Ch.1-3-2 俺一人
◇2327年9月16日(水)12:51
俺とデイヴィスは事務所に戻った。
上着を脱ぎ、依頼内容を再度確認しようとした時、コンコンとドアが鳴らされた。
「入れ」
「ちゃーす」
気怠げな声とともに若い男が入ってくる。
両足は義足。獣を模しているのか、見ただけで速く走れるのだろうと分かるつくり。
それもそのはずで、こいつは行きつけのラーメン屋のデリバリーだ。
リュック型の岡持ちから、湯気が立ち上がる出来立てのラーメンが二つ出てくる。
「いつも助かる。送金は今済ませた」
最近新調したスマートレンズから男の口座へ入金を完了する。
ミッション成功の願掛けも込めてチップはいつもより多め。
「まいどぉ。またおなしゃーす」
支払いを確認もせずに、気の抜けた声だけを残して去る男。
普通の店ならドローンかアンドロイドの仕事だが、あの脚があいつを食わせている。
出来立て熱々をご提供。ラーメン屋の親父のこだわりであり、あいつの命綱。
ローテーブルに並んだ二つの器。
俺とデイヴィスは向かい合って食事をし始めた。
化学の旨味が溶け込んだスープが舌にはりつく。
麺はゴムに寄っていて、それでも熱だけは本物だ。
チャーシューは本物の肉。あいにく豚ではなく鶏だが。
静かな部屋に響くスープを飲む音。麺やチャーシューを噛む咀嚼音。
会話はない。
いつしかこうやってラーメンを食べるのが、俺らのミッション前のルーティンになっていた。
◇2327年9月16日(水)13:20
器を店の前に置き、中に戻る。
デイヴィスはすでに仕事の顔だ。
定位置である部屋の奥のデスクに向かい、今回の仕事——俺とは違う個別ミッションに向けて、道具の準備をしている。
以前から見慣れたアタッシュケースに傷だらけのナイフ。
武器にもなるタクティカルペンとタブレット。緊急用のオペキットに、各種薬剤とお気に入りの携行食。サルミアッキ味とかいう、わけがわからんやつ。
そしてPAW規格の二丁の”Amor”と”Mori”。
愛と死を冠したデイヴィスの愛銃。
誰が制定して誰が得をするのか、誰にも分からない。それでもこの街の数少ない法が、個人所有を固く禁じているPAW——対軍殲滅兵器。
俺も一度しか使っているところを見たことがない。
得物は選ばないと豪語するデイヴィスが、唯一名付け、命を任せる文字通りの相棒。
こいつらが出てくるときは、洒落にならない仕事の時だけ。
部屋には、さっきまでのラーメンの匂いを塗り潰すように、鼻を突くようなガンオイルの匂いと、無骨な金属音が満ちていた。
デイヴィスは無言でレシーバーを磨き上げ、細かなパーツの摩耗を独眼で確認していく。
その手つきは、荒々しい普段の振る舞いからは想像もつかないほど繊細で、どこか宗教的な儀式めいた静謐さがあった。俺はそれが嫌いじゃない。
ただ、今回俺には俺の仕事がある。
しかも一人で。依頼人はスラムの顔役。
ボーッとするな、ジーク。今回の仕事、補助輪はついてない。
俺は顔を両手でぱちんと叩き、タブレットを起動させた⋯⋯左頬が少し痛い。
顔認証を経て暗号化が解除され、依頼内容が表示される。
<Mission Order>
依頼内容:護衛
達成条件:ターゲットを生存状態で所定時刻にポイントまで運搬
ターゲット:タナカ
所定時刻:2327年9月19日(土)12:00
ポイント:ターゲットに聞くこと
<Message>
タナカはうちらがHelix Corpに忍ばせとるネズミや。
それをコストラーデが始末しようとしちょる。
あんじょうよろしゅう。
⋯⋯依頼内容が雑なのはいつものことだ。
ようは人一人殺させるな、奪われるな、送り届けろってこと。お使いだ。
それを俺一人でやりぬかねばならない。
少しだけ、室温が下がった気がした。
いや、違う。
寒さを感じたのは俺の中からだ。一人で、か。
デイヴィスの背中を見る。
銃を磨く、その手。
一年間、あの背中を見てきた。
明日は、それがない。
冷たくなった感情に気付かないふりをして、俺はデイヴィスに気になっていたことを聞いた。
「⋯⋯で、どういう風の吹き回しだ。あんたがミヤケのジジイとババアに、俺を売り込むなんて」
