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この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.1-4-3 錆びついたキス

  ◇2327年9月20日(日)13:41


 壁を背に立ち上がる。左腕が、水に落ちたネオンの反射のように青く揺らめいている。

 熱くない。燃えているのに冷たい。鉄とシリコンとセラミック——無機物が殆どのはずの左腕が、青い火に包まれて揺れている。


 胸の奥で、堰が割れる音。


 青く光る左腕から金色のファイバーが幾条も伸びる。

 CSF、ドローン、飛行車、デバイス。そしてゴライアスとデイヴィス。


 耳鳴りじゃない。周囲の空気が悲鳴を上げている。モスキート音を幾重も束ねて引っ張ったような音。CSFの隊員たちが耳を押さえてうずくまる。

 彼らのヘルメットのバイザーにノイズが走り、持っていた通信機が火花を散らして爆ぜた。上空のドローンが制御を失い、溜めた水を流す時のように回転しながら墜落していく。


『計器故障! 通信ができません!』

『システムエラー!? ジャミングか!?』


 動揺と混乱の輪が波紋のように広がる。それはゴライアスでさえも。

 あの絶対的な鋼鉄の巨人が、一歩。確かに一歩後ずさった。

 右手に持つ紅の刃から黒い血を滴り落とし、その目が初めて少しだけ見開かれた。


 それはデイヴィスと同じ仕草で癪に障る。


「⋯⋯ほう」


 ゴライアスの全身を覆う装甲の中心。ちょうど心臓の位置に繋がった金色の線は、さらに無数の糸の束にほつれ、奴の装甲にアメーバのように広がっていく。

 紅い瞳が細められた。そこに恐怖はない。あるのは、純粋な好奇心と歪んだ歓喜。


「これが——なるほど。クラウスの野郎。神にでもなる気か」

 ゴライアスは俺を見つめ、全てを理解したような顔で頷いた。まるで、手塩にかけた果実が順調に実っていくのを確認した農夫のように。

 

 頭のどこかでブチブチとちぎれる音と共に、奴との接続だけ無造作に切られる。金色のファイバーは元から無かったかのように宙に消えた。

 だが周りとの接続は切れてない。俺にも制御できないそれは、過半数のCSFと電子デバイスを壊していた。


 ゴライアスは周囲を見渡し、短く鼻を鳴らした——これもデイヴィスと同じ仕草。俺に向き直る。交わる青と紅。

 紅が線を引いた風が抜けた。


「がッ」


 一度経験したことがある、二度と味わいたくない痛み。衝撃で倒れこむ。

 閾値を超えた感覚は自動的に遮断され、痛みは瞬時に消えるが違和感が残った。

 左側が軽い。見下ろすと、左腕の肘から先がなかった。一年ぶりの感覚だ。


 腕が断たれ、青のスパークが弾ける。無数の金色も嘘のように溶け、あとには呻き声を上げるCSFと、火花を散らすデバイスだけが残った。

 全てを見下し、ゴライアスが言った。


「目的は達した。引くぞ」


 彼は踵を返した。左腕を無くし、尻餅をついた俺を置いて。その先の、瀕死で喘ぐデイヴィスに目もくれずに。


『た、隊長!? まだターゲットの確保が⋯⋯。それに、この現象は一体⋯⋯』

「問題ない。CEOには俺から報告する。それに」

 ゴライアスは顔だけ振り返り、俺を見て、ニヤリと笑った。


「今のあいつに近づけば、貴様らの脳が焼き切れるぞ」


 ゴライアスの号令と共に、CSFの部隊が潮が引くように撤退していく。立ち上がれない者に肩を貸し、来た時と同じ速度で。

 奴が最後に飛行車に乗り込む。


 俺はそれを追うことができない。身体が動かない。アスファルトから伸びる、見えないポリエチレン繊維が俺を縫い止めているかのよう。

 それでも叫ばずにはいられなかった。


「ゴライアス!!」

 振り返らない。


「お前は、お前は何なんだ!? なぜ俺を生かす! 殺せ、殺せよ!!」


 呪詛と血を口から撒き散らす。認めたくない。なぜだ。なぜ俺なんだ。

 言葉は響かない。垂直離陸した飛行車の、獣の口のように開いた後部扉から、ようやく俺を見たゴライアスが子どもを諭すように言った。


「逸るな、ジーク。お前は死に方を選べるほど強くない」

 ——熟れたら収穫してやる。それまで俺を憎むがいい。


 図体に合わない静かさで飛び去っていく飛行車。

 あとに残ったのは、たった二人が作ったとは思えない災害の痕。ようやく雨音が戻ってきた。


「う、あ⋯⋯ぐぅ⋯⋯ッ!」


 圧倒的な存在が消えたことで意志に反して緊張の糸が切れる。

 同時に、視界が明滅し、その場に倒れ込む。脳が沸騰しそうなのに、痛みはまったくない。

 そして頭の中に溢れ出る、黒い泥の洪水。

 

