[一章] 海の世界
レオンがその日目覚めたのは朝の9時。リビングに行くと、いつものようにテーブルに朝食が置いてある。今日もユンが作っておいてくれたのだろう。ユンはすでに学校へ行っている時間だ。レオンは朝食を食べ、いつもの外着に着替えて外に出た。外に出ると、空は暗い雲に覆われ、風も強く、海も荒れている。今日は荒海の日だ。
「うわぁ、今日は天気が荒れてるな。」
レオンはユンが少し心配だったが、とりあえずショップのオーナーの顔を見ておくことにした。ショップに入ると、やはりいつものようにオーナーがカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「おはようオーナー。今日はあいにくの荒海だね。」
「よおレオン。そうだな、こんな荒れた海の日に船なんか出すんじゃねぇぞ?」
「さすがにそんなことしないよ。そうだ、今日はなにかお仕事来てる?」
「今日は特にねぇなぁ。気分転換に南下層にでも行ってみたらどうだ?」
「そうする。」
そんな話をして、レオンはショップを出て、南下層へつながるトンネルへ向かった。トンネルは神社の入り口のちょうど反対方向にある。このクオーリアは、大きな山をそのまま国にしたような構造で、反対側のエリアへ行くには山の中の通路を通る必要があるのだ。レオンは階段を上がり、神社の反対方向の通路を歩いてトンネルへ入っていった。トンネルの中は本来は真っ暗なのだが、通路に明かりが灯されているので明るくなっている。レオンは長い通路を通り、南エリアへ向かった。
トンネルをぬけて南エリア下層へ出ると、いかにも南の国といった感じの景色が見えた。南エリアは下層も上層も観光客などを迎えるためのリゾート地となっており、下層にはビーチとすぐ傍のボート乗り場やレストラン、様々なショップが並んでいる。南上層にはユンの通う学校やジュンが通院している病院もある他、高価な商品を販売している店がたくさん並んでおり、主に陸の国の貴族などが利用している。今日は荒海なのでビーチには当然人はいないが、よく晴れた日にはクオーリアの人々や陸からの観光客でにぎわうのだ。
「ジュンは元気にしてるかな。」
レオンはとりあえずジュンの様子を見るために病院へ向かうことにした。病院はトンネルを抜けたすぐ右の階段を登ればすぐに行ける。病院の前まで来ると、突然雨が降り出してきたので、レオンは急いで病院へ入った。
「今日は本当に天気が荒れてるなぁ。」
レオンはそんなことを思いながらジュンのお見舞いに行くために受付の看護婦さんに話しかけた。
「こんにちは。今日はどのようなご用件ですか?」
「ジュンのお見舞いにきたんだけど、ジュンは今大丈夫?」
「はい!11時からリハビリがありますがその時間までなら大丈夫ですよ。」
「わかった。」
レオンは時計を見ると、時計はちょうど10時を指していた。レオンはジュンの病室に行くついでに、ジュンがいないか待合室を見回すと、左奥のあたりにジュンの姿があった。ジュンはちょうどココアを飲んでいるところだった。レオンがジュンのところに行くと、ジュンはマグカップをミニテーブルに置いてレオンと話をした。
「レオン!来てくれたんだね。うれしいよ。」
「うん!一度お前の顔見ておきたくてさ。今日は土産も用意してないんだ。ごめんよ。」
「ううん、大丈夫だよ。俺はレオンの顔を見れただけで十分だよ」
「これからリハビリなんだよな?頑張ってな!」
「うん。俺も外で自由にレオンと走り回りたいからね。」
「じゃあ、僕はもう行くよ。またな!」
「うん、またね。」
そう言ってレオンが去っていくと、ジュンがレオンの背中を見ながら小さくつぶやいた。
「レオン、君がうらやましいよ。早く、体を治さなくちゃ。」
レオンが病院を出ると、海に一隻のボートが浮かんでいるのが見えたので、レオンは驚いた。どうやらただ海に流されたボートではなく、人が乗っているようだった。
「なんでボートが海に出てるんだ?あっ!人が乗ってる!」
