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この電脳都市に錆びついたキスを 〜スラムに落ちた俺は、測定不能の「力」で支配者たちに反逆する〜  作者: 愛上おかき


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Ch.1-3-3 羊のテリヤキソース味

  ◇2327年9月17日(木)11:58


 ターゲットのタナカとの待ち合わせに指定された場所は、スラムD-三区画にある”ホテル・ミラージュ”。

 幻想という名がしめすとおり、ホテルよりも連れ込み宿や取引の場所として使われていることが多い施設だ。


 外壁のホログラム看板は、Mとgが欠けている。残っているのは”ira”。ラテン語で怒り。

 誰かがペンキで、さらにもうひとつ”ira”を足していた。”ira ira”。この街は、いつだって苛立っている。


 俺は指定された三一四号室のドアより前で立ち止まり、周囲の気配を探った。フロアの廊下には腐ったカーペットの臭いと、どこかの部屋から漏れる媚声。男のも混じってる。監視カメラもない。ひとまずは大丈夫そうだ。

 部屋の前まで移動し、ドアをノックする。反応なし。

 そりゃそうだ。合言葉を言ってない。


「猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏」

 センスが悪い、意味もよく分からないパスワード。小声で告げると、数秒の間の後、チェーンロックがかかったまま、内開きにドアが数センチだけ開いた。

 隙間から、充血し挙動不審な目玉が覗く。

 震える目が俺を捉えると、大きく見開かれた。


「⋯⋯お、お前一人、か?」

「そうだ」

「嘘だろ⋯⋯ガキじゃないか。ミヤケの野郎、俺を見捨てる気か!?」

 男はパニック寸前の声で喚いた。うるせえ。

 新調した最新軍用スマートレンズが男をタナカだと認めた。脈拍、呼吸が若干高いが問題ない。血行もそこまで悪くなさそうだ。


 俺は喚いてる男を無視し、ドアの隙間に左手をねじ込んだ。

 義手のサーボモーターが低く唸る。 人外の力を引き出した腕は、静かな回転音を奏でながら、チェーンロックを紙みたいに引きちぎった。

 タナカの悲鳴を追うようにチェーンがガチャガチャと音を立てて床に落ちた。


「ヒッ⋯⋯!」

 いつでもお前の顔を潰せるぞ、という意思表示を込めて男の口を左腕で抑え、黙らせながら部屋に押し入る。ドアを閉め、部屋とタナカの様子を改めて伺った。


 左手の中でモゴモゴとタナカが抗議の声らしきものを上げる。活きの良いターゲットだが、いい加減苛ついてきた。

 俺はデイヴィスから人を黙らす方法を二つ学んだ。

 殺すか、黙らすかだ。

 平和主義者な俺は後者を選び、少しだけ左手に力を込めて笑顔で言った。


「黙れ」

 ミシッと骨が軋む。友好的な態度が伝わったのか、タナカは左手の中で必死に顔を振った。


 静かになったタナカを捨て置き、部屋を見渡す。

 ありきたりな安宿のつくり。家具などの備品は最低限。荷物を持ってくる暇もなかったのか、タナカの持ち物は隅にひっそりと置いてあるボストンバッグが一つ。

 暇つぶしか気を紛らわせるためか、ベッドにはVRセットと大人向けパッケージが転がってる。獣耳か⋯⋯俺と趣味は合わなさそうだ。


 タナカはヨレヨレのダークスーツを着崩し、脂汗でワイシャツが肌に張り付いている。

 スキャンすると手だけインプラントを埋め込んであり、どう見ても戦える体じゃない。顔は初めてブルースクリーンを見たような典型的な、追いつめられた小市民の顔。


「アンタがタナカだな。俺はジーク。今日からあんたの命綱だ」

「⋯⋯本当に、君一人なのか? コストラーデは本気なんだぞ。クレイジードッグズを何人も雇ってるって噂だ。それがこんな子どもでしかも一人⋯⋯」

 タナカが俯く。体が震えているのは喜びでないことは確かだ。


「CSFとの契約も一回だけで出動に時間もかかる。詰みだ⋯⋯。畜生、ミヤケの奴ら、人を使うだけ使っておいて最後はこんな仕打ちかよ!!」

 俺がさっき言ったことは、もう忘れたらしい。唾やその他諸々を撒き散らし、タナカが喘ぐ。おっと、汚いものを避けないと。

 喚き散らすタナカはうざいが一旦放置プレイだ。セロトニンをぶち込んでやってもいいが、あいにく今は持ってない。

 それでもギャーギャーうるさいので、今度は目でタナカを黙らせた。


 お、ベッドの上に羊のテリヤキソース味のペーストミールがある。これを合成パンにのせて食うと美味いんだよな。

 今そんな気の利いたものはないので、仕方なくそのままペーストを吸う。十分美味いが羊の臭いがちょっと口に残る。

