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ケチなおっさん、転生して異世界を最弱教団で制覇しに行く。  作者: むちゃうまご飯


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神威転化

白金色の炎が、俺の右手で静かに揺らめいていた。


その炎は、今まで俺が使ってきたどの魔法とも明確に違っていた。

初級レベルの火球魔法ファイアボールが見せるような、荒々しく燃えさかる泥臭い赤や橙の炎ではない。ただ物質を焼き尽くすためだけに燃え上がるだけの炎でもない。


純白の眩い光を中心軸として、その周囲を神々しい金色の輝きが幾重にも交じり合い、螺旋を描いて揺らめいている。まるで、太古の太陽の欠片をそのままこの掌の上に叩き伏せ、手中に収めているかのような異次元の感覚だった。


熱い。

確かに、皮膚の表面を焦がすほどの恐ろしい熱を感じる。

しかし、不思議なことにその熱は俺の皮膚や肉を焼き切るような苦痛や痛みをもたらしはしなかった。

むしろ、その炎は俺自身という存在を明確に拒絶していない。身体の内側、細胞の一粒一粒から溢れ出した力が、魔力と神力という二つの異なる概念を、一つの淀みない大河の流れとして全身に循環させていた。


今まで、俺の認識の中では「魔力」と「神力」は決定的に別物であった。

魔力とは、この世界の空間に充満する魔素を自己の精神で練り上げ、魔法という現象へ変換するための力。

神力とは、自らが奉る神への信仰と加護を通じて現実世界へと降ろされる、奇跡を体現するための力。


それぞれ果たすべき役割が決定的に違い、扱う者たちの適性も、進むべき道も違う。

魔術師はただひたすらに魔力の精度と量を極める。

聖職者は生涯をかけて自らの精神を研ぎ澄まし、神力を磨く。

武闘家は内に秘めた生命の源泉たる気を鍛え上げる。

この世界におけることわりとして、それが当たり前であり、絶対的な常識だった。


一人の人間が複数の力を持つこと自体が、歴史上でも指で折るほどに珍しい。

ましてや、その根源的な力を四つとも均等に保持し、自在に扱える者など存在し得るはずがなかった。

だからこそ、「四属性保持者」という俺の存在は、この世界において圧倒的な異常であり、歪みそのものだったのだ。


そして今。

その常識外れの異常な力が、一つの完成された形として目の前で実を結ぼうとしていた。


「それが……神術。」


ノクスが呆然と声を漏らした。

普段の彼女が見せるような、どこか気だるげで軽快な明るい声ではない。

神として数千年の長い時間を生きてきた彼女ですら、目の前で巻き起こっている未曾有の現象を、脳内で完全に処理しきれていないようだった。


「人間が、初級神術を使うなんて……。」


ノクスは俺の手に宿る白金色の炎を吸い寄せられるように見つめながら、静かに息を吐き出した。


「神代の英雄以来だよ。」


神代。

それは、現在から遥か数千年の昔。

神々が天から降り立ち、地上へ直接関わりながら人間と共に生きていたとされる伝説の時代。

現在では歴史の闇に埋もれ、失われてしまった絶大な技術や知識が数多く存在していた黄金期。現代において人類が使っている魔法や聖法の基礎すらも、その多くは神代の残滓を模倣したものに過ぎないとされている。


