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この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.1-3-10 ろくでもない計画

  ◇2327年9月20日(日)13:02


 座れ、ジーク。立ち話をするには長い。腐った話だ。


 第四層工業区画で暴動鎮圧の裏で、工場へ潜入したのが今回の俺の仕事だったことは知っているな。


 表向きは廃棄されたインプラント工場って話だが、あそこは工場なんかじゃなかった。生産ラインなんてのは飾りでレーンの一つもない。

 あったのは床下を這う極太の冷却パイプ、壁一面に明滅するサーバーラック、そして空気中に充満する、脳が焼けるようなオゾンの臭い。


 あそこはデータセンターだ。それも、メガコーポじゃなきゃ扱いきれないほどの桁外れなデータを処理するための、巨大なデータ収監所。


 俺はそこで、そこを根城にしていたギャングどもとCSFの戦い、いや虐殺を避けながら、センターの最奥で埃を被った一台のラップトップを見つけた。それ以外は全て破棄されてたが、そいつはゴミに紛れて見落とされてたらしい。


 セキュリティはザルだったが、データの大半は破損していた。だが、復元できたわずかな断片の中に、その名前があった——”Project Helix”。

 聞いたことがないだろう。その名のとおり”Helix Corp”が進めているクソッタレたなにかだ。


 俺は昔CSFにいた。お前との因縁はお前が俺の店の前で死にかけたもっと前からあったってことだ。


 CSF——”Contract Security Force”。国が力を失い、身の安全を自分自身で担保しなきゃならないこの街で、CSFは最後のセーフティーネット。金を持ってるやつしか相手にしない。


 そんなものが完全中立であるとおもうか? 流石にそこまで脳みそお花畑ではないか。


 そう、CSFはHelix Corpの子飼いだ。皆分かってても言わないだけ。命は惜しいからな。言いたいことが分かるか? 


 つまりHelix Corpは”街の治安維持”にかこつけて、やりたい放題できるってわけだ。

 ”トノヤマメディカル”も”Tiānqǐ”も奴らなりの武装部隊は擁しているが、表立って動けるわけじゃない。


 話が逸れたな。俺がCSFにいたって話だが、俺がいた部隊は陽のあたる場所じゃなかった。今も昔も変わらぬ日陰者。Corpの利益を損なう分子を排除し、都合の悪い真実を闇に葬るための暗部。

 

 部隊のナンバーもなく、ただ”ゼロ”と呼ばれていた。要は掃除屋だ。ただし街のためじゃなく、Corpのための、だがな。


 アンドロイドを使わないのか? フン、機械より人のほうが安い。それに人の過去は消せても、機械はクセや製造年月日で足が割れる可能性がある。いつだってやばい仕事は人がするもんだ。


 あれは十五年前か。いやもっと前かもしれん。この街で年を数えるなんてのは中間層以上のやつらの特権だ。


 俺は本社に呼び出された。CEOである”クラウス・ヘリックス”に直接。ありえないことじゃなかった。俺は当時のボスであるクラウスから数え切れないほど悪巧みを聞かされたからな。


 だが、本社で会話するのは初めてだった。暗部だからな。いつも会話する時は暗号通信か狭間のしけたバー。しかもほとんどは画面越し。


 だから俺は迷った。笑えるだろ? 迷うレベルの本社の広さ、複雑さ。まあ今考えると迷うように誘導されてたんだろう。

 悪魔が天使のふりして地獄に案内するようなもんだ。開くゲートはいつだって一つだった。俺のIDで、本来入れない場所であっても、な。


 気づけば俺は地下にいた。地下特別研究室。四重のセキュリティチェックにDNA登録。笑気ガスでも吸わされてて頭が働いてなかったんだろう。今思えばお前みたいなヘマをしちまったもんだ。


 そこで見た光景を俺は忘れない。冷たいブルーライトに照らされた無機質な回廊。その両脇に並ぶ、無数の円柱のガラスケース。

 中はナオミが好きそうな薬剤で満たされて緑に発光していた。空じゃなかった。死体が入ってた。いや、死体の一部、だな。脳。脊髄ごと引き抜かれた人間の脳髄が、緑の中で、まるで切れの悪いクソみたいに揺れてた。