こんな荒海の日に船を出すのは自殺行為だ。レオンはすぐにボート乗り場まで向かった。そこには3人の男子学生がいた。ユンの通う学校の生徒だろう。3人の学生は顔が青ざめて、とても慌てているようであった。
「おい!どうしたんだ!?」
「お、俺たち、ただ水霊の加護ってやつが見たかっただけなんだよ!本当はボートもロープで止めてあったんだけど、波が強すぎてロープが切れちまったんだ!まさかこんなに海が荒れだすなんて思わなかったんだよ!」
この3人が誰かをボートに乗せて荒れた海に放ったのだ。レオンは水霊の加護と聞いて、ボートに乗せられた人が誰なのかを確信した。
「なんだと!?助けは呼んだのか!?」
「呼んだけど、こんな海じゃ助けられねぇよ!」
レオンはそれだけ聞いて、ボートに乗った人を救出すべく乗り場にあったボートに乗った。それを見た3人の学生の1人が慌ててレオンを静止しようとした。
「おい!無茶するな!お前も死ぬぞ!?」
「それでも行かなきゃなんだ!!あれに乗ってるのは僕の妹なんだぞ!!」
レオンは学生の静止を振り切り、乗り場からボートを出した。流されたボートへはオールでこいで向かおうと思ったが、乗ったボートの中に水のマナが宿った海藻があったので、水のマナの力を使って一気に水上ジェットのように飛び出し、ボートへ近づいていった。そして流されたボートのすぐ近くまで来てみると、そのボートに乗っていたのは、やはりユンであった。
「ユン!やっぱりお前だったのか!」
「お兄ちゃん!助けに来てくれたの?」
「当たり前だろ!さぁ、このままボートを引っ張って一気に戻るぞ!」
レオンがユンの乗ったボートについている千切れたロープを持って沖に戻ろうとすると、二人は海の中からものすごい音が響くのを聞いた。振り返ると、そこには巨大な渦潮が二人のすぐそばで発生していた。
「お兄ちゃん!あんなに大きな渦潮が・・・・・!」
「くそっ、このままじゃ2人とも飲まれちゃうぞ・・・・・!」
レオンは咄嗟に、ユンの乗ったボートにマナの宿った海藻を投げ入れた。レオンは、この海藻の中にあるマナだけでは渦潮に逆らいながら2つのボートを引く力はないと考えての行動だった。しかしこの行為は、ユンの命を助ける代わりに、自分の命を投げ捨てることであることは言うまでもないだろう。
「お兄ちゃん!!」
「ユン!・・・・・生きろよ!」
レオンがそう言うと、ユンの乗ったボートが水のマナの力で飛ぶように浜辺へと向かっていった。レオンは遠くなっていくユンの乗ったボートを見て安心したと同時に、これから自分が向かう渦潮を見て覚悟を決めていた。
「これじゃ、僕は助からないよな。でも、ユンが助かってよかった。」
レオンがそうつぶやいてからほどなくして、自分のボートとともに、レオンは渦潮に飲まれていった。その様子を渦潮から離れていくボートから見て、ユンは叫んだ。
「お兄ちゃぁぁぁぁん!!!」
しかしその叫び声も、海の中のレオンには届かなかった。
レオンは渦潮の中で、海の冷たさと、息ができない苦しさと、激しく流される感覚を感じていた。しかし心は信じられないほど穏やかで、静かだった。まるで自分がすでに死んでしまっているように感じた。レオンのまぶたの中では、妹のユンとの、いくつもの思いでがまるで今起きているかのようによみがえってきていた。子供のころに公園で遊んだことや、ユンが学校へ入学した時のこと、レオンの中ではっきりと映っていた。そして最後にレオンは、自分の母が生前にいつも口にしていた「すべてに命は海に還る」という言葉と、海を優雅に泳ぐ人魚の姿を思い浮かべた。自分も海に還れるんだ、と思ったその時。レオンは海の底から光があふれるのを、閉じたまぶたの中から感じた。そしてレオンがその光の中に飲まれていくところで、レオンの意識は途絶えた。