だが――神術という領域だけは、それらとは完全に一線を画していた。

神術とは、本来ならば決して交わることのない二つの力――「魔力」と「神力」を、寸分の狂いもなく融合させることで初めて発動する、神の領域の技術。


魔力は世界そのものに満ちる法則を利用して現象を起こす。

神力は神という絶対的な存在の権能を、この現実へと直接反映させる。

根底にある性質が、文字通り水と油のように違っているのだ。

例えるならば、まったく異なる二つの激流を、力任せに一つの細い土竜つちりゅうの管へ流し込むようなもの。

少しでも意識の制御を間違えれば、二つの力は激しく反発を起こし、使用者ごと周囲を爆破して木端微塵に暴走させる。


だからこそ「人間には到底扱える代物ではない」。

それが、歴史の始まりから積み上げられてきた絶対の常識だった。


しかし。

俺の手には今、その世界的な常識を力尽くすことで覆すだけの力が、明確に存在している。


「でも……。」


俺は右手の上で荒々しく揺れる白金の炎を見つめながら、歯を食いしばって呟いた。


「維持するだけで……かなり消耗する。」


神術を発動させたその第一瞬から、嫌というほど理解させられていた。

この力は恐ろしく強い。圧倒的だ。

だが、その威力を発揮するための代償はあまりにも大きすぎる。


魔力と神力。この二つの膨大な力を同時に練り上げ、体内で綱渡りのような精密さで制御し続けるため、肉体と精神にかかる超重圧は普通の初級・中級魔法の比ではなかった。身体の奥底、魂の器そのものがギシギシと悲鳴を上げている。


俺は視界の隅、意識の焦点を合わせて頭の中のステータスウィンドウを確認した。


==========

HP 825/825

MP 412/650

神力 50

神力残量 38%

==========


「消費が激しすぎる……!」


発動の引き金を引いてから、まだ十数秒と経っていない。

それにもかかわらず、俺の限界値に近いMP(魔力)はごっそりと削り取られ、ただでさえ希少な神力のストックも残りわずかと言える危険水域まで落ち込んでいた。


このまま炎を手に掲げた状態で維持し続ければ、決定的な一撃を相手に叩きつける前に、俺自身が魔力枯渇と精神疲労で途絶し、力尽きて倒れるのは明白だった。

つまり――。

この神術《聖炎》は、じわじわと攻め立てるような長期戦に向けた技術ではない。

一瞬。

たった一度きり。

全てを賭けて勝負の決着をつけるための、完全な一刃いちじんの力だった。


「アステルっ!!」


レオンの喉を裂くような叫びが、広大な地下神殿に鋭く響き渡った。


その声の緊迫感に跳ね起きるようにして顔を上げる。

次の瞬間、俺の視界の全てを覆い尽くしたのは、漆黒の巨大な大剣を天高く振り上げた、神代の守護者――アーク・ガーディアンの凶悪な威容だった。


奴の狙いは、崩れた石柱の前に立ち塞がっているガイル。

退避するための時間も、身を翻して避ける猶予すらも残されていない。


「ガイルっ!!」


ズガァァァァン――!!


