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7.領主オルフィス



 聖ラミシス王国ノースフィール地方、ロミリス領主オルフィス・トエル。

 

 女神の『左足』を下賜された末裔の血が絶えて以降、『忘れ去られた地』と称されるノースフィールにて代々土地を治め人々の暮らしを守ってきた領主らの代表だ。


 聖エーティエル歴81年。王国は降臨以降、各地を放浪していた女神を悠久の神殿に留め、そうして女神より『肉体』を下賜された国王夫妻と四人の臣下らの血族が聖なる力をふるい各地を征服し、今の聖ラミシス王国の形が出来上がった。


 ラミシスは元々、現在の首都と周辺の村落を支配するごく小規模な零細国家にすぎなかった。

 それが女神の加護を得て、周辺国家を飲み込み。最終的に手に入れた広大な国土を、当時の国王夫妻は四つに分割し、四人の臣下らに土地として与えた。

 

 北のノースフィールは『左足』のロミリスに、西のウェスタールは『右足』のレミアスに、東のイースタールは『左手』のルミネスに与えられ、そうして南のサウスフィールが『右手』のリラミスに与えられた。


 しかし西東南の臣下らは地方の統治を在地の領主らに任せ、代わりに栄誉ある聖ラミシス王国の「聖痕騎士団」に所属し、この国の特権階級として栄華を欲しいままにした。

 

 ただその中で北の地を与えられた臣下、『左足』のロミリス家のみは与えられた領地に留まり統治を行い、結果その血は北の地ノースフィールにて絶えたのだという。


 

「ふむ、コボルトを率いる旅人が我らがノースフィールの地を荒らし回っていると。そう申したか」

「はっ、調査の結果。旅人の率いる集団のみならず、各地において小中規模のコボルトの群れが村々で略奪を行いつつ、最北のノーラント山に集っているとのこと」


 トエル家の忠臣ノルドが、地面に片膝を突いて跪き、顔を下げながらそう自身へと申し立てた。

 

「ノーラント山に? それはまた妙な。コボルトが群れを成すことはあれど、彼ら魔物は滅多なことのない限り自らの棲家を離れることはない筈」

「それが村人や目撃者の証言によりますと、このコボルトらはどうやら人語を操るそうで、略奪する物資も村が納税のために蓄えた分のみ。今の所死者なども出ていない様です」

「……本当にそれはコボルトだったのか? 魔物に化けた人間と言われる方が、まだしっくりとくる。正式に兵を派遣し、コボルトどもを捕え詳しく調査をすべきだろうが」


 一つ、小さく息を吐いたのち言葉を紡ぐ。


「先ほど、各地の村々で略奪を行ったというコボルトを率いし旅人が、我が屋敷を訪れ面会を申し出ていると言ったな。それは誠か」

「誠にございます」

「なるほど。ノースフィールの雄と謳われし我らも、随分と侮られたものだ」

 

 ノースフィールは女神の加護無き『忘れ去れらた地』と呼ばれている場所だが、それでも今代まで人間による支配が続いているのは、ロミリスの名代トエル家を初めとした領主らの持つ『力』があってこそだ。


「ノルドよ、『竜骸兵』の準備を済ませておけ」

「はっ、承知いたしました」

「用意が出来次第、件の客人……いや恐れ知らずの愚か者を我が前に連れて来るがいい」



 

「久しいな、オルフィス叔父上」


 そう言ってノルドが連れてきた客人。聖ラミシス王国第一王子フィリスを名乗る青年は、その顔に王族の気品をたたえた微笑みを浮かべた。


 ……何処からどう見ても、それは記憶の中にあるフィリス王子の姿そのものであった。

 屋敷の応接室にて、自身は一度大きく深呼吸した後。声が震えぬよう言葉を紡いだ。


「フィリス王子は儀の生贄となり、その両目と両手足を失くされたとか。しかし貴方は今五体満足で私の前にいる。例えどんな『聖痕』の秘術や魔術を使えど失った四肢や目玉を再生させることは出来ない。貴方は何者なのです? フィリス王子に生き写しの御方よ」

「何度問おうが同じことだ、叔父上。俺の名はフィリス・トエル・ラミシス。我が両目と両手足は、俺に使命を授けし神が癒したもの。本来意思疎通が出来ぬはずの犬亜人を率いているのも、神より賜りし奇跡の御業のひとつだ」