レオンが渦潮に飲まれたのと同じ時間に、一隻の海賊船が荒海の中クオーリアに向かって進んでいた。それはクオーリア一帯で有名な船員が女性だけの海賊、「海賊3姉妹」の船であった。破天荒な性格で船長を務める、いかにも海賊といった服装の長女のマイを筆頭に、しっかり者で生真面目な和装の次女ライと、おっとりとした性格の魔導師姿の末っ子、メイが船員をまとめ上げていた。この海賊3姉妹は現在、突然の荒海に見舞われ、なんとかしてクオーリアにたどり着くために船を急がせていたが、船は激しく揺れ、今にも転覆しそうであった。
「もっと速度はでないのかい!?このままじゃ船が転覆しちまうよ!」
「姉さん!これが最高速度です!」
「手下のみなさんもほとんどたおれちゃいました~。」
3姉妹がなんとか船の航路を維持していると、一人の部下が海を見て叫んだ。マイが船の正面の海を見ると、そこには海賊船を飲み込むほど巨大な渦潮が発生していた。
「キャプテン!船の前に渦潮が!!とんでもなく大きいやつです!!」
「なんだって!?メイッ!渦潮をかわすんだよ!!」
「無理です~!かわしきれませ~ん!」
マイは慌ててメイに指示を出すが、すでに遅かった。船は渦潮をかわそうとしたものの、渦潮はあまりに大きく、海賊船はそのまま頭から渦潮に飲み込まれてしまった。
「うわぁぁ!みんな何かにつかまれっ!」
マイの指示は渦潮にのまれていく船の轟音に遮られ、他の船員には聞こえなかった。マイは船の頭が真下になってしまった船の帆につかまって下を見た。そこには渦潮に飲まれていく船と、渦潮の中に放り込まれるように落ちていく船員達とライとメイの姿が見えた。マイは帆にしがみついて何もできないまま、渦潮へ落ちていく船員達やライとメイを見続けていた。
「ね、姉さーんッ!!」
「ひゃあぁぁ~!!」
ライとメイも、ついに渦潮に落ちていった。そして自分の部下である船員も次々と渦潮の中に消えていく。
「くそうッ!!こんなところでアタシは終わりなのかい!!?」
マイがそうこぼすように叫ぶと、ついに帆の柱が根元から折れて、マイも声を上げることもできずに渦潮に放り込まれた。
「ッ・・・・・!!!」
こうして荒海の中、瞬く間に、一つの船が消えた。
所変わって、ここは陸の国の「王下五帝」と呼ばれる、王直属の5人のエリートが集う会議室。海の良く見える場所にあるここには、今この場には、その王下五帝のうち4人集っていた。荒海を眺めながら、明日行われるクオーリアへの貿易に同行する者を決めるために話し合っているようだ。会議の半ばあたりで、五帝の一人の筋肉質な赤髪オールバックの男、グランが話を切り出した。
「じゃあ貿易に同行するのは俺で決まりだな。それでクオーリアでは、王女と面会していろいろ聞いてくるってことでいいんだな?」
グランが他の五帝に確認を取る。他の3人がこれに賛成の意思を伝えると、五帝の一人であるセミロングヘアーで眼鏡をかけた女性がグランに念押しをする。
「わかっていると思うが、王女への質問ははわれらの周囲でも極秘の内容となっている。けして周囲に漏らさぬようにたのむぞ。」
「わかってらぁ。」
グランが返事をすると、黄緑色の神父のような服を着た金髪の男が会議をまとめた。この男が五帝のトップである。
「では今回の任はグランに務めてもらう。他の者もそれぞれの任を怠らぬように務めろ。解散。」
五帝達が会議室を出て行く時、五帝のトップの男が初老の男である五帝の一人を呼びとめた。
「あれの研究はどれくらい進んでいる?」
「ヒヒヒ、あともう一息といったところですな。あとは手ごろな実験台さえいれば・・・・・。」
「わかった。引き続き頼むぞ。」
そう言って五帝のトップが会議室を出て、こうして五帝は解散していった。
渦潮にのまれたレオンは、不思議な遺跡のような所で目覚めた。足下は水が敷かれるように溜まっており、レオンは柱に横たわるようにして眠っていたのだ。
「う、ううん・・・・・?」
レオンは起き上がって、周囲を見渡した。丸い空間の中央には、噴水のようなものが、少し崩れたように散らかっていた。壁には柱が等間隔で立っていて、感覚の隙間からは、水がカーテンのように薄く流れていた。
