Ch.1-4-4 Project Helix(1/2)
『グッドモーニング、エブリワン! 俺がいなくて寂しかったか? バケーション明けで黒光りする俺様、パブロフがナウでビッグなニュースをお届けするぜ!
昨日の昼下がりのドンパチ、聞いたか? CSFがスラムに出張って”掃除”を完了したってよ! 全く綺麗好きなこって! ビビってションベン漏らした奴らに朗報だ。最近のCSFは働き者だから、お前らがシャブ漬けで孤独死する前に、優しく脳天をぶち抜いてくれるってさ!
ま、どっちにしろ地獄行きだ! それじゃあ良い一日を、クソ野郎ども!』
◇2327年9月21日(月) 09:37
ナオミのクリニックにほど近い通り。いかがわしい店が乱立する小道を抜けて奥まったところにひっそりと佇む焼却施設。スラムに存在する殆どのものが最後にたどり着くこの場所は、神聖さとは無縁の熱気と俗にまみれている。
”どんなものでもこんがりロースト。火力の調整は金次第”と看板に掲げ、薄汚く笑う店主の横で、炉内の数字を示すモニターは八百度を超えた。
電気炉は埋め込まれたインプラントを完全に溶かす一六〇〇度まで上がると言ってた。数字はどんどん上がっていく。
「⋯⋯昔はさ、埋めてたらしいわよ」
白衣ではなく、黒のロングコートを着たナオミが、ぽつりとこぼした。
「埋める?」
「そう。土に還すの。なんでも最後の審判ってのがあって、その時に肉体がないと、魂が復活できないからって」
「⋯⋯スカベンジャーが喜びそうな話だ」
俺は、若干冷たくなってきた風に煽られる前髪を手で押さえた。今日は昨日と違い晴れている。足元の水たまりがなければ、昨日のことが嘘だったかのよう。
スラムにおいて、死体は”資源”だ。インプラントは剥ぎ取られ、臓器はブラックマーケットへ。残った肉は肥料か薬品、合成タンパクの材料か、あるいはただのゴミとして路地に捨てられる。それを食うやつもいるだろう。
デイヴィスの体は何度も強化手術をしている。体内の神経系や埋め込まれたチップは高値で取引される。
だから、焼くしかなかった。尊厳を守るためには、灰にするしかなかったのだ。
「死んだらおしまいだ。復活なんてない」
炉が停止する。完了のブザーが、能天気に晴れた空に響いた。男が炉を開ける。空っぽ。
「骨もインプラントも全部灰でさぁ!」
男が焼却証明書にサインを求めた。変なところで律儀な野郎だ。
サインを終え、証明書のコピーを貰う。
「行こう」
証明書はすぐに捨てた。風に舞った灰は、少しタバコの匂いがした気がした。
◇2327年9月21日(月) 11:02
「あれぇ。生きてたんね」
通りの反対を根城にしている馴染みのホームレスが声をかけてきた。相変わらず安物の錠剤でパキりながらご機嫌。
CSF襲撃時は一目散に逃げ出したが、奴らが去った後、そこが自分の土地と言わんばかりに、舞い戻っている。周りの惨状などお構い無しだ。
既にバラックは出来上がり、陽気なGMTCが都市部の立てこもり事件を伝えてる。
「ジジイはどした? 時々タバコくれたんだ」
「死んだよ」
ホームレスは表情を変えずに言った。
「じゃあおめからもらうわ。一本くれ」
無視して歩を進めた。ひどい有様だ。店の前どころか一帯がひどい。穿たれた痕、切り傷は道路だけでなく、周囲の建物全体に及んでいる。ただでさえデコボコな道は、未開拓地のほうがまだマシなんじゃないかと思うほど。
店はもっと荒れてる。
ゴライアスとの戦闘の余波で、シャッターはひしゃげ、もう降りることはないだろう。”Stray Eye(迷い目)”——店名を模したウインクのネオン管は両目とも砕け散っていた。
「おい、急げ! CSFが戻ってくる前に金目のもんを漁るんだよ!」
「へへっ、デイヴィスの野郎、いい酒隠してやがったな」
下衆どもだ。クレイジードッグズたちが、用をなさないシャッターをくぐり、店内を我が物顔で物色している。
酒は、どうでもいい。残ったインプラントも、全部ゴミだ。
ただデイヴィスと過ごした店に許可なく踏み込まれたことが、俺の血液を沸騰させた。
右手の”Amor”に手をかけようとして——止まる。左手がない。バランスが悪い。それにあいつらにはもったいなさすぎる。
どうしようかと一瞬考えた隙に、後ろからよく通る、だが氷点下の冷たさを孕んだ声が響いた。
「⋯⋯散れ」
俺とナオミの後ろ。瓦礫の上に、一人の男が立っていた。
仕立ての良い黒のスーツ。顔の下半分をいくつもの管が伸びるマスクで覆い、その目は猛禽類のそれ。佇まいからして普通じゃない。
ミヤケファミリーの一人。シュウだ。何度かデイヴィスが会話していた時に、一緒にいたから名前を覚えてる。
