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ケチなおっさん、転生して異世界を最弱教団で制覇しに行く。  作者: むちゃうまご飯


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下位天使

神聖森林・第四層。

その場所へ足を踏み入れた瞬間、俺は今まで訪れたどんな場所とも違う感覚を覚えた。

空気が違う。

魔物が生息する森特有の張り詰めた気配がない。

普通の森なら、どこかに必ず存在するはずの獣の匂い。

草木の湿った香り。

土の感触。

そういった自然の気配が、この場所では全てが清められているようだった。

足元に広がる白い花。

太陽の光を反射するように淡く輝く葉。

空へ伸びる巨大な木々の幹には、まるで生命そのものが光を放っているかのような紋様が浮かんでいる。

ここが本当に人間の住む世界なのか。

そんな疑問すら浮かぶほどだった。

「……綺麗ですね。」

ルナが小さく呟く。

彼女は周囲を見渡しながら、慎重に歩いていた。

回復術師である彼女は、他の誰よりも神力の流れに敏感だ。

だからこそ、この森に満ちている異常なほど純粋な力を感じ取っているのだろう。

「神聖森林って名前だけは聞いたことがありましたけど……。」

「まさか、こんな場所だったなんて。」

ミーナも槍を握りながら周囲を見る。

その表情には緊張と興奮が混ざっていた。

今回の依頼は、彼ら新人にとって初めて経験する高難度任務だった。

しかも相手は聖物。

通常の魔物とは根本的に存在が違う。

魔物は魔力によって生まれた存在。

しかし聖物は、神力によって形作られた存在だ。

つまり、神に近い力を持つ存在。

それを相手にするということは、人間が神の領域へ踏み込むことに近い。

「油断するな。」

俺は前を見ながら言う。

「ここから先は、今までの魔物とは違う。」

「はい。」

カインたちは真剣な顔で頷く。

彼らの表情からは、昨日までの浮かれた様子は消えていた。

俺に憧れて入った。

俺と戦えることを喜んでいる。

それ自体は嬉しい。

でも。

冒険者というものは、憧れだけでは生き残れない。

強敵の前では、少しの油断が命取りになる。

だからこそ。

俺は彼らを守りながら、同時に成長させなければならない。

「アステルさん。」

カインが声を掛けてくる。

「なんだ?」

「……怖くないんですか?」

その質問に、俺は少し考えた。

怖くない。

そう言えば嘘になる。

神代神殿。

ゴーレム。

今まで何度も死を覚悟する戦いをしてきた。

強敵と戦うたびに、恐怖はあった。

だけど。

「怖いよ。」

俺が答えると、カインは少し驚いた顔をする。

「でも。」

俺は続ける。

「怖いから準備する。」

「怖いから仲間を見る。」

「怖くないと思った瞬間が、一番危ない。」

その言葉に、四人は静かに頷いた。

それからしばらく。

俺たちは森の奥へ進んだ。

第四層。

そこは地図上では存在しているものの、実際に到達した冒険者はほとんどいない場所だった。

理由は単純。

ここから先に現れる存在が、あまりにも強すぎるからだ。

木々の間隔が広くなる。

光が増える。

そして。

突然。

森の中心に巨大な空間が現れた。

そこには古い石碑が立っていた。

表面には見たことのない文字が刻まれている。

「これは……。」

レオンが近付く。

しかし。

俺は手を伸ばして止めた。

「待て。」

何かがおかしい。

静かすぎる。

敵がいる場所とは思えないほど。

いや。

違う。

敵がいるからこそ、静かなのだ。

その瞬間。

キィィィン――

澄んだ音が響いた。