神代の金属で造られた巨大な大剣が、重力を置き去りにする速度で振り下ろされた。

直撃の凄まじい衝撃波だけで、周囲の堅牢な石畳が一瞬で粉砕されて白煙を上げ、地面には落雷が落ちたかのような絶望的な亀裂が走る。


しかし。


ガイルは、逃げなかった。

自分の身長ほどもある巨躯を限界まで沈め、両腕の甲冑を交差させると、その圧倒的な質量の一撃を真正面から受け止めていたのだ。


「ぐ、っ……あぁぁぁっ!!」


ズズズ……とガイルの足元が砕けた石畳へと深く沈み込んでいく。

交差させた腕の防具が歪み、隙間から赤い血が噴き出して激しく飛び散る。

それでも。

彼は血を吐きながら、絶対に後ろへ一歩も退かなかった。


「早く、しろぉっ!」


ガイルが全身の筋肉を激しく収縮させ、血管を浮き上がらせながら叫ぶ。


「俺が……俺がコイツを止めてる間に……決めろぉぉっ!!」


その背中、その覚悟を目にした瞬間、胸の奥底が焼けるように熱くなった。


ガイルだけではない。今、この場にいる全員が、自分の命を投げ打つ覚悟で、俺のためにコンマ一秒の時間を稼ぎ出そうとしてくれていた。


レオンが限界を超えた踏み込みで横合いから疾走する。

セリスが鋭い踏み込みとともに槍を突き出し、アーク・ガーディアンの関節の隙間を狙う。

アイリが全身の魔力を解き放ち、地面から幾重もの極寒の氷の鎖を展開して巨躯を縛り付ける。

フィーナは死角となる背後へ目にも留まらぬ速さで回り込み、急所へ向けて短剣を正確無比に投げ続ける。

リリィは傷ついた仲間たちを死守するように光の結界を張り、グラムは激しく傷つく者たちへ向けて間髪入れずに回復聖法を唱え続けている。


誰一人として、いたずらに混乱して勝手な動きをしていない。

全員が己の果たすべき役割を極限まで理解し、信じ合い、命のバトンを繋いでいる。


これが単なる利害一致のパーティーなどではない。

十五年という絶望の月日を共に耐え抜き、絆を研ぎ澄ませてきた「ノクス教団」という一つの絆として戦う力なのだと、皮膚が痺れるほどに実感した。


「……信じてるからね、アステル。」


耳元で、ノクスが静かに、だが確固たる響きを込めて呟いた。


そのたった一言で、不思議なほどに頭の芯を支配していた焦燥が打ち消された。

さっきまで胸を苛んでいた死への恐怖。

レベル50という絶対的な力への不安。

自分ごときが、この神代の力を本当に使いこなせるのかという迷い。

それら全てが、朝靄が光に溶けるように消え去っていく。


俺は、一人で戦っているわけじゃない。

俺の後ろには、かけがえのない仲間たちがいる。


俺は静かに両目を閉じた。

全身の神経を右手に集約し、白金色の炎へ意識を没入させる。

魔力を 極限まで高密度に圧縮する。

そこへ、祈りにも似た神力を几帳面に重ね合わせる。


本来ならば弾き合い、破滅をもたらすはずの二つの力。

しかし、今の俺の体内では違う。

互いに傷つけ合うのではなく、同じ一つの意思、同じ目的地へと向かって滑らかに流れている。

まるで、太古の昔からこの形になることこそが約束されていたのだと言わんばかりに。


手の上の白金色の炎が、絶え間なくその形態を変えていく。

球状だった小さな炎。

それが伸長し、削り出され、一振りの光の結晶――一本の槍へと変貌を遂げる。


全長およそ三メートル。