 一緒にあったビネガーサイダーで臭いを洗い直した。ちょうど昼飯に良かった。


 俺が一息つくと、タナカも一息ついたらしい。外部刺激に頼らず自分の機嫌を調整できるのは元気な証拠だ。

 それでもまだ小声でブツブツ文句を言うタナカに尋ねた。


「ランデブーポイントはどこだ? ミヤケファミリーからはお前に聞けと言われてる」

 タナカは大きく深呼吸をした。


「み、見た目で判断するのは良くなかったな。その落ち着きようってことは腕は本物なんだろう」

 ありがとう。でも実はこれがファースト・ミッションなんだ。

 タナカは震える手で端末を取り出した。


「ぽ、ポイントなんだが、実はまだ分からないんだ」

「あ?」

「明後日の正午にいなきゃいけない場所は、今夜の二十時に暗号通信で送られてくる。そ、それまでは、とにかく逃げ回るしかない」

 つまり、常に即興演奏をしろと。しかも観客は銃を持ってる。

 

 最初から場所が決まっていれば、待ち伏せされる。

 だが逃げ回れば、時間に殺される。

 俺は端末の地図を開いた。


「タナカ、ここまで何で来た?」

「車だ。目隠しされてたから、そもそもここがどこかすらわからない」

 使えない野郎だ。型落ちのデバイスぐらいは動いてくれ。


「二十時に連絡が来て、明後日の正午にランデブーってことは丸一日は移動時間があるってことだ」

「つ、つまり?」

 俺は現在地から半径百キロの円を地図上に表示させる。シティを丸っと覆う範囲。


「目的地はシティのどこでもありうるってことだ」

 つまり、考えても無駄だ。

 —–こんな時、デイヴィスならどうする?

 俺はしばしタナカを放置して、考えた。

 媚声が響きわたってる。


  ◇2327年9月17日(木)19:33


「ぎゃああぁああぁ!!」

 爆竹が弾ける音と”隣の三一四号室”から野太い悲鳴が聞こえてきたのは夕飯を何にしようか悩んでいた時だった。第一候補はフィッシュアンドチップスだ。何の魚かは知らない。そもそも魚なんて本物は久しく食ってない。


 タナカは銃声と悲鳴にビビったのか部屋の隅に縮こまり、枕を抱いている。そんなもの、何の弾除けにもならないぞ。

 俺は夕飯のことは一旦脳内メモリから追い出して、廊下と三一四号室にセットしておいた隠しカメラの様子を端末で確認した。


 部屋の中に二人、廊下にも二人。全員取り回しがきくSMGを持っている。服装はコストラーデの目印である白スーツ。SMGは事前調査どおり、九mmパラベラム弾を三十発ばら撒ける、通称”ブラック・マンバ”。俺の防弾ジャケットだと何発かは耐えられるが、タナカに当たったら蜂の巣になるだろう。


 それを証明するように、もともと”三一五号室”にいた男が穴あきどころか、バラバラになって死んでる。

 読み通り部屋を変えておいてよかった。獣耳VRセットが命と引換えなら安いもんだ。

 追手どもがエスカレータに乗って立ち去っていくのを確認し、俺は端末をオフにした。


 この襲撃で分かったことは三つ。

 追手は最低でも四人、下に待機しているであろう人数を考えると十人は下らない。

 タナカの動きはバレてるが、追跡装置はついてない。まあこれは死ぬほど探したから問題ないとは分かってた。

 最後の一つは、話し合いや交渉の余地はないってこと。戦って殲滅するか、逃げ切るかの二択ということだ。

  さて、これからどうしようかと悩む俺に、おずおずとタナカが話しかけてきた。


「も、目的地が分かったぞ」

 タナカからメッセージが送られ、HUDにポイントが示される。息を呑む。

 その場所を俺はよく知っている。忘れていたところでもあり、始まりの場所。

 ずっと捨てられそうな子犬の表情のタナカに穏やかに告げた。


「安心しろ。——ミドルの焼き鳥屋は俺の行きつけだ」


  ◇2327年9月17日(木)20:15


 胸を張って歩く。拳銃はすぐ抜けるように腰のホルスターに収めてある。

 タナカはフードを目深に被り、自分の足音にすら怯えている。


「は、狭間なんて来てどうするんだ? 人が多いと襲撃者が紛れ込んでわからないだろう」

 ド素人は黙ってろ。俺は鼻でタナカを笑った。デイヴィスのマネだ。

 タナカを無視して、屋台で買ったケバブを頬張りながら進む。あいにくフィッシュアンドチップスは売り切れだった。


「しかも目的地と真逆に行ってるじゃないか! ああああ、こんなクソガキを信頼した私がバカだった⋯⋯。もう終わりだ」

 嘆き、頭を抱えるが、それでもタナカは俺についてくる。そうさ、お前は俺しか頼れないんだ。いいから黙ってついてこい。

 

 俺達は中間層とスラムの”狭間”から、スラムの奥へと向かって進んでいく。段々と人混みは薄くなり、危険な香りをまとう原住民が増えてくる。どうした、襲うならここがチャンスだろ?


