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この電脳都市に錆びついたキスを 〜スラムに落ちた俺は、測定不能の「力」で支配者たちに反逆する〜  作者: 愛上おかき


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16/22

Ch.1-3-5 BPM二五〇

  ◇2327年9月19日(土)04:13


 スラムの隘路を駆け巡る。日々拡張、閉鎖を繰り返しているスラムの小路は、バイクでなければ追跡は難しいだろう。

 案の定後ろから数台のバイクと高速機動ドローンが追いかけてきた。


 ⋯⋯興が乗らない。今の俺はスプリンターだ。小刻みに細い道を曲がるのは苦手ではないが、得意でもない。だから追手をそこまで突き放せない。

 思考操作でHUDに地図を表示させる。引き渡し場所をピン刺しし、そこまでの経路を探る。⋯⋯これだ、湾岸バイパスからアウトバーンで突っ走る大回りルート。


「曲がるぞ!」

「ひいぃいい!!」

 タナカがアバターの腰を思いっきり抱きしめる。次はナオミを乗せよう。

 入り組んだ道を抜け、俺は永遠に拡張工事をし続けている湾岸バイパスへと踊り出た。

 流れていたネオン看板の風景が一旦落ち着く。そのまま追手と付かず離れずをキープしたまま、アウトバーンへファスナー合流。


 左手にシティの中心が見える。この体ならあっという間だ。

 地面は整備されずひび割れたアスファルト。だが、アウトバーンはほぼ直線。俺にとっては、最高の滑走路。


 ノってきた俺を妨げたのは、クラシックと同じくらい古ぼけた四つ打ちユーロビートのせい。ドライブミュージックの定番だが、俺にとってはブレーキにしかならない。

 俺はアガるために管理システムへ没入する。


「お、おい! どんどん後ろから近づいてきてるぞ!!」

 知ってるよ。今忙しいんだ。

 俺はOSのオーディオプレイリストを開いた。

 前の持ち主の履歴が表示される。

 SUPER EUROBEAT 2320。趣味が良いとは言えないな。電子音だけの軽薄なパラパラサウンド。せっかくのイケてるバイクのタイヤが腐りそうだ。

 俺は星付きプレイリストを即座にゴミ箱へ放り込み、クラウドからお気に入りの局を選んだ。指向性スピーカーはライダーだけでなく、周囲の空気を震わせ、存在を主張する。動くライブ会場だ。


 流したのは、BPM二五〇を超える”ニューロ・スラッシュ”。

 歪みきった生ギターの轟音と、薬物中毒のドラマーがアドリブで叩きまくる不規則なビート。心臓発作を起こすリズムが、俺の加速本能に火をつける。これだよこれ!


 俺自身から爆音が響く感覚。勢いそのままでフルスロットル。

 エンジンの重低音が音楽に加わり、気付けばすぐ後ろに迫っていた追手——いつの間にか車も増えてる——を、一気に引き離した。

 おっと、銃弾がアバターをかすった。痛覚フィードバックは遮断と。


「ぎゃああああ! 死ぬ! 速い! うるさい! 死ぬぅうう!」

 背中でタナカが何か喚いているが、爆音のギターリフがかき消してくれた。今の俺に必要なのは、この殺意に満ちたグルーヴと、速さだけだ。


 手首の角度がコンマ一度変わるだけで、股下のエンジンが爆発的な加速を生み出す。

 時速一五〇キロ、二〇〇キロ、二五〇キロ――。  

 景色が流れる線となり、いつの間にか降り出した雨粒が弾丸のようにカウルを叩く。熱い体に心地良い。

 生身なら恐怖で体がすくむ速度だが、今の俺にはスコアでしかない。ボーナスポイントは撃墜数だ。

 後方、距離五〇メートル。この速度だと一秒にも満たない距離。

 食らいついてくるのは、コストラーデの黒塗りSUV二台にドローン四機。それにクレイジードッグズの改造バイク部隊、六台。

 さすがはスラムの帝王と呼ばれるだけはある。リミッターカットしたエンジンで猛追してきた。クレイジードッグズは元から頭のネジ三本外れた奴らだ。本能が退化して恐怖を感じないノータリンに違いない。


「いやああぁああ! あたる、あたるぅ!!」

 間抜けなタナカの悲鳴はボーカルだ。

 破砕音が響く。SUVのサンルーフから身を乗り出した男が、アサルトライフルを乱射しているのだ。時々アスファルトを削ってその欠片が体に当たって跳ね返る。

 止むことのない弾丸が雨の夜を切り裂いて迫る。


 ――予測演算、開始。


 全方位視界の前と後ろにだけ集中する。超高性能カメラが、銃口から伸びる予測弾道線をHUDに描いた。あとは路面の滑りやすさ、風の抵抗、諸々を含めて微調整がされる。複数の赤い死線。


 全て、見えてる。


 俺は車体をわずかに右へ傾け、二発の銃弾を頭の数センチ横でやり過ごした。タナカの髪が少し巻き込まれたのはサービスだ。


「ヒィッ!?」

「舌を噛むぞ。しっかり掴まってろ」

 ギアを五から三速まで落とし、あえて速度を緩めた。二六八キロから一〇九キロ。

 敵のバイク部隊が、好機と見て左右から挟み込みにかかる。

 左からはハンドガンを構えるモヒカン。右からはバールのようなものを投げようとするヘルメット。そのアイディアいただき。


 俺はジャケットのポケットにある左腕用のパージクリーナーのスプレー缶を取り出した。後で使おうと思ってたやつだ。

 モヒカンが片手運転で照準が合わない内に、俺の左腕が弾道計算に従って無造作に缶を放る。演算違わず、ホイールに吸い込まれ、回転が急停止。


 必然、意図せぬジャックナイフをモヒカンは披露し、そのまま頭から地面に叩きつけられた。巻き込まれる二台のバイク。熱風が頬を撫でた。

 気付くと右のヘルメットが振りかぶってる。

 ちょっと遅かったな。

 俺の左手はすでに銃を構えてる。


 激しいニューロ・スラッシュに重低音が一つ加わった。バッテリーに引火したのか、俺の後方で炎上したバイクに車一台とドローン三機が巻き込まれ、爆発。美しい破壊の連鎖。

 

