寿命サブスク
午前三時。
目が覚めた。
理由は分からない。
ただ、胸の奥がざわついていた。
暗い部屋。
エアコンの音。
時計の秒針。
そして、枕元のスマートフォンが光っている。
通知。
【寿命サブスク更新のお知らせ】
俺は目を細めた。
「……なんだそれ」
寝ぼけたまま画面を開く。
アプリが表示される。
黒い背景。
中央に大きな数字。
残り寿命
37年 4ヶ月 2日
数秒、意味が分からなかった。
「……は?」
画面の下。
大きなボタン。
更新する
その下。
月額 ¥9,800
俺はスマホを顔から離した。
「夢か」
もう一度画面を見る。
残り寿命。
37年 4ヶ月 1日 23:59:54
数字が減った。
秒単位で。
俺はゆっくり体を起こした。
「……」
アプリの説明を開く。
表示。
寿命サブスクリプションサービス
本サービスは
月額料金により
生命維持エネルギーを供給します
未払いの場合
生命活動は停止します
俺は笑った。
「……なんだよそれ」
くだらない。
そう思った。
だが。
画面の一番下。
小さな文字。
契約開始日
1992年5月14日
俺の誕生日だった。
俺は眉をひそめる。
その横。
契約者。
保護者
「……親?」
その時。
スマホが震えた。
新しい通知。
更新期限まで48時間
俺はアプリを閉じた。
ベッドから降りる。
キッチンへ行く。
水を飲む。
冷たい。
夢ではない。
もう一度スマホを見る。
残り寿命。
37年 4ヶ月 1日
減っている。
確実に。
俺は検索した。
「寿命サブスク」
検索結果は普通だった。
ニュース。
レビュー。
広告。
そして。
一番上の記事。
寿命サブスク利用者
日本人口の94%
俺は呟いた。
「……嘘だろ」
記事を開く。
内容は簡単だった。
二十年前。
世界中で原因不明の生命エネルギー減衰が発生。
人間は自然寿命を維持できなくなった。
そこで開発されたのが
寿命サブスクリプションシステム。
生命維持をエネルギーとして供給するサービス。
月額制。
俺は眉をひそめる。
「なんだそれ」
コメント欄を見る。
普通だった。
「学生プラン復活して」
「プレミアム寿命おすすめ」
「今月値上げらしい」
普通すぎる。
俺はスマホを置いた。
頭が追いつかない。
その時。
スマホがまた震えた。
着信。
母
俺は出る。
「もしもし」
母の声。
『あんた更新した?』
俺は聞く。
「なにを」
『寿命サブスク』
俺は黙る。
母は普通に続けた。
『通知来てるでしょ』
「……来てる」
『若い子は忘れるのよ』
『ちゃんと払いなさい』
俺は聞いた。
「これ普通なの?」
母は笑った。
『普通でしょ』
『あんた産まれた時から払ってる』
俺は眉をひそめる。
「いくら」
『最初は三千円』
『子供料金』
「今9800」
母は言う。
『三十過ぎたら一万五千』
俺は呟く。
「高いな」
母は静かに言った。
『命だから』
沈黙。
俺は聞いた。
「払わないと?」
母。
『止まる』
「なにが」
母は言った。
『寿命』
電話が切れた。
部屋が静かになる。
スマホを見る。
残り寿命。
37年 4ヶ月 0日
俺は窓の外を見る。
夜の街。
マンションの灯り。
あの部屋の人も。
あの人も。
あの道路の人も。
みんな。
課金して生きている。
スマホが震えた。
新通知。
【重要】料金改定のお知らせ
来月より
基本料金
¥12,800
俺は思わず言った。
「……は?」
記事の最後。
小さな文字。
未払いユーザー
年間 14万人
俺は画面を見つめた。
そして思った。
「その人たち」
「どうなる?」
スマホが震える。
新しい表示。
未払いユーザー例
動画が再生された。
コンビニ。
レジ前。
若い男。
スマホを見る。
店員と話す。
その瞬間。
男の体が止まる。
まるで。
電源が落ちたように。
崩れ落ちた。
動画終了。
俺は画面を閉じた。
部屋が静かになる。
心臓の音だけ聞こえる。
ドクン。
ドクン。
スマホが震える。
新通知。
更新期限
残り47時間
俺はスマホを見つめた。
そして思った。
もし。
払わなかったら。
俺も。
ああなる。
その時。
画面の下に新しいボタンが現れた。
法人契約の確認
俺は眉をひそめる。
タップする。
表示された文字。
あなたの寿命契約は
株式会社アストラシステムズに
紐づけられています
俺は呟いた。
「……会社?」
なぜ。
会社が。
俺の。
寿命を管理している?