透きとおる穂先からは、神聖なる粒子の光が星の塵のように舞い散り、周囲の空間そのものを細かく振動させていた。


その領域に達した真の力を目の当たりにした瞬間。

それまで無慈悲な殺戮機械のように振る舞っていたアーク・ガーディアンの動きが、ぴたりと停止した。


感情など存在しないはずの神代の守護者が、初めて眼前の俺という存在を、乗り越えるべき者として明確に認識したかのように、じろりと顔を向けた。


『……認識。』


重厚で、かつ無機質な機械音声が神殿の天井へ向けて低く響く。


『神炎。』

『継承者……候補……確認。』


「喋った……!?」


俺は目を見開き、息を呑む。

アーク・ガーディアンは、ただ侵入者を排除するだけにプログラムされた単なる自動人形ゴーレムではなかった。

挑戦者の器を測り、試練の成否を公平に判断する「意思」と「資格を見極める真の役割」を与えられた、神代の遺産だったのだ。


『試練……最終段階へ移行。』


その機械的なアナウンスと同時に、アーク・ガーディアンが構える漆黒の大剣へ、神殿中の不吉な紫色の雷撃が集束し始めた。

空気が重低音を上げて激しく震える。

地下神殿全体が、まるで悲鳴を上げるかのように鳴動していた。


「まずい……っ!」


後方に控えていたグラムの顔色が劇的に変わった。


「あれは……神代奥義じゃっ!!」


神代奥義。

今や歴史の遺物となった古代の戦闘記述。現代の剣士たちが使う剣技とは次元の異なる、神の力を乗せて放たれる絶対破壊の一撃。


「直撃を喰らえば……一瞬で全滅するぞっ!」


その悲痛な言葉で、この場にいる全員が悟った。

次の一瞬に放たれる攻撃。

あれだけは絶対に、掠めることすら許されないと。


アーク・ガーディアンは漆黒の大剣を頭上高く天へと掲げる。

まとわりつく紫色の雷光はさらに密度を増し、暗雲のごとき圧迫感を放つ。


「全員、下がれぇっ!!」


レオンが限界まで声を張り上げて叫んだ。

しかし。

誰一人として、後ろへ退こうとはしなかった。


「お前だけに……かっこいいところ持ってかせられるかよ。」


ガイルが口の端から血を流しながら、ニッと力強く笑う。


「最後まで付き合うぜ、アステル。」


フィーナも脚の震えを力任せに抑え込み、短剣を強く握り直す。


「ここまでみんなで来たんだから……勝つときも一緒だよ!」


アイリも杖を固く握り締め、氷の魔力を極限まで高める。


「負ける理由なんて、どこにもない。」


仲間たちの力強い言葉を背中に受け、俺は深く静かに息を吸い込んだ。


死ぬかもしれないという恐怖がないと言えば、嘘になる。

目の前の相手は、俺の倍以上のレベルを誇る超絶的な格上だ。

だが。

ここで俺が足を踏み外して逃げ出す理由なんて、どこを探したって存在しなかった。


俺は握り締めた白金の槍《聖炎》を、鋭く前方へと構え直す。


「……ありがとう。」


誰にともなく小さく呟く。

そして――。


「これで……決着をつけるっ!」


地面を力強く蹴り上げた。


アーク・ガーディアンもまた、同時に踏み込んで地面を破砕する。


漆黒の大剣。

白金の光槍。

途絶えた神代の威光と、これから俺たちが切り拓く未来の力。

二つの絶対的な存在が、逃げ場のない神殿の中央で、真正面から突撃した。


―ゴォォォォォン!!