まるで巨大な鐘を鳴らしたような音。

しかし、不思議と耳には痛くない。

むしろ心の奥へ直接響くような音だった。

全員が空を見上げる。

雲のない空。

そこから。

一本の光が降りてきた。

白い光。

眩しいはずなのに、目を逸らすことができない。

その光には、不思議な安心感があった。

まるで帰る場所を見つけたような感覚。

だが。

同時に理解する。

これは歓迎ではない。

審判だ。

光が地面へ到達する。

風が吹き抜ける。

花々が一斉に揺れる。

そして。

光の中から、一人の少女が現れた。

年齢は十四、五歳ほど。

白銀の長い髪。

雪のように白い肌。

傷一つない純白の鎧。

背中には四枚の巨大な翼。

右手には、彼女の身長を遥かに超える白銀の両手剣。

その姿を見た瞬間。

誰も言葉を発することができなかった。

美しい。

そう表現するには足りない。

恐ろしい。

そう表現するにも足りない。

そこに存在するだけで、周囲の空気そのものが変わっている。

「……天使。」

ルナが震える声で呟く。

俺も理解していた。

目の前の存在は。

ただの魔物ではない。

聖物。

神の力によって作られた存在。

『侵入者を確認。』

少女の口が動く。

しかし。

その声には感情がなかった。

『神聖領域への侵入を確認しました。』

『規定に従い、排除します。』

その瞬間。

空気が変わった。

次の瞬間。

姿が消える。

「――ッ!」

本能的に危険を感じた。

ドンッ!!

爆発音。

レオンの前に天使が現れていた。

白銀の剣と大剣がぶつかる。

ギィィィィン!!

衝撃波が発生する。

周囲の木々が一斉に揺れる。

「ぐっ……!」

レオンの足が地面へ沈む。

「力……重すぎる!」

レオンが耐えている。

しかし。

押されている。

たった一撃。

それだけで分かった。

目の前の存在は、今まで戦ったどんな敵よりも格が違う。

「レオン!」

俺は魔法を放つ。

「火球!」

炎の球が飛ぶ。

しかし。

天使は視線すら向けない。

翼を僅かに動かす。

それだけだった。

炎が二つに割れる。

「……。」

俺は息を呑む。

魔法を無効化したわけではない。

ただ。

斬った。

火球そのものを。

「そんなことできるのかよ……。」

次の瞬間。

ジークが飛び出した。

「俺も行く!」

拳へ気を集中させる。

「気功拳!!」

拳が白い光を纏う。

レベル17。

新人としては十分な力。

しかし。

相手が悪すぎた。

天使はジークを見る。

そして。

ただ一歩踏み込む。

ドンッ!!

「がっ……!」

蹴り。

ただそれだけ。

しかし、その一撃でジークの身体は吹き飛んだ。

木へ叩きつけられる。

「ジーク!」

「だ、大丈夫……。」

立ち上がろうとする。

だが、足が震えていた。

恐怖。

それは当然だった。

誰も悪くない。

相手が異常なのだ。

『脅威度、低。』

天使が呟く。

その言葉に、胸の奥が冷たくなる。

低。

俺たちが全力で戦って。

それでも。

相手から見れば低い。

「……ふざけるな。」

俺は拳を握る。

仲間を傷つけられた怒り。

自分たちの力不足への悔しさ。

全てが混ざる。

しかし。

敵わない。

今のままでは。

その現実だけは理解できた。

ミーナが槍を構える。

「まだ……戦えます!」

「無理するな!」

だが。

彼女は止まらない。

仲間として認められたかったのだろう。

新しく入った教団員として。

憧れた人と一緒に戦う者として。

その気持ちは分かる。

でも。

次の瞬間。

白銀の剣が振られた。

速い。

避けられない。

「ミーナ!!」

ズバァッ!!