スマホが震える。
新通知。
出社時に寿命認証を行ってください
俺は思った。
この世界。
どこか。
おかしい。
朝七時。
いつもより早く家を出た。
理由は単純だった。
スマホの画面に表示されている数字。
残り寿命
37年 3ヶ月 23日
夜の間にも減っている。
当たり前だ。
秒単位で減るのだから。
だが、それを「寿命」として意識すると、どうしても落ち着かない。
駅までの道。
いつもの通学路。
犬の散歩をしている老人。
信号待ちのサラリーマン。
自転車の学生。
ふと、思う。
あの人も。
あの人も。
課金して生きている。
その考えが頭に浮かぶと、街の見え方が変わった。
人間ではない。
契約者。
そんな気がした。
電車に乗る。
満員ではないが、座れない程度の混み具合。
スマホを開く。
「寿命サブスク」のアプリ。
下のメニューに、昨日は気づかなかった項目があった。
寿命マーケット
俺はタップした。
画面が切り替わる。
そこに表示されたのは、株式市場のような画面だった。
数字。
グラフ。
価格。
上部に大きく表示されている。
寿命価格(1年)
¥1,420,000
俺は眉をひそめる。
「……高いな」
下に一覧。
売り注文
1年 ¥1,450,000
2年 ¥2,800,000
5年 ¥6,900,000
買い注文
1年 ¥1,380,000
1年 ¥1,350,000
3年 ¥4,000,000
俺は思わず小さく言った。
「……命の株式市場かよ」
説明を読む。
寿命マーケットとは、余剰寿命を売買する公式市場です。
健康状態、年齢、生活履歴により価値は変動します。
俺は小さく笑う。
「余剰寿命ってなんだ」
画面の下に、自分の情報が表示されていた。
保有寿命
37年
売却可能寿命
12年
俺は固まった。
「……売れるのか」
12年。
今の価格で計算すると。
約1700万円。
俺はスマホを閉じた。
電車が駅に到着する。
会社。
株式会社アストラシステムズ。
普通のIT会社だ。
ブラック気味ではあるが、特別な会社ではない。
少なくとも、昨日まではそう思っていた。
会社の入り口。
受付の横に、見たことのない端末が置かれていた。
黒い機械。
小さな画面。
そこに書かれている文字。
寿命認証端末
俺は立ち止まる。
社員が一人、端末に社員証をかざした。
ピッ。
画面に数字が表示される。
そしてゲートが開く。
「……」
俺も社員証を出す。
かざす。
ピッ。
画面に表示。
寿命契約
法人プラン
残り契約年数
1年
俺は固まった。
「……は?」
後ろから声がした。
「知らなかったの?」
振り向く。
同僚の佐藤だった。
缶コーヒーを持っている。
俺は聞く。
「これ何?」
佐藤は端末を指差す。
「寿命福利厚生」
「は?」
佐藤は笑う。
「うちの会社、社員の寿命契約してるんだよ」
俺は眉をひそめる。
「聞いたことない」
佐藤は肩をすくめる。
「入社説明あったぞ」
「ブラック企業だけど」
「そこだけホワイト」
俺は聞く。
「どういう意味だ」
佐藤は言う。
「会社が寿命料金払ってくれてる」
俺は固まる。
「……」
佐藤は続ける。
「その代わり」
少し間。
「辞めたら止まる」
俺は聞き返す。
「何が」
佐藤。
「寿命」
沈黙。
俺は笑った。
「冗談だろ」
その瞬間だった。
受付の奥で。
ドサッ
音がした。
振り向く。
男が倒れていた。
営業部の社員だった。
目を開けたまま。
動かない。
周りがざわつく。
「救急車!」