 神といえば、女神エーティエル。フィリス王子が儀にて捧げられた神格のことか。まさかそれで、本当に女神の奇跡と天啓を得て、この地上に甦られたというのか。

 

「……貴方が本物のフィリス王子であるなら、その両手足に勇者の証たる『竜骸』を有している筈。今一度、それを私に見せて頂けないか」

「ああ、それなんだが……神に手足を生やして貰った際、埋めてあった筈の竜骸もなく、すっかりただの人間の手足に戻っていてな。今は代わりの竜骸を埋めてあるが、間に合わせの品ゆえ叔父上の期待に沿うものではないだろう」

「……だろうな。勇者フィリスの『竜骸』は現状、聖ラミシス王国の各地に散っている。現国王ジニアスが金策の為に売り払ったそうで、私もその一つ『飛竜の左足』を所持している」


 こちらの言葉に、フィリスを名乗る青年は形の良い眉をしかめ、いかにも不愉快げな表情を浮かべた。まあ彼が本物であるならば、あまり気持ちの良い話ではないだろう。


「今、その『竜骸』を持ってこさせよう。貴方が飛竜の心臓を食らった当人でなければ、その身に牙を入れても適合することはなく、拒絶反応にもがき苦しんだ末その命を落とすこととなるだろう。それで構わないか?」

「ああ、構わない」


 青年の言葉に、自身の胸のざわつきが増していくのを感じる。まさかそんな筈はあるまいと。逸る気持ちを理性で押し留め、私はその場に『勇者』の竜骸……妹フィリアの息子にして我が甥御フィリスの形見が届くのを待った。




 ああ、神よ!


「うん、やはりこの竜骸がよく馴染む。二角獣バイコーンの蹄では心許なかったからな。我がもう片足や両手も、早急に取り返したいものだ」


 フィリスと名乗った青年は、そう言って竜骸『飛竜の左足』を埋め込んだ足を幾度か動かして、平然とした様子で今私の目の前にいる。


 目頭が熱く潤み、視界がぼやけた。

 本当に、こうして生きて戻ってきてくれたのか。側妃として聖ラミシス王家に嫁いだ、愛しい妹の忘れ形見の一人。あの時自身は辺境での討伐を命ぜられ、哀れな甥御フィリスと姪御フィオナの身を助けるどころか、その最期を看取ることも叶わなかった。


「これで信じて貰えただろうか」

「いいや。まだ、まだだ。貴方が本当に我が自慢の甥御。勇者フィリスであるなら、この程度の竜骸兵ごとき軽くいなしてみせることだろう」


 自身が指を鳴らすと、応接室の天井の隠し扉から、ノルド率いる五人の竜骸兵が降り立ち青年の周りを囲む。

 

 その手足に竜骸を仕込んだ、我がトエル家の私兵。忘れ去られた地ノースフィールには、迫害から逃れるべく各地より集った魔術師の血脈が今もなお生きている。かつてこの地を治めていたロミリス家の人々は、女神の力に頼らず、元より魔力を持つ一族の庇護を積極的に行なってきた。


 ……それゆえ王家への謀反を疑われ、無茶な遠征や討伐を押し付けられた末、ロミリス家はその血を絶やすことになるのだが。彼らの遺志はノースフィールにて庇護された魔力持ちの一族らが受け継ぎ、聖なる力が失われた地においても、民を守護する治世者としてその神秘の力を維持し続けている。

 

「久々の再会にしては随分と手荒な歓迎だな、オルフィス叔父上」

「ハハ、貴方が本物であろうとそうでなかろうと、我らがノースフィールの地で略奪を働いた罪は償ってもらわねば、下に示しがつかぬ故」


 こちらの言葉に、王族としての厳かな雰囲気を保っていた男の笑みが崩れ、代わりにその口元には勇士としての不敵な笑みが浮かぶ。


「……なるほど。俺もちょうど、この竜骸を久方ぶりに試したいと思っていた所だ。少し手荒な真似をするが構わないか?」

「ああ」


 その言葉に、フィリスを名乗る青年は椅子から立ち上がり、腰に差した剣を抜く。

 五人の竜骸兵に囲まれてもなお、余裕を崩さぬ威風堂々とした姿。自身の胸に、確信めいた予感と先んじる喜びの感情が湧き起こるのを、確かに感じていた。



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