クイズ大会
僕らは次のポイントへ到着した。
「さーて、次の指示は何だ?」
北川が嬉しそうに箱に目をやる。
僕らもその箱を後ろから覗き込んだ。
そこには一言、「クイズ」とだけ書かれていた。
「ク・・・・・・イ・・・・・・ズ?」
「どういうこと?」
真田さんが不思議そうに頭を傾ける。
その時、笑い声が辺りに響きだした。
僕は笑い声の主を目で探す。
居た。
赤と青の縞模様のシルクハットを被り、センスの悪い赤と白で色付けされた眼鏡をかけた女が。
「神田先生のクイズ大会にようこそ!!」
神田と名乗る教師はそう高らかに宣言する。
そこにはクイズ番組で良く見る回答席が設けられており、ボタンもきちんと設置されていた。
「あ、生物部の神田先生だ」
真田さんは既に学校の事なら熟知している。
僕なんか生物部があった事すら知らなかった。
「さあさあさあ、クイズで勝負だ!
私は全部で10問のクイズを出す!君たちはその内8問答えらればここのポイントのキーワードを教えましょう!
でも、答えられなかったら君達の持っているボールペンを全部貰おう!!」
「地味な嫌がらせだな」
高野も流石に女にはチョップを入れるのを躊躇ったのかクールにツッコミを入れた。
神田先生は立ち上がり、僕らに席へ着く様促した。
その時に彼女の服装を見たのだが、予想通り上下共に赤と青の縞模様のジャージだった。
どこで売ってるのか後で教えてもらおう。
僕らが回答席に着くと、神田先生はすぐに問題文を読み上げ始めた。
「問題1!
『坊ちゃん』、『吾輩は猫である』等の作品で知られる小説家と言えば?」
高野が素早くボタンを押し、答える。
「夏目漱石」
「正解!!」
高野は諸手を挙げて歓喜した。
流石、趣味が読書の文学少年なだけはある。
しかし、この程度の問題が10個だったら案外ここのポイントは簡単なのかもしれない。
まあ、1番最初のポイントが特例だったということもあるだろうけど。
「では、問題2!」
さあ、来るなら来い。
「北海道の開拓から戦後にかけて見られた凍結した川に丸太や枝などを敷いて雪を載せ、水をかけて凍らせる氷で出来た橋の名前は?」
そんな物知るか!!
一気に難易度上がり過ぎだろ!!
これは流石に誰にも分からない。
しかし、馬鹿の北川はボタンを押した。
「こおり橋!!」
当然、答えは違う。
「でも、惜しいな北川くん!
氷橋と書いてすがばしと読むんだよ」
それは知らなかった。
意外と正解には近かった。
でも、そう言うと北川はまた調子に乗るだろうから黙っておこう。
高野も同じ考えらしく黙って次の問題を待っている。
そうだ、まだクイズは始まったばかりだ。
それから僕らは4問の問題に挑戦した。
案外、簡単な問題ばかりだったのでここでのミスは無かった。
「さーて、それでは次は生物の問題です!」
7問めにしてようやく生物部の顧問が得意分野の問題を出してきた。
今までの問題はほとんどいらない雑学ばかりだったので、てっきり生物関連は出さないかと思っていたのだが。
「カマキリの日本での別名は何でしょうか?」
これまた難しい問題だ。
僕らは一斉に頭を抱え込む。
ただ一人を除いて。
後ろの方で見ていただけの小西はここに来てようやく前に出てきてボタンを押した。
「拝み虫」
「正解!!」
「はあ!?」
僕らは声を揃えてそう叫んだ。
小西の目は先ほどまでの死んだ魚のような目とは打って変わって生き生きとしている。
「じゃあ、カマキリに寄生することが多い」
「ハリガネムシ」
「・・・・・・正解」
神田先生まで唖然としている。
何せ問題を読み切る前に答えたのだから。
唇を噛みしめて神田先生は挑戦的に次の問題を読み始める。
「カマキリと同じように交尾を終えたメスがオスを共食い」
「クロゴケグモ」
神田先生は自信を喪失したかのごとく崩れ落ちた。
「・・・・・・あと一問・・・・・・残ってます・・・・・・けど」
「いや、もういいよ。
ちなみにキーワードは『カマキリ』ね」
「・・・・・・だってさ」
「あ・・・・・・うん」
高野は得点表にカマキリと書き込む。
そして、小西は無言で僕らの前を通り抜けた。
真田さんが恐る恐る質問する。
「あのさ、小西くんって何なの?」
「え?・・・・・・さあ」
「あ、そう・・・・・・」
何だか気まずい空気になってしまった。
高野も抑えきれなかったのか得点表を地面に叩きつけて叫んだ。
「お前、マジで何なんだよ!!」
小西はその様子を不思議そうに見ているだけだった。
ここから先の2つのポイントでは特筆すべき点はなかった。
3つ目のポイントでの数学教師、石田の問題は何故か英文の和訳問題を出された。
数学教師なのに何故?
とも思ったが、そんな事言ったら校長は何なんだと思ったので敢えてつっこまなかった。
少し石田は悲しそうにしていた。
4つ目のポイントでは何故かジェンガをした。
ゲームがあまりにも長引くのに腹を立てた北川がわざとジェンガを崩したら何故かその中からキーワードが書かれている紙が出てきた。
結局、僕らは何のためにジェンガをしていたのか疑問だ。
そして、最後のポイントの直前だった。
僕らはここに居てはいけないのではないかと思った瞬間は。
「あ、唯ちゃん!!」
遠くで誰かが真田さんの事を呼んでいる。
声から察するに恐らく女子だろう。
ということは真田さんの友だちか。
「あ、美樹だ」
真田さんはそう言うと山の上の方に走って行った。
見れば上の方には人影が見える。
しかし、あそこは本来のウォークラリーの道からは随分と外れた場所だ。
まあ、恐らく寄り道がてら上にでも登ったのだろう。
僕らもすぐに真田さんの後を追う。
そこには泣きじゃくるクラスメイトの一人、確か名前は前田とか言ったと思う。
真田さんは彼女の事を美樹と呼んでいた。
前田美樹。
僕はやはり人の名前を覚えるのが遅いと実感した。
フルネームを聞いてもいまいちピンと来ない。
そんな人がいたと言われればいたかもしれない。
「どうしたの、美樹?
泣いてちゃ何が何だか分からないよ」
真田さんは明るくそう尋ねる。
この時は彼女もまだこの事態の重要さに気付いてはいなかったのだろう。
前田さんは嗚咽交じりの声で何か言った。
しかし、僕には勿論近くで言葉を聞いていた真田さんにすら良く聞き取れなかったらしい。
彼女はもう一度はっきりと言った。
すぐそこの崖を指差しながら。
「凛が・・・・・・あそこから・・・・・落ちちゃった」
北川がすぐに崖から下を覗く。
彼は崖の下に焦点を置いたまま動かない。
僕もすぐに覗いてみた。
そこには今にも折れそうな木の枝に掴まり、涙を流しながら必死に体を支えている制服を着た少女の姿があった。