彼女の身体が吹き飛ぶ。

「きゃあああ!」

地面へ倒れる。

「ルナ!」

「はい!」

すぐに治療へ向かう。

しかし。

彼女の顔が青ざめた。

「駄目です……。」

「傷が……消えません。」

聖物の攻撃。

普通の傷ではない。

神力が残り続ける。

「同等以上の神力が必要です……。」

その言葉を聞いた瞬間。

俺の中で何かが決まった。

仲間を守る。

それだけだった。

俺は目を閉じる。

そして。

奥深くに眠る力へ意識を向ける。

神代神殿で感じた力。

ノクスから授かった力。

そして。

自分自身の中にある神力。

「……使うしかない。」

『神威転化』

その言葉を心の中で唱えた瞬間。

世界から音が消えた。

風の音。

木々が揺れる音。

仲間たちの声。

全てが遠ざかっていく。

まるで時間そのものがゆっくりになったようだった。

自分の鼓動だけが、異様なほど大きく聞こえる。

ドクン。

ドクン。

心臓が鳴るたびに、身体の奥深くに眠っていた力が目を覚ましていく。

神力。

それは今まで何度も扱ってきた力だった。

ノクスから授かった加護。

神代神殿で触れた未知の力。

仲間を守るために使ってきた力。

しかし。

今、俺が引き出そうとしているものは、それとは違う。

ただ神力を使うのではない。

身体の中に存在する魔力。

気力。

そして神力。

その三つの力を一つへ変換する。

本来なら相反する力。

魔力は魔法を操る力。

気は肉体を強化する力。

神力は神へ繋がる力。

それぞれ性質が違う。

だからこそ、同時に最大まで引き出すことは不可能とされている。

だが。

俺は今まで、それを何度も行ってきた。

魔法を使いながら剣を振る。

気で身体を強化しながら神術を使う。

普通ならあり得ない戦い方。

だからこそ。

俺には、この力が使える。

『神威転化』

それは三つの力を全て神力へ変換する技。

代償は大きい。

魔力を失う。

気力を失う。

身体への負担も大きい。

使った後、戦闘を続けることはできない。

だが。

今は迷う理由などなかった。

目の前には仲間がいる。

傷ついた仲間がいる。

守るべき人たちがいる。

「……俺は。」

小さく呟く。

「もう、誰も失いたくない。」

その瞬間。

身体の奥で何かが弾けた。

ドクンッ!!

