Ch.1-3-6 二つで十分
◇2327年9月19日(土)10:22
俺達は狭間を抜け出し、中間層のカフェの最奥に入って時間を潰していた。スラムと狭間と中間層、明確な線引があるわけではない。
ただ、確かに変わるものがある。汗と油と鉄の臭いが薄まり、代わりに使い古された合成皮革と、カフェインを取るためだけのコーヒーの香りが鼻を突く。
行き交う人も無頼漢から、あか抜けた勤め人へ。グラデーションだが、ディスクのパーティションのように区分けは不可侵だ。
ここからランデブーポイントまで一ブロック。目と鼻の距離。
「はい、モーニングセットね」
体の大部分をクロームに置換したウェイトレスがオーダーしたディッシュを運んできた。
合成ブレッドの上に培養ベーコンと本物のスクランブルエッグ。半熟なところが良い。トマトを一切使っていないのに真っ赤なケチャップをぶちまけて食らう。
「タナカがすすめるだけあって、なかなかいい店だな」
「”クロームダイナー・エッグ&ベーコン”は外れないチェーンだからね。⋯⋯君はこんな時によくそんな食えるな。僕はもういいからやるよ」
くれるというなら遠慮なく。タナカがオーダーした、ボンドが固まったみたいな色のチーズが乗ったピザトーストをもらう。うん、これも美味い。
食べ続ける俺をコーヒーを飲みながら見ていたタナカが小声で言う。
「まだ襲撃はあると思うかい?」
口に物が入ってる時に話しかけるな。俺は発光するオレンジフレーバージュースでトーストを流し込んで一息ついてから言った。
「当たり前だろ。コストラーデは執念深いことで有名だし、クレイジードッグズは首輪の外れた犬どもだ。誰彼構わず噛みにくるぜ」
「ハハ、そうだよね」と、乾いた笑いを漏らすタナカ。コーヒーの水面に立つのはさざ波。少しは慣れてきたようだ。諦めとも言う。
俺は追加のオーダーのために、カウンター上のメニューディスプレイを見ようと身を乗り出した。
ちょうどそのタイミングで、GMTCがGALACTICA特集からAA教について報道を切り替えたのが目に入った。ホログラムの調子が悪いのか、少しノイズが混じる。
『グッドモーニング、ザ・シティ! 本日はAA教の支部に来ています! あ、早速教祖の姿が見えました!』
画面に映し出されたのは、そこだけカットしたかのように白く、清潔な、シティに似合わぬ石造りの神殿。
一人の男が出てきた。長身痩躯で髪が長い。腰まで届きそうなほど。穏やかな顔をしており、その体にインプラントは一つもなく、白いローブが風に揺れている。
「AA教いいよねぇ。何がいいって獣属性っていうのがイイ」
タナカが片肘をつきながらごちた。
「体を電脳とつなぐんじゃなくて、動物の遺伝子を取り入れるんだっけか?」
「融合と共存! 一時期本気で入信考えたんだ」
誇らしげに胸を張るタナカを無視する。
手を振りながら進む教祖様に信者がワラワラとそれに続く。
ふと、その中の一人に目が止まった。
ホログラムのノイズがほどけ、実際に目の前にいるかのように映像が鮮明になる。
金色の髪。ガラス細工のように滑らかな肌。年齢は俺と同じくらいか。その瞳には何の感情の色もない。まるで金持ちが道楽で作らせたビスクドール。少女がカメラを見据える。
その瞳が俺を射抜いた。
ドクン、と。心臓が高鳴る。
いや、そんなはずはない。これは一方的な放送だ。何億人もが見ている映像信号の一つに過ぎない。
目を見開く。彼女の目も少し開いた気がする。
いやいやいや。バカな。たまたま買った服が同級生と被ったくらいの偶然。きっと疲れてるんだろう。俺は目頭をもんだ。
「うひょぉお! 猫耳! 犬耳!」
タナカの声で現実に引き戻される。
ホログラムの画面はノイズ混じり。既に少女は群衆に溶け、流れ行く信者を映していた。
その群れは人の体に動物のパーツを移植した獣人たちだ。この街ではあまり見ないが、AA教が盛んな都市ではむしろインプラントを入れている方が稀らしい。
「目立つからやめろ」
気色悪いタナカを黙らせ、先程の少女の顔を反芻する⋯⋯違う。網膜に焼き付いて離れない。ツラも良かったが、それ以上の何かが引っかかった。
俺は追加のクロックムッシュを頼んだ。タナカがため息混じりに言った。
「三つも食うのか。二つで十分だろ」
◇2327年9月19日(土)11:57
指定されたポイント、C-四区画。”Yakitori-Bar 壱心”の前。少し前から通りの反対側で様子を伺っているが、影一つない。
カメレオンウェアでもあれば、堂々と店の前で待つことができるが、今の俺では高くて手が出せない。だから物陰に潜んで待つしかなかった。
えてして待ち合わせというのは遅れて来られるというものだ。
⋯⋯いや、本当にそうか?