タブレット越しにデイヴィスの冷笑が返ってきた。
「売り込みなんて自惚れがすぎるな。俺の手が空いてないから、たまには一人で散歩にいかせてやるだけだ」
カチャカチャとバラした二丁を組み立てる音が響く。
俺が聞きたい言葉じゃない。
「じゃああんたは何の仕事をするんだよ」
ジャキッと最後のパーツが組まれ、銃身に何条かの光が走る。
ただの銃ではない。電脳化され、文字通り体と一体化する拡張武装。
メンテナンスを終えたのか、マガジンをいくつかアタッシュケースに詰めながら、デイヴィスがこたえた。
「朝のニュースを聞いただろう。第四層の工業区画で、反乱分子がバカをしてる」
「ああ、さっき放送で聴いたよ。鎮圧作戦が展開されるとかなんとか」
灰皿からシケモクを一本取り出し、火をつけようとするが、短かったのか別の物に変えた。
「あれがきな臭い。近々デカい戦争が起きる可能性が高い。裏を取りに行く」
天井に向かって煙が吐かれる。シーリングファンが煙を巻き取って散らした。
「俺の手は空かない。ミヤケからの依頼を断れば角が立つ。俺にはバカだが多少の芸を仕込んだ犬がいる。分かったか?」
「つまり犬でもできそうな仕事だってことかい。⋯⋯もし犬が芸を拒否したら?」
冗談だ。ただ事前に一言ぐらいあっても良かったと思う俺の意趣返し。
「嫌なら今すぐミヤケの所へ戻って、『僕は怖くて漏らしそうです』と土下座してくればいい。それも一つの生き方だ」
漏らすなど絶対に俺がしないことだ。させられたことはまあ、ないこともない。
ただ、言葉の裏から”これぐらいやれるだろ?”という、シニカルな彼なりのエールが聞こえた気がした。
少しだけ、気温が上がった気がする。
「せっかくのファースト・ミッションだ、金も恩も稼がせてもらう。⋯⋯それに人の顔に泥を塗るのは、趣味じゃない」
デイヴィスは鼻で笑い、二丁にカチャリと安全装置をかけてしまう。
「どの口が言ってんだ鼻タレ。今度は右腕を落とされないようにさっさとお姉ちゃんに甘えてこい」
顎でドアを指される。それ以上、言葉はなかった。
俺は部屋を出た。
◇2327年9月16日(水)14:56
ナオミのクリニックは店から徒歩十分。馴染みすぎた道は、体感では一瞬だ。
防音兼防弾の重い扉を開けた瞬間、いつもの眠たくなるようなクラシックが耳を撫で、消毒液と焦げた電子回路の臭いが鼻をついた。
「はぁい、ジーク。デイヴィスから連絡は受けてるわよ」
ナオミはいつもの黒のタートルネックニットに白衣。ちょうど客の治療を終えたところのようだ。
俺と入れ違いで、赤い髪の女が出ていく。意味ありげな目線が俺としばし交わった。結構ツラはイケてる。そういえばここは一応ちゃんとしたクリニックだったと今更ながら思い出す。
ナオミは客を見送ると、手元のデバイスでドアのネオンプレートを”CLOSED”に変えた。
「聞いたわよ、ミヤケの依頼を一人で受けるなんて出世したじゃない」
今のうちに唾つけとこうかしら、という戯言は無視する。
ナオミとも一年の付き合い。週に何度か飯を一緒に食ってるし、もうここは第二の家のようなものだ。身体強化手術も何回か受けたこともあり、勝手知ったるなんとやら。クリニック奥の手術台という名の拘束椅子に自ら腰掛けた。
「素直じゃない男は好きじゃないなぁ。で、今日は左腕診てほしいんだっけ?」
「イエス。最近何をするにも左腕の反応が遅れるんだ」
コーヒーを啜りながらホログラムモニターを操作しカルテを呼び出すナオミ。
「じゃあ左腕のインターフェースを診てみましょう。一応あなたがつけてるのはTiānqǐ製だから、一年程度じゃ壊れない軍仕様なんだけどね」
Tiānqǐ。Helix Corpに次ぐメガコーポ。主に戦闘用のガジェットを得意とする企業。
「そんないい奴をつけてたなんて初めて知った」
「自分の身体についてるもの気にならないって、あなたばか?」
呆れられながらもナオミの手は止まらない。
少しだけ残っている生身の左腕、心臓辺りにパッドを貼られ、義手にはナオミのインプラント化した右手から伸びるコネクタが接続された。
電子機器だからこそ繋がった感覚は鋭利に分かる。
