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この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.1-4-2 愛と死

  ◇2327年9月20日(日)13:35


「⋯⋯総員、待機。手出しは無用」


 店前の道路が舞台に変わる。

 ゴライアスの声ひとつで、残った精鋭は引き金の理由を失い、観客に落ちた。邪魔をすればミンチになる。全員が、それだけは理解した。

 俺はデイヴィスが放った言葉に頭がパンクし、何も理解できないまま理外の戦いが始まった。


 消える二人。辛うじて目に残るのは、青と紅の残光だけ。一瞬も止まらない二色の線は、ノートにペンをめちゃくちゃに走らせた跡に見える。

 上下左右、前後。二人の動きは目まぐるしく、誰の目も追いつけない。戦場はもはや地面ではなく、ビルの壁、屋上、あらゆる面だった。


 青が先行し、紅が追いかける。雨音すら置き去りにし、空を占めるのは永遠に止まない爆発音と、金属同士がぶつかり合う悲鳴。


 それでも、見た。

 デイヴィスの靴底が瓦礫を踏み砕き、濡れたアスファルトが悲鳴を上げるのを。ゴライアスの刀が建物に触れ、さいの目に切られた壁が火花を散らし、雨とともに落ちるのを。

 刹那たりとも交わらない二色は間髪入れずに線に戻った。


 雨音でさえ、自重して鳴りを潜めている。今の光景とは釣り合わないと分かっているのだ。次元の違う暴力の応酬。音速を超えた鉄塊同士がぶつかり合い、その衝撃波が雨粒を弾き飛ばして、真空のドームを作る。

 砕かれ、断たれ、破壊されていく周囲。油断すると、余波でさえ命を落としかねない。


『⋯⋯すげぇ』

 マスク越しでも分かるアホ面でCSFが零す。歴戦の兵のCSFでさえ、二人の戦いは次元が違うと認め、俺に構うことなく見惚れている。


 その言葉に考えがまとまらない頭で同意と、誇りと、それを上回る不安。これはそもそも不安なのか? うまく言語化できない感情。そんなものは一切意に返さず、二人が止まった。上。俺がいた屋上。


「衰えたな。ジジイ」


 雨音さえも消し去った二人の舞台は、だからこそ遠くでもクリアに聞こえる。

 ゴライアスは雨で濡れているのと、何発かあたった弾丸が四肢の装甲を少し砕いているが、それ以外は普段と何も変わらない様子。その言葉は無表情の中に落胆を隠せていない。


「こちとら第三次成長期でな。変わらないものなんてこの世にありゃしねぇんだ」


 対照的に、デイヴィスは俺が今まで見たことのない姿。肩で息をし、スーツは破れ、銃創とは別の新しい切り傷が全身に走っている。劣勢。

 負けるのか。デイヴィスが?


 ゴライアスが右肩に刀を担ぎ、デイヴィスを中心に歩き出した。それは死地とは思えない軽さ。強者の余裕。


「お前に拾われたのが三十年前か。今でも夢に見るよ、お前との地獄の日々」

「はっ。天国の間違いだろ」


 デイヴィスは油断なくリロード。遠目からでも手がぶれて見える速度。

 ゴライアスが背後を取る。デイヴィスは振り向かない。


「ああ、天国でもあった。骨を砕き、砕かれ、肉を断ち、断たれ——魂を砕いた」

 一周。再び対峙する二人。刀がデイヴィスの顔に突きつけられる。


「CCIの活性を見、未来を捉えるお前の左目。奥の手を使ってこの程度か?」

 ゴライアスの顔が憐憫に歪む。


「なあ」

 気付けば目の前。


「あの時の冷酷で強くてかっこいい親父はどこだ?」


 ギャリっと異質な音が響く。紅く輝く刀を抑えるのは、同じ色をした死を冠す銃。少し刃が食い込んでるが、それでも耐えている。


「馬鹿力がッ!」

 デイヴィスが右手に持つ銃で応戦する。至近距離、初速は音速をはるかに超える弾丸の嵐を、それでもゴライアスは簡単に刀で防いだ。


「舐めるなよ、たかだか三十ちょっと生きたぐらいのガキが」

 青が深く、濃くなっていく。それは深海の色。光全てを吸収して最後に残る青。再び二色が走った。今度はさらにスピードを上げて。


 ボーッと見てる場合じゃない。働かない頭で考えろ、ジーク。お前は、俺は今何ができる?

 あいつがデイヴィスの息子かどうかなんてのはどうでもいいことだ。終わってから考えればいい。


 CSFはもはや俺を見ていない。

 この街の強さの象徴はより強い二者に惹かれている。それでも俺は油断はせず、包囲の内側を滑った。

 青と赤の残光が眩しすぎたのか、誰も俺というちっぽけな存在なんて気にもとめていない。


 少し離れた十字路に身を隠す。ここからならいざという時、逃走もできる——逃走? 