軽い胸騒ぎがする。ポケットにいつも入れている鍵が入っていないかもしれないという感覚。こういう時は直感を信じたほうがいい。
周囲を警戒しつつ、タナカに言った。
「タナカ、ケータイの電源入れろ」
「え、でも追跡が——」
「いいから」
端末が起動する。同時に暗号通信でポップアップが浮かんだ。
『監視探知。場所変更。C-七区画建設現場。12:10』
三ブロック先。走っても一ブロック三分はかかる。バイクももうない。狭間ならともかく、中間層での盗みは民間警護に目をつけられる。
くそ。いや、直感を信じてよかった。
「走るぞ、タナカ——走りながらでいいから、ここに連絡しろ」
◇2327年9月19日(土)12:06
ブロックの数字が上がるにつれて、狭間へと近づく。つまり人が少なくなっていく。襲撃にはもってこいだ。
大通りを左に折れて人気のない建設予定地に入る。作りかけのビル群が、左右に墓標のように立ち並んでいるエリア。建設用ロボとドローンたちだけが黙々と資材を運んでいる以外、音がしない。静かすぎる。
小走りをやめ、俺は左腕で銃を取り出した。マガジンチェック。装填八、スペアマガジンとバラで九、合計十七発。心許ないがしょうがない。
タナカが両手を膝につき、喘ぎながら言った。
「はぁ、はぁ⋯⋯こ、ここを抜ければ⋯⋯」
そう、目的地は見えてる。少し行ったところが、新たに指定された目的地。あと百メートル。
急ぐぞ、という言葉を発しようとした時、俺のスマートレンズが視覚野に直接アラートを上げた。
”WARNING:Hostile intent detected”
”Range:360 degrees”
レッドランプ。前からだけじゃない。左右、後ろ、全方位。
点の数も多くて見きれないが、二十は下らない。
「伏せろ!」
タナカをタックする形で抱きかかえ、強引に左の建設中のビルの中へ飛び込む。
直後、俺たちが立っていた場所を、爆音のスネアドラムのロール音と共に数多の銃弾が通り抜けた。
右側の射撃は打ちっぱなしの柱が盾になった。左側は二階からの射撃だったから、角度的に当たらない。ただ階段から敵が降りてくる足音がする。
「ヒッ!?」
「囲まれてる。⋯⋯やっぱりな、最後のお出ましだ」
敵の数、配置、装備は不明。
俺の装備は残弾十七発の拳銃のみ。しかもタナカというお荷物つき。
タイムリミットは一八〇秒。
これが殲滅戦なら無理だった。でも今回の勝利条件は荷物を無傷でデリバリーするだけ。
セーフティーを外す。
顔面真っ青なタナカに向き直って言った。
「Easy peasy lemon squeezeだ。任せろ」
癪だがイメージはデイヴィスだ。
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