表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

神話の終焉と、最悪の千年後

視界が、白く、どこまでも白く染まっていく。

 意識の端々が、まるで燃え尽きた紙片のように脆く崩れ、虚空へと溶けていくのが分かった。


「……終わった、か」


 誰に聞かせるでもない呟きが、血の臭いが充満する荒野に響く。

 俺の足元には、かつて「魔神」と呼ばれ、世界の半分を闇に塗り潰した異形の亡骸が横たわっていた。その背後にそびえ立つは、俺が心血を注いで築き上げた魔導の城。だが、それも今や見る影もなく破壊され、崩落した瓦礫が俺の墓標のように積み上がっている。

 俺の名はシオン。

 人々からは「魔導の祖」だの「人類最高の賢者」だのと、いささか大袈裟な敬称で呼ばれていた男だ。

 戦乱に明け暮れたこの世界に秩序をもたらすため、俺は剣を執り、魔法を編み、そして次世代の育成のために「聖マギウス学園」を創設した。……あそこは、血筋や身分に関係なく、真に才能ある者が羽ばたける場所であるはずだった。


「あとのことは……任せたぞ、アルス」


 俺の唯一の弟子であり、学園の運営を託した少年の顔を思い浮かべる。

 泣き虫だったあいつも、今頃は立派な魔導師として学園を支えているだろう。

 俺の意識はそこで途絶えた。

 魂が肉体の檻から解き放たれ、永劫の眠りにつく――はずだった。


 ――だが。


「……おい、起きろ。いつまで寝ている、この欠陥品が!」


 鼓膜を突き刺すような不快な怒鳴り声。

 同時に、側頭部に衝撃が走った。固い靴底で蹴り飛ばされたのだと理解するのに、数秒を要した。


「……っ!?」


 反射的に体を起こそうとして、俺は自分の感覚に凄まじい違和感を覚えた。

 重い。体が、鉛のように重い。

 かつて全盛期に誇った、魔力が全身の血管を駆け巡るようなあの全能感が、欠片も感じられない。それどころか、視界に入る自分の手は驚くほど細く、白く、そして――明らかに若かった。


「まだ寝惚けているのか? これだから辺境の貧乏貴族は困る。魔力測定の儀で『測定不能ゼロ』を叩き出したときには、学園の恥かと思ったぞ」


 目の前に立っていたのは、豪奢な刺繍が施された制服に身を包んだ、見覚えのない少年だった。

 金髪を傲慢に揺らし、取り巻きらしき数名と、ゴミを見るような視線をこちらに向けている。


(ここは……どこだ? 俺は死んだはずでは……)


 周囲を見渡す。

 そこは、石造りの巨大なホールだった。高い天井には見事な装飾が施され、窓からは陽光が差し込んでいる。だが、その光景に俺は見覚えがあった。

 いや、見覚えがあるどころではない。

 

 ――この柱の配置、床の石材、そして壁に刻まれた防御魔法の術式。

 間違いなく、俺が作った学園「聖マギウス学園」の大講堂だ。


(転生……したのか? 千年の時を経て?)


 状況を整理しようとする俺を、金髪の少年はさらに嘲笑う。


「おい、聞いてるのかシオン・ベルトランド。お前のような『魔力なし』が、推薦枠でこの学園に紛れ込んだこと自体が間違いなのだ。学園長閣下が何を考えておられるかは知らんが、お前のような不浄な存在がここにいるだけで、我ら高貴なる者の誇りが汚される」


「……シオン、だと?」


 皮肉なことに、転生後の名前も同じらしい。

 俺はゆっくりと立ち上がり、自身の内に意識を向けた。

 これは!?なるほど。確かにこの体には、表層的な「魔力回路」がほとんど存在しない。測定器とやらが『ゼロ』と判定したのも無理はない。

 だが、それは欠陥ではない。


 (この体は、魔力を体内に溜め込むのではなく、周囲の空間に存在する全元素と「完全同調」する性質を持っている…)

 

 言うなれば、小さなコップ(魔力回路)を持っていない代わりに、海(世界)そのものを自分の器として扱える――俺の生前ですら到達できなかった、究極の魔導体質だ。


(ふむ。測定不能ではなく、測定器の限界を超えていただけか。千年も経てば、魔法の技術も衰退するものだな)