「ミ、ミヤケ!? いや、これは俺たちがその……」
「三秒やる。消えろ」
一秒で逃げ去る火事場泥棒。捨て置かれた酒瓶が足元に転がってきた。
シュウは彼らに目もくれず、革靴の爪先で瓦礫を軽く退かすと、まっすぐに俺の元へと歩いてくる。その後ろには、数名の屈強な構成員。きっと近くに黒塗りの高級車が停まっているのだろう。
「⋯⋯なんの用だ」
「弔問だ。この度はご愁傷さまでした」
簡潔な返事とともに頭を下げられる。彼らなりの作法なのだろう。俺も習って頭をぎこちなく下げた。
シュウが合図すると、後ろの黒服が花束をシュウに手渡し、それを俺に差し出した。花。白く、小ぶりで、下を向いて咲く花。このヘドロと鉄錆の街には似つかわしくない、凛とした美しさがあった。
「コストラーデのドン・シモーネからだ。直接渡すには忌々しい。何も渡さないのはファミリーの恥だとさ」
花束に添えられたカードの表、流れるような筆記体で書かれたイタリア語。
”Ci dispiace molto.(お気の毒に)”。
裏面は血の色のスペイン語。多分、本物だろう。
”Hasta la vista, baby.(地獄で会おうぜ、ベイビー)”。
行きつけのバーでよく流れている旧世紀の映画の決め台詞。
俺は思わず、少し湿った笑いをこぼした。顔も見たことないスラムの大物。敵ながらあっぱれだ。
「⋯⋯粋な真似を」
「お前、感傷に浸っている時間はないぞ」
シュウの声色が、わずかに低くなった。彼は俺の失われた左腕、右肩の傷を見、冷徹な事実を突きつける。
「デイヴィスという保護者を失った今、お前の立場は弱い。腕が多少は立つだろうが、吐いて捨てるほどだ。クレイジードッグズのような有象無象だけでなく、いずれは他の支配者たちも、”お前を”狙ってくる」
分かっている。CSFがあれほどド派手にぶちまけたんだ。俺の”無限”。その意味こそ完全に理解はされてないだろうが、それでも標的にされる理由には十分すぎる。
俺はシュウの目を見据えた。猛禽類の瞳。
「御大の言葉だ。ウチに来い、ジーク。ミヤケファミリーの代紋があれば、誰にも手出しはさせない。ナオミのクリニックも保護してやる」
魅力的な提案だった。ミヤケという傘の下にいれば安全だ。金にも困らないだろう。それに下らないウソをつくような連中じゃない。
けど、決定的に相容れないことがある。
「⋯⋯ありがとう。でも、Noだ」
俺の答えに、シュウは眉一つ動かさなかった。
「理由は?」
「俺の歩く道は、あんたらの道とは違う。仁義も、組織の論理も、俺には窮屈すぎる⋯⋯それに」
俺は店の方を振り返る。ボロボロの、デイヴィスと俺の家。
肩をすくめて言った。
「どうやら俺は疫病神らしい。ミヤケファミリーまで不幸にするわけにはいかない」
シュウはふっと息を吐き、目を閉じた。マスクの下は分からない。
「そうか」
引き止めも、説得もしない。その代わり胸ポケットから漆黒の名刺を取り出し、俺の胸ポケットにねじ込んだ。
「気が変わったら連絡しろ。それと、コストラーデには俺から伝えておく。”野良犬はまだ首輪を求めていないようだ”とな」
シュウは踵を返した。去り際、思い出したかのように言った。
「スラムの歩き方、忘れるな。あと音楽の趣味、最悪だ」
誰かが拾ったスピーカーから下品な曲が鳴っていた。
黒服たちが去っていく。残されたのは、俺とナオミ、そして白い花束。比較的綺麗な部屋の中、俺は花束をデイヴィスの定位置のデスクに置いた。酒瓶も一緒だ。
「⋯⋯いいの?」
ナオミがポツリと聞いた。
「ミヤケに入れば、楽になれたのに」
「楽をして生きるために、俺は生きているわけじゃない」
俺はナオミに向き直った。
その顔は努めているが不安は隠せない。俺と同じだ。明日のことさえ分からない。
俺は死んだらそれまでだ。ただナオミは違う。面が良くて腕の立つ闇医者は、組織の慰み者兼、道具として飼い殺しにされるのがオチだ。
だから俺は死んではいけない。死なずに、この借りを返さなくちゃいけない。守らないといけないものがあることに気付いたから。
「ナオミ。安心しろ⋯⋯って言っても信用できないと思う」
俺は残った右手でナオミの手を取った。
「だから行動で示すよ——必ず、ゴライアスを殺す」
ナオミは自分の手を握る俺の手を見つめ、不意に吹き出した。
年上には見えない、久々に見た笑顔。
「真剣な表情で手を取るから愛の告白かと思ったら、随分と物騒な告白だったわ」
ひとしきり笑った後、涙を拭いながら言った。
「⋯⋯バカね。あなたも、あの人も」
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