「ここは・・・・・どこなんだ?」
自分は確かに渦潮にのまれたはず、生きているはずはない。夢でも見ているのだろうか、とレオンは考えた。しかし、ただ考えているだけではなにも解決しないと思い、レオンは周囲を探索することにした。レオンの足元には、バラバラになったボートの残骸が残されていたが、幸い荷物は無事なようなので不安なことはそれほどなかった。丸い部屋から出ると、左右に道が分かれた通路に出た。どちらへ進むか迷っていると、足元の水が左から右へと流れているのに気が付いた。
「水の流れか。もしかしたらこの流れの先が出口かもしれない。」
水の流れる先に出口があるのかと思い、レオンは水の流れを信じて右へと進むことにした。少し歩くと、レオンは天井が高く、横幅がやや狭い通路に出た。そこは高い壁のそこらじゅうで水のマナが輝きを放っており、さっきまで薄暗かった通路とは打って変わって昼間のように明るかった。
「すごい・・・・・!水のマナで満ちてるんだ!」
レオンがその光景に目を丸くして眺めながら、通路の奥へと進んでいった。明るい通路を抜けると、少し暗くて、広い空間に出た。そこでレオンは驚いた。
「あれは・・・・・!?」
そこにいたのは、2匹の空中を泳いでいる黄色くて大きなピラニアのような魚と、その魚に襲われている少女だった。こんな場所に自分以外の人がいたのにも驚いたが、今はあの少女を助けるのが先決だ。そう考えたレオンは、マリシャスサーベルを取り出して、魚たちの気を引くことにした。
「待て!お前たちの相手は僕だ!!」
レオンが大きな魚たちに向かって叫ぶと、大きな魚たちはレオンのほうに向かっていった。少女はその場に座り込んだまま目を丸くしてレオンを見ていた。
レオンと2匹の大きなピラニアとの戦闘が始まった。まずレオンは牽制に自身の雷のマナの力を使って、サーベルで地面を前に向かってこするように振って、地面を走る雷の真空波を出す技「走雷剣」を放った。真空波は片方のピラニアに命中した。よく効いているのかピラニアは地面に落ちてびたびたとのたうち回っている。
「よし、効いてる!」
レオンが安心していると、もう片方のピラニアが接近して襲いかかってきた。レオンはピラニアの噛みつき攻撃をひらりとかわして、敵の隙をついて一気に切りかかった。
「今だっ!」
ピラニアは3連撃を受けると地面に落ちてそのまま動かなくなった。先ほど走雷剣を受けたピラニアが体制を直すと、再びレオンに襲いかかった。レオンは今度は、剣を両手で持って飛び込んでおもいきり切りかかった。するとピラニアの真上からレオンの攻撃に合わせるように一筋の雷が落ちてきた。雷のマナを使った技「降雷剣」だ。ピラニアもこの一撃を受けて、そのままレオンに倒された。戦いが終わり、ピラニアを全滅させたレオンは得意げに剣を収めた。
「へへっ、楽勝だね!」
戦いが終わって、レオンは襲われていた少女のほうへ駆け寄った。そして座り込んでいた少女に手を差し伸べて声をかけた。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます!」
少女は軽い傷はあったものの、元気な状態だった。少女はレオンの手を取り、その手を引っ張ってもらいながら立ち上がった。少女は突然現れたレオンに少し戸惑いながら話しかけた。
「この周辺では見かけない人ですね。どちらから来たのですか?」
「クオーリアに住んでるんだ。渦潮にのまれて、気付いたらここにいたんだ。」
「そうなんですか。やはり、水のマナが不安定になっているんですね。」
「なにか知ってるのか?」
「はい。ひとまずわたしの住んでる村に行きましょう!」
特に行くあてもなかったレオンは、少女の誘いにすぐに乗った。
「わかった。僕もどうすればいいのかわかんなかった所なんだ。ありがとう!」
「いえ、あなたは恩人ですもの!」
こうしてレオンは、少女を頼りについていくことにした。