実力測定のつもりが、実力超過でした
聖マギウス学園、第一訓練場。
かつて俺が、若き魔導師たちがその才能を火花散らせて競い合うために設計した、円形競技場のような広大な空間だ。壁面には千年前、俺自身が刻んだ『金剛不壊』の付与魔術が、今もなお微かに淡い青光を放っている。
「……随分と、メンテナンスが疎かになっているな」
俺は独り言ちた。
千年前なら、この程度の魔圧で壁が軋むことなどあり得なかった。だが今の学園を覆う魔力は、澱み、ひどく薄っぺらい。まるで上質な絹織物が、安物の雑巾に成り果てたのを見せられている気分だ。
「おい、何をブツブツ言っている、無能のシオン。さっさと列に並べ」
背後から声を荒らげたのは、先ほど講堂で俺に火球(笑)を放ってきた金髪の少年、カイル・フォン・グラナードだ。どうやらこの時代の「名門」の跡取り息子らしいが、俺からすれば、魔力の練り方がまるでなっていない。ただ垂れ流しているだけだ。
「これから行われるのは、編入生および新入生の実力測定だ。学園長閣下も直々に視察に来られている。無様な姿を見せれば、即座に退学……いや、強制労働施設行きだと思え」
カイルの言葉通り、訓練場の上部にある観賓席には、先ほどの初老の男――俺の弟子、アルスが座っていた。
その傍らには、数人の教師たちが揉み手をして並んでいる。アルスの表情は、千年前に俺の前で見せていた無邪気な笑顔とは程遠く、氷のように冷徹なものだった。
「……さて、今のアルスが何を『強さ』と定義しているのか、見せてもらおうか」
測定が始まった。
訓練場の中央に置かれたのは、高さ三メートルほどの巨大な魔晶石。
現代の基準では、あれにどれだけの衝撃を与えられるか、あるいはどれだけの魔力を流し込めるかで、ランクが決まるらしい。
「次、カイル・フォン・グラナード!」
「はいッ!」
カイルが自信満々に前に出る。
彼は仰々しく杖を構え、呪文を唱え始めた。
「――燃え盛る大気の奔流よ、我が呼び声に応え、敵を灰燼に帰せ! 烈火の咆哮!」
轟音と共に、巨大な火柱が魔晶石を包み込む。
周囲の生徒たちから「おおおっ!」という歓声が上がった。
魔晶石に数値が浮かび上がる。――『850』。
「素晴らしい! カイル君、新入生でこれほどの数値を叩き出すとは、さすがはグラナード家の嫡男だ!」
教師の一人が、アルスの顔色を伺いながら大声で称賛する。
カイルは勝ち誇った顔で俺を振り返り、親指を下に向けた。
だが、俺の感想は一つだけだ。
(……無駄だ。無駄すぎる。なぜあんな簡単な術式に、三十文字もの詠唱を必要とする? しかも魔力の変換効率が悪すぎて、四割以上が大気中に霧散しているぞ。あれでは『烈火の咆哮』ではなく『ただの焚き火』だ)
俺が内心で呆れていると、ついにその時が来た。
「次――シオン・ベルトランド。前へ」
周囲の空気が、一瞬で冷ややかなものに変わる。
蔑み、嘲笑、興味本位。負の感情が混ざり合った視線が、俺の細い体に突き刺さる。
「おい見ろよ、あの『魔力ゼロ』の欠陥品だぜ」
「何秒であの石に弾き飛ばされるか、賭けようぜ」
「学園長の推薦って話だけど、どうせ裏で汚い金が動いてるんだろ?」
観賓席のアルスが、静かに俺を見下ろしている。その瞳に、期待の光はない。ただ、義務的に俺という存在を確認しているだけだ。
俺はゆっくりと魔晶石の前に立った。
さて、どうするか。
本気で叩けば、この魔晶石どころか、この訓練場そのものが消滅する。
それどころか、俺の今の体質――周囲の全元素と同期する性質を使えば、この学園全域の魔力を一瞬で吸い尽くしてしまうだろう。
(……よし。極限まで出力を絞ろう。指先一本分の魔力……いや、その百分の一で十分か)
俺は杖も構えず、ただ右手を石に軽く添えた。
「……おい、呪文はどうした?」
「まさか、触れるだけで何か起きるとでも思ってるのか?」
嘲笑が響く中、俺は自分の内側にある『根源の海』から、ほんの一滴だけ魔力を汲み取った。
そして、それを魔導の基本原則――『等価変換』ではなく、俺が編み出した『連鎖増幅』の術式に乗せて流し込む。
――瞬間。
ゴゴゴゴゴ、という。
地鳴りのような、聞いたこともない低い振動が訓練場全体を揺らした。
「な、なんだ!? 地震か!?」
次の瞬間、魔晶石が変異を起こした。
本来、赤や青に光るはずの石が、見たこともない『漆黒』に染まっていく。
そして。
――パキィンッ!!!
鼓膜を劈くような高音が響き渡り、三メートルの巨大な魔晶石が、粉々に砕け散った。
破片がダイヤモンドの粉のように舞い散り、周囲の生徒たちは爆風に吹き飛ばされ、地面に這いつくばる。
静寂。
阿鼻叫喚の地獄絵図から一転して、そこには死のような静寂が訪れた。
測定不能。
あまりに巨大すぎる、そしてあまりに密度が高すぎる魔力が流し込まれた結果、測定器としての構造を維持できなくなったのだ。
「……あ」
教師が呆然と口を開ける。
砕け散った石の台座に浮かび上がった数値は――『0』。
「……ははっ! ほら見ろ! 『0』だ! 壊しただけで数値は出なかったぞ!」
カイルが引き攣った笑顔で叫んだ。
「こいつ、石に嫌われて壊されただけだ! あるいは、何かインチキな魔道具を使って自爆させたに違いない! 判定は『0』だ! 退学だ!」
教師たちも、自分の理解を超える事態を拒絶するように、カイルの言葉に乗っかった。
「そ、そうだ! 測定不能ではなく、数値が出せなかったのだから欠陥品に変わりはない! シオン・ベルトランド、不合格だ!」
罵声が再び飛び交う中、俺はそっと手を引いた。
周囲の連中はバカばかりだが――ただ一人、観賓席のアルスだけは違った。
彼は立ち上がり、手すりを壊さんばかりの勢いで身を乗り出していた。
その顔は驚愕に染まり、目は見開かれている。
(気づいたか? アルス。この術式の組み方、そして魔力の性質。お前に叩き込んだ、あの日の魔法だ)
だが、アルスは震える声でこう呟いた。
「……バカな。あり得ん。あの御方の『理』を、あんな子供が使うはずが……。……いや、しかし今の術式の構成、あれはまさしく……」
「学園長閣下! いかがなさいましたか?」
教師が慌てて駆け寄るが、アルスはそれを突き飛ばした。
「……今の少年を、私の執務室へ呼べ。今すぐだ!」
アルスの叫びが訓練場に響き渡る。
周囲の生徒たちは、何が起きたのか分からず呆然とするばかりだった。
俺は、粉々になった石の破片を一つ拾い上げ、口角をわずかに上げた。
(正体がバレるのは、まだ先だ。……今はまだ、ただの『運良く学園長に気に入られた不気味な欠陥品』として振る舞わせてもらうぞ。潜入捜査は、まだ始まったばかりだからな)
俺は、周囲の罵声を心地よく聞き流しながら、学園長の待つ塔へと歩き出した。