「無視するなと言っているだろうがッ!」


 金髪の少年が苛立ち、指先をこちらに向けた。

 瞬間、彼の前に小さな火球が形成される。初歩中の初歩である「火矢ファイア・アロー」だ。だが、彼はそれをさも高等魔法であるかのように誇らしげに掲げた。


「少し痛い目を見て、自分の分を弁えろ!」


 放たれた火球が、俺の顔面へと迫る。

 周囲の生徒たちから短い悲鳴が上がる。誰もが、俺が丸焦げになる未来を疑わなかった。


 ――だが。


「……構成が甘いな」


 俺は動かなかった。避けるまでもない。

 指先をほんの数ミリ、空中で動かす。それだけで、火球を構成していた術式の連結を「解いた」。

 ボッ、という情けない音と共に、火炎は俺の目の前で霧散し、ただの暖かい風に変わった。


「な……っ!? 防壁シールドも使わずに、私の魔法を打ち消しただと!?」


「いや、打ち消したのではない。あまりに術式が雑だったから、勝手に崩壊しただけだ。……千年経っても、この学園の教育レベルはこの程度か?」


「何を……っ、貴様、何を言っている!」


 少年の顔が屈辱で真っ赤に染まる。

 騒ぎを聞きつけたのか、ホールの奥から重厚な足音が響いてきた。


「何事だ。講堂で魔法を行使したのは誰だ」


 現れたのは、厳格そうな初老の男だった。

 その胸元には、学園の最高責任者であることを示す黄金の徽章が輝いている。

 生徒たちが一斉に直立不動の姿勢をとった。


「が、学園長閣下!」


 学園長。

 その言葉に、俺は男の顔を凝視した。

 ……白髪混じりにはなっているが、その面影、その魔力の揺らぎ。

 間違いない。かつて俺の足元で、「師匠、この魔法の仕組みが分かりません!」と泣きついていた、あのアルスだ。


(アルス……生きていたのか。ずいぶんと老けたな、お前)


 懐かしさが込み上げ、思わず声をかけようとしたが、俺は踏みとどまった。

 今の俺は、辺境から来たばかりの「魔力ゼロ」の編入生。そして、この学園の現状。

 先ほどの金髪の腐りきった態度。そして、俺の設計した術式を理解もできず「測定不能」と切り捨てる教育環境。


(……どうやら、俺の作った場所は、俺のいない間にずいぶんと汚れてしまったらしい)


 アルスの鋭い視線が、俺と金髪の少年の間を往復する。

 だが、彼は俺の正体に――自分の師が目の前にいることに、気づく様子は微塵もなかった。

 それもそうだ。魂が同じでも、ガワは別人の子供なのだから。


「アルス学園長、こいつです! この編入生が、私の魔法を不当な手段で妨害し――」


「黙れ。授業時間外の魔法行使は禁止されているはずだ。……君が、例の編入生か」


 アルス……いや、学園長が俺の前に立つ。

 彼は無感情な瞳で俺を見下ろした。かつての、師を敬愛して止まなかったあの輝きは、今の彼からは感じられない。


「君については聞いている。魔力が全く感知できないそうだが、私の推薦枠でここに来た以上、相応の価値を示してもらわねば困る。……ここは実力至上主義の聖域だ。家柄も、過去も関係ない」


 ほう、口ではそう言うか。

 だが、生徒たちのこの腐敗ぶりを見るに、その理念が形骸化しているのは明白だ。


「……承知しました、学園長先生。精一杯、この『新しい学園』について学ばせていただきますよ」


 俺はあえて、慇懃無礼に頭を下げた。

 面白い。

 創設者である俺が、一介の出来損ないの生徒として、この腐りきった学園を内側から査察してやろう。

 もし、俺の遺した志を継ぐ者が一人もいないのであれば――。


 その時は、この俺が「創設者」として、この学園を一度更地にしてやればいいだけの話だ。

 俺の潜入生活は、こうして幕を開けた。

面白かったら★★★★★してね!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