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この電脳都市に錆びついたキスを 〜スラムに落ちた俺は、測定不能の「力」で支配者たちに反逆する〜  作者: 愛上おかき


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Ch.1-3-4 楽しいドライブの始まり

  ◇2327年9月18日(金)19:05


 狭間の安モーテルは、スラムにしては匂いが薄く、過ごしやすい。

 乾いた洗剤と、安い芳香剤で誤魔化した中間層の真似事。

 今の俺たちには、それで十分だった。


 クレイジードッグズの襲撃はその後も散発的にあった。どれも統制は取れておらず、問題なく撃退。

 ただ奴らの間で俺等の情報が流されているのは間違いないだろう。こういう時に頼れるハッカーがいれば情報撹乱できて楽なのに。


 コストラーデは初日の襲撃以外、姿を現していない。もともと自分たちの縄張り以外からはあまり出たがらない臆病なネズミどもだ。ただ、このまま何事もなく、とはいかないだろう。


 このモーテルは良い。清潔感はもちろんだが、カメラが至る所に付いてるから、俺も相乗りして視界をハックさせてもらってる。

 タナカは襲撃のたびに震えていたが、今は落ち着いている。最初に躾が効いたらしく、俺をボスと認めているのが分かる。いい気分だ。

 今はベッドの上で、失った獣耳VRの代わりのアダルトパッケージを見ながら、ムフムフ言っている。⋯⋯意外と図太いのかもしれない。


 俺はスマートレンズで監視カメラの画像をチェックしつつ、左腕のメンテナンスに取り掛かった。

 二時間前の最後の戦闘からサーボモーターから少し異音がする。油を差し、接触不良の回路をバイパスする。人間というよりは、中古車の修理。


 響き渡る悲鳴、怒声、媚声といった、スラムのBGMを聞きながら、作業を続ける。安モーテルだ。防音性はない。

 今のところは平和だ。


  ◇2327年9月19日(土)04:01


 ”!!WARNING!!, !!WARNING!!, !!WARNING!!, !!WARNING!!”

 脳内を埋め尽くすアラートで覚醒する。

 接続していた監視カメラの映像が全て遮断され、見えなくなっている。襲撃だ。


「起きろ、タナカ。追手が来た」

 小声でタナカを起こすが、VRセットを付けたまま、眠りから覚めない。左腕で軽く小突くと、ようやく目を開けた。

「な、何事!?」

 大声を上げたため、もう一度左腕でタナカを小突くと大げさに頭をおさえた。左腕は鋼の塊ということを忘れてた。


「モーテルの監視カメラは全て切られた。俺がゴミに偽装したカメラはバレてない」

 こういう細やかな配慮が生死を分ける。


「本丸だ。コストラーデがおいでなすった。見える範囲で四人。全員SMGを持ってる」

 タナカが別の意味で頭を抱えてぼやき始める。

 俺は無視して続ける。


「説明した通りに動け。ここからは時間との戦いだ」

 引き渡しまであと八時間。ここからが本番だろう。俺はバオバブ味のコーラを一気飲みし、気合を入れた。

 生き残ったカメラの画面に映るのは、追っ手が部屋のドア前に陣取り、SMGを構え用とする姿——今!


「飛べ!」

「ああぁああぁもうどうにでもなれええぇええ!!」

 開け放った窓から飛び降りるのと、部屋が銃弾に蹂躙されるのは、ほぼ同時だった。ただ俺達のほうが少しだけ速い。

 モーテルの二階から停めてあった車に着地する。なんだ、タナカも意外とやるじゃないか。

 銃弾の群れは俺達を見失って、深夜のスラムに消えていった。


 周りを見渡す。道路には二台のセダンが停まってる。中の白スーツの影が慌てて通信しているのが見えた。やっぱりいやがった。ここからはかくれんぼじゃない。鬼ごっこだ。


 両足を広げ、両手で銃を構える。そのまま四連続射撃。

 鼓膜ではなく腹を突き破る重低音がスラムの演奏に加わった。

 狙ったのは二台の車のタイヤと運転席。もうあれはただの箱だ。


 もといた部屋を見上げる。置き土産の催涙ガスが気に入ったらしく、追手はまだ見えない。ただそんな余裕はないだろう。

 いつものポーズで踞るタナカの襟を持ち立たせる。


「行くぞ」

 早歩きで路地裏に入り、歩きながらマガジンに装填をする。残り十八発。

 一本道の終わりに近づいたところで後ろから罵声が飛んできた。


「いたぞ! タナカだ!」

 声がするより早く、近くにあったコンテナ型の大型ゴミ箱を左腕で射線に置く。


「走れタナカ! 荷物は捨てろ!」

「ひ、ひぃいい!」

 直後、鉛と鉄がぶつかる甲高い音。ギリギリセーフ⋯⋯ではなかった。銃弾が右の肩辺りを掠ったのか、血が出ている。幸い軽症だ。痛みもない。俺のジャケットの防弾性能でも防ぎきれないか。これはちょっと良くない。

 俺の怪我を見てわかりやすく動揺しているタナカの背を押し、丁字路に出た。


「ジ、ジーク⋯⋯。君、怪我を⋯⋯」

 抜けた道の先は片側二車線。広い。隠れるものがない。後ろからはドローンの羽音。どうする!?

 左には何も無い。右は——これだ!


  ◇


 なんで俺がこんなことになるんだ! メガコーポの系列でそれなりに真面目に働いていただけなのに! ほんのちょっとVRで借金をしただけじゃないか。あの獣耳VRはそれだけの価値があるんだ!

