山
バスに揺られて1時間弱。
遠足の目的地である山に着いた。
バスから見えるこの山の姿も美しかったが、降りてから見た山の姿はまた違った。
深い緑色に染められた山は一種の異様な不気味さも同時に漂わせていたが、僕は全く気にならなかった。
今思えばこの山は僕らが来るのを拒んでいたのではないかとまで思う。
後から調べたところここには昔、飛行機が墜落したこともあり、僕らは見なかったが何と墓まであったそうだ。
そんな場所に遠足に来させる学校側もどうかしていたのだろう。
実際、その日の天気は雨でも降りそうな曇り空だった。
最後まで雨は降ることは無かったが、それでもこの天気が僕の興奮を冷ましたのも事実だった。
「で、これから何すんだ?」
北川が呑気に僕に尋ねる。
僕は黙って遠足のしおりの3ページを見せる。
北川はそれを見て、また頬を緩ませた。
「ウォークラリーって何か良く分からないけど面白そうだ!」
北川の興奮は天気が悪いことくらいで冷めないようで、キラキラと目を輝かせながら山を見つめている。
今にも山に向かって走り出しそうである。
僕と高野はさりげなく彼の近くで監視することにした。
その心配は流石に杞憂だったが、あの時はこいつならしでかしかねないと僕も高野も思っていた。
バスを降りてすぐに宇野は今回の遠足の説明を始めた。
宇野の説明を要約すると、つまりはこういうことだった。
班で別れてウォークラリーを行う。
ウォークラリーとはコース図にしたがって課題を解決しながらグループで歩き、時間得点と課題得点を競うスポーツらしい。
僕らもそのルールに従って、この山を班に分かれて歩き、全部で5つの隠された問題を探し出し、それを解き、ゴールするといったものだった。
「では、解散」
宇野がそう言うと一斉に他の班は山へと走り出した。
慌てて北川に目をやる。
「離せ!離せよ!」
「離すか、馬鹿」
良かった。
高野が既に捕まえていた。
「俺を、山に、行かせろ!」
「とりあえず落ち着きなよ」
僕は北川のバッグからスポーツ飲料の入ったペットボトルを出し、北川の口に無理やりねじ込む。
北川はとりあえずおとなしくなった。
そこで残りのメンバーを確認する。
真田さんもいる、小西もちゃんと残っていた。
真田さんは相も変わらず北川の表情の七変化を見て笑っている。
小西も同じようにこちらを見て少し笑みを浮かべているようだった。
ようやく落ち着きを取り戻した北川が深いため息を一つして、仕切りだす。
「では、我々も向かうとするか。山に!!」
「おーう!!」
真田さんが元気に声を張り上げる。
だが、元気なのは彼女だけで僕も含めた北川以外の男子勢は暗い返事をした。
山を歩きながら僕らはとりとめもない話をしていた。
「ねえねえ、皆に聞きたいんだけど」
話を切り出したのは真田さんだった。
皆、適当に相槌を打つ。
「熊が出てきたらどうすんの?」
真っ先に答えたのは北川だった。
「やっつける!!」
皆、言葉を失った。
そして、何事もなかったかのように僕は答えた。
「死んだふりが良いって聞くけど、どうなんだろうね」
「それって確か迷信なんだろ?とりあえず走って逃げれば良いんじゃね?」
「でもでも、熊って鈍そうなイメージあるけど鮭取る時、早いよね~
パーンって」
真田さんは腕を大袈裟に振るう。
「なあ、俺の倒すって案は?」
「問題は走るのが速いかだよね」
「うーん、それは遅そうな気もするけどね~」
「俺の倒すって」
「それなら猪はどうなんだ?」
「猪ってどんなのだっけ?」
「豚をパワーアップした・・・・・・みたいな感じ?」
僕の説明に真田さんは大声で笑い始めた。
「やっぱ、永井くんって面白いね~」
「そんなことないよ。
てか、高野普通に女子と話せてるね」
「あ?そう言えばそうだな。真田、お前本当に女か?」
「ちょ、高野くんそれはひどくない!?」
僕らは盛大に笑った。
「でさ、俺なら猪は多分倒せ」
「小西、お前も話の輪に入ってこいよ」
「俺・・・・・・ちゃんと、話せそうに、ない」
「大丈夫だよ~。私は気にしないからさ」
「見て見て、これ毒蛇じゃね!?俺、噛まれ」
「小西は熊出てきたらどうする?」
「・・・・・・倒す」
僕らは大声で笑った。
「なあ、それ俺が最初に言」
「小西、お前面白いな!」
高野は小西の肩を強引に組んだ。
「おい・・・・・・なんだよ皆。俺、グレるぞ」
「あ、あれが最初の問題じゃない?」
真田さんは木の枝に掛かっている箱を指差した。
「お、あれが問題か~」
高野は走って箱を見に行った。
少し遅れて僕らも箱の前に辿り着いた。
高野は声に出して問題を読み始めた。
「えーと、問題1.この山には妖精さんがいます。その妖精さんの持つ飲み物は何でしょう?
は?妖精?」
僕は辺りを見渡す。
勿論だが、妖精なんかいない。
その時、北川が声を上げた。
「おい、妖精いたぞ!!」
僕は振り返る。
遅れて高野、小西、真田さんの順で彼らも振り返った。
そこにはピンクのワンピースみたいな服を着た中年がいた。
頭は禿げかかっており、分厚い眼鏡をかけている。
そして、首から下げているのはペットボトルケースに入ったペットボトルだった。
「これが・・・・・・よう、せい?」
小西は消え入りそうな声でそれだけ呟いた。