレットを装備した若い女性が慌てた様子で走ってきた。走ってきた2人は真っ先にアリサのもとへ駆け寄って話しかけた。
「アリサ!大丈夫だったか!?」
「ルナさん!ミーナちゃんも来たの!?」
「アリサお姉ちゃんが武器忘れて遺跡なんかに行ったからだよ?心配だったんだから!」
「ごめんね?でも私も姉さんのことが心配で・・・・・。」
20代前半の女性がルナ、10歳ほどの少女がミーナという名前のようだ。アリサが現れた2人と親しく話をしているのを、レオンは黙って見ていた。すると、ルナが気が付いたようにレオンに近寄り話しかけた。
「あんたがアリサを助けてくれたのかい?」
「ああ、僕はレオンって言うんだ。渦潮にのまれたと思ったらいつの間にかここにきてたんだ。」
「へぇ!上の世界からのお客さんとは珍しいね!」
「上・・・?やっぱりここは海の中なのか!?」
「詳しいことは村で話すよ。ひとまずはアタシたちについてきな!」
初めて会ったレオンに対しても気さくに話しかけてくれるルナの対応に、レオンも安心した。アリサとミーナも一通り話し終わったのか、レオンのもとに来ていた。アリサに勧められて、ミーナがレオンの前に出て挨拶をした。
「は、初めまして!あたしはミーナといいます!よろしくお願いします!」
子供ながらに丁寧なあいさつをしたミーナに、レオンも自己紹介のために屈んでミーナと目線を合わせて、ミーナに合わせるように挨拶をした。
「僕はレオン。よろしくな!」
「うん!」
「それじゃあ挨拶も終わったところで、一回村に戻ろうか!」
「はい、そうしましょう!レオンさん、ついてきてくださいね。」
4人で挨拶を終えると、ルナに勧められて一同は早速村へ向かうために歩きだした。歩き出してから10分ほどで、レオンたちは小さな村に着いた。大きな一本道の中に、そのまま店などの建物を置いたようなのどかな雰囲気の村だ。レオンは、そのどこにでもあるような普通の風景に、むしろ驚いた。そんなレオンの姿を見て少し笑いながら、アリサが村の説明を始めた。
「ここが私達の村、オーリオです。地上の村とほとんど変わりないですよね?」
「ああ、クオーリアは島国だけど、本で見たようなのとまったく同じで驚いたよ。」
「それと、私たち海人族のことも話さないとですね。」
「海人族!?ってことは・・・もしかして人魚もいるの!?」
レオンが興奮した様子でアリサに問いかけると、アリサはその場で宙返りをした。するとアリサの足が青い光に包まれ、光に包まれた足が美しい青色の魚のひれに変わり、アリサは人魚の姿になった。レオンは目の前で起こったことにさらに興奮した。
「すごい!アリサは人魚だったのか!」
「水のマナの力で姿を変えてるんです。水の中を泳ぐときは、こちらの方が動きやすいです。」
「すごいや!こんな魔法見たことない!」
レオンはまだ興奮していたが、アリサは魚の姿の足をもとの人間の足に戻し、姉を探す準備をするためにバーのような建物に入ろうとした。
「私は先に準備してきます。みなさんもバーの中で待っていてくださいね。」
「ああ、わかった。」
アリサの言葉ににレオンが返事をすると、アリサは急ぎ足でバーの中へ入っていった。レオンたちも続けてバーに入っていくと、カウンターの奥の扉に入っていくアリサの姿が見えた。バーの中は、大きなテーブルが3つと、それぞれのテーブルに椅子が4つ、カウンターには酒などの飲み物が入ったビンが少々並べられていた。しかし人の姿はなく、このバー自体もさほど頻繁には使われていないようであった。レオンは自分の想像とは異なる光景を見て、ルナに質問した。
「ここ、あまり使われてないのか?」