白金色の槍と漆黒の大剣が激突した瞬間、世界からすべての音が消失し、遅れて天地を覆すほどの狂乱の衝撃が爆発した。


ただの金属同士の打撃音ではない。

魔力と神力を極限まで融合させた神術の概念的質量。

そして、千年の時を超えて現存する神代の守護者が振るう古代の権能。

二つの相容れない力が牙を剥き出しにして食らいついたことで、神殿を構成する空間そのものが耐えきれずに歪み、悲鳴を上げて震えていた。


円状に広がった苛烈な衝撃波が、破竹の勢いで四方へと吹き荒れる。

床一面にびっしりと刻まれていた古代文字が激しく点滅を起こし、次々と光の粒子となって弾け飛ぶ。

神殿を支える十二本の巨大な白石の柱に刻まれた神々の紋章もまた、侵入した力に共鳴するように眩い輝きを放ち始め、空間全体が純白と漆黒の斑模様に染め上げられた。


「アステルっ!!」


渦巻く光の暴風の向こうから、ノクスの必死の声が届く。


「無理に力任せで押し込もうとしないでっ!」

「神術の本質は、出力の大きさじゃない!」

「相反する力を完璧に『制御』しきることなんだよっ!」


頭では分かっている。

ノクスの言う通りだ。

だが、今の俺にはそんな精神的な余裕など欠片も残されていなかった。


槍の穂先から直接手元へと伝わってくるアーク・ガーディアンの圧力が、これまで戦ってきたどんな強敵とも次元を異にしていた。


レベル50。

ステータスの数値だけで見れば、俺たちの倍程度に過ぎないかもしれない。

しかし、この世界において「レベル」という指標が持つ意味は、そんな単純な足し算引き算で測れるものではなかった。


積み重ねられた膨大な戦術の記憶。

神代の素材で鍛え上げられた絶対的な肉体構造。

体内に蓄えられた魔力と神力の無尽蔵な総量。

そして、それらを一寸の無駄もなく戦闘行動へと昇華させる完璧な技術。


それら全てが組み合わさった結果として存在する「レベル50」という脅威。

ましてや相手は、人知を超えた古代の神々によって直接生み出された存在なのだ。


目的はただ一つ――「神核へ至る資格を持つ者を試すこと」。


そのためだけに存在する純粋なる試練の騎士。

だからこそ、相手には殺意や悪意といった感情が存在しない。だが同時に、一切の手加減も、情け容赦という概念すら存在しないのだ。

ただ淡々と、越えるべき絶対の壁として、全力全開で立ち塞がっている。


「ぐっ……あぁぁぁっ!!」


腕の骨が軋み、肉が引きちぎれそうな感覚に襲われる。

白金の槍を握り締める指先から感覚が薄れていく。

体内で狂ったように循環する魔力と神力のバランスを保つだけでも、脳の回路が焼き切れそうな限界状態だった。


神術《聖炎》。

二つの相反する力を体内で練り合わせる技術。

本質的に「個の力」である魔力と、「絶対者との繋がり」である神力。

本来、絶対に交わることのない二つの川を力任せに一つへと束ねる行為。

これを人間が扱うことが不可能とされていた理由を、全身の痛みが嫌というほど教えてくれていた。


だが、俺には四つの力を均等に伸ばしてきた「万能型(バランス型)」という背景があった。

一つを極められず、器用貧乏と揶揄されることもあった道。

だが、あらゆる能力を均等に扱ってきたからこそ、この二つの異質な力を体内で仲裁し、結びつける接点ツナギとなることができたのだ。


「まだ……っ! まだだ……っ!!」


歯が砕けんばかりに噛み締め、叫ぶ。


「俺は……ここで折れるわけにはいかないんだよぉぉっ!!」


右手の槍から、白金の炎がさらに爆発的な輝きを放つ。

しかし――アーク・ガーディアンは微動だにしなかった。


押し込まれているわけでもない。

焦っている様子もない。

ただ静かに、その漆黒の兜の奥から、冷徹な赤い眼光で俺を見つめている。

だが、その瞳の奥に、ほんの僅かな変化が生じていた。


『……確認。』


低く地鳴りのように響く声。


『神力……魔力……異なる二つの力を完全融合。』

『人間における適合率……算出不可能。』


アーク・ガーディアンの掲げる大剣の刃が、微妙に震えた。


『試練対象を再定義。』

『第二段階・解放条件を達成と認定。』


「第二段階……だと!?」


俺が血吐く思いで呟いた瞬間、騎士の漆黒の鎧全体に刻まれた紫色の光路が、太陽のごとく眩く発光した。


大剣の刀身へ、周囲の空間からあらゆる魔素が激しい渦を巻いて吸い込まれていく。


「まずいぞ……っ!」


グラムが声を枯らして叫ぶ。


「来る……っ! あれは防げんっ! 下がるんじゃアステルっ!」


「ダメだ……っ!」


俺は踏みとどまり、脚に血を滲ませながら地面を捉え続ける。


ここで俺が退けば、後ろで傷つき倒れている仲間たちが一瞬で巻き込まれて消滅する。

この一撃だけは、俺が真正面から打ち砕かなければならない。


「アステルっ! 無茶だよっ!」


ノクスの叫びが聞こえる。


「大丈夫だ、ノクス……っ!」


俺は槍を握る手に全存在を懸けて力を込める。


「みんなが作ってくれた時間だ……! 俺が逃げたら、全部が無駄になるっ!」


魔力は底をつきかけている。

神力も残り数パーセント。

それでも――俺の背中には、俺を信じて命を預けてくれた仲間たちがいる!


『神代剣技――《黒天断罪こくてんだんざい》』


アーク・ガーディアンの大剣が、天から地へと振り下ろされた。


神殿内のすべての光が吸い尽くされ、完全なる「闇」の刃が世界を真っ二つに切り裂くように襲いかかる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


俺は全身の細胞、魂の底に残された最後の1滴まで力を絞り出し、白金の槍を突き出した。


神術《聖炎》――その全出力を一点へと集中させる。

守るための力。信じるための力。そして、この最弱の教団と共に未来を掴み取るための力!


白と黒、極限の二つの力が、世界の中心で再び光った。


――バァァァァンッ!!