黄金の光が爆発する。

「な……。」

レオンが驚いた声を漏らす。

俺の身体から溢れ出した神力が、周囲の空気を震わせていた。

森全体が反応する。

白い花が一斉に開く。

木々に刻まれた古代の紋様が輝き始める。

まるで、この森そのものが俺の力に反応しているようだった。

「アステルさん……。」

ルナが呆然と見つめる。

「これは……神力……?」

違う。

自分でも分かる。

今まで感じていた神力とは比べ物にならない。

もっと深い。

もっと純粋な力。

まるで遠い昔から存在していた神秘そのものだった。

光が俺の身体を包む。

髪が風もないのに浮かび上がる。

瞳が黄金色へ変わる。

身体の奥から力が湧き上がる。

しかし同時に。

何かが消えていく感覚もあった。

魔力。

気力。

自分を支えていた力が、全て神力へ変換されていく。

「アステル!」

レオンが叫ぶ。

「無茶するな!」

分かっている。

これは危険だ。

でも。

今ここで止まるわけにはいかない。

俺は天使を見る。

先ほどまで無表情だった少女。

その瞳が、初めて揺れていた。

『……解析不能。』

天使が静かに呟く。

『対象の神力……上昇。』

『危険度を再評価。』

一瞬の沈黙。

そして。

『危険個体。』

初めて。

天使が俺を敵として認識した。

俺はゆっくりと右手を前へ出す。

「これで終わらせる。」

集まった神力が、手の先へ集まっていく。

光の粒子が集まり。

一本の槍の形を作る。

最初は小さかった。

しかし。

次第に大きくなる。

二メートル。

三メートル。

五メートル。

黄金色の巨大な光槍。

周囲の空気が震える。

地面に刻まれた紋様が反応し、まるで神殿のような光景へ変わっていく。

「……あれが。」

レオンが息を呑む。

「アステルの本当の力か。」

俺自身も驚いていた。

今まで使ってきたホーリーボルトとは違う。

同じ名前の技とは思えない。

これは魔法ではない。

神の力そのものだった。

天使は剣を構える。

『迎撃します。』

四枚の翼が大きく広がる。

その瞬間。

森全体へ強烈な神力が広がった。

天使の背後に巨大な光輪が現れる。

『聖剣展開』

白銀の両手剣が光を纏う。

さっきまでとは違う。

本気だ。

俺を排除するため。

全力を出している。

「アステル!」

レオンが叫ぶ。

「頼むぞ!」

俺は頷く。

そして。

「ホーリーボルト。」

放つ。

瞬間。

世界が白く染まった。

ドォォォォォン!!

音が後から届く。

黄金の光が森を一直線に貫く。

地面が割れる。

空気が震える。

周囲の木々が風圧だけで大きく揺れる。

天使は正面から受け止めた。

両手で剣を構える。

『防御します。』

しかし。

光槍が剣へ触れた瞬間。

ピシッ。

小さな音が響いた。

天使の剣に亀裂が入る。

『……。』

天使の表情が初めて変わる。

驚き。

それに近い感情。

さらに亀裂が広がる。

ピキッ。

ピキピキッ。

そして。

白銀の聖剣が砕けた。

「……!」

次の瞬間。

黄金の光が天使の身体を包み込む。

爆発ではない。

破壊でもない。

浄化だった。

聖なる存在同士がぶつかり合った結果。

より強い力によって、形を維持できなくなったのだ。

光の中で。

天使の少女は静かに立っていた。

身体が少しずつ粒子へ変わっていく。

しかし。

その表情には、もう敵意はなかった。

『……理解しました。』

小さな声。

『あなたは……奪う者ではない。』

『守るために力を使う者……。』

俺は何も答えられない。

力が抜けていく。

身体が限界だった。

天使は最後に微笑んだ。

『神に愛されし者……。』

『いつか……再び……。』

その言葉を残し。

少女の姿は無数の白い羽へ変わった。

風が吹く。

羽は空へ舞い上がる。

そして。

光と共に消えていった。

静寂が戻る。

神聖森林。

第四層。

そこには、先ほどまでの激しい戦闘が嘘のような静けさが広がっていた。

地面には巨大な聖核。

そして純白の魔石。

討伐の証。

しかし。

俺はそれを見る余裕がなかった。

身体から力が抜ける。

神威転化の反動。

全ての力を使い切った。

「……はは。」

思わず笑う。

「さすがに……やりすぎたか。」

膝が崩れる。

「アステル!」

レオンが駆け寄る。

身体を支えてくれる。

「大丈夫か!?」

「……大丈夫。」

そう答えようとした。

しかし。

声に力が入らない。

身体の中が空っぽだった。

魔力。

気力。

神力。

全て使い切った。

「初めてだな……。」

こんなにも何も残らない感覚。

空を見上げる。

木々の隙間から見える青空。

その向こうに。

一瞬だけ。

誰かの姿が見えた気がした。

優しい光。

温かな気配。

まるで。

遠くから見守ってくれているような。

そんな感覚。

「……ノクス。」

無意識に名前が出る。

すると。

胸元の教団紋章が淡く光った。

返事のように。

「アステルさん……?」

ルナの声が遠く聞こえる。

「休んでください。」

「今、治療します。」

俺は小さく笑う。

「……みんな。」

「無事でよかった。」

それだけ言うと。

意識が少しずつ遠ざかっていく。

最後に見えたのは。

白い羽が舞う神聖な森。

そして。

仲間たちの顔だった。

神代神殿から始まった運命。

ノクス教団の成長。

新たな仲間との出会い。

そして。

神の領域に近づく戦い。

まだ始まったばかりだった。

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