「ああ、そうだね。ここはアリサの家でもあるんだけど、たまに旅の人が立ち寄るくらいで、あとは村人の集会場として使われてるよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「まぁ、ここも昔は繁盛してたらしいよ。」
レオンたちはそんな話をしながら、アリサを待つべく一つのテーブルに並べられた椅子に座った。しばらくすると、カウンターの奥のドアから、さっきまでの軽装に加え、しっかりした皮の防具を装着アリサが出てきた。腰には武器となる短剣を携えており、いかにも準備ばっちりといった感じであった。
「みなさん、お待たせしました!」
「アリサお姉ちゃんバッチリなの!」
「これでまた遺跡に向かえるな。レオンは準備は大丈夫かい?」
「僕は大丈夫。さっそくアリサのお姉さんを探しに行こう!」
一同はアリサの姉を探すべく、バーを出て再び遺跡へと向かっていった。その一行の背中を、一人の老婆が不安そうに眺めていた。
遺跡に戻ってきたレオンたちは、まずアリサがゴブリンフィッシュに襲われた広間へと向かった。広間に到着して、レオンはアリサに、当時のことについての質問をした。
「アリサ、君がここで魚に襲われてた時、ここからどこに行こうとしてたんだ?」
「はい、あの東の方にある通路へ向かおうとしていました。あの通路は、マナの祭壇に通じているんです。」
「マナの祭壇?」
「この海の世界を守っている水のマナの結界を安定させていて、この海の世界の中に、ここの遺跡も含めて全部で6か所に点在しているんです。今はその祭壇の、マナを制御する力が乱れているので、姉さんはきっとこの遺跡の祭壇のマナの乱れを鎮めるために、祭壇へ向かったのだと思います。」
「そうなのか・・・・・。」
「そして、おそらく地上での荒海の原因は、すべての祭壇が一度にマナを制御できなくなったためと考えられます。こんなことはめったにないのですが・・・。」
「それで、そのマナの乱れが進むと、どうなるんだ?」
レオンのこの質問に、アリサは少しうつむいて答えた。
「・・・・・海の世界の結界が崩壊して、世界全体が海に沈んでしまいます。」
「なんだって!?もしそうなったら・・・・・!」
「ですから、姉さんはまず一番近くにあるここ、雷の遺跡に来たのです。それでも、一人で行ってしまうなんて・・・・・。」
心配そうに話すアリサを見て、レオンは何かを決心したようにまっすぐな目でアリサを見て言った。
「それなら、全部の祭壇をもとの状態に戻してやればいいんだよな?それなら僕も手伝うよ!」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
「当り前さ!アリサはどこへ行けばいいかわからない僕を助けてくれたんだ。今度は僕がアリサを助ける番さ!」
「あ、ありがとうございます!」
アリサがそれを聞くと、さっきまでの暗い表情から一瞬で明るい表情になった。レオンがアリサ達と団結することを決意すると、ルナがこれからについて話し始めた。
「よし!これから奥に進むにあたって、アタシたちが何をできるかを確認しよう。まずアタシの武器は、この拳さ!アタシの手に装備されてるガントレットで思い切り敵を殴りつけてやるのさ。前線ならアタシに任せな。次はミーナだな。」
ルナがミーナに話を振ると、ミーナは得意げに自分の能力について語り始めた。
「あたしはこの大きな杖にマナの力をためて攻撃魔法に変えるの!回復魔法もいっぱい勉強したからあたしに任せてね!みんなの後ろでばっちり援護するから!」
ミーナが話し終えると、今度はアリサが自分の能力の紹介を始めた。
「私はこの短剣での攻撃と、ある程度の魔法も使えます。簡単な回復魔法も使えるので、状況に合わせて近距離と中距離での戦いができます!」