爆発的な光の奔流が、神殿の視界のすべてを白く塗り潰した。


耳を刺すような轟音も、肌を焼く衝撃も、一瞬にして感覚の彼方へと吹き飛び、完全なる無音の世界が訪れる。


ただ、その光の渦の中心で。

たった一瞬だけ、誰かの穏やかな声が頭の中に直接響いた。


『……見事だ、継承者よ。』


その声には、一切の敵意も、試練の冷酷さも存在しなかった。

ただ長い、気が遠くなるほどの歳月を待ち続けていた者が、ようやく果たすべき役目を終えたことへの、深い安堵と賛美の響きが含まれていた。


次の瞬間。


アーク・ガーディアンが構えていた漆黒の大剣が、サラサラと音を立てて繊細な光の粒へと砕け散っていく。

続いて、三メートルを超えていた巨体を包む漆黒の重甲冑もまた、亀裂から溢れ出す光によって内側から崩壊を始めた。


ガシャァァン……。


甲冑が崩れ落ちたその中心から現れたのは、一人の青年だった。


胸元まで伸びた美しい銀色の長髪。

神代の神官を思わせる、一切の汚れもない純白の衣。

その黄金色の瞳には、優しげな光が宿っていた。

青年は静かな足取りで、膝をつき息を荒らげる俺の元へと歩み寄ってくる。


「お見事でした。」


青年は右手をおだやかに胸元へ当て、深々と頭を下げた。


「神代が終わりを告げてより、幾千の時……ようやくこの厳しい試練を越え、資格を示す者が現れました。」


「あんたは……?」


俺が掠れた声で問うと、青年は微笑んだ。


「私は神代騎士アルヴェイン。創世神アルテミア様より命を受け、この神殿と……第一の『神核の欠片』を守護していた者です。」


そうアルヴェインが告げた瞬間、彼方の祭壇の中央が眩い紫色の輝きを放ち始めた。


石造りの祭壇の割れ目から、ゆっくりと宙へ浮かび上がってきたのは、拳ほどの大きさをした美しい水晶の結晶。

内部には、濃厚で神聖な紫色の光が、命を宿した生き物のように静かに脈動している。


それを見た瞬間、ノクスの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。


「……神核。」


掠れた声で彼女は呟く。


「私の……十五年間奪われていた、私の神核の……欠片……!」


十五年という長い年月、失われ続けていたノクスの力。

教団を衰退させ、信者たちを絶望の淵へと叩き落とした元凶。

その失われた本来の存在が、今、ついに俺たちの手へと戻ってきたのだ。


「ノクス様、早くそれを……!」


レオンが促す。

ノクスは震える手で、宙に浮く神核の欠片へと静かに触れた。


その瞬間。

欠片から放たれていた紫色の光が、透き通るような温かな金色へと変化し、神殿全体を優しく包み込んでいく。

その光は、ノクスの華奢な身体へ吸い込まれるように収束していった。


「うっ……!」


ノクスが胸元を両手で押さえ、小さな悲鳴を上げる。

彼女の鼓動が高鳴るのと同調するように、身体の内側から溢れ出した圧倒的な神力の光が、全身を包み込んでいった。


バサッ。


突然、ノクスが着ていた黒い革ジャンの金具や鋲が、弾け飛んで床へ転がった。

首に巻き付けられていた無骨な鉄の鎖は光の粒子となって消滅し、耳元でジャラジャラと鳴っていた派手なピアスも音もなく消えていく。


「え……? 服が……!?」


フィーナが目を丸くして声を漏らした。


光が収まると、そこに立っていたノクスの姿は完全に変貌を遂げていた。


暗く重苦しかった黒一色のロック風な衣装は影を潜め、純白を基調とした軽やかで清楚なドレスワンピースへと変化していた。袖口や裾には、繊細で美しい紫色の刺繍が施されている。

黒のロングブーツも履き心地の良さそうな白いショートブーツへと変わり、全体から漂う雰囲気が、神秘的でありながらもどこか温かく親しみやすいものへと一変していた。


そして何より――。

今までどこか投げやりで、気だるげな影を落としていた彼女の表情が、まるで太陽が昇ったかのようにパッと明るくなっていたのだ。


ノクスはゆっくりと己の手のひらを見つめ、目をしばたかせる。


「あれ……? あれれ?」


自分の身体をまじまじと見回し、不思議そうに首を傾げた。


「なんか……すごく身体が軽いっ!」


そのまま勢いよくその場で跳ね起きると、スカートの裾をふわりと広げてくるりと一回転してみせた。


「すごーいっ! 力がどんどん湧いてくるよ!」

「これが……これが神核の欠片なんだねっ!」


今までの「どうせ私なんて……」と言いたげだった根暗な口調は跡形もなく消え去り、年相応の無邪気な少女のように瞳をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。


呆然と立ち尽くす仲間たち。


「……おい、誰だあいつ?」


ガイルが引きつった真顔でボソリと呟いた。


「ノクス様……ですよね?」


アイリも困惑を隠しきれず、目を丸くしている。


「もちろん私だよーっ!」


ノクスは満面の笑みを浮かべ、両手を大きく広げて見せた。


「どうかなアステル? 似合ってる?」


そう言ってスカートの端をちょこんと摘み、嬉しそうにその場でクルリと回ってみせる。


「実はね、前のあの黒い服、ぜんっぜん好きじゃなかったんだよね!」


「「「えぇぇぇっ!?」」」


全員の驚愕の声がハモった。


「だってさー! 神核奪われてからずーっと心が重くて暗くて、『どうせ私なんてダメな神様だし……』ってネガティブになっちゃってたから、形から入ろうとして無理してあんな刺々しい格好作ってたんだもん!」


