公園にて
「うぇぇぇーーーーーーん!」
公園を歩いていると、子どもの泣き声が聞こえてきた。
その声の方向に目を向けてみると、泣いている子どもとその母親らしき人物の姿があった。
二人のいる傍には木が生えていて、その木の枝の間に風船がひっかかっている。
どうやら、木に風船がひっかかってしまって取れなくなったようだ。
見た所、風船がひっかかっているのはそれほど高い位置じゃない。
少し木を上れば、十分届くだろう。
「……仕方ない、取ってやるか」
別に善人ぶってるわけじゃないけど。
まあ、なんとなくだ。
そんなことを考えて、僕はその木に近づこうとした。
その時だった。
向こうの方から、誰かがその木に向かって猛然と走ってきた。
その誰かは風船の下で勢いよく踏み切り、ジャンプ。
「え!?」
その跳躍力に、僕は驚きの声を出す。
その人はあっさりと風船に手が届くところまで跳び上がり、思い切り手を振りかぶった。
そして。
パーーーーーーーン!
その振りかぶった手で風船を思いっきり叩き割った。
風船の破裂音が公園に響き渡る。
この状況に唖然とする、僕&子ども&その母親。
風船を割ったその人は地面に着地し、呟いた。
「……よしっ」
「いや、よくないよ!
何してんだ、あんたは!」
小さくガッツポーズをしているその人に、思わずツッコミを入れる僕。
その人は、よく見ると女の人だった。
その女の人は、僕のことを訝しげな目で見た。
「何よ、君。
今のジャンプにケチをつける気?」
「いやジャンプ自体はいいんだけど」
「けど何よ」
「他にあるだろ、問題が」
「他……?
問題……?」
僕の言葉に女の人は少し考える。
「ああ、そっか」
「やっと気づいたか」
「着地の足が少し乱れていたわね」
「違うよ!
風船だよ、風船!」
「風船?」
僕の言葉に、女の人は眉間に皺を寄せる。
まさかこの人、覚えてないのか?
あんなに思いっきり叩き割ったのに?
などと僕が思っていると、女の人が手をポンと打った。
「ああ、あれね。
何? 君のだったの?」
「いや僕のじゃなくて、あの子の」
「あの子?」
「うぇぇぇーーーーーーん!」
今まであっけに取られていた子どもがまた泣き出した。
懸命に母親があやしているが、泣き止む様子はない。
その光景を見て女の人が不思議そうな声を出した。
「あの子はなんで泣いているの?」
「あんたがあの子の風船を叩き割ったからだよ」
「ふーん……」
「うぇぇぇーーーーーーん!」
女の人は泣いている子どもをしばらく眺めた後、言った。
「それじゃ、私はこれで」
「待てぃ!」
この場から去ろうとした女の人の肩を掴む。
と、女の人はうっとうしそうな目で僕の方を振り返って呟く。
「え……何よ、君。
セクハラ? 痴漢?」
「違う!」
「だったら離してよ。
ああ、痴漢やセクハラでも離してね。
ほらほら」
女の人は、肩を掴んでいる僕の手をぴしぴし叩く。
僕は仕方なく手を離した。
僕の手から解放された女の人が、僕に聞く。
「で、何よ?
まだ何か用?」
女の人のこの態度に僕はため息をつく。
「あのなぁ……。
あそこに、あんたのせいで泣いている子どもがいるんだぞ?
それを見て何とも思わないのか?」
僕は子どもを指差して言う。
すると女の人は、さっきのように子どもを見つめた。
「ねえ、君」
女の人が、視線は子どもに向けたままで僕に語りかけてくる。
「子どもっていうのはね、泣いて育つものなの。
親の子でもあるし、風の子でもあるし、涙の子でもあるわけ。
だから……」
「だから?」
女の人は振り向いて僕の肩を叩くと、あっけらかんと言った。
「子どもが泣いてるくらいでガタガタ言うなって」
「泣かせた原因が言うな!」
そうこうしている内に、子どもは母親に連れられて公園を出て行った。
その母親は公園を出るまで、時折チラチラとこっちを見ていた。
その母親の目は誰がどうみても……。
「不審者を見る目だったわね」
その通り。
まあ、いきなり子どもの風船をたたき割る奴なんて、不審者以外の何者でもないし。
そんなことを僕が思っていた時、女の人が僕の肩を叩いて言う。
「不審者」
「僕じゃない!
あんただ、あんた!
「でもあの母親、君の方を見てたわよ」
「え、マジで!?」
「うん。マジ」
言われてみれば、そうだったような……。
まあ僕だけってことはないだろうが、同類に見られた恐れはある。
「そ、そんなバカな……」
今まで真面目に生きてきた僕が不審者だと?
勘弁してくれよ……。
あまりのショックに膝をつく僕。
その僕の肩に女の人は手を置き、優しく声をかけた。
「自首しにいきましょうか、不審者さん」
だから不審者じゃないっての……。
もう声に出す気力のない僕は、心の中で呟いた。
そういえば、何で女の人が風船叩き割ったのかを書いてませんでした。
たぶん、そこに風船があったから、とかそんなようなのだと思います。