Ch.1-3-8 パンツも(2/2)
◇2327年9月19日(土)17:51
「今すぐ服を脱いで診察台にあがって」
クリニックに入って開口一番ナオミに言われる。その顔は呆れが八、心配が二だ。
大人しくパンツ一枚になり、リクライニングチェア型の診察台に腰掛けた。
「パンツもよ」
「え?」
当たり前のように言われ聞き返す。パンクの効き過ぎで耳がイカれちまったのか?
ナオミの顔が呆れを十にして言った。
「ちゃんと全身診てあげるから脱げっていってるの。あなたのソーセージに興味はないから安心して」
タオルを受け取る。そこだけ隠せということだろう。少し小さいぞ。
俺は釈然としないままパンツも脱いだ。
「はい、いいコ。目立った外傷は右肩と左腿ね。頬も切れてるけど、問題はなさそう。左腿は⋯⋯二発か。銃弾は抜けた?」
「分からない。ただ一発は拳銃だったから中にまだ残ってるかも」
「うつ伏せになって」
言われたとおり体を返す。腿が台と擦れた時、思わず声が出た。
「貫通はしてないわね。ぱぱっと弾取っちゃいましょう。まずはレントゲン撮るから」
本当に手術はぱっと終わった。
◇
「あとは万能細胞シールを傷口に貼って、今日いっぱい治療ポッドに入れば一週間で治るでしょ。にしても結構やられたのね?」
ナオミが手際よく処置をしながら苦戦の理由を聞いてくる。
「コストラーデの薔薇付きが手下と野良犬を連れてた。この程度で済んでラッキーじゃないか?」
「えー、幹部が出張ってきたの? どんなミッションよ」
「末端の末端だろうけどな。つーか言えるわけ無いだろ。そんなことしたら今度はミヤケに狙われるわ」
軽口をたたきながらもナオミの手は止まらない。
ただ、その手が俺の左腕に触れる前、一瞬だけ俺の股間に乗せられたタオルに視線を走らせたのを俺は見逃さなかった。興味なくはねえじゃねえか。
ナオミの右手が工具となり、左腕のメンテナンスハッチが開けられる。メガネで診断をしてるのだろう。大量のログが流れているのが見えた。
開口部にあるポートにナオミの左手から伸びる端子がジャックインされる。脊髄に凍った水を流し込まれたような感覚で皮膚が泡立った。
同時に瞼の裏にフラッシュバックする光景——アドリア海、そして紅い目の男。目がチカチカする。
しばらくして軽く息を吐きながらジト目でナオミが言った。
「ジーク、あなたやったわね」
「何を」
「インジェクションプローブ! 雑に使いすぎて神経ズタボロ! もうオーバーホールもきかないかも。新しいインプラントにしたほうが良いかもよ」
予想していた言葉。
左腕を見下ろす。もうこいつは俺の左腕ではない。
愛着はある。この一年、この腕にどれだけ救われたことか。何よりデイヴィスからもらった誕生日プレゼントだ。
だが動きが鈍い。手を丸めようと意識して、それがなされるのに一秒弱かかってる。生きるためには不便どころか致命的だ。
診察が終わったのか、ナオミが立ち上がる。デスクでゴソゴソしたかと思うと、ボスっとタブレットが投げられた。
「カタログ。既製品ならやっぱりHelix製が良いと思うわ——いや、あなただったら、バイオハイブリッドにしたら?」
その代わりお高いけど、と指を擦る下品な仕草でナオミが言った。
バイオハイブリッドか⋯⋯。着用者のゲノムに合わせた完全特化インプラント。使ってるのはコーポ層にいるやつらぐらい。
問題は金だ。今見てるカタログでも大分背伸びをしなきゃいけない。
新たな悩みに頭を掻きつつ、俺は気になっていたことを聞いた。
「なぁ、ナオミ。言ってなかったんだけど、今日コストラーデに左腕を撃たれた時、そいつと繋がる感覚があったんだ。なんていうかファイバーで物理的に。そこから撃った奴の記憶っぽいものが俺に流れてきて⋯⋯気付いたら周りにいたやつも全員倒れてた」
そんなことって起こり得るのか? と聞こうとしたが、気付くと目の前にナオミの顔がドアップで映り、思わず口をつぐんだ。
「——撃った奴と繋がって記憶が流れてきた?」
顔にかかっているメガネが秘匿モードになっており、目は見えない。
「あ、ああ。奴らイタリア系だろ? 俺は行ったことがないのにアドリア海や陽射しまで体験したんだ」
ナオミが俺から離れ、何やら考え込みながらぶつくさ呟く。
それは俺に対してではなく、自問自答しているかのよう。
「理論上はありえる⋯⋯。撃った弾がスマートバレットであればネットワーク経由で繋がれるし、CCIで無理やり頭をハックすることもできる⋯⋯。でも、他者とだなんてそんな⋯⋯自我の境界線は——?」
「ナオミ?」
ゆっくりとこちらを向く顔。何かイタズラを企む悪い顔だ。
「ジーク、私と寝てみる?」
「は!?」
慌てる俺を見て腹を抑えながらケラケラ笑うナオミ。
「冗談よ。ただあなたの無限のCCIなら、モノだけじゃなくて他の人と一体化することも不可能ではないと思うわ——だからあなたとえっちしたらどうなるか気になっただけ」
文字通り一体化ね、と下品に笑うナオミ。俺の問いに答えず、からかわれて苛つく。
「冗談はよせ。俺はもう行くぞ」
後ろを向きながらパンツを履く。ズタボロになったズボンや上着を探すと、後ろから洗いざらしの上下一式が投げられた。
「デイヴィスのよ。多分サイズあうでしょ」
なんでデイヴィスのがここに? 顔に浮かんでいたのか、クスクス笑いながらナオミが俺の耳元で囁いた。
「安心して。デイヴィスと私、そんな関係じゃないから」
聞いてねーよ。俺は急いで着替えて出口に向かった。
ドアノブに手をかけた瞬間、ロックが掛かり、窓にもシャッターが降りる。出入りできない。
「おい、出られないだろ」
笑いはそのままに、ナオミが言った。
「今日はお泊り。言ったでしょ?」
部屋の奥の治療ポッドを指さしている。
俺はため息をついた。
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