「誰か!」
だが。
警備員は冷静だった。
スマホを確認する。
そして言った。
「寿命未更新です」
空気が静まる。
誰も驚かない。
担架が来る。
社員が運ばれていく。
俺は呟く。
「……死んだのか」
佐藤は普通に言った。
「更新忘れ」
俺は言葉が出ない。
佐藤は続ける。
「まあ、会社辞めた人とか」
「たまにある」
俺は壁にもたれる。
心臓が重い。
その時。
館内放送が流れた。
「人事部よりお知らせ」
社員が足を止める。
放送が続く。
「本日より寿命福利厚生制度を改定します」
嫌な予感がした。
「社員寿命契約を
成果連動型へ変更します」
ざわめきが起きる。
放送は続く。
「勤務評価、営業成果に応じて
寿命支給量を決定します」
俺はスマホを開く。
アプリ。
残り寿命。
数字が変わった。
37年 → 12年
俺は叫んだ。
「は?」
通知が表示される。
会社評価
C
寿命支給量
12年
俺は震えた。
「減った」
佐藤が言う。
「俺もだ」
「8年」
廊下の向こうで誰かが叫ぶ。
「3年!?」
「ふざけんな!」
その時。
スマホが震えた。
新しい通知。
新制度開始
寿命は
社内で売買できます
俺は画面を見つめる。
寿命マーケット。
出品一覧。
1年
¥1,520,000
俺は呟く。
「命」
「売ってる」
佐藤が言う。
「社長VIP会員だからな」
「寿命100年以上ある」
「余ってるんだろ」
俺は窓の外を見る。
街。
人。
ビル。
全部が同じ仕組みで動いている気がした。
課金。
寿命。
契約。
その時。
スマホが震えた。
新通知。
あなたの寿命
買い手が見つかりました
俺は固まる。
「……は?」
俺は売っていない。
出していない。
画面を開く。
表示。
売却成立
あなたの寿命
5年
購入者
株式会社アストラCEO
俺は呟いた。
「勝手に?」
その瞬間。
背後から声がした。
「ええ」
振り向く。
人事部長だった。
静かな笑顔。
「会社は社員の寿命を管理しています」
俺は言った。
「命だぞ」
人事部長は答えた。
「資産です」
沈黙。
人事部長は続ける。
「安心してください」
「あなたの寿命は」
少し間を置いて。
「非常に価値が高い」
俺は眉をひそめる。
「どういう意味だ」
人事部長は言った。
「あなたの契約」
「少し特別なんです」
スマホが震える。
新通知。
特別通知
契約情報を確認してください
俺は画面を開いた。
そこに表示された文字を見て
俺は
言葉を失った。
契約種別
基準寿命契約
俺は呟いた。
「……基準?」
人事部長は静かに言った。
「そうです」
「あなたの寿命」
少し笑う。
「世界の基準なんですよ」
「世界の基準……?」
俺は同じ言葉を繰り返した。
人事部長は静かにうなずいた。
「ええ」
「あなたの寿命が」
少し間を置く。
「人類の平均寿命です」
俺は笑った。
乾いた笑いだった。
「意味が分からない」
人事部長は平然としている。
「簡単な話です」
「人類の寿命は、ある一点を基準に計算されています」
俺は聞く。
「……その一点が?」
「あなたです」
沈黙。
廊下の空気がやけに静かだった。
佐藤が横で小さく言った。
「冗談だろ」
人事部長は首を振る。
「いいえ」
「二十年前」
「世界中で生命エネルギーの崩壊が起きました」
俺は眉をひそめる。
ニュース記事に書いてあった話だ。
人事部長は続ける。
「人間は自然寿命を維持できなくなった」
「そこで開発されたのが寿命サブスクです」
俺は聞く。
「それは知ってる」