ノクスは照れくさそうに「えへへ」と頭を掻いた。


「でも、欠片が戻ってきてハッキリ思い出せたよ! 本当の私って、もっと明るくて超ポジティブな性格だったんだ!」


ノクスはポンと自分の胸を叩き、力強く拳を天へと突き上げた。


「よーし決めたっ! ここからノクス教団の大・復・活計画スタートだよっ!」

「目標! まずは街の信者100人ゲット!」

「次は1,000人!」

「最終目標は、あのキリスト教団を追い抜いて世界一の教団になることーっ!」


「「「…………」」」


あまりのハイテンションなキャラ変ぶりに、レオンたちは開いた口が塞がらない。


数秒の沈黙の後。


「……ノクス、やっぱり誰だお前?」


レオンがこめかみを押さえて頭を抱えた。


「あはははっ! ひどーいっ!」


ノクスはお腹を抱えてコロコロと鈴を転がすように笑った。

その屈託のない笑い声は神殿の隅々まで明るく響き渡り、十五年間この教団を支配していた暗い影を、完全に吹き飛ばしていった。


俺はその笑顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じながら小さく笑った。


神核の欠片を取り戻したことで、彼女は失われた力だけでなく――本来の「自分自身【神格】」を取り戻すことができたのだ。



神代騎士アルヴェインの身体が、いよいよ静かに光の粒子へとほどけていく。


『……我が長き役目は、ここに果たされた。』


満足げな笑みを残し、アルヴェインの存在は完全に夜空のような天井へと溶けて消えた。


神殿に穏やかな静寂が戻る。


カラン……。


アルヴェインが消え去ったその足元で、乾いた小さな音が響いた。


「ん……? 何か落ちたよ?」


フィーナが指を差す。


そこには、一冊の分厚い本がポツンと残されていた。

重厚な黒い革の表紙。贅沢にあしらわれた金色の縁取り。

中央には、白金色の美しい翼を広げた紋章が深く刻み込まれている。

本でありながら、まるで生き物のように淡い光を脈打つように放っていた。


「教本……なのか?」


俺が歩み寄ると、その本は意志を持ったようにふわぐぐっと宙へ浮かび上がった。

パラパラとページが高速でめくられ、眩い光の線が神殿の中へと放射される。


『……神代教本の起動を確認。』

『所有者未登録。継承者選定プロセスを開始します。』


どこからともなく、厳かな機械音声が響く。

本から伸びた十本の光の帯が、俺たち全員の胸元へと繋がれた。


数秒の沈黙。


パツン、パツンと光の帯が次々と弾けて消えていく。

そして――最後に残った一筋の圧倒的に太い光だけが、俺の胸元と教本を強く結びつけていた。


『適性率98.7%。』

『継承者を決定――アステル。』


ブワァッ!!