 膨大な映像。他人の記憶。見たこともない数式。倫理規定。システムログ。まるで忘れていたことを思い出すかのように、情報の暴力が頭蓋骨の内側を埋め尽くしていく。


 これは、ヴィトの時と同じだ。俺と繋がったモノの”中身”が、まるで、元から俺の一部だったかのように滑り込んでくる。何が起きた? なぜ、俺なんだ?


 「ジー、ク」

 ハッとした。ぐちゃぐちゃの頭を現実に連れ戻したのは、デイヴィスの声。


  ◇2327年9月20日(日)13:55


「デイヴィス」


 勝手に口に入ってくる泥水を啜りながら、右腕でデイヴィスのところまで這っていく。


「デイヴィス」


 道路の真ん中。散乱する瓦礫の中、彼は倒れていた。

 たどり着き、上半身を起こす。

 雨は黒い水たまりとなって、どれだけ血が流れているか想像したくない。


 左胸。スーツで見えないが、明らかに心臓の位置。致命傷。ただ血はそこまで流れているようには見えない。ナオミなら治せる。這っていこう。

 クリニックの方角へ右腕を伸ばした俺を止めたのは、デイヴィスの右手。知っている力よりも遥かに弱い。


「はっ。一年前と同じ絵面だな」

 デイヴィスが仰向けのまま、かすれた声で笑った。その顔色は血の気が失せ、白く輝いている。左目の義眼は燃え尽きる前の炎の輝き。


「デイヴィス⋯⋯俺の、俺が——」

 意味のない音。考えがまとまらず、ただ知っている言葉を並べただけ。ただ涙が雨となって落ちた。

 

「スーツ、内側。タバコ」


 デイヴィスの頼み事は断れない。俺は言われたとおり、ボロボロのスーツからタバコを取り出し、咥えさせる。ライターで火を付ける。雨でなかなかつかない。

 出来の悪い俺に小言は言わず、デイヴィスが言った。


「ゴライアスが言ったことは、事実だろう。俺は、人を集めていた⋯⋯CCIが高い連中を」

 火はつかない。


「臭いものには蓋を⋯⋯。自分が臭い事に気づかず、目を逸らしていた」

 ついた。煙が雨に逆らってのぼる。

 デイヴィスが俺を見た。


「許せ、ジーク。お前といた一年は、嘘じゃない」


 ふざけるなよ。どうせ予備心臓があるんだろ。さっさと立ってあいつを、ゴライアスを一緒に追うぞ。


「お前も鋭くなったじゃないか。俺には予備心臓が二つある。一つになっちまったがな」


 なら立てるだろ。早く行くぞ。何笑ってんだよ。


「ジーク」


 双眸が俺を見た。


「俺からのラストミッションだ——俺を殺せ」


  ◇2327年9月20日(日)13:59


 デイヴィスが俺に銃を差し出した。”Amor(愛)”。激戦の後でもそれは、衰えることのない青で輝いている。

 対をなす”Mori(死)”は、真っ二つに砕け散り、泥の中に沈んでいた。


「何を言って」

「俺の左目は特製でな。CCIの活性を見ることができる——未来予測だ」

 咳き込みながらデイヴィスがゆっくりと話す。血が喉に張り付く不快な音。それよりも彼の言葉をこれ以上聞きたくなかった。


「ただコイツを使うためのコストも高い⋯⋯使いすぎれば分かるだろう?」

 CCの暴走。OGRE化。

「流石、アカデミー出身は博学でいらっしゃる。予備心臓で寿命もまだ三十分ばかしある。今の俺でも暴れたらGMTCに載っちまう」

 ——だから俺を殺せ。


 デイヴィスの左目から筋が顔に広がっていく。侵食は少しずつだが、決して止まらない。

 無理やり右手に銃を握らされる。同時に強くなる銃身の光条。スマートレンズのHUDにポップアップが表示された。


 Transferring Root Privileges... From: Davis Nash (ID: UNKNOWN) To: Zeke Dallas (ID: INFINITY)

 ...Success. Welcome, Admin.


