バス
おはようございまーす。
僕らは適当に宇野への挨拶を済ませると、すぐにバスに乗り込んだ。
狙うは最後列。
幸いまだ誰も来ていない。
「席ゲット!!」
北川が高らかに叫ぶ。
僕も便乗して思わず叫びたくなったけど我慢だ。
キチガイは一人で十分だ。
ふと高野の方を見てみると彼も僕と同じ安心しきった表情で座っていた。
何故僕らがこんなにも最後列の席に固執していたかというとそれには理由がある。
僕らは断言するならばクラス内で浮いている。
色々な意味で、だ。
そして、これには今回の遠足の班員の数も関係してくる。
僕らの班は計5人の班だ。
5人という事はどう座っても1人余ってしまうのだ。
補助席を使うという案も考えられたが、バスによっては補助席が無い場合もある。
ふと見ればこのバスには補助席があったが、万が一の事を考えて僕らは一番に学校に来た。
きっと北川や真田さんなら例え一人余っても上手くやっていけるだろうが、僕や高野はそうはいかない。
恐らく一言も喋れずに気まずい雰囲気を作り上げてしまうだろう。
と、この様に僕らは1人だけ余るという状況を作り上げない為に早く学校に来て最後列の5人席をキープしておいたのだ。
ちなみに席順は左から順に高野、北川、僕と言う順で並んでいる。
「あれ?早いね、3人とも」
真田さんがそう言いながらこっちに来た。
そうは言っても彼女は実質4番目に来たということになる。
十分彼女も早く来ている。
「ああ、ちょっと色々あってね」
「ふーん」
真田さんは僕の隣へと座った。
彼女が座った瞬間、高野がビクッと震えた。
それを見た北川が高野にちょっかいを出し始める。
その様子を僕と真田さんは笑って見ていた。
それから15分もするとクラスメイトはほぼ全員席に着いていた。
「小西の奴、遅いな・・・・・・」
と、北川がぼやいていた。
確かに遅い。
集合時間は8時30分なのだが、8時25分になった今ですらまだ居ないとは少し心配になってくる。
僕が宇野にその旨を伝えようと立ち上がりかけた時、ひどくゆっくりした足取りで小西は現れた。
遅刻ギリギリだというのに全く急ぐ様子を見せていない。
それは彼の精一杯の照れ隠しだったのか、それとも元がそうなのか。
それが分かるのは大分先の事だった。
「おっはよー、小西くん」
真田さんは元気に挨拶するが、小西は無言で真田さんの右、つまり窓際の席に座った。
真田さんは少し顔をしかめたが、すぐに表情を戻した。
「では、全員揃った様ですので出発しようと思います」
宇野はそう始めて諸注意等を機械的に述べた。
だが、僕の耳には全く入ってこなかった。
聞き流した訳ではなかったのだが、バスが動き出す頃には彼女の話などすっかり忘れていた。
遠足のバスというものは五月蠅くなるのが定石だ。
むしろ目的地まで行儀よく静かに向かう等と言うのはもはや遠足ではない。
しかし、これは少しばかり五月蠅過ぎる気がする。
ジャラジャラという何かを転がすような音。
その後は一定間隔でトン・・・・・・トンと何かを積み上げるような音。
僕には耐えきれなかった。
「ねえ」
「ん?どした?永井もやるか?」
この音の発生源の北川が呑気にそう尋ねる。
「そうだそうだ。こういうのは覚えておいて損は無いからやろうぜ」
高野も便乗する。
「永井くんも教えてあげるからやろうよ。次、変わってあげるから」
真田さんまでこれをするとは正直意外だった。
そう。
彼らはこの狭い車内で麻雀をしているのだ。
こういう所でやるなら普通トランプでは無いのだろうか?
そう思って僕は鞄にこっそりトランプを忍ばせてきた。
しかし、北川が出したのは雀卓。
高野が出したのは麻雀パイだった。
それに真田さんも参加したという次第だった。
当然、こんな事をしたら宇野に怒られるだろうと思っていたが、その宇野までこのゲームに参加しているのだ。
「ツモ。
リーチ、ツモ、一発、ドラ3、断公九。跳満」
「ちょ、先生強すぎですよ」
教師ともあろうはずの者が参加して良い物なのだろうか?
きっと駄目だろう。
だが、注意したところで結果は目に見えている。
それでも言わなければならないと僕は思った。
「先生」
「どうしました?吐くの?漏らすの?それとも戻すの?」
「1個目と3個目意味同じですよ。てか、何で選択肢がその3つなんですか。
えーっと、教員ともあろう方が麻雀なんかしてても良いのでしょうか?」
「教員が麻雀しちゃいけないって法律でもあるの?
いつ決めたの?何年何月何日何時何分何秒地球が何回回った時?」
「子供か!!」
「あ、先生にそんな口利いちゃいけないんだー」
「やっぱ子供か!!
てか、その歳でそんな子供みたいな事言うとちょっと不気味なんでやめてください!」
宇野は僕の目の前に来ると腹に一発入れた。
鳩尾を的確に突いてきた。
「ごほ・・・・・・」
宇野は用事が済むとまた雀卓へと戻って行った。
まさか、教師が生徒に手をあげるとは・・・・・・。
訴えてやる!!
・・・・・・多分なんだかんだで負けるんだろうな。
うずくまる僕の背中をそっと摩ってくれる天使のような者が突如現れた。
「大丈夫・・・・・・か?」
その声には聞き覚えがあった。
小西だった。
「ああ・・・・・・ありがと」
「痛そう・・・・・・だ、な」
「まあ、年の功っていうか威力が凄まじかったよ」
僕は弱々しくⅤサインを小西に見せる。
すると、小西は少し微笑んだ。
「お、小西が笑ったとこ初めて見たかも」
僕がそう冗談交じりに言うと小西はすぐに笑みを絶やした。
だが、僕ははっきりと彼の笑顔を見た。
普段は無表情で何を考えているかも分からない彼の笑顔を。
「なあ、暇なら歴代総理大臣についてでも語ろうか」
「ひどく・・・・・・コアな、話題、じゃ、ね?」
僕の冗談にも彼はおぼろげながら笑ってくれた。
僕は残りの時間を彼と話すことで乗り切った。