 デイヴィスの性格は攻撃的だ。必然、彼に育てられた俺もそうなる。

 待ち伏せされてる? 上等。むしろこっちから会いに行ってやるよ。


 俺の思惑どおり、人の影がほとんど見えなくなったところで、前後を挟まれる。

 ちょうど三人ずつ。手には得物を持ってる。危険な銃持ちは前に一人、後ろに二人。全員所属を表すタトゥをしてる。狂犬だ。

 コストラーデではなかったのが幸いでもあり、不幸でもある。大元の奴らを潰せばそれだけ危険も少なくなる。

 ご丁寧に射程範囲まで歩を進めてくれた野良犬どもは、口上まで述べてくれた。


「——坊主。荷物を置いてとっとと消えな」 

 タトゥがネオンに輝く男が、臭い合成ハーブでパキりながら一歩前に出る。拳銃持ち。ナチュラルな俺にとっては毒のような匂いだ。

 一方でタナカには効きが良かったのか、男たちが近づくだけで、オモチャのように激しく震えだした。一人でイッちまいそうだ。


 スマートレンズを近くの監視カメラにリンクさせ、位置関係を把握する。前方六メートル。一人がやや前で二人は横並び。後方八メートル。三人ともバラけてる。

 後ろから片付けるのが楽そうだ。

 何も答えない俺に苛ついたのか、ネオン野郎が臭い口を再び開いた。


「おい、聞こ」

 その口が言葉を紡いでいる最中、俺は引き金を弾いた。


 その名のとおり噴火の爆音とともにネオンタトゥが頭ごと吹き飛んだ。あと二人。

 振り向きざまに連続で引き金を引く。俺の左腕は大口径のアホみたいな衝撃を軽々と吸収した。

 花が三つに増えた。


「ふ、ふざけんな!!」

 命知らずが前から二人走り寄ってくる。カタナと大型のカランビットナイフ。いいセンスだ。だが遠い。

 俺は再び振り返って二回弾く。ダブルタップはいらない。銃弾がもったいないし、そもそも頭が消し飛んでいる。死体撃ちはご法度だ。

 

 再々度振り返って最後の一人に照準を合わせる。犬の矜持か、逃げはしないらしい。いい心がけだ。

 最後の引き金を弾こうとして、左腕が僅かにブレた。

 

 アスファルトが砕け散る。襲撃者の頭を狙った一撃は、全くその役目を果たせず、男の足元を穿つ。


「さっきまでのまぐれだったようだなぁ! ガキが粋がってんじゃねぇぞ!」

 男が釘バットを手に飛びかかってきた。速い。インプラントで身体能力そのものを強化してやがる。

 銃を右手に移し替え、左手で受け止める―—遅れた。コンマ数秒の遅延。頭を仰け反らすが、鋭利に尖った釘が俺の頬をかすめた。


「ひゃっはああぁああぁ!!」

 流れた血が左腕に落ち、青いスパークが一瞬で蒸発させた。

 調子に乗るな、雑魚が!


「死ねやぁ!」

 俺は右手で拳銃をぶっ放した。生身の腕。

 何度か手術で身体強化したものの、その衝撃は肩まで響く。

 

 至近距離で銃弾を胴体に受けた哀れな男は、上半身と下半身が泣き別れしていた。

 舌を出したまま絶命したその顔は間抜けそのものだ。


 銃をホルダーに戻し、右腕を振る。事後で甘い痺れが残るが、問題はなさそうだ。ただ過信はできない。

 左腕に目を落とす。スパークは収まり、動きも今は支障はない。

 ―—不具合がいつ起きるかわからないなんて、命のやり取りの中でこのままでは危険すぎる。はずれない宝くじなんてのはないのだ。

 俺はため息をついてナオミからもらったインジェクションプローブを取り出す。そのままメンテナンスハッチに突っ込んだ。俺はエリクサーは雑魚戦でも使うタイプの人間だ。


 使い終わったプローブを投げ捨て、足元を改めると、タナカが腰を抜かして俺を見上げていた。その目はもう俺を舐めてはない。圧倒的な暴力への敬意と畏怖が混ざってる。


「行くぞ、タナカ。そのうちスカベンジャーが出てくるし、クレイジードッグズのお仲間たちも来るだろう」

「あ、ああ⋯⋯分かった。ついていくよ、ジーク⋯⋯」

 一年。一年間俺はデイヴィスに地獄を見せられた。ついでにナオミにも。デイヴィスと共にだが、こなしたミッションの質も数もこんなレベルじゃない。


 タナカの声からも、俺を侮る色は消えていた。俺たちは再び、スラムの雑踏へと姿を消した。

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サイバーパンクな世界観がとても上手く表現されてるなと感じました! こうした世界観がとても好きなので、楽しみながら読ませていただきました。 中でもデイヴィスがとてもかっこよく、印象に残りました。 主人公…
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