3.旅立ち(2)
***
ライトは再び剣の柄を握りなおす。額から流れる汗が頬を伝い、首筋に流れる。この緊張感は城の鍛錬とはまた違ったものだ。それは次の行動を読みやすい人間とは違い、攻撃力も魔力もケタ外れな魔物なのだから。一歩間違えれば此処で死ぬかもしれない。もう数回目の戦闘だが、やはりこの緊張感だけは拭いされない。
「おいライトー!!無茶だけはしてはならんぞぉ!!」
「だいじょうーぶですよ。…ニアス王はそこで見てて下さい」
ライトは二、三度兵士の剣を振り、攻撃大勢をとる。剣の柄を両手で握り前に突き出す。腰をやや若干落とし、じっくり睨むように魔物を見る。
魔物―――――――獅子のような姿をし、鬣や体を覆う毛は赤黒い。目はボールのように丸く、ギョロリとこちらを見ている。名前は≪ベル・ウィッチ≫。フワロ地方の特にヒューマン領土にいる魔物の中で一番強いとされている。日頃メスと子供は群れで過ごしているが、オスは出産時期を過ぎれば一匹で生きるものなので、安堵する。さすがにヒューマン領土最強の魔物を一人で何匹も相手にするわけにはいかない。
もう既に≪ベル・ウィッチ≫の鋭き爪に数回攻撃されている。しかし全てはかすり傷程度。そしてライトも何度か攻撃をたたきこんでいる。
『ガルルルル…』
「さぁ、もう終わりにしよう!」
次の瞬間。
ライトの体がブレた。残像を残し、一気に≪ベル・ウィッチ≫との間合いを詰める。ライトの動きを見えていなかった≪ベル・ウィッチ≫は辺りをキョロキョロと見てライトの姿を探す。しかし、ライトが目の前に現れた時には≪ベル・ウィッチ≫は崩れ落ちた。
一瞬の内に間合いを詰めたライトが残像を残したまま切りかかったのだだ。ニアス王がライトを見られるようになった頃には魔物は光の粒となって四散した。この世界“リーザス”で死を迎えたモノは光の粒の四散となって消えゆくのだ。
「わははははっ!流石じゃ、流石ワシの家臣じゃ!」
ネズミの姿のニアス王は馬車の中でとんだり跳ねたり…その姿を目に捉えると、ライトは口の端を上げ、ニンマリと笑いながら背中の鞘に剣を納める。
一角獣のラルキーがライトを讃えるようにひと際甲高い声を上げた。
***
もう既に半日は歩いたであろう。昼ご飯は簡単な携帯食料で済ませ、再び中枢都市“クリックウェ―ン”を目指す。
「う~む、もう疲れたのぉ…いつになったら中枢都市に着くのか…」
「地図によるとあと二、三時間で着くようですよ」
馬車からネズミの姿をしたニアス王の呻き声が聞こえる。流石にそろそろ着いてもいい頃なのだが、初めて訪れる地でライトたちは迷っていた。
深き森はまだまだ深い。先程から同じ場所ばかり行き来している気がする。
「…というか、ライト。お前確か『方向音痴』でなかったか…?」
「…っ!!?」
突然の問いに、ライトは背中をビクつかせた。
最強戦士といわれるライト。しかし人間には欠点と呼ばれるものがある。このライトは超が付くほどの“方向音痴”で、ギニア城でも迷子になる始末である。
「は、はははは…そ、そんなことないですよ王。さぁ、此処の道を行けばきっとあともう少しで着くはずです…っ!!」
「…はてはて、」
再びラルキーの手綱を握りなおし、ライト一行は歩きはじめた。
(「旅立ち」続く)