少しだけ心拍数が上がった俺の心は、嬉しそうに採血するナオミを診て一瞬で下がった。
「毎回採血するけど、それ何の意味があるんだよ」
「私の趣味——ああ、インプラントの電子神経がかなり傷ついてるわね。こりゃオーバーホールが必要だわ」
そそくさとシリンジを白衣に隠し、ホログラムモニターに映る数値を確認してナオミが言った。
オーバーホールと言うとかなり大事だ。
「今日中にどうにかできないのか?」
「対処療法はあるけど根本解決は無理ね。私もインプラントそのもののエンジニアリングはできないから、メーカーか闇エンジに依頼するしかない」
ナオミとの接続が切られた。
「ダムの水量を細い水路に流し続けたら壊れるって、前にも言ったでしょ?」
「覚えてるよ」
「海馬はまだ機能してそうで安心したわ」
左腕のメンテナンスハッチが開けられる。
そのまま義手の神経接続端子を何かの機具で弄られた。
走る激痛。
痛覚を暴走する電流が左腕の回路を焼く。
視界に火花が散った。
いや、これは俺の脳が見せている幻覚だ。
痛みは引かない。引く気配もない。
「ッ⋯⋯! 少しは手加減しろよ」
「男なんだから泣き事言わない。インジェクションプローブで神経掃除したから、しばらくは誤魔化せるはずよ」
手のひらサイズの箱に二つの電極がついた機具を渡される。要はでかいコンセント。
同時に痛みが引き、代わりに左腕の感覚がクリアになる。
指先を動かすと、以前あったわずかなラグが消えていた。
「使いすぎると左腕の寿命を減らすから、どうしてもって時に使いなさい」
あとこれ、と、ナオミは椅子の脇に置いてあった、古びた金属製のハードケースを俺の膝に乗せた。
「デイヴィスからよ。”クソ犬に”だってさ」
ケースを開ける。
中には無骨な鉄の塊。カタログで見たことがある。
Tiānqǐ製の大型自動拳銃。”喷发(Pēnfā)”
装填される12.7mmのCT弾は、着弾時に運動エネルギーを一点に集中させることで、装甲の裏側をミンチにするスクラップメーカー。噴火の名を関するのは伊達じゃない。
手に取る。重い。
マガジンを取る。装填数は八発。無闇矢鱈に撃つな、ということだろう。
右手で構える。なんとかいけるが重い。反動もひどいだろう。
左手で構えた。いけそうだ。
そういえば左腕とメーカーが同じだ。どうりで。
「デイヴィスも素直じゃないわよね。自分で渡せばいいのに」
いくつかの射撃体勢を確認している俺にナオミが話しかける。
その目はいつものおちゃらけじゃない。少し不安の色が見えた。
明日、俺はこれを使う。 一人で。
銃を戻し、ケースを閉める。 金属音がやけに大きく響いた。
「死ぬなよ、ポチ」
◇
〔AUDIO LOG / ENCRYPTED / EXCERPT〕
Timestamp: 2327-09-16 19:18:09 (JST)
Source: Naomi’s Clinic Terminal / Mic Array v17.6
Integrity: 96% (packet loss: 4%)
Participants: DAVIS, NAOMI
00:00:03 NAOMI:あの銃、お下がり?
00:01:07 DAVIS:骨董品。
00:02:11 NAOMI:左腕はそろそろ限界。どうする?
00:02:46 DAVIS:考えさせる。俺は親じゃない。
00:03:11 NAOMI:今日の要件。
00:03:31 DAVIS:左目。ミッションで使用予定。
00:03:54 NAOMI:眼帯取って。
00:05:39 NAOMI:左目。使えて後二回。それ以上はOGREリスク。
00:06:45 DAVIS:年寄りは目が悪くなる
00:07:49 NAOMI:(ひっぱたく音) 身の丈に合わない代償。
00:08:55 DAVIS:あいつなら?
00:09:09 NAOMI:⋯⋯理論上、リスクなし。
00:10:02 DAVIS:頼みあり。
00:10:22 NAOMI:嫌。死ぬな。
00:10:33 END
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