 まあこのぐらいだったらスラムのどっかにもあるだろう。お前も見たことあるだろう? ただ奥に進むと違うものが見えた。


 人だ。傷一つないコーポ層でも見ないくらいの綺麗な人。それもバニラ——インプラント一つない体。それが数十人はいた。気色悪くて数えてはないが。

 見た限り老若男女、両性具有もいた。色も白黒黄色褐色、よりどりみどりだ。それが全員頭に電極が突き刺さり、声なき声を上げてた⋯⋯そう、生きてた。いや、生きているように見えた。藻掻いてたからな。


 流石の俺もおぞましくて吐き気がした。この手で首を掻っ切るよりも胸糞悪い感覚だ。時折やつら体を震わせて口から気泡がボコボコと出てきやがった。うがいみたいにな。

 音が聞こえないのが不幸中の幸いってやつだ。聞こえてたら俺でも二日はトラウマだったろう。


 俺はその光景を見て警戒態勢に入った。当たり前だろ? どう見ても”普通”じゃない。普通じゃないこの街で普通じゃないってことは”ヤバい”ってことだ。


 案の定、施設内にアラートが鳴り響いた。侵入者警報じゃない。「システム・オーバーロード」の警報。同時に計器が青いスパークを飛び散らして爆発。次の瞬間、ガラスが割れ、人⋯⋯OGRE化した奴らが暴れ始めた。二桁のOGREだ。ゾッとしないだろ?


 奴らは互いに喰らい合い、あるいは自分の頭を壁に打ち付けて砕き始めた。鮮血と脳漿が飛び散る中、俺は最奥のディスプレイに映る文字を見た。”Project Helix”。

 ——俺が知っているのはそれだけだ。


 だが、直感した。これは、ただの人体実験じゃない。もっと根源的で、取り返しのつかない何か。人間の魂そのものを書き換えようとするような、破壊的な計画だと。俺は逃げた。いや、見逃されたんだろう。


 ともかくアラートの混乱に乗じて、本社を出て、そのままCSFも抜けた。バックレってやつだ。それからずっと、俺は追われる身だ。まあ俺を追うバカは自殺志願者以外いないがな。


 だが、一年前。お前が俺の店の前で昼寝をしてた時、止まっていた歯車が動き出したのを感じた。


 お前は知らんだろうが、お前が寝ていた時、あの研究所と同じものを見た——青いスパーク。あの日、お前を拾ったのは気まぐれでも慈善活動でもない。運命なんて臭い言葉は使いたくないが、俺は確信した。お前こそが、あの計画の鍵であり、同時に奴らの喉元に突きつけられたナイフだと。


 ジーク。”Project Helix”は、きっとろくでもない計画だ。俺には分かる。ろくでもないことしかやってこなかったからな。それが霞むくらいのクソッタレな計画だ。


 そしてお前は、その中心にいる。奴らはお前を求めている。お前の無限のCCIを。なぜ奴らが一年もお前を放置していたかは分からない。俺もそこまでは探れなかった。


 ただ、今回第四層工業区画に行って分かった。計画は止まってない。いや止まらないのかもしれない。だからお前はいずれ選ばなければならない。抗うか、死か。


 だからこそ、もう一つ、話しておかなきゃならんことがある。お前の

トラウマの紅い目の男。あいつは⋯⋯あいつは——。


  ◇2327年9月20日(日)13:21


 続く言葉は、轟音にかき消された。予告なく放たれた横殴りの銃弾の雨が、店の強化ガラスを叩く音。ロケット砲にも耐えうるガラスは、しかし絶え間ない雨によって消えない痕が刻まれていく。


『警告。敵性反応多数。包囲されています』

 室内のセキュリティシステムが、無機質な警告音を上げる。

 デイヴィスが、すぐにディスプレイであらゆる角度から設置したカメラを確認し、言った。


「噂をすればなんとやらだな」

 デイヴィスは慌てない。グラスの残りを流し込み、灰皿からシケモクを取り出し口にくわえると、その手に”Amor(愛)”と”Mori(死)”を掴んだ。対軍殲滅兵器。


「残りは生き延びたら教えてやる」

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