アリサが話し終えると、最後にレオンが自分の戦術の話をした。
「僕はこの剣と雷のマナの力でとにかく攻撃する!魔法は勉強してなかったから使えないよ。」
レオンがそこまで話すと、ルナが嬉しそうにレオンに話しかける。
「おぉ!アタシと一緒だね!仲間ができたみたいでうれしいよ!」
「はは、ありがとう!ルナをしっかりサポートできるといいな。」
「じゃあアタシとレオンのツートップで前線に出て、そこをアリサとミーナで援護する。これでいいね?」
ルナが自分の提案を一同に教えると、アリサとミーナは首を縦に振った。一同の意見が固まったところで、レオンが奥の祭壇へ向かうために声をかけた。
「よし!それじゃあ祭壇まで行ってアリサのお姉さんを助ける!みんな行くぞ!!」
レオンのこの号令とともに、一同は遺跡の奥の祭壇へと向かっていった。その道中では多数のゴブリンフィッシュが泳いでいて、その中にはレオンたちに攻撃してくるものもいた。そのたびにレオンたちは自分たちの得意分野を活かして追い払っていった。快勝を重ねながら遺跡の奥を目指していると、ルナが気分を良くして話しかけた。
「やっぱこんな雑魚じゃ物足りないね!」
その言葉に対してアリサは少し微笑んでこう答えた。
「敵が弱いに越したことはないですよ。それより早く姉さんを助けにいきましょう!」
ルナは笑顔でうなずいて前へと進んでいった。そしてほどなくして、レオンたちはやや狭い祭壇へとたどり着いた。そこには祭壇の前に立つ一人の女性の姿があった。それこそアリサの姉であるミレイであった。その姿をみて、アリサはミレイに叫んだ。
「姉さん!」
「アリサ・・・・・!もうこの祭壇は大丈夫よ。私はあと5つの祭壇を・・・・・」
ミレイがそこまで行ったところで、ミレイのすぐ近くの天井がいきなり崩れた。ミレイとレオンの一同が突然のことに戸惑っていると、崩れてできた天井の穴から海賊の姿をした2人の女性が出てきて、瞬く間にミレイを拘束した。
「姉さん!!」
「あ、あなたたちは何者!?」
ミレイの言葉も気にせず海賊たちが言う。
「ハハハ!海人族を地上に持ち帰れば大金がもらえるぜ!」
「船を買ってもおつりがでますね~!」
その言葉を聞いてルナが叫ぶ。
「あいつら、ミレイさんを地上で売るつもりだよ!」
「そんな・・・!姉さん!!」
その時、レオンがミレイを救出すべく海賊たちに向かって走り出した。しかしすでに海賊たちは天井の穴から遺跡を脱出するところであった。海賊たちに連れ去られる寸前にミレイがアリサに向かって叫んだ。
「アリサ!私にはかまわず、残りの祭壇の修復に向かいなさい!このままでは手遅れになってしまうわ。頼んだわよ・・・!」
そう言い残し、ミレイは海賊たちに連れ去られてしまった。残されたレオンたちは、その場に立ちつくしていた。少しして、アリサがこぼすように言った。
「せっかく姉さんに会えたのに・・・・・。」
その言葉を聞いて、レオンがアリサにとても申し訳なさそうに謝った。
「ごめん。君のお姉さんを助けられなかった。」
「いえ、むしろ感謝しなくてはなりません。レオンさんが姉さんを助けようとしてくれたとき私、なにもできませんでした。」
うつむいてしまったアリサを、ルナとミーナが近くに寄って励ました。
「あんな急に仕掛けられたらだれも手が付けられないって。アリサ、それにミレイさんはまだ死んだわけじゃないんだよ?」
「そうなの!とられたのなら取り返せばいいの!ミレイおねえちゃんをー、だ、だか・・・・・?」
言葉が出ず口ごもるミーナにレオンが言った。
「奪還?」
「そうなのー!レオンさんかしこいの!!」
「へへ・・・妹の教科書とか見ててよかったよ!」
妹という言葉に、アリサが反応してレオンに質問をした。