 この期に及んで? 敵が目の前にいるのに? 俺は動きの鈍い左腕を使って頭を叩いた。いてぇ。


 なに観客面してんだ。ここだ。今この時のために俺はスラムで一年やってきたんだ。思い出せ、あの地獄を。

 右手の銃を確かめる。リロードしたからフル装填。八発。あいつの頭は生身。生身ってことは当たれば死ぬ。道理だ。


 相変わらずの立体機動で線だけしか追えない二人。よく見ろ。人ができて俺にできないことはない。よく見るんだ。簡単だ。頭を狙って引き金を絞るだけ。あとはタイミングだ。


 俺は両手で銃を構え、その時を待った。左腕が青く光った。


  ◇2327年9月20日(日)13:38


 青の動きが鈍っている。ところどころ線でも影でもなく、ちゃんとデイヴィスとして見える時が出てきた。

 怪我のせい。工場で負った、左足の傷。血が雨に混じって灰色になって落ちている。いや、左腕、右脇腹、頬。全身から血が漏れ出ている。目と鼻からも。


 屋上から再び地上へ舞台を移したゴライアスが都合よく俺に背を向けて止まった。射程圏内。

 先程よりも装甲に痕は増えているが、生身の体に傷はない。止まったのは言葉を交わすためか、捕食者の驕りか。


 余裕こいてくれてありがとよ。俺は息をさらに潜めた。


「なぁジジイ。俺は悲しいよ。俺はお前をいつ殺せるか、ずっと待ってた。この十五年間ずっとだ」

 男が頭を振る。


「なぜ三十年前、俺を拾った? 懺悔か? 気まぐれか? そういう趣味か?」

 紅い瞳が燃える。


「まあいい。それはいいんだ。過去だからな。変えられないことを嘆いてもしょうがない。それにそれをひっくるめて俺はお前に感謝している——悲しいのはな、なぜ強いままのお前を殺さなかったか、という後悔だよ」

「減らず口を⋯⋯ッ!」


 デイヴィスが大きくバックステップを踏む。今までの動きのキレが、嘘みたいにゆっくりな動き。

 ゴライアスは一瞬で距離を詰め、刀を振り下ろす。回避は無理。デイヴィスは二丁の銃をクロスさせ、受け止めた。


「ぐ、ぅ⋯⋯!」

「相変わらず良い銃だ。そいつは俺の憧れだった」


 凄まじい金属音とともに、デイヴィスの膝が折れ、足元のアスファルトが陥没した。死の銃身は半ば断たれているが、その代わりに、この時だけ、ゴライアスの刀は使えない——今。

 場違いな爆発音。思い出したかのように俺の右肩から血が流れる。

 

 紅の瞳の下から、赤い雫が垂れた。俺の放った弾丸は僅かに顔を動かした男の左頬を抉っただけだった。

 流れ出る血をそのままに、男がゆっくりと振り向く。紅は深く、濃い。それは地獄の色。それが笑った。


 腹と背中に衝撃。内臓が上がり、胃液が口から吹き出る。

 蹴り飛ばされ、背中を壁に打ち付けたのだと分かったのは、腹にバカでかい足跡を見つけたからだった。遅れてくる痛みで涙が滲む。視界がフィルター越しで曖昧な中、耳だけは他の全てより澄んでる。

 

「哀れだな、ジジイ」

 ゴライアスが、嘲笑を含んだ声で言う。


「またかたわの野良犬を拾ったのか。かつての俺と同じように。またどうせすぐ逃がす——いや、逃げるくせに、な」

 その言葉で沸騰した。


「違う! デイヴィスは俺を助けてくれた! お前とは違う!」

 俺の叫びに、ゴライアスが片眉を釣り上げた。初めて見る人間的な感情。愉悦。


「助けた? 違う。ジジイは知っていた。”Project Helix”を。そしてお前のことも」

 そんなのは知ってる。それがどうした。


「聞いてなかったか? ジジイは、デイヴィスは集めていた——CCIが高い人間を。ガラスケースの中。あれは奴自身が集めたサンプルだ」


 世界から音が消えた。舌が喉に張り付き、呼吸を邪魔する。代わりに、口の中にざらついた生ぬるい苦みが広がった。

 その温もりは、本当なら今、両手に必要なはずなのに。奪われた熱によって、体が動かない。


 奴は今なんて言った? 何を言ったんだ?


 固まった俺を見下し、興味を無くした男が振り返る。

 見つめる先はデイヴィス。ズタボロの体。右腕も折れたのか、変な方向に曲がっている。

 男は言った。


「終わりにしよう」 

 どっちが先かは分からない。ただ男が言葉を放った直後、本当に終わっていた。


「ッ⋯⋯」

 デイヴィスの左胸を、紅い刃が盾にした左の銃ごと貫いている。


 死の名を冠した銃は真っ二つに断たれ、カランと音を立てて落ちた。

 デイヴィスの口から黒い血が流れる。死んでいる色。青い目も、輝きが失われ、光が鈍くなっていく。


 焦点が合わない目が一部始終を見ていた。死が断たれ、命が流れ出る最中。

 脳がそれを理解する前に、フラッシュバック——四つに別れた両親。

 喉の奥から、勝手に声がこぼれた。


 刹那のうちに世界が青に染まる。


 左腕が燃えていた。

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