人事部長は言った。
「ですが」
「寿命を供給するには」
少し間。
「基準が必要です」
俺は黙る。
人事部長はスマホを取り出した。
画面を見せる。
そこには、俺と同じアプリが表示されていた。
ただし。
契約者名。
そこに書かれていた。
基準契約者
そして。
名前。
俺の名前だった。
人事部長は言う。
「あなたが生まれた日」
「最初の契約が行われました」
俺は呟く。
「……親?」
「ええ」
「ただし」
少し笑う。
「契約の意味を知らないままですが」
俺は壁にもたれる。
頭が追いつかない。
「待て」
「つまり」
「俺が死んだら?」
人事部長は言った。
「人類の寿命基準が消えます」
沈黙。
佐藤が小さく言う。
「それって……」
人事部長。
「世界の寿命が崩壊します」
俺は笑った。
「馬鹿な」
人事部長は真顔だった。
「だから」
「あなたの寿命は管理されています」
俺はスマホを見る。
残り寿命。
7年
俺は呟く。
「……7年」
人事部長は言う。
「心配ありません」
「更新すればいい」
俺は聞く。
「更新?」
人事部長は指で画面を示した。
俺のスマホ。
そこに新しい表示が出ていた。
基準契約更新
ボタン。
世界更新
月額 ¥9,800
俺は笑った。
「……冗談だろ」
人事部長は言った。
「冗談ではありません」
「あなたが払わなければ」
「世界は止まります」
沈黙。
廊下の外。
街が見える。
車。
人。
ビル。
全部。
全部。
月額制の世界。
俺は小さく言った。
「……払わなかったら?」
人事部長は答えた。
「試してみますか」
その言葉に、俺は思わず笑った。
「いいのか?」
人事部長は言った。
「あなたの自由です」
俺はスマホを見る。
更新期限。
残り 46時間
俺はボタンを押さなかった。
そのままポケットに入れる。
「払わない」
人事部長はうなずいた。
「分かりました」
そして去った。
それから二日後。
更新期限。
俺は会社にいた。
スマホを見る。
カウントダウン。
00:00:10
佐藤が横で言う。
「お前」
「ほんとに払わないのか」
俺は言う。
「高いだろ」
佐藤は苦笑する。
「世界終わるぞ」
俺は肩をすくめる。
「それならそれで」
カウントダウン。
5
廊下の空気が妙に静かだった。
4
誰も動かない。
3
俺は思った。
どうなるんだろう。
2
スマホが震える。
1
0
その瞬間。
世界が。
止まった。
音が消える。
空気が止まる。
窓の外。
車が止まる。
人が動かない。
まるで。
時間が切れたみたいに。
俺は呟く。
「……マジか」
その時。
スマホが震えた。
新しい通知。
更新完了
俺は固まる。
「……は?」
画面を見る。
世界更新
月額 ¥9,800
支払者
匿名スポンサー
俺は眉をひそめる。
「誰だ」
その瞬間。
外の世界が動き出す。
車が走る。
人が歩く。
音が戻る。
何事もなかったように。
スマホが震える。
新しい通知。
次回更新まで
30日
俺はスマホを見つめる。
そして思った。
この世界。
誰かが。
毎月。
課金している。
俺は空を見上げる。
青い空。
雲。
そして小さく呟いた。
「……スポンサーさん」
「ありがとう」
少し間。
「でもさ」
俺はスマホを見ながら言った。
「いつまで払ってくれるんだ?」
画面には小さく書かれていた。
スポンサー数
現在 82億人
俺は笑った。
「なるほど」
つまり。
この世界は。
全員で。
俺の寿命を
サブスクしている。
完