 滑らかで心地よい重さ。この手にどこまでもフィットする。


「使い方は銃が教えてくれる。困ったら大好きなナオミを頼れ」

 何勝手に言ってるんだ。撃つわけがないだろう。大丈夫だ。今ナオミを呼び出してるからな⋯⋯くそあいつ、出やしねぇ。


「ジーク」

 きっと能天気に中間層まで散歩に行ってやがるんだ、くそ。大事な時に!


「ジーク!」

 ガラガラ声。思わず身をすくめ、デイヴィスを見て息を飲む。

 顔の殆どが筋に侵され、ところどころ引きついている。口に咥えたタバコも保てないのか、首の横に落ちていた。

 その目で俺を見ないでくれ。


「い、嫌だ⋯⋯嫌だ! 死ぬなよデイヴィス! 置いてくなよ!」

 その時だった。脳内にノイズが走る。さっきの、誰かと繋がる感覚——デイヴィス。

 彼の左目と俺が右手に持つ”Amor”が金色を介して繋がっている。


『⋯⋯泣くな、バカ犬』

 声じゃない。意識。直接、脳に響くデイヴィスの声。原理も理屈も分からない。ただ、今俺は彼と繋がっている。


 右手が勝手に動く。俺の意志じゃない。いや、俺の意志に反して動いている。

 ”Amor”の銃口が、ゆっくりと、しかし確実にデイヴィスの頭へと向けられる。


「やめろ⋯⋯! やめてくれ!」

 俺は叫ぶ。だが、指はトリガーにかかったまま。やめろ、俺の言う事を聞けよ! 俺を支配するな!

 拮抗。指がトリガーを引く動きと銃を離そうとする力がせめぎ合う。

 

 やめろと目で訴える。だが目と目があった瞬間、デイヴィスの全てが俺に流れ込んできた——愛。


 デイヴィスの目が、穏やかに細められた。眼帯のない左目、今は煌々と青に輝く義眼の奥にある、確かな優しい光。


『⋯⋯なるほど。”Project Helix”⋯⋯CCによる統合と制御⋯⋯』

 彼の思考が流れ込んでくる。死の間際、彼は真理の一端に触れていた。


『オーバーロード⋯⋯。一体化⋯⋯そういうことか』

 銃口越しに、彼の鼓動が伝わってくる。トクン、トクン、と弱々しく、しかし確かに。

 デイヴィスは俺を見ていない。見てるのはその奥。


『安心しろ。最後の銃弾は頭が吹っ飛ばないよう調整してある⋯⋯錆びついたキスみたいなもんだ』


 デイヴィスの焦点が、俺に戻った。


『トリガーは引くな、絞れ』


 パンッ。


 予想以上に小さな乾いた音が雨音に消える。

 右手に残ったのは優しい反動と、どこまでも重い”Amor”。

 雨は止みそうにない。


  ◇2327年9月20日(日)14:15


「⋯⋯ジーク」


 聞き慣れた声。顔だけ振り返ると、そこにはナオミがいた。お前、どこにいたんだよ。こっちは大変だったんだぞ。

 いつもの白衣は雨に濡れ、手には大きな医療ケースを持っている。きっと騒ぎを聞いて駆けつけたのだろう。俺も何回もコールしたしな。


 彼女は俺の前に横たわるデイヴィスを見て、一瞬顔を歪めたが、すぐに無表情に戻った。


「俺が殺したんだ」

「え?」

 搬送ドローンを展開し、デイヴィスの遺体を収めたナオミに言った。


「デイヴィス——俺が殺した」


 ナオミの視線が泳ぐ。俺の顔、右手に持つ”Amor”。顔が再び歪んだ。

 抱きしめられる。甘い香水と、消毒液と、地面から立ち上るカビの臭い。


「俺、壊すよ。ゴライアスも。CSFも。この街の全てを」

 俺は右手で残った愛を抱きしめた。

Ch.1はこれで一段落です。あとエピローグ2話あります。

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