教本が直線を描いて飛来し、俺の目の前でピタリと停止した。


「俺が……継承者?」


驚きつつも、ゆっくりと両手を伸ばして表紙に触れる。


**ドクンッ!!**


触れた瞬間、脳裏に直接膨大な知識の奔流が流れ込んできた。


「ぐっ……あぁ頭が……っ!」


思わず膝をつく。

複雑極まりない魔力の精錬ルート。

神力を体内で膨張させる極意。

そして――一つの失われた神術の記憶。


『神術《神威転化しんいてんか》』


その名前が脳裏に刻まれただけで、それがどれほど破格で狂った性能を持つ術なのかが理解できた。


「神威転化……。」


ノクスが驚きに目を丸くする。


「知っているのか、ノクス様?」


グラムが問う。


「うん……神代の時代でも、最高位に分類されていた秘術中の秘術だよ。」


ノクスは真剣な表情で教本を見つめながら解説を始めた。


「発動するとね、使用者が持っている『魔力』と『気』をすべて根こそぎ限界まで消費する代わりに、そのエネルギーをすべて『神力』へと変換するの。」

「そして……発動中は、元々持っていた神力の最大値を【3倍】にまで跳ね上げるんだよ。」


「さ、三倍っ!?」


レオンが目を見開いて叫んだ。


「そんな馬鹿な! 神力が三倍になったら、聖職者一人の回復量や攻撃聖法が軍隊規模になるぞっ!」


「だからこそ禁忌級だったんだよ。」


ノクスは頷く。


「魔力も気もゼロになる。つまり発動した後は、魔法も武技も一切使えなくなって、完全に『神力一本の特攻』になる諸刃の剣なの。」


なるほど。リスクも絶大だが、ハマった時のリターンは計り知れない。

神力が三倍になれば、俺の放つ《ホーリーボルト》や《ヒール》の規模は、概念が変わるほどの領域に達するはずだ。


「アステル。」


ノクスが優しく微笑みかける。


「その教本は、君が受け継ぐべきだよ。」


「でも、俺より神であるノクスが持っていた方が……」


「ううん。」


彼女は首を横に振った。


「私は神だから、神術の知識は最初から魂に刻まれているの。でも人間は違う。神代教本を読み解き、扱える人なんて世界に一人もいないよ。」


レオンもポンと俺の肩を叩いて笑った。


「遠慮すんなって! 四属性全部扱えて、さっきあの試練を越えたお前以外の誰が持つってんだよ?」


「そうそう!」


フィーナも満面の笑みで頷く。


「アステルが強くなることが、教団全体の強さになるんだから!」


ガイルも血を拭いながら豪快に笑った。


「反対する奴なんて一人もいねぇよ。それはお前が掴み取った戦利品だ!」


仲間たちの温かい言葉が、胸にじんわりと染み渡る。


俺は宙に浮く教本をしっかりと胸に抱きしめた。


「……分かった。みんなのために、この力を使いこなしてみせる。」


その瞬間、教本は眩い光の粒子となって砕け、無数の金色の文字となって俺の身体へと溶け込んでいった。


『神術《神威転化》の習得を完了しました。』


頭の中に静かな通知音が響き、全身の血が巡るように神力が力強く跳ね踊った。


同時に、視界に青いステータス画面が自動で展開される。


==========


アステル

種族:人族

職業:魔術師

所属:ノクス教団

LEVEL UP!

Lv.25 →Lv.30

HP 1006

MP 700

筋力 78

敏捷 63

魔力 108

神力 58

気力 20


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


スキル熟練度

・火球魔法 Lv1(78%)

・ヒール Lv1(63%)

・ホーリーボルト Lv1(57%)


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

・神術《神威転化》

効果:現在保有している「魔力」および「気」をすべて消費し、その総量を「神力」へと直接変換・充填する。

発動中、保有神力の効果値および上限が一時的に3倍(300%)に増加する。

※術の終了後、一定時間魔力値および気力値は0となり、著しい疲労状態となる。


===================


ステータスの数値が劇的に向上している。

強敵アーク・ガーディアンとの死闘、そして神代の試練を打ち破ったことで、一気にレベルが5も跳ね上がっていた。


「神力も……魔力も上がってる。」


手に握り拳を作り、体内に満ちる力を確かめる。


この《神威転化》と《聖炎》、そして四属性の力を組み合わせれば、俺たちの可能性はどこまでも広がるはずだ。


「どうだった、アステル?」


ノクスが身を乗り出して、興味津々に覗き込んでくる。


「ああ、新しい神術を完璧に覚えた。それに……少しだけ強くなれたよ。」


「えへへ、よかったぁ!」


ノクスは自分のことのように嬉しそうに破顔した。


「じゃあさ! 次はもっともっと強くなって、残りの神核の欠片も全部集めに行こうね!」


「ああ、もちろんだ。」


俺はステータス画面を閉じ、力強く頷いた。


神核の欠片を一つ取り戻し、失われた神代の秘術を手に入れた。

だが、これは長い戦いのほんの序章に過ぎない。


世界に散らばる、残る神核の欠片。

そして――十五年前にノクスから神核を奪い去り、教団を崩壊へと追い込んだ黒幕の存在。


俺たちの反撃の物語は、ここから始まっていくのだ。

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