「レオンさん、妹さんがいるんですか?」
「ああ、僕とは違ってよくできた自慢の妹さ。あいつ、今頃どうしてるんだろう・・・・・。」
妹のことを思い出して少し不安な顔になるレオンを、アリサが励ました。
「きっと大丈夫ですよ。だってレオンさんの妹さんですから。きっと。」
「へへ、そうだよな!」
元気を取り戻したレオンを見て、ルナが一同に声をかけた。
「とりあえずここにいてもしょうがないから、一旦村に帰ろう!」
「そうですね。ではさっそく戻りましょう。」
そう言って、一同は遺跡を出て村に戻ることにした。
その頃、クオーリアでは荒海が鎮まり、いつもの風景を取り戻していた。レオンという最愛の兄を失ったユンは、現在はショップの手伝いをしながら、ショップのオーナーに金銭面での援助を受けて生活をしていた。昼は学校に行き、夕方から閉店まではショップの手伝いという流れだ。ショップが閉店の時間になり、ユンが閉店の看板を立ててショップの中に戻ると、オーナーがユンにグリーンティーを用意してカウンターに置いた。ユンはカウンターの椅子に座り、グリーンティーを受け取った。オーナーも自分のグリーンティーを手に取り、ユンに話しかけた。
「今日はご苦労だったな。初めてなのにテキパキ働いてくれて助かったよ。」
「いえ、こういうのは学校で慣れてますから。」
「しかし、レオンがいなくなっちまうとはな・・・・・。君も寂しいなんてもんじゃないだろうに。」
「たしかに、お兄ちゃんがいなくなってしまって、本当はすごく悲しくて、寂しいです。でもお兄ちゃんは私を助けるとき、強く生きろって言ってくれたから、私もお兄ちゃんみたいに強く生きなきゃって思ったんです。」
「ユンはレオンに似てたくましい子なんだなぁ。」
「ありがとうございます。それに・・・・・。」
「それに?」
「お兄ちゃんは、まだどこかで生きているような気がするんです。おかしいですよね、渦潮にのまれたのに、生きているなんて・・・・・。」
「いや、わからんぞ?水霊様の加護があったなら、もしかしたら伝説の深海の世界に・・・・・。っと、ワシとしたことがこんなこと言ってもしょうがないな。」
オーナーがグリーンティーを口にする。それに合わせてユンもグリーンティーを飲むと、時間はもう9時を過ぎていた。ユンはグリーンティーの入っていたカップをカウンターに置いて、ショップを出た。
「あ、もうこんな時間。それじゃあオーナー、また明日。」
「おお、明日も頼むぞ。」
ユンがショップを出ると、オーナーはカップの片づけをしながら、ユンが言ったことを考えていた。
「レオンは生きている、か・・・・・・。」
そして翌日、クオーリアの西下層エリアの大船着き場に、陸の国からの貿易船が3隻訪れた。そのうちの一つには、グランが乗っていた。グランが物資とともに船を出ると、周りの船員たちに支持を出してテキパキと物資を船の外へ出させた。グランはその肉体派な外見に似合わず、こういったボスとしての手腕も併せ持っていた。すべての物資を出し終えて貿易が始まると、グランが乗っていた船とは別の船から、科学者のような見た目の初老の男が出てきた。この男の名はギーレ。陸の国の五帝の一人で、陸の国でも有数の薬物の科学者だ。会議の後に五帝のトップの男と話しをした人物である。
「ギーレ、お前も来てたのかよ。」
「ほんの興味でねぇ。なにかいいものがないかと探しに来たのだよ。」
「お前の探し物なんか大体予想がつくがよ、調査の件は俺に任せろよ?」
「ヒヒヒ、もちろんだ。」
そう言ってギーレはどこかへ去って行った。グランがそれを見送ると、自身の2人の側近とともに、西上層にあるクオーリアの王女の屋敷へ向かった。30分ほどでグランは王女の屋敷の正門についた。正門は頑丈そうな扉がついていて2人の門番によってしっかりと警備されていた。グランが門番に話を通すために話しかけた。
