始めと初め
ミーンミンミンミンm―――
「ハアッハアッ・・・撃雷!待てっつったろ!はあー・・・あーもぉうっとーしーんだよ!離れろ!」
澄みきった青空に、心底ウンザリした少女の怒鳴り声が、蝉の合唱をかき消す。
怒鳴ったのは、個性的な外見をした、16歳ほどの少女だ。
まず目に付くのは、黒目がちな割と大きいつり気味の目。
右は明るい青緑、左は黒過ぎてむしろ青みがかっている瞳をしている。
左目と同色の髪は、肩口で切り揃えてあり、斜めで分けた前髪は、三つの大きさの違う青い玉で横にまとめられ、健康的に焼けた頬にたれている。
そんな個性的な外見とは裏腹に、着ている取り立てて特徴のない地元の学校の制服は、普通のスカートの上に、ネクタイと着崩したシャツだ。
背後からかけられた声に、撃雷と呼ばれた少年は驚いて目を見開いた。
「今日も大変そうだな・・・。しっかしオイオイオイ、めっずらしーなあ。いっつもガッコサボる海莉がフッツーの時間に登校してくるなんてなぁ・・・。どういう風の吹き回しだ?なんかの前触れか?怖ぇ!」
ニヤニヤしながら言われたが、その通りで、海莉と呼ばれた少女は、バツが悪そうに目をそらした。
撃雷は、個性的な海莉とは対照的に普通のスポーツ系の少年だ。
切れ長の目を覆っている長めの前髪は、瞳と同じく色素が薄い。海莉と同じ校章の付いた学ランのズボンの上に、チエェックの袖を捲くったシャツを着た、海莉と同じ年頃の少年だ。
「るっせぇ!!お前もよくガッコサボってるくせに!!」
言い返され、目をそらした撃雷は、
「・・・それより、その足に絡まってる妖怪何とかしろよ。」
と逃げた。
それもそうだ。
「んなこと・・・ンッと・・・言われなくても・・・ウォラ!・・・分かってる!・・・チッ!!!はーなーれーろぉー!」
ボカッ!
「ウワーナグッター!」
「オニィ~!」
「鬼畜~!」
「キョワ~!」
「★☆!!」
海莉の膝ぐらいまでしかない身長の小柄な中級妖怪達が騒ぎ立てた。
ムカッ
ッガンガンッガンガンッガン!!
「グエッ!」
「ンギャ!」
「痛ゥ!」
「ウニュッ!?」
「>A<!!」
「・・・何でしつこいんだろぉなぁ。ったく・・・いい奴もいんのにな。まあ、こーいうの奴らばっか目立つからなぁ・・・」
やっと妖怪を引き剥がし終わると、振り回していたカバンを担ぎなおし、やれやれとばかりにため息をつきながら、頭をガシガシ掻いた。
海莉には、7歳以降の記憶がない。
しかし、記憶があるところからすでに妖怪・幽霊の類はミえていた。撃雷も、物心ついた頃からミえていたらしい。
妖怪には理性のないのとそうでないのがいる。それが分かっているため、余程タチが悪いのはともかく、普通のには、後でなんとなく罪悪感が沸くため、あんまり本気で掛かれない。
学校の校門には前に、たまたま本で見つけた魔よけを冗談半分で彫ったら、意外によく効きいたため、妖怪は来ない。
そのため、孤児院や学校などの、よく行く建物にこっそり彫った。
ただ、魔よけ効果の範囲内に居たり、自分で魔よけを書いたものを持つと、具合が悪くなるため、自分の周りだけ魔よけを相殺する札を常に持ち歩いていた。そのため、外では仕方がなく、ちょっと荒めの実力行使で追い払っていた。
学校に着き、2階の教室の自分の席に着く。
いつも通り、騒がしかった教室は海莉たちが入った途端、一瞬静まり元に戻った。
しばらくすると、閉じた窓を通り抜けて入ってきた少女がハイテンションで声をかけてきた。
「かーいりー!おっはよぅー!」
普通だったら騒ぐなりなんなり反応する非日常的現象に対し、周りは反応しなかった。慣れている、というよりも、視えていない、という目だ。
しかし、そんな非日常的現象を見ている海莉の目は、むしろ当たり前だというような、普通の目だった。
『よおレミ。朝っぱらからテンションたけーな。そうそうあのな、学校に住み着くのはいいけど、また学校の怪談よろしく夜中の屋上で喚いてたろ。霊感ちょっとはある人もいんだから、ちょっちそーいう人達の為に気ぃつかってやれ?』
ノートを開き無言で書く。
「・・・久々に会って早々、それひどくない!?って言うか自分がうるさくて眠れないから人を口実に使ってんでしょ?!!」
『自分がうるさいってことは自覚してんのな』
「ンンンンンンモオオオオオオオオオオチックショオオオオオオオオ!!!!!!!」
レミと呼ばれた霊の少女は、大声で憤慨する。
その大声に隣で即行居眠りを始めていた撃雷が、寝ぼけなまこで起きた。
「モーモー睡眠妨害すんなよ・・・牛かっつーの・・・・・・あ」
途中で気づき、周りを見回した。案の定気味悪そうに何人かがこちらを見ていた。
「あ、そうそう、さっき職員室を漂ってたら、今日転校生来てたよ。」
おかまいなしにレミがいった。
「うーわー、ホントに前触れだったし」
ガツン!
「イテッ!!」
「・・・ッフ・・・そーかよ」
憎まれ口を叩きながらも楽しそうだった先程とは違い、そう小さくつぶやいた海莉の目は、笑っていなかった。
―――・・・ま、いつも通りいくか。