Ch.1-3-8 パンツも(1/2)
◇2327年9月19日(土)15:51
目に見える殆どが明るい中間層を人目を避けつつ歩く。
今の俺は転がってたコストラーデからかっぱらった白スーツを着ている。だからなのか、あるいは右肩から滲んでいる血のせいなのか、すれ違う人からは露骨に距離を取られる。
ジロジロ見られるのも狭間までの我慢だ。
一年前は自分が住んでいた地域のはずなのに、中間層にいると肌が焼かれる感覚がする。マネキンみたいな連中。建物までコピーのように並び、どれも白すぎる。道も凸凹してないし、深呼吸をしても入ってくるのは何かの合成食品の匂い。
全てが癪に障る。
場所そのものは一年前と何も変わってない。なら変わったのは俺だ。
怒りってのは思ったより嵩張るらしい。少なくとも中間層には収まらない。
紅い瞳の男。CSFを久々に目の当たりにし、あの日のことが蘇った。いや、あの光景は常に頭の一番真ん中を陣取っているのだ。嫌でも常に視界に入るように。
ふと道路の向かいから騒ぎ声が耳に飛び込んできた。視線をやると男女四人組が目に入る。俺が通ってたアカデミーのロゴ付きのバッグを持っているのも見えた。
これから親に黙って狭間、実際は中間層のVRバーにスリリングな社会科見学にでも行くのだろう。男が強がってるのが分かる。
俺もかつて経験した思い出が蘇り、ちょっぴりおセンチな気分——にはならない。
俺はあの紅の瞳だけを見つめてる。少なくともあいつを殺すまで。
こちらまで聞こえる笑い声が少し傷口に響き、俺は歩く速度を上げた。
◇2327年9月19日(土)16:29
狭間に入った。ここまで来ると猥雑さがギアを二つ上げてくる。中間層より遥かに落ち着く。流石にこの場所で白スーツを着てると、勘違いされちまう。丸めて放ると、後ろで取り合いになる音が聞こえた。
ここでは落ちているゴミに、たまにお宝が紛れていたりする。この前なんてケイリンの三連複の万車券を見つけたこともあった。もちろん身の安全のためにも足元を見るのは必須だ。ジャンキーがトリップして落ちていることのほうが、万馬券の万倍は多い。
淀んだ空気で緊張が解けたのか、身に鉛のような疲労がのしかかる。 アドレナリンが切れ始め、麻痺していた痛覚が戻ってきた。左太腿の銃創が熱を持って脈打ち、右肩の肉が悲鳴を上げている。
左腕ももうだめだ。あのよくわからんスパークにやられたのか、動かそうとするとサーボモーターの異音とギギギという錆びつきが聞こえる。
満身創痍。ため息をつく。頑張ろう、あと少しだ。
気合を入れ直し、盗品やジャンクパーツが左右に立ち並ぶ狭間の闇市を歩き続ける。左腕のリプレースも考え、情報収集は欠かさない。
市の奥に行くに連れ、行き交う人の風貌も見慣れた姿に変わる。
前触れもなくあちこちに設置されたホログラム看板や、店のディスプレイが一斉にノイズを奏で始めた。
パッと画面が変わり、紫の髪をした二頭身の少女が映し出される。BGMは俺の心情とは真逆のお気楽な電子音楽が、周囲からシンクロして流れてきた。
『電脳の海からこんにヒナ! ウルトラハイパースーパーハッカー・ギー様のアシスタント、そしてみんなのアイドル! チャンヒナだぞっ☆』
目に映るディスプレイ、ホログラムの中でアニメチックな少女がアイドルのようなポーズを決めている。
ジャッキングだ。狭間やスラムではよくある風景。
乗っ取られた持ち主たちは、電源を抜く短気なやつもいるが、殆どはまたかと無視してる。
『今日はみんなに、ギー様からプレゼントだよ! なんとあの! Helix Corp本体の! セキュリティホールを見つけちゃったの! だから先着三名までに特別に教えちゃう! 教えて欲しい人はこの番号までTELをするのだ! あと、ついでにそこいらの裏帳簿も公開しちゃうぞ〜!』
読み上げられる番号に必死の形相でコールをかけるアホども。詐欺がなくならないわけだ。それだけ生きるのに必死ということでもある。
的屋の店主どもの会話が聞こえた。
「また”ギー”だぜ。ほら、あのハッカー集団の」
「”Ghost Carnival"か。愉快犯ばっかだろ?」
宣伝は終わったのか、チャンヒナなるヴァーチャルアイドルは単独ライブを始めている⋯⋯お前らけっこうノリノリなのかよ。
甲高い声と、ポップなBGM、意外といたのかファンの雄叫びを背に、俺はスラムへと向かった。
◇2327年9月19日(土)17:40
喧騒とともに境界線を越える。明確な線引きがあるわけじゃない。ただ空気が変わる。
鼻孔を突くのは、生ゴミと、安酒と、誰かの吐瀉物が混ざり合った強烈な悪臭。ベースは錆びついた鉄、オイル、そして焦げ。
腐敗し、それでいて泥臭い生命力に満ちた匂い。中間層のそれとは違う。
俺は大きく息を吸い込んだ。肺の奥まで、スラムの空気が満たしていく。不快だ。最悪の匂いだ。ただ良薬は口に苦し。落ち着く。
「⋯⋯帰ってきた」
俺は口元を歪めて笑った。ここが、俺の居場所だ。この電脳都市の最底辺。堕ちて、上がるしかない俺のホーム。
一旦帰るのもいいが、ここからならナオミのクリニックのほうが近い。俺はそのまま歩を進めた。心なしか足が軽い気がした。
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