「陸の国の王下五帝、グランだ。書状は届いているはずだ。通せ。」
グランがそういうと、門番は正門の扉を開けた。そしてグランが側近とともに屋敷の中に入ると、この屋敷のメイド長と思われる人物がグランを出迎えた。
「お待ちしておりました。お茶をお入れしますので集会室へご案内します。」
「フン、よくできてるじゃないか。」
そのメイド長の立ち振る舞いの良さにグランは感心しながら、メイド長に案内され集会室へ入った。そこはグランから見て縦長のテーブルに、椅子がテーブルの片側にそれぞれ20席ほど用意された部屋だった。グランはメイド長に案内され、一番手前の椅子に座った。グランの側近も、グランの隣に並んで座った。メイド長はグランとその側近2人の席に紅茶を置くと、グランにしばし待つよう言った。
「王女様が来られるまでもう少々お待ちください。」
グランは黙ってうなずくと、静かに紅茶を飲んだ。そしてグランの紅茶を飲み干したちょうどそのころに、先ほどのメイド長が現れ王女が来たことを告げた。
「間もなく王女様が来られます。」
グランは静かに王女が来るであろう場所のドアを見据えると、ほどなくしてグランの前に王女が現れた。王女の年齢はまだ20代前半くらいで、海をイメージした水色のドレスを着ていた。王女はグランと向かいになるように椅子についた。テーブルを挟んだグランと王女との距離はそれなりに開いていたが、王女の方はそれなりの緊張感を感じていた。そして、グラント王女との会合が始まった。
「本日は遠い陸の国からはるばるお越しいただきありがとうございます。」
「おう、のりごこちの悪い貿易船に乗ってわざわざやってきたんだ。さすがの俺もこたえたぜ。」
グランは王女に対しても礼儀無用といったような話し方をする。陸の国との貿易で財政を立てているクオーリアは、陸の国に生かされている立場にある。そのため、そのクオーリアの王女でも五帝より地位は低いのだ。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「この間の荒海の件だ。午前9時43分、それが突然起こった。あの規模の荒海なら、我らの優秀な天候観測装置[マナ・レポート]が予知できずに逃すはずがない。しかし、今回はマナ・レポートでも荒海が起きる1分前まで、観測できなかった。どうやらマナ・レポートの故障ではないらしい。どう考えてもおかしいな?」
「ええ、たしかに。」
そこまで言ってから、グランはテーブルに両肘をつき、あごの前あたりで軽く手の指を組むと、グランは王女に質問をした。
「これはやはり、この海の国の神話がか関わってるのか?」
「・・・いえ、そのようなことがあるはずはございません。あれはただの神話なのですから。」
その回答を聞いたグランは王女を睨むような目つきでさらに質問した。
「本当か?このクオーリアには奇妙な話が多い。海の生物が凶暴化する奇病、突然の荒海、そして・・・・・海の底に沈み異世界とされた人魚の世界。どうなんだ?」
「いえ、なにも存じません。」
「そうかよ。」
グランが王女に問い詰めるも、王女はグランに目線を合わせてはっきり否定した。グランはこれ以上は何も聞かずに、側近とともに集会室を出て行った。グランが出て行ったあと、王女はやっと緊張が解けたと言うかのように、肩の力を抜き、ふぅ、と息を吐いた。その様子を見たメイド長が王女を労った。
「王女様、本日はお疲れ様でした。」
「ええ、ありがとうね。」
気持ちが落ち着いた王女も集会室を後にした。その様子を、王女が入ってきた扉の横にいたチョビ髭の王女の側近が不穏な目で見ていた。