 なのに債鬼め、よりによってスラムのギャングに俺を売るなんて。


 ああ、もうお終いだ。ボディガードを寄越すっていったが、蓋を開けてみれば、タダのガキ。いや、タダのガキではなかったが、それももう怪我してる。終わりだ。ああ、どうせ死ぬなら本物の獣耳と——。


「来い! タナカ!」

 現実逃避していた頭が発砲音と呼ぶ声によって現実に引き戻された。

 焦点の合わない目で声のした方を向くと、ガキがバイクに跨ってエンジンをいじくってる。タイヤの横には外れたロックが転がっており、アラームが響き渡っていた。


 こいつは往年の名車、”FALCON S/3”じゃないか! 

 巨大なカウルの側面に、東洋の島国で”速さの神”と崇められた鳥の名象形文字――”隼”の刻印。

 鎧兜を模した重厚なフロントマスクの奥で、縦に並んだ二眼のヘッド ライトが、獲物を睨むように鈍く光っている。

 最新の反重力ビークルにはない、圧倒的な質量と威圧感。

 なんでこんな良いバイクがこんなスラムに?

 学生時代にモトクロスをやってた頃の記憶と知識が瞬時に蘇るが、今はそんな時じゃなかった。


「き、君のなのか?」

「いや、借りた」

 か、借りたって⋯⋯。

「カ、カギがないじゃないか! 動かないだろう! 本人認証もできないし!」

「そんなまどろっこしいことはしない」


 後ろから死神が近づいてくるのを感じる。ああ、悪魔でも、なんでもいいから助けてください! もう獣耳VRも見ませんから!

 目を閉じ手を組んで祈る。後ろからドローンの飛翔音と足音が聞こえる。

 ああ、仏よ——隼が鳴いた。


 祈りがどこかに届いたのか、ガキ、いやジークが隼のエンジンをふかしている。

 見るとパネルメーターにある外部診断ポートのカバーが外れて基盤が剥き出しになっている。

 む、無理やりハッキングしたのか!?

 もう、どうにでもなれ! 俺はジークの後ろに跨り、腰に手を回す。


「飛ばすぞ!!」

「そういえば、君、ライセンスはあるのか?」

「ああ」

 良かった。

「VRでは何度も走らせた」

 助けて、神様。


  ◇


 右にあったのは、誰かが置いていったバイク。これだ!

 俺はタイヤロックを銃で破壊し、バイクのシートに跨る。アラートがうるさく響くが無視して接続ポートを探す。多分ここだろう。

 真ん中にあるディスプレイカバーを引きちぎると、予想通りポートがあった。


 左手の指先が裂け、中から銀色の接続端子が蛇のように這い出る。  ポートに連結、硬質なクリック音――接続完了。


 瞬間、スマートレンズがブラックアウトし、網膜にエメラルドグリーンの光の滝が流れた。


 [SYS] FALCON_OS v4.2 - External Port Detected…

 [AUTH] Handshake: REJECTED (Err: Unknown_Signature)


 くそ、接続がはじかれる。


 [SEC] WARNING: Illegal Intrusion. Activating ICE.


 バイクのセキュリティシステムが、俺という異物を排除しようと抵抗する。くそ、生意気な鉄クズが。

 拒絶反応がノイズとなって脳を焼く。ふざけるな。俺を誰だと思ってる。少しぐらい手を貸しやがれ!

 頭痛と引き換えにした意志の力で、ファイアウォールをクラックしていく。


 [SYS] Security Protocol: BYPASSED

 [ROOT] ACCESS GRANTED. Welcome, Master.


 ガキン、と脳内で重い鍵が開く音。解放される頭を走るノイズ。同時に、脊髄に液体窒素を流し込まれたような冷たい衝撃が走り――俺の肉体の感覚が消失した。


 指先の感覚はない。

 代わりに、タイヤが路面の砂利を噛む感触がある。

 心拍も消えた。

 代わりに、毎分一万五千回転のモーターが俺の胸郭を震わせる。


 視界は車体に搭載され三百六十度展開されるライダーセンサーの映像へと切り替わり、HUDには膨大な機体情報が表示された。


 バッテリー残量:八十八パーセント

 トルク圧:正常

 サスペンション深度:最適化完了


 俺はバイクになり、バイクは俺になった。

 走ることだけに特化した体へと進化した俺の脳内をアドレナリンが駆け巡る。

 肉体はもはやアバターに成り下がった。自分の口が自動で何かを発した。

 エンジンをふかす。つまりストレッチ。いい感じだ。

 もはや生まれた時から俺はバイクだったかのような気さえしてくる。


「止まれ! 挽き潰すぞ!」

 俺の正面を黒塗りのSUVが塞いだ。コストラーデの増援。後ろからもドローンと追手がちょうど路地裏を抜け出すところ。

 SUVがエンジンを吹かし、突っ込んでくる。

 タナカがアバターにしがみつく。いい子だ。


 俺はスロットルを全開に捻った。

 モーターが歓喜の悲鳴のように甲高い駆動音を上げた。

 俺はそのまま真正面からSUVに向かう。

 衝突寸前——壁面のダクトを蹴る。

 

 跳躍。

 重力が消える。

 

 スローモーション。

 SUVの屋根。

 運転席の男。

 口を開けて、見上げてる。ばーか。

 間抜けな顔だ。

 

 着地。

 背骨に衝撃。

 痛い。心地良い。


「ぎゃああぁああ!!」

 タナカの絶叫をBGMに、俺は濡れたアスファルトを疾走した。

 楽しいドライブの始まりだ。


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