 あと、四機。

 まだ終わらない。距離にしてわずか百メートル。

 生き残ったもう一台のSUVが、炎の壁を突き破って突っ込んでくる。 バンパーには軍用の衝角が溶接されている。接触イコール死。

 射程圏内に入ったのか、ドローンも機関銃が飛び出て掃射の準備。

 ―—問題はない。俺は今、何だ?


 ニヤリと笑った。  

 アクセル全開。唸ったエンジンを更に燃やすためにクラッチ、シフト、更にアクセル。四速。

 敵との距離は百メートルから百五十メートルへ。

 

 もう一度クラッチ、シフト、アクセル。モーターがまだまだと煽る。五速。

 とどめの一撃。トップギアの六速。


 もうスラッシュもタナカの喚き声も聞こえない。後方に点となった敵の、驚愕に凍りついた顔が見えた気がした。


 時速三四九キロ。

 隼が鳴いた。

 

「最高だ。脳が焼き切れるほどにな」

 俺は敵を後方の彼方へ置き去りにし、アウトバーンを駆け抜けた。


  ◇2327年9月19日(土)08:50


 シティの外周を大回りし、完全に追手を振り切った頃には、完全に日が昇り、朝になっていた。雨は既にやんでいる。

 引き渡し場所近くの中間層手前の狭間にある、高架下へ滑り込んだ。 急ブレーキ。タイヤが白煙を上げ、焦げたゴムの臭いが鼻をつく。


 俺はシートの上で息を吐き、接続解除のコマンドを脳内で叩いた。


 [SYS] Disconnecting host…

 [LOG] Session closed. No Error.


 バイクのOSから抜け出す。有限であり、無限の電子の湖からポリゴンが浮かび上がるように意識が肉体に戻ってきた。

 全方位の視界が消え、顔正面のみの視野に移る。エンジンの回転が消え、毎分六十回ビートの心音が刻まれる。

 軽い目眩。朝日が目に染みただけだ。軽く頭を振る。それだけだ。全てがシームレス。強いて言えばケツが少し痛いだけ。

 バイクは接続を切った瞬間、元の持ち主の元へ自走していった。


「じ、地面だ⋯⋯。生きてる⋯⋯僕は生きてるぞぉおおぉ!!」

 後ろのタナカは、地面に転がり落ちて、駄々をこねる子どものように地面を転がっている。まだ完全に安全ではないというのに逃げ延びたかのようなテンションだ。

 追手の気配もないのでしばらく放置していると、俺を宇宙人を見る目で見上げていることに気付いた。


「そういえば、君⋯⋯平気、なのか?」

 息も絶え絶えにタナカが聞いてくる。その声の震えは呼吸のせいなのかそれ以外なのか分からない。


「何がだ?」

「今のバイクとの”直結”だよ⋯⋯。他人のデバイスをハックして、あれだけの機能を使ったんだ。シンクロレートも⋯⋯いや、それ以上に、フィードバックで普通しばらく動けないだろ」


 流石にここまで間近で見ると気付かれるか。

 普通だったらタナカの言うとおりだ。神経接続でデバイスと一体化すれば、ジャックアウト時に強烈なフィードバックが起きる。

 自分の手足の長さや感覚が狂い、最悪の場合、自分が人間なのか機械なのか認識できなくなり、発狂する——OGRE化。

 ましてや、あれだけの高速戦闘だ。脳が焼き切れてもおかしくない。

 

 ただ俺は普通じゃない——無限のCCIを持っている。

 だからなのか、俺は全てのデバイスを受けいれ、デバイスも俺の全てを受け入れてくれる。ジャックアウトしても何事もなく肉体に戻れる。

 まるで、手袋を脱ぐように。


 デイヴィスとナオミとの特訓でそれが分かってからは、あらゆるデバイスと一体化をさせられたものだ。ナオミが形而上学がどうたらこうたらと講釈たれていたのを思い出す。


「君は”ロックの記憶説”を知ってるか?」

 タナカがうわごとのように呟いた。俺は首を横に振る。


「テセウスの船と同じさ。あちらはモノでこちらは意識だけど。

 あるところに王子と普通の少年がいた。もし王子の意識が少年に乗り移ったら、その少年は王子と言えるのか? って話だ」

「そりゃ言えるだろ。中身が王子なら」

 俺の相槌に頷く。


「僕もそう思う。そして元の体は王子でも、意識が、魂がない。だから王子とは言えない」

 タナカの視線が、俺の顔、左腕、そして最後に俺の心臓のあたりを彷徨った。


「ジーク、君はバイクと一体化した。そのままバイクから離脱しなければ、君はバイクのままだった——いや、バイクが君だった。しかも最初からそうだったかのように」

 君は何者なんだ?


 恐れ、好奇心、信仰。そのどれでもあり、どれでもない感情をたたえてタナカが漏らした。

 あまりにも的外れな問いに、俺は鼻で笑った。

 俺が何者かって? そんなの一つに決まってるだろう。


「お前のボディーガードだ」

 今は、な。

 俺はそれ以上何も言わず、高架下を見上げた。雨の残りが時々落ちてくる。

 左腕のインプラントは何も言わない。

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