一方、別行動をとっていたギーレは病院の前にきていた。自身が探しているものが見つかるかもしれないと思ったからだ。ギーレは病院ののどかな雰囲気に関心しながら病院の庭を見回っていると、一人の少年の姿を見つけた。その少年はジュンであった。ギーレはジュンが木陰で読書をしているところに話しかけた。
「読書中のところ失礼、君はこの病院に入院しているのかね?」
「え?あ、はい。あの、どなたですか?」
ジュンが不安そうに尋ねるので、ギーレはジュンを安心させるようなやさしい口調で話を続けた。
「ワシは陸の国で薬学の研究をしているものでね。君は一見健康そうだが、どういった病気なのかね?」
「陸の国の学者さんなんですか!?すごいんですね!・・・・・いえ、病気ではなくて、生まれつき体が弱くて、みんなと同じように走ったりすることもできないんです。」
ギーレが陸の国の研究者であると言うと、ジュンは信用できると思い、安心した。ギーレはジュンの病状を聞くと、ジュンにある提案をした。
「ほうほう、それは災難じゃなぁ。よし、ここはワシにまかせなさい。ワシが君の体を健康にしてみせよう。」
「本当ですか!?でも、病院にはなんて言ったら・・・・・。」
「それは心配ない。ワシが病院に話を通しておこう。」
「ありがとうございます!」
ジュンと意思が合致すると、ギーレはさっそく病院の中へと向かっていった。そのギーレの顔は、不敵な笑みを浮かべていた。そう、ギーレは探し物を見つけたのだ。
一方レオンたちは村へと戻っていて、村のバーで今後について話し合いをしていた。アリサの姉であるミレイは海賊に連れ去られる際に、アリサ達に残り5つの祭壇を正常化するよう頼んだ。たしかに祭壇を正常化することが先決なのだが、アリサは自分の姉が心配でたまらなかった。
「姉さん・・・・・。」
「うーん、そうだ!神殿の正常化と、アリサのお姉さんの捜索を同時にすればいいじゃないか!」
「レオンさん・・・・・!」
祭壇を直接正常化させるとなれば、海の世界の様々な場所を行くこととなる。このレオンの提案は至極当然なのだが、これはどちらを優先させるでもなく、それを同時に行うことでアリサを安心させる手段となっていた。
「よし!じゃあ祭壇を正常化しながらアリサのお姉さんを探す、これで決まりだな?」
「はい!レオンさん、ありがとうございます!」
「わーい!決まりなの!」
3人が明るい雰囲気になっているところに、ルナが割り込むように話した。
「でもさ、祭壇の場所はわからないんだろう?どうすんだい。」
その言葉を受け、全員が黙って考え込んでしまった。そこへ、レオンたちのもとへ一人の老婆がやってきた。レオンたちがミレイを捜索するべく遺跡へ向かった際に背後から眺めていた人だ。そして老婆はアリサに話しかけた。
「祭壇のことなら、ククルの町へ向かうといい。そこにこの海の世界の歴史を調べている学者がいるはずじゃ。」
「ありがとうございます!なんでも屋のおばあさん。」
突然現れて、助言をしてくれた老婆を不思議に思ったレオンがアリサに質問した。
「アリサ、この人は?」
「なんでも屋のおばあさんです。私たちの住んでいるこの村を、若い人たちと一緒に管理しているんです。」
「へぇ、そうなんだ!」
「ああ!頼りになるおばあちゃんだよ!」
アリサとルナに紹介されて、なんでも屋の老婆が軽く笑うと、アリサに激励の言葉を送った。
「ホホホ、遠くへ出かけるならよく準備をしておくといい。アリサ、頑張るのじゃぞ?」
「はい。私、必ず姉さんを助けて、祭壇の正常化もしてみせます!」
アリサが意気込んでいうと、レオンとルナとミーナがその勢いに乗って答える。
「おう!アリサならできるよ、なんたってアタシらがいるんだからね!」
「アリサおねえちゃんファイトー!」
「やろうぜアリサ!」
3人に励まされ、アリサはいっそう意気込んだ。レオンたちはその後も話し合って、出発は明日に決まった。そしてルナとミーナはそれぞれ自分の家に帰り、レオンはアリサの家でもあるバーで夜を過ごすこととなった。その夜、レオンが一人でバーのカウンターでグリーンティーを飲んでいるとき、アリサがレオンのもとに来て、隣の椅子に座った。
「まだ寝なくてもいいんですか?」
「ああ、なんか寝付けなくてさ。グリーンティーなんだけど、アリサも飲む?」
「私は大丈夫です。」
「そっか。」
レオンがグリーンティーを一口飲む。アリサは続けてレオンに質問した。
「レオンさんは、荒海の日に渦潮に巻き込まれてここにきたんですよね?荒海の中船を出したんですか?」
「妹を助けるためだったんだ。妹が船で流されて、妹は水のマナの力で船を岸に飛ばせられたから助けられたんだけど、僕の船はもう力がなくて、そのまま。」
「そうだったんですか・・・・・。命に代えても妹さんを助けられるなんて、本当に妹思いで、本当にすごいですね!」
「アリサだって、お姉さんのこと本当に心配してて、姉思いなんだなぁって思った。」
「ありがとうございます。私、レオンさんみたいに絶対姉さんを助けてみせます。」
「僕みたいにって、命はかけちゃダメだよ?みんなで生きなきゃ。」
「はい!」
アリサの肩に優しく手を当てるレオンに、アリサは穏やかな笑顔で答えた。こうして夜はふけ、レオンとアリサも眠りにつき、そして朝が来た。レオンとアリサ、そしてルナとミーナがバーの前に集合して、いよいよ出発のときを迎えていた。アリサは皆にそれぞれ準備ができたかを確認する。
「みなさん、準備はいいですか?」
「僕は大丈夫」
「アタシも大丈夫だよ!」
アリサの呼びかけに、始めにレオンが答え、次にルナが答えた。一方のミーナは、中身がめいっぱいに入ったとても重そうなリュックを背負っていた。それを見たルナがミーナに少し呆れつつも大丈夫か聞いた。
「ミーナ、その中身何が入ってるんだ?」
「お菓子!!」
「おいおいしょうがないね。アタシが持ってやるよ。」
笑顔で答えるミーナに、ルナはさらに呆れながらミーナのリュックを軽々と片手で持った。そして一同の準備ができて、いざ出発しようとしたとき、レオンがとつぜん思い出したように3人に話しかけた。
「そうだ!みんな、お父さんとかお母さんに、ちゃんと行ってきますって言った?」
レオンのその質問を、3人は不思議に思いながらも答えた。
「私の両親はククルの町にいるので、そこに着いてからですね。ですから、私のあいさつはなんでも屋のおばあさんにしました。」
「アタシは一人暮らしだから、なんでも屋のおばあちゃんに。」
「あたしのいってきますも、なんでも屋のおばあさんにしたの!」
「そっか!なら大丈夫だな。」
レオンが急にそんなことを確認したので、不思議に思ったアリサがレオンに聞き返した。
「でも、どうして急にそのようなことを?」
「やっぱり遠くへ行くんだから、ちゃんとあいさつしないとかなって思ったんだ。そうすでば、後ろに振り返らずに旅を始められると思うんだ。」
「そうですね!レオンさん、素敵です!」
「えへへ、そうかな・・・・・?」
アリサに褒められてレオンは照れくさそうに頭を軽くかいた。そんなレオンをせかすように、ルナとミーナが声をかけた。
「おーい!そろそろ行くぞー!」
「あたしも待ちきれないの!」
「はーい!」
アリサは2人に声をかけてから、レオンの方を向いて言った。
「行きましょう、レオンさん!」
「ああ!」
こうしてアリサ、ルナ、ミーナ、そしてレオンの